やはり俺のVRMMOは間違っている。REMAKE!   作:あぽくりふ

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今回は少し長いかも。




10話 やはり彼は間違い続ける。

 

 

 

 

―――やっちまったなあ。

 

俺ははぁ、と溜め息を吐く。完全に悪目立ちしてしまった。いや、ほんとね、うん。この微妙な空気がヤバい。『なんか見たこともないよくわからん目が腐った槍使いにいいとこ取りされてしまった件』とかスレ立ちそう。

 

「あーあ、どうするんダ」

「......知らねえよ」

 

俺は隣の空間にそう返す。そこにはアルゴがいるはずであり、そしてアルゴから見ても俺の姿は見えないだろう。俺もアルゴも、《隠蔽》スキルを発動していた。さすがにあのまま視線の集中砲火を受けるのは苦痛だった。

 

―――と。微妙になった空気を払拭するように、ボス部屋の隅から歓声が聞こえてきた。続いて拍手。なんだなんだと目を向ければ、青っぽい装備のリンドと、緑っぽい装備のキバオウががっしりと右腕を絡ませ合っている。

 

「戦いの後の絆ってやつかナ」

「3層に辿り着くまでの間限定の絆だろうさ」

 

身も蓋もないナ、とアルゴが息を漏らす。すいませんね、こちとら真実しか言えない純粋な少年なんだ。嘘だけど。

 

......だが、安っぽい友情ごっこの空気は、唐突に破られた。

 

 

「あんた......何日か前まで、ウルバスやタランで営業してた鍛冶屋だよな」

「......はい」

 

問い詰めるのは青い装備のプレイヤー。おそらくはリンドのパーティーの一人だろう。さらにもう二人ほどリンドの後ろにくっついてきているのがいる。

その男は、強張った声で、ネズハに更に問い質した。

 

「なんでいきなり戦闘職に転向したんだ?しかも、そんなレア武器まで手に入れて......それ、ドロップオンリーだろ?鍛冶屋でそんなに儲かったのか?」

 

―――声音、視線、表情。それらの情報からして、この男がネズハを疑っていることは容易にわかる。

こうなるだろうな、とは予想はしていた。普通生産職がいきなり戦闘職に切り替える、ということはできない。まず装備からして足りないし、武器の慣れ、そして戦闘用のスキルの熟練度も足りない。まさにないない尽くしから始めなければならないのだ。それなのに《トーラス・リングハーラー》という、みんな大好きミノタウロスくんシリーズの中でもレアなMobからしかドロップしないチャクラムを持ち、そして使いこなしているというのは異常にすぎる。

 

―――いつしか、ボス部屋は静まりかえっていた。勝利に騒いでいたプレイヤー達も黙って事の成り行きを見守っており、事態についていけてない連中は変な顔をしてネズハ達を見ている。しかしその中でも《レジェンド・ブレイブス》の五人は、わかりやすく顔を強張らせていた。

 

「......僕が」

 

そして、誰もが黙って見つめる中―――ネズハはチャクラムをそっと床に置き、

 

「僕が、シヴァタさんと、そちらのお二人の剣を、強化直前にエンド品にすり替えて騙し取りました」

 

両膝を突き、続けて手も額も床に押しあて―――見事な土下座を決めた。

 

「............」

 

やはりか、と俺は息を吐く。驚愕の告白に、ボス部屋の空気はかつてない程にはりつめている。シヴァタ、と呼ばれた男は眉間に深い谷を刻みながらネズハを見下ろしていた。

 

「......騙し取った武器は、まだ持っているのか」

 

感情を抑制した声。それに対し、ネズハは頭を上げ、かぶりを振った。

 

「いえ......。もう、お金(コル)に変えてしまいました......」

 

絞り出すようなネズハの声に、シヴァタは深く息を吐き、瞑目する。だが予想はしていたことなのだろう、激発することなくすぐに目を開いた。

 

「......なら、金での弁償はできるか?」

 

当然、そこに行き着くのはわかっていた。だが、ネズハに―――それはできない。なぜなら、変換したコルはすでに使ってしまったからだ。だが、使ったのは彼ではない。

 

―――ネズハが《レジェンド・ブレイブス》のメンバーであるという事実。強化詐欺。そして、やたら強化された装備に全身を包んでいる《レジェンド・ブレイブス》の面々。

 

