銀河英雄伝説 異伝、フロル・リシャール   作:碧海かせな

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000 とある著者の前書き

 フロル・リシャールの秘密を、知っている者は数少ない。知っていた者も、その口を閉ざしたままあの世に旅立っていってしまい、今となっては私がただ一人残るだけになってしまった。

 

 私自身の寿命もまた、長くはないだろうと、漠然と感じている。いかに医療が発達したといっても、人の寿命を永遠に延ばすことだけはできない。私もまた、老いという死に神からは逃れることはできないだろう。だから、今これを記している。

 フロル・リシャールを語る言葉は、いくつも存在する。賞賛するものもあれば、罵倒するものも。だからこそ、私は私だけが知りうる真実を、書き記しておかねばなるまい。

 

 私が中身のない真っ新なの革手帳を買ってきたのは、ほんの昨日のことである。

 

 私が彼から秘密を告げられたのは、彼が亡くなるほんの一週間前であった。彼の秘密は、ある者にはただの戯れ言でしかないと一蹴されるものだった。だが、彼と長い時間を過ごしていた私には分かる。彼は嘘をついていない。

 彼は、私に本当のことを教えてくれた。

 例えそれが他の誰にも信じられないような事実であっても、私はそれを信じている。

 それが、私を心から愛してくれた彼に対する、私なりの信頼なのだ。

 

 さて、これを書くに当たって私は、彼を知る者が書いた、彼と同じ時代を生きた者たちの手記や自伝をすべて読み返した。手に入る限りの資料を集め、それの再構成を試みた。彼の人生を知るためには、彼の一面を知る者の人生もまた、知らねばならないと思ったからだ。その結果、私は私の知らない彼の一面もまた、知ることが出来た。これは私にとって思いもかけない喜びを、私にもたらしてくれた。

 だからその喜びを、少しでも残したいと思う。

 

 この革手帳を読むのは、きっと私の子供たちだけだろう。あまり門外に出していいものでもない。読んでも、きっと誰も信じないだろう。

 信じないだろうから、これは小説である、と考えて欲しい。

 ちょっとしたノンフィクション・ノベルである。

 著者である私は、私が見たことのない景色を、それを見た者の目を借りて記述する。あたかも私が見てきたことのように。

 世に存在するノンフィクション・ノベルの例に漏れず、この物語にはある程度の脚色や誇張があるだろう。私の想像や、願望が反映されているかも知れない。

 そこにいったいどれだけの調味料(うそ)が含まれているかは、秘密である。

 私だけが知っている、秘密となるだろう。 

 

 ちなみにこの物語の中では私もまた、ただの脇役に過ぎない。私自身も三人称で記述していることを、注意していただきたい。

 この話の主人公は、私ではない。

 フロル・リシャールだからである。

 

 それでは私は(フロル)の物語を紡ごう。

 私の愛する、フロル・リシャールの物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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