IS 西の男性操縦者   作:チャリ丸

73 / 125
大学での初テストです。ちょいと緊張気味。


束の間の休息

 

 

「何が…どないなっとんねん…!」

 

とある土曜日の朝、食堂で新聞を握りしめながら、俺は唸っていた。広げられている新聞に目を落とせば、スポーツ欄に載っている選手達が嬉しそうに騒いでいる。

 

「DeNAマジック点灯やと!?」

「一体朝から何の話してんのよ」

「ん?お、鈴。おっす」

「ん。座るわよ」

「おぅ」

 

セ・リーグの結果という、他の専用機持ちにとってはそこまで重要な事ではない記事に驚嘆する俺の向かいに、鈴が座った。その手には朝食が乗っているであろうプレートがある。…にしても。

 

「サラダにヨーグルト、アサイーって…」

「な、何よ…」

「お前乙女か」

「乙女よ。失礼ね」

 

せやったな。こいつも一応乙女やったな。…でもな。

 

「残念ながらまだそれやったら乙女ちゃうわ」

「自分から言っといて何言ってんの?アンタ」

「俺のメニューの方がまだ乙女」

「…はぁ。じゃ、何食べたのよ」

「季節のフルーツと野菜ジュース」

「あんまり変わんないじゃない!!」

「そうか?」

 

サラダとフルーツやったらだいぶちゃうと思うけど。味とか、後は形とか。

全くもう、とぼやいた鈴は手を合わせ、サラダを食べ始める。乙女とか言っておきながらかなりのハイペースで食べ進められているそれは、瞬く間に器の底を見せ始めた。

 

「食うの早すぎやろ」

「そう?…ごちそうさま。セシリアとかは?」

「4人で秘密の特訓やと」

「へぇ…。アンタは大丈夫なの?」

「何が?」

「いや、何がって…、キャノンボール・ファストの高速機動演習よ。一夏から聞いてるけど、あんまり自主練とかしてないんでしょ?」

「あー、まあなー」

 

鈴の言う通り、俺は数週間後に迫ったキャノンボール・ファストに向けて、あまり訓練という訓練は行っていない。

最近の主なメニューは軽い機動の確認と機体の調整、コースを確認しながらのイメージトレーニングなどといった、非常に肉体に負担のかからないものになっている。もちろん、セシリア達からの要望やちっふー先生からの命令と言うのもあるが、俺自身キャノンボール・ファストに向けてそこまでの訓練をする必要がないと感じたからである。

 

「むっ…、何よ。訓練しなくてもアタシたちに勝てるって言いたいの?」

「別にそうは言ってへんやん。ただここで急ごしらえみたいに高速機動演習する意味が無いってことや」

「ってことは…、やっぱ夏休みにしてたの?」

「あぁ。たっっぷり、とな」

 

時間にしておよそ250時間。夏休みに入る前、福音と戦った時、すでに代表候補生として数年ISを動かしていたセシリアが20時間だったことを考えれば、馬鹿みたいに多い数字である。

 

「ちっふー先生が引退したせいでな、機動部門も格闘部門も総合部門もどの国でもアホみたいに代表鍛えてんねん」

「あ、そっか。千冬さん引退したんだったわね」

「そのせいで俺もアホみたいに鍛えることになってもてん」

「なるほどね。だから今更付け焼き刃みたいに鍛える必要が無いってこと?」

「そゆことそゆこと」

 

故に、俺にとって数週間前だからといって猛特訓するのは、テスト前日に徹夜で勉強するのと同じようなものなのだ。

 

「てかさ、お前は大丈夫なんか?」

「え゛…、な、何が?」

「何が?ちゃうわ。高速機動演習や。まだ中国からパケ来てへんねんやろ?そろそろ来るんちