「ふぃ〜、すっきりしたー。でっかいのでたわ。いやマジで。バナナ二本。…聞いてんの?ワンサマ」
「なんで大会当日に快便の話なんて聞かなきゃならないんだ…」
「だってシャル達着替え行ってんねんもん」
「お前この話女子にするつもりだったのかよ!!」
「え?」
「えっ…?…あれ?俺が間違ってんのか…?」
「そうなんちゃう?」
キャノボ当日、俺とワンサマは男子便所前でだべっていた。端から見たらやたらぴっちりしたスーツを着た変態みたいな男子高校生がいかがわしいことを企んでるように…見えへんか。服装が変態なんは事実やけど。
「にしてもアレだな」
「ん?」
「楯無さんってマジでスゲェな」
「そりゃな。代表歴で言えば今IS学園にいる中で一番長いし」
「歴、かぁ…」
「まあ密度にもよるけどな。あとはその他もろもろ」
ぶっちゃけ競技というのは大体が、長さ、密度、その他もろもろ、この三つで勝敗が決まると俺は思っている。
「てかあいつら遅くね?」
「…そうだな。いくらなんでも遅すぎる…。っ、ま、まさか!」
「便器詰まったんか!」
「違ぇよ!襲撃とか、そういうのだろ!こういうイベントなんだからあってもおかしくないって今朝千冬姉も言ってたじゃねぇか!」
「織斑先生だ、馬鹿者」
「ふげっ!?」
男子便所前に降臨した元世界最強。…字面がひっどい事になってるのは置いておいて、全身を黒スーツに包んだちっふー先生が、いつも通り見えない程の速度でワンサマの頭を出席簿でしばいた。
「あ、せや。ちっふー先生」
「なんだ?」
「その出席簿って何でできてるんすか?その腕力で何回しばいても凹みもせぇへんって…」
「何って…形状記憶加工済みのプラスチックだが?」
「…どこ産?」
「……兎だ」
「oh…」
「そんな何かを悟ったような顔をしないでくれ…」
左手で顔を覆い、天を仰ぐちっふー先生。曰く、とある日にいつも通り出勤したらいつの間にかすり替えられていたらしい。
「で、お前達はここで何をしていたんだ?」
「あぁ、セシリア達待ってたんっす」
「オルコット達ならこの階の女子便器が詰まっていたからもう少し遅くなるぞ」
「マジで詰まってたのか!?」
「あぁ。このキャノンボール・ファストはIS学園の学生が近くで見れる数少ないイベントだからな、卒業生やら受験生やらが見に来ているらしい。そのせいで詰まったそうだ」
「受験生なら勉強しろや」
「…息抜きぐらいさせてやれ」
ちっふー先生から現在の観客席の状況を伝えられ、それに反応したところ、ため息をつかれた。
いや、要らんやろ。むしろ倍率1万超えてるIS学園受けんのに休憩とかしてる場合ちゃうと思うねんけど。
「時守。お前、優勝は狙いに行くのか?」
「え?いや、まあそりゃ出るんやし、狙いにいくっちゃいきますけど、何で今?」
「なんとなく、だ。そら、早く行け悪ガキ共。お前達も便器を詰まらせるような真似はするなよ」
「あ、それなら剣が詰まらせたから2人で直しておいたぜ」
「お前らも詰まらせたのか!!」
◇
「うぇーい」
「…うぇーい…」
「…えっ、乗ってくれんの簪だけ…?」
「み、皆が皆お前みたいに緊張していない訳ではないんだ!」
「いや、モッピー絶対剣道の決勝とかの方が緊張してるはずやろ…」
「そ、そうだぞ師匠!師匠も緊張しているかも知れないが、私は師匠以上にきんちゃうしていりゅのだじょ!」
「ラウラ…」
「ラウラさん…」
「はぁ〜…ラウラ、かあいいよぉ…」
「アンタだけおかしいわよ、シャルロット」
「…なんか皆いい感じにリラックスしてるなぁ…」
「お前には言われたくないわ」
あれから、セシリア達が俺達のところに合流し、ちっふー先生のツッコミ祭りが開かれた。いやぁ、人ってどんな才能が隠れてるか分からんもんやな。あのちっふー先生にまさかツッコミの才能があるとは思わんかったもん。鍛えられた肺活量からなる無限のツッコミ。鍛えられた肉体による神速の動き。そして初心な本人による多彩な表情。ほんまにおもろかった。簪なんか俺の影に隠れて地面叩きながら爆笑しとったぐらいやし。その後ちょっと絞られてたけど。
「みなさーん。そろそろレースが始まりますから、スタート位置に付いて下さいねー」
「うーい」
山田先生の指示に従い、地面のマーカーに沿ってスタートラインへと移動する。…はっ!?