ここまで来ればバカでもわかる。おそらくネズハ(ナタク)はなんらかの理由でハブにされ、それでも《レジェンド・ブレイブス》に貢献しようとして―――もしくは強要され、詐欺に走ったのだ。その金は全て《レジェンド・ブレイブス》の面々の装備の強化に使われ、ネズハ自身には何も残らない。これだけ聞いていれば典型的な、ダメ男に引っ掛かった女みたいだな、と俺は脳の片隅で思考する。ヒモはクズ、はっきりわかんだね。......え、俺?俺とヒモを一緒にするんじゃねえよ、俺が目指してるのは専業主夫だ。ヒモではないのである、ここ大事。

 

......まあ、俺の夢は置いておいて。さてどうするか、と俺は目を細める。ネズハは仲間を売るのか、それとも―――

 

「いえ......弁償も、もうできません。お金は全部、高級レストランの飲み食いとか、高級宿屋とかで残らず遣ってしまいました」

 

ネズハは再度、床に額を擦り付けた。横で、アルゴが息を飲む音が聞こえる。やはり、ネズハは切り抜ける気などなかったのだ。詐欺をさせた《レジェンド・ブレイブス》を庇い、自分が全ての罪を被る気だったのだ。

 

「お前............お前、お前ェェ!!」

 

そしてここでついに、シヴァタの右に立つリンド隊のメンバーが限界を迎えた。

 

「お前、解ってるのか!!オレが......オレたちが、大事に育てた剣壊されて、どんだけ苦しい思いしたか!!なのに......オレの剣売った金で、美味いもん食っただぁ!?高い部屋に寝泊まりしただぁ!?あげくに、残りの金でレア武器買って、ボス戦に割り込んで、ヒーロー気取りかよ!!」

 

そして、さらに左側にいたプレイヤーも、裏返った声で叫ぶ。

 

「オレだって、剣なくなって、もう前線で戦えないって思ったんだぞ!そしたら、仲間がカンパしてくれて、強化素材集めも手伝ってくれて......お前は、オレたちだけじゃない、あいつらも......攻略プレイヤーも全員裏切ったんだ!!」

 

二人の絶叫が導火線になったように―――

これまで後方で事の成り行きを見守っていた多くのプレイヤー達が、一度に激発した。

 

―――裏切り者!!

―――自分が何したか解ってるのか!!

―――お前のせいで攻略が遅れたんだぞ!!

―――今更謝っても、なんにもならねえんだよ!!

 

怒号の嵐。野次と糾弾が雨あられとネズハの背中に浴びせられる。縮こまった背中は、いっそ哀れだった。

......だが、これは当然のことなのだ。シヴァタ達のように詐欺にあったプレイヤーは当然言葉をぶつける権利があるし、ネズハは糾弾を受け止めねばならず、弾劾されるべきだ。例え強要されたとしてもネズハが詐欺に加担した第一人者であることに変わりはない。

このSAOで、強化詐欺は重い罪だ。武器は戦闘能力と直結し、そして戦闘能力はすなわち生存に繋がる。前線で戦うプレイヤーは、むしろそれが顕著だろう。つまり、強化詐欺は生死にさえ関わってしまう。

 

だが―――、と俺は視線をネズハから移した。そこでは、《レジェンド・ブレイブス》の五人が小声で会話を交えていた。怒号によって何を話し合っているかまでは聞こえない。

 

「......ハッ」

 

俺が冷笑を浮かべた、その時。ようやく場を沈めようと、青い髪に青いマント―――リンドが進み出た。

シヴァタ達が進み出てきたレイドリーダーに場所を譲ると、ようやく広間が静まっていく。そうしてやっと会話が出来るだけの静寂を取り戻した頃、リンドは口を開いた。

 

「まず、名前を教えてくれるか」

「......ネズハ、です」

 

平伏したまま、細い声でネズハが名乗る。その答えに、リンドはニ、三度ほど頷いた。

 

「そうか。ネズハ、お前のカーソルはグリーンのままだが......だからこそ、お前の罪は重い。システムに規定された犯罪でオレンジになったなら、カルマ回復クエストでグリーンに戻ることもできるが、お前の罪はどんなクエストでも雪げない。その上、金で弁償もできないと言うのなら―――」

 

と、そこでリンドは一度切り、言った。

 

「お前がシヴァタたちから奪ったのは、剣だけじゃない。彼らが注ぎこんだ、長い、長い時間もだ。だから、お前は―――」

 

―――今後もフロアボスの攻略に協力し、いずれは弁償しろ。

 

そう言いたかったのだろうが―――それが叶うことはなかった。なぜなら、突然誰かが後方で甲高い声を上げ、遮ったからだ。

 

「違う......そいつが奪ったのは時間だけじゃない!」

 

たたっと誰かが駆け出してくる。緑服からキバオウ隊のメンバーだと推察できる。そいつは痩せた体を左右に振り動かし、きんきん響く喚き声で―――

 

「オレ......オレ知ってる!!そいつに武器を騙し取られたプレイヤーは、他にもたくさんいるんだ!そんで、そのなかの一人が、店売りの安物で狩りに出て、今までは倒せてたMobに殺されちまったんだ!!」

 

その瞬間、大広間はしん、と静まり返った。

 

俺も思わず息を飲む。だが、ふと違和感に襲われた。―――こいつは、どこでそれを知ったんだ?

