『ベストプレイス』   作:victory

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彼女の一言に彼は歩みを止める

はてさて、こうして生徒会の買い物とやらに付き合う事になってしまった俺は一色のいう目的地、マリンピアに向かって目下移動中の身である。

 

マリンピア、略してマリピンはショッピングセンターをはじめ飲食施設等を備えている所謂大型商業施設であり、ここに行けば大抵の物は揃えられる。また、駅前にある事から比較的総武高校から近い距離にある。一色が行き先にマリピンを選んだのは至極当然だといえる。将来専業主夫を目指す俺的にも遠いと疲れるし買い物はやはり近場で済ませるに限る。遠くに行きたいのではなく、近くに行きたいのである。

 

今は夕暮れ時であり、冬の陽が落ちるのはやはり早い。周囲は既に暗くなりつつある・・・駅前に向かっているとはいえまだ少し距離があり、周囲の人通りは気持ち少なめであり、冬の寒さも相まってかどこかしか物寂しい印象を受けてしまう。

 

駅前に行けばゾロリと並ぶ店先から溢れる光で照らされ明るく、また買い物中あるいは買い物帰りの主婦やら多忙な俺(本当だよ)とは違い暇をもて余した学生やらで賑わっているのだろうが・・・

目的地から離れた距離にあるこの場から聞こえるのは、梢を揺らす冷たい冬の風・・・そして、微かに聞こえる小気味よい鼻歌の音

 

チラリと隣にいる一色を盗み見るとなにやら機嫌が良いのかふんふんと鼻歌を唄っていらっしゃる。

 

機嫌が良さそうでなによりなのだが、先程から一色が時折何かを期待するような、あるいは何かを促すような視線を送ってくるのは俺の気のせいだろうか・・・気のせいだと信じたいのだが・・・気のせいだといいな

 

一色の視線の意味を考えていると、一色は先程までの機嫌の良さはどこにやら、鼻歌を止めなにやらつまらなそうに口を開いた。

 

「先輩・・・女の子と二人きりで無言ってどうなんですか・・・何か喋ってくださいよー、私、つまらないです」

 

 

どうやら一色は無言だった俺に機嫌を損ねたらしい。

無言でも俺的には問題ないのだが、一色的にはNGだったようだ。先程から一色がチラチラ送っていた視線にはそんなメッセージが込められていたようだ。俺と一色はツーカーの仲じゃあるまいし・・・長年ぼっち生活を送ってきた俺に分かる訳があるまい。無理無理かたつむりである。

 

 

あと、何か話せって何を話せばいいの?

千葉についてならいくらでも話せるが・・・

チーバ君や、なのはな体操、東京ドイツ村とかか?

千葉なのに東京ドイツ村って・・・千葉なの?東京なの?ドイツなの?

 

「先輩・・・その顔からどうでも良さそうな事を考えているのはなんとなく分かりますが、今は私の事を相手してください。で、何かありますか?」

 

  

何かありますかってお前・・・

あとどうでもいい事じゃないんだが・・・

 

「あぁ・・・なんだ、その最近どうだ?」

 

捻りに捻りだした会話の糸口がこれである。

やだ、俺のコミュ力低すぎ・・・ワロえないな

 

 

一色は聞いた瞬間ガクリと肩を落とすと深い溜息をつく。

 

「はぁ・・・最近どうだって・・・捻り出したのがそれですか・・・まぁ、いいですけど・・・」

 

何やら不満そうな一色だが、再度溜息をつくと気を取り直したのか直様顔を上げ顎に手をあて何やら思案しながら口を開く。

 

「最近ですか・・・最近・・・まぁ、色々とありましたけど・・・先輩と一緒にお昼出来る事が一番嬉しい事ですかね!せ・ん・ぱ・い・と♪」

 

きゃるん♪といったいつものあざとい笑顔を浮かべる一色を見て思わず苦笑いになってしまう。

 

「あぁ・・・そう」

 

「むっ、冷たい反応ですねー」

 

少しむくれた顔の一色であったが、チラリと俺の顔を見ると一転ニヤニヤした悪笑みを浮かべる。

                                    

 

「冷たい反応は残念ですけど、うっすら頬を染めている辺り実は照れたりします?」

 

「ばっか、寒いからだろ・・・」

 

 