「山田先生のあだ名考えんの忘れとった!!」
「それ今考えること?」
「…ちゃうな。大丈夫やって、シャル。そんな目せんでも。ちゃんと、全力で勝ちに行くから」
「…うんっ。なら、良し。僕も負けないからねっ!」
俺の方に満面の笑みを浮かべるシャルを見て…ふと、思った。優勝してにこやかに微笑みながらドヤ顔のシャルと、優勝を逃して悔しそうに頬を膨らませ、目尻に涙を溜めるシャル。どちらの方が可愛いのか。簪とセシリーの分も含めて6回ぐらいキャノンボール・ファストやりたい。…めっちゃ急にやる気出てきた。
『それでは、ただいまより1年生の専用機持ちによるレースを開催します!』
無事、ハウリングすることなく山田先生のアナウンスが場内に響いた。…何ていうか、あの人こういう公の場ではミスらへんねんな。
周りの7人全員がスラスターを点火させる中、俺は1人ホバリングを続ける。…まあ『完全同調』あるから事前準備もクソも無いしな。
周りの7人が高速機動用のハイパーセンサー・バイザーを下げる中、俺はぼーっと宙を見ていた。…『完全同調』のおかげで普通のハイパーセンサーを高速機動用にちょちょいと調整することぐらいは試合中にでもできるし…。
そんな風に、周りと比べて少しぬぼーっとしていた俺を尻目に、シグナルランプは点滅する。
3…2…1…。
『ゴーッ!!』
え?…何でぬぼーっとしてるんかって?…そんなん。
『あぁっと!優勝候補筆頭、時守選手!スタートで大きく遅れてしまいましたぁー!』
「よしっ!スタートで引き離せたぞ!」
「い、いや待て一夏!逃げろ!これは…罠だ!」
「…レース物、ってかこのキャノボはな、後手必勝や」
最初から出遅れるのが狙いやからに決まってるやん。
皆がスタートしてから数秒後、『完全同調』を発動させると同時に俺もスタートする。これにより、先頭集団7人を、俺1人が追従するという形になるが、これこそが俺の狙いなのだ。
「あのなぁ…、ブラインドショットとか後ろ向きながら攻撃するとか、そんな慣れへんことするよりも…」
「する…よりも?」
「後ろから1人ずつ落とした方が確実やろ?」
「えげつねぇこと考えてんな!…っクソ、皆、まずは距離を取るぞ!」
先頭の中でも後方にいた一夏が、全員に声をかける。元々のお人好しからなのか、それとも落とされた機体の巻き添えを嫌ったのかは分からないが、その一声によって7機が散り散りに分かれた。
「おー、めんど。ランペイジテール、二本展開」
「はぁっ!?『完全同調』中は展開できないんじゃないの!?」
「それは『金夜叉』が要らんって思って最初に省くだけや。…後で俺が要ると思ったら展開ぐらいできるわ。…操作だるいけど、なっ!」
「ぐっ、!相変わらず蛇のように動く…!」
「ちょっ、なんで狙いがアタシ達なのよ!」
けど、そんなこと気にせず鈴とラウラをランペイジテールで攻撃する。狙いはただ一つ。このキャノンボール・ファスト用に調整されている『甲龍』と、ランペイジテールに似た鬱陶しい武装『ワイヤーブレード』を積んでいる『シュヴァルツェア・レーゲン』を早めに潰しておきたいからだ。
箒や一夏の機体は論外として、シャルとセシリア、簪の機体は後方への強襲にあまり向いていない。…って言っても俺見解やけどな。それに引き換え、鈴の今の『甲龍』は高速機動中の横になった体勢でも前後左右への衝撃砲が可能であり、ラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』はワイヤーブレードを後ろで適当に振り回すだけで後方への抑止力となる。
まあつまりは運要素と危険因子を排除する目的でこの2人なのだ。
「悪いな、それは終わってから話すわ」
「ふんっ!アタシも、ただで負けてないって、のっ!」
「それは私も、だっ!」
やはり予想通り、前方から衝撃砲とワイヤーブレードが飛んでくる。…が。
「掛かったなアホが!『オールラウンド』、モード双龍!」
「んなっ!」
「くっ…!し、しまった…!」
「へっへー。相手の行動を狭めてから嵌めるってのは、勝負でもよう使われる戦法やろ?」
オールラウンドを前方で回転させ、衝撃砲を弾くと同時にワイヤーブレードを絡めとる。これでラウラを落とせる、と思っていたのだが。
「…ふぅ。危ない。もう少しパージするのが遅れていたら落されるところだった」
俺が絡めとったワイヤーブレードを瞬時にパージすることで俺の元に手繰り寄せられるのを回避。この決断力は流石は軍人といったところか。
「悪いな、嫁よ。私も勝負ごとには勝ちたいのでな!」
「お、おいラウラ!」
さらに、機体の隙間を縫うようにして前方に出ようとするラウラ。俺と物理的にも距離を置き、さらにその間に少しでも遮蔽物を置くことで俺からの攻撃を避けるつもりなのだろう。…非常にいい考えだ。最も、俺だけに対しては、の話だが。
「邪魔ですわよ!ラウラさん!」
「わざわざ私たちの前に出てきてくれるとはな…。ラウラ!まずは、お前からだ!」
「ちぃっ!師匠の次はお前達か!」
最前を突っ走っている箒とセシリアがそれを良しとする訳が無く、ラウラへの猛攻を開始する。…後ろから見ている限り、その3人以外の、シャル、一夏、簪、そして現在進行形でランペイジテールの餌食になっている鈴は、俺の更なる追撃に備え、前方への攻撃よりも後方への防御に力を注いでいるようだ。
「…っ、…、はぁ…」
「…一夏も、攻撃したいならすればいいのに」
「えっ!?か、簪さん…。何で俺の考えてること分かったんだ?」
「…顔に書いてあるから。でも、今ここで攻撃するのは正解だと思う」
「えと…じゃあなんで簪さんは攻撃しないんだ?」
「……安全地帯を自ら崩す馬鹿はいない」
先ほどから、何かをしようとしているのかは分からないがそわそわしすぎている一夏を見かねて、簪が声をかけた。
現在、簪は丁度ひし形の真ん中にいるような状態になっている。頂点にラウラ、その次にセシリアと箒、真ん中にシャルと簪と一夏、その後ろに鈴、そして俺、という順だ。
「…前と後ろで潰し合いをしてくれるなら、漁夫の利を狙うのは当たり前…シャルロットもそうしてる…」
「あ、あはは…バレちゃった…」
「何呑気に話してんのよ!ちょっとは助けなさいよぉ!」
「…今の話、聞いてた?」
相も変わらず、ランペイジテールを『双天牙月』で弾いている鈴が簪に助けを求めるも、簪は答えない。…今は、頂点を決めるレース中なのだ。好き好んで敵を救う者などそうはいないだろう。
「…ん?…おぉ、そろそろか。『オールラウンド』、モード具現一閃」
「んげっ!?アンタなんでこんなタイミングで!?」
「前も俺らもこんな膠着状態やったら、レース進まんやろ?」
レースも一周が終わろうとしており、順位はさほど変わっていない。作戦通りに行けば間違いなく1位にはなれると思うが、ここは念には念を入れて、早めに抜きにかかる。
だが、突如として飛来してきた光線に、動きを止めてしまった。
流石にまずいと、思ったが、どうやらレースの展開ではなく、別の意味でまずいようだ。
「…サイレント・ゼフィルス…!」
どう見ても先に行かせてくれなさそうな存在が、背後に太陽を携えて、俺達を見下ろしていた。
「ふっ…。いくぞ、凡俗共…!」
獰猛な笑みとともに突撃してきたそれの背後から、無機質な物体が俺の元へと飛来した。
「お前達の相手はこの私だ…。さて、国連代表…」
全部で4機、以前とは姿も形も、恐らく仕様も全く異なるそれは、ある意味俺のトラウマとなっている存在だった。
「お前の相手は、そのゴーレムⅡ達だ」