Mobに殺された様子を見ていたのだとすれば、そんな武器を逐一見る余裕があったということであり、見殺しに等しい。噂に聞いたのだとしても、そのパーティーメンバーはなぜそんな安物の装備で狩りに行くことを咎めなかったのか。そもそもこんな最前線で死者が出れば嫌でも噂になるし、そんな情報をアルゴが取りこぼすはずもない。

その死んだプレイヤーがソロならば目撃者はゼロのはず、そしてパーティーを組んでいたなら噂になるはず。

こいつの言っていることには矛盾がある。つまり、嘘だ(ダウト)

 

―――俺は数瞬で論理的に矛盾を導きだした。が、当事者達がそんな冷静な思考ができるはずもなく。

 

「......し......死人が出たんなら......こいつもう、詐欺師じゃねぇだろ......ピッ......ピ......」

 

ピッコロ。

 

思わず内心で茶々を入れてしまい、俺はかぶりを振る。そうではなく―――

 

「そうだ!!こいつは、人殺しだ!PKなんだ!!」

 

―――PK。それはプレイヤー・キラーの略称であり、有り体に言えば殺人鬼、のキャラをしたプレイヤーだ。そう、一般的なMMORPGならば。

だが今の状況、デスゲームの状況下においてはもはやPKは殺人となんら変わらない。役割演技(ロールプレイ)では済まされないのだ。

 

「土下座くれーで、PKが許されるわけねぇぜ!どんだけ謝ったって、いくら金積んだって、死んだやつはもう帰ってこねーんだ!どーすんだよ!お前、どーやって責任取るんだよ!言ってみろよぉ!!」

 

まるでナイフで鉄板を引っ掻くような、きぃきぃというノイズの混じる声。有り体に言えば非常に不愉快な声に、俺は顔をしかめた。

 

―――そしてその男の声を背中で受け止めたネズハは、震える声で言った。

 

「......皆さんの、どんな裁きにも、従います」

 

―――『裁き』。

 

その言葉に、再びプレイヤー達は沈黙する。場の空気がぴりぴりとはりつめていき、俺はそれに不吉なものを覚えた。不味い、この空気は不味い。

 

―――そして、ある一言がきっかけで、空気が爆発した。

 

「―――なら、責任取れよ」

 

その言葉を切っ掛けに、一気にプレイヤー達が叫び出す。口々に「そうだ、責任取れ!」「死んだ奴に、ちゃんと謝ってこい!PKなら、PKらしく終われ!」

徐々にボルテージが上がっていく。怒りが、恐怖が、悪意が高まっていき―――ついに一線を越えた。

 

「命で償えよ、詐欺師!」

「死んでケジメつけろよPK野郎!」

「殺せ!クソ詐欺野郎を殺せ!」

 

プレイヤー達の叫び。だが、その叫びの中にあるのは、おそらく詐欺への怒りだけではない。もっと大きな枠組みのもの―――すなわち、デスゲームと化したこの世界への怒り。

このSAOがデスゲームとなって、すでに今日で38日目。今までぶつける相手がおらず、蓄積されてきた鬱憤と死への恐怖が―――行き場をなくしていた憤怒が、ついに捌け口を見つけたのだ。

 

......おそらく、この勢いはネズハを殺すまでは止まらない。そして後で悔やみ、記憶を美化し、ネズハのことを忘れていくのだ。

 

「............」

 

―――もし、ここでネズハが殺されればどうなるだろうか。

 

俺は瞑目し、思考の海へと沈んでいく。

......ネズハが殺されればどうなるか。たかが1プレイヤーの生死、と侮るべきではない。死者ならば今までに2000人以上も出ている。だから憂慮すべきはそこではなく―――プレイヤー達の手によって、ネズハが死を選んだということなのだ。つまり、裁きだろうと復讐だろうと正義だろうと、事実だけで見ればすなわち『プレイヤーがプレイヤーを殺した』ことになる。

そしてそうなれば、ここのプレイヤー達はこの殺人を肯定するだろう。つまり、正義の名のもとに『PKを容認した』ということになるのだ。

 