「ベタな照れ隠しでごまかさなくてもいいですよ?」

 

「俺の言葉聞いてた?寒いから頬が赤くなってるって言っただろ・・・」

 

「はいはい、先輩がそういうのならそういう事にしておいてあげますね」

 

やだ、いろはすの自意識高過ぎ・・・

むしろ高過ぎて浮遊しちゃう位だな

凄い楽しそうだしよ・・・

 

「っていうか、先輩はどうなんです?」

 

「どうって?」

 

「いやいや、最近どうかって事ですよ」

 

最近どうかって聞かれても特に変わった事はないんだが・・・ぼっちなのは変わらないし、ビターな人生歩んでいるのも変わらない。戸塚が天使でオアシスなのも変わらない。変わった事といえば・・・あるっちゃあるか・・・

 

「あんま変わった事はないが・・・変わった事といえばベストプレイスに一色、お前がよく来るようになった事位なんだが・・・」

 

「は?ベストプレイス?」

 

『ベストプレイス?意味が分からないんですけど?』

みたいな感じの低い声を出す一色。

 

なんかムカつくなその反応・・・

 

「いや、最近よく来てんだろ・・・というか明日からそこで一緒に食いたいって言ってたろ・・・」

 

言うと一色は『あぁ』と納得のいった顔になる。

 

「ベストプレイスって特別棟一階の先輩が昼休み独りでいたあの場所ですか?」

 

『独りでいた』が強調されているのは気のせいだろうか?気のせいだよね?

 

「そこの事だよ。クラスで居場所のないぼっちな俺が見つけた安息の地があそこだ。ぼっちにとっての最高の居場所ってやつだな」

 

「クラスで居場所がないぼっちにとっての居場所、ですか」

 

そう呟いたと思うと一色は何故か俯き考え込む。

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

    

べ、別にそんな深い事を言ったつもりはないんだが、一色は何やら考え込んでおり俺達の会話は暫く止まった。

 

聞こえるのは周囲を行き交う人々の雑踏あるいは話し声、車の走る音・・・先程と異なり人通りも多くなったのだから当たり前といえば当たり前なのだが、どこか違う場所に来てしまったかのような錯覚に陥る・・・下校時に女の子と出掛けるだなんて慣れない事をして疲れてるのかもしれないな、俺は・・・

 

「・・・ですね」 

 

そんな事を考えていると一色がボソリと何やら呟いた。

 

「え?なんだって?」                          

 

「じゃあ、明日からあそこは私と先輩のベストプレイスですね」

 

「は?」

 

「なんですか?その『はぁ・・・何か言っちゃってるぜ、こいつ』みたいな低い声・・・イラッときます。イラッと」   

 

やや眉をひくつかせ不満気な一色だが、一色、お前もさっき俺に似たような反応したと思うぞ? 

というよりも何やら考え込んでいたから何を言うのやらと正直身構えていたのだが・・・やや拍子抜けである。

 

「ベストプレイスはぼっちの居場所だぞ?お前と一緒じゃぼっちじゃねぇじゃねーか」

 

「いえいえ、ぼっちですよ?ぼっちはぼっちでも私と先輩の『二人ぼっち』ですけどねー」

 

どや顔で恥ずかしい事を言う一色。

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・何か言ってください」

 

一色は自分で言った事が恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしている。恥ずかしいなら言うなよ・・・なんかこっちも恥ずかしくなってきたじゃねぇか・・・顔が熱い・・・冬なのに顔が熱い 

 

というか普段のこいつならそんな事言いそうにないんだが・・・テンションも妙だし・・・最近の一色がよく分からない

 

未だに顔を真っ赤にしている一色を横目に歩いているとマリンピアが見えてきた。付近の駐輪場に押していた自転 車を停めマリンピアに向かって歩き始める。

二人並んで入口に差し掛かった辺りで恥ずかしい発言から立ち直ったのか一色は神妙な様子で不意に口を開いた。

 

「二人ぼっち発言はなしですけど・・・」

 

「けど?」

 

「あそこは私にとってもベストプレイスになるはずです。だって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私もクラスで居場所がないですから・・・」

 

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・冗談です」

 

そう言い残し俺の一歩先に進む一色の背中を直ぐに追う事が出来ず暫し俺は立ち止まってしまった。

 

 

続く


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