―――そしてそれは、次なるPKの発生を必ず招く。前例があるとないでは大きく違うのだ。主に、心理的なハードルという意味合いにおいて。

 

―――それはさすがに、放置できない。ネズハが殺されることは、今後の展開上回避しなければならない。

 

だから、俺は。

 

「............」

 

ネズハへと、1歩足を踏み出した。

 

俺はそのまま、落ちていた槍を回収してネズハへと歩いていく。誰も気付かない。誰も俺のことを見ない。それが《隠蔽》の効果によるものだったとしても、まるで俺だけが世界に認識されていないようで―――現実と同じ、『いつも通り』だった。何処まで行っても俺しかいない。

 

「―――ネズハ」

 

彼の前へ立ち、《隠蔽》を解除する。リンド達が驚愕にとびすさるのを見ながら、俺は何の感情もない、起伏のない声で彼の名前を呼ぶ。

彼が顔を上げるのを見て、俺は続けた。

 

「お前は、PKに繋がることをした。それはこの世界では禁忌であり、故にお前は裁かれなければならない。だから―――」

 

感情が死んだ、屍人の声。ぞっとするほど無感情な声でそう言い放ち、俺は槍を半回転させて、ぴたりとその穂先を彼に向け、

 

「さよならだ」

 

黒金の短槍が、深々とその心臓を貫いた。

 

「え......」

 

驚愕、そして理解の色がネズハの瞳に浮かぶ。俺は初めて人を刺した感触に、Mobとあまり変わらないな―――などと感想を抱きながら槍を引き抜いた。

 

いつの間にか、広間は再度静まり返っている。だからこそ、俺の屍人のような声がよく響いた。

 

「目には目を、歯には歯を、殺人には殺人を」

 

ハムラビ法典の一節。同害報復(タリオ)の原則は現代でも有効だ。

―――先程の一撃で、ネズハの体力ゲージは半分を切っている。おそらく、次の一撃で死ぬだろう。俺はオレンジになった自分のカーソルを一瞥し、断罪の短槍を再度構える。

そして高々と振り上げられた槍は、ボス部屋の明かりを反射して煌めき、ネズハの心臓目掛けて突き出され―――

 

「ぐっ......!」

「ハッ!」

 

ギィィィィン、と。軋むような金属音が響き渡った。

 

見れば、そこには俺の槍を止める《アニール・ブレード》と《ウィンドフルーレ》。鍛え上げられたそれらを持つのはキリトとアスナ。そして、

 

「動いたら、首を落とすわ」

 

―――俺の首筋に突きつけられた三日月刀(シミター)の刃。同時に突き刺さる剣呑な視線に、俺は思わず肩を竦めた。同時にシミターが首に食い込み、僅かに体力が減少する。

 

「あんたは......!」

 

キリトが何やら怒りのこもった目で睨んでくるが、俺は無感情な瞳でそれを見つめ返す。アスナは信じられないモノを見る目をこちらに向けてきていた。

 

「......どうして」

 

先程とはニュアンスの違う問い。俺はそれを無視し、どうしたものかと考え―――止めた。今の状況では、動けない。詰みだ。

 

「......いいんです、キリトさん」

「な」

 

ネズハは減少した体力を見て、そして弱々しく笑った。

 

「ぼくは殺されるべきで、彼は殺す権利を持っている。彼はその権利を行使しただけですから」

「―――っ!」

「そこを退いてください。ぼくは、この人に殺されなきゃならないんだ―――」

 

だが、そこまでネズハが言ったところで、あるプレイヤー達がこちらへと歩いてくるのが見えた。

......《レジェンド・ブレイブス》。その五人が、ネズハの背後に立つ。

 

「あなた達―――」

 

俺の背後のユキノが、咎めるように声を上げる。だが《レジェンド・ブレイブス》達は止まらない。

 

「......オルランド......」

 

キリトが絞り出すようにそう言う。だがキリトは俺の槍を止めているため動けない。

 

―――だが次の瞬間、オルランドは、この場の誰もが予想だにしない行動に出た。

 

「......ごめん。ほんとにごめんな、ネズオ」

 

震える声でそう言うと、床に膝を突いたオルランドはネズハの置いたチャクラムの横へ、自らの《アニール・ブレード》を置く。そして卵型兜(バシネット)を下ろし、さらに手を床に置き―――額を床に擦り付けた。

同じように、クーフーリン、ベオウルフ、ギルガメッシュ、エンキドゥも武器を床に置き、ネズハを挟むようにして一列に並んで。

 

「ネズオ......ネズハは、オレたちの仲間です。ネズハに強化詐欺をやらせてたのは、オレたちです」

 

土下座していた。

 

わななきにも似た告白が、広間に響き渡る。誰もが動けなかった。驚愕に目を見開き、呆然としていた。

 

そして俺は―――頭が真っ白になるような感覚を抱いていた。

 

―――なぜ、こいつらは土下座している?

―――なんのために?

―――ネズハを庇うために?

―――今さら?

 

 

―――ふざけるなよ。

 

「......ふざけるなよ」

 

思わず無表情が崩れ、怒気が漏れる。ギリィ、と歯を食い縛り、俺は激情を抑えた。

 

―――なぜ今さらネズハを庇う?お前らがやらせたんだろうが。庇うくらいならやらせるんじゃねえよ。自分勝手にも程がある。勝手にやらせて勝手に庇うだと?

 

 

―――ふざけるなよ。

 

「............ッ」

 

こみ上げてくるマグマのような感情の噴出を、無理矢理理性でねじ伏せ、俺は短槍を引き戻す。首筋に当てられた刃を無視して俺は背を向けた。

 

「あなた、」

 

困惑したようなユキノの声。俺は苛立ち混じりに三日月刀(シミター)を左手で掴んでどかし、ユキノを睨みつけた。

 

「―――ッ」

 

怯んだように、ユキノが一歩下がる。俺は漏れでた感情を叩きつけるように、早足で2層のボス部屋を横断し―――3層へと続く螺旋階段を登っていく。

 

「―――ああ、くそ」

 

螺旋階段をある程度登ると、ボス部屋は見えなくなる。誰もいなくなったところで、抑えていた俺の感情は再噴出した。

 

......ああ。この感情の塊がなにか、ようやくわかった。

一つは、何処までも自分勝手な《レジェンド・ブレイブス》達への怒り。そしてもう一つ、僅かに混じってるのは―――嫉妬だった。

 

「............チッ」

 

だからこそ、俺はそんな俺自身に苛ついていた。珍しく、溢れてくる憤激が処理しきれない。俺らしくない。くそったれ。

 

だからだろうか。

乱雑に3層の扉―――エルフと森がレリーフのそれを蹴り破るように開け放った時、俺は背後の気配に気付けなかった。

 

「......ハチマン(・・・・)

 

よく知っている、少女の声。俺がそれに振り向くと。

 

「......!?」

 

パァン、と。

 

一切の容赦なく、アルゴは俺の頬を張り飛ばした。

 

「なんで、あんなことした?」

「――――――」

 

俺は口を開くが、なにも口から出ることはなく―――そのまま口を閉じた。言えるはずがなかった。

 

 

......俺以上の憤怒に染まった瞳、激情にわななく唇。

そして、その目尻から零れ落ちる涙を見たとき―――俺は、なにも言えなくなっていた。

 

「もう二度と、あんなことはするな」

 

おそらくそれらしい理由も屁理屈も詭弁も、あの行動を肯定するための、誤魔化しの言葉はいくらでも思いついている。だがそれらが口をついて出ることは、ついぞなかった。

 

「......すまん」

 

そんな言葉しか、俺は吐けなかった。

アルゴがなぜ泣いているのかもわからないし、悲しんでいるのか怒っているのか蔑んでいるのか失望しているのかもわからない。

 

だが、それしか言えなかった。

 

「......頼むから。二度と、するな」

 

懇願するような、そんな少女の言葉に。俺のコートにすがりつき、泣くアルゴに。

 

「......すまん」

 

俺は、そうとしか、返せなかった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「......つまんないなあ」

 

2層の天井を見上げ、彼女は呟く。その傍らでは、呻き声を上げるプレイヤーが―――四肢を槍や片手剣に貫かれ、地面に磔にされていた。

 

「うん。もういいよ、キミ」

 

彼女は飽きたように短剣を放る。青い光を纏った短剣―――《シングルシュート》は狙い違わず磔にされていた男の後頭部に突き刺さり、男はポリゴンとなって砕け散った。―――すなわち、死。

 

「つまんないなあ」

 

だが彼女は、それを気にも留めない。たった今自分が殺人を犯したことに、何の感慨も抱いてなかった。

 

「なんか面白いことでも、ないかなあ?」

 

合計四本の短剣をジャグリングしながら、彼女は渇望を口にする。凄絶なほど美しいその顔は、「退屈で死にそう」という彼女の心情を物語っていた。

 

「あれも上手くいった様子はないし......」

 

唇を尖らせ、彼女は体を覆う黒い雨合羽(ポンチョ)のフードを被る。

 

「次は、何をしようかな?」

 

美しい声は、浮遊城の底に吸い込まれ―――消えた。

 

 






というわけで、二層終了です。次は少し跳びます。

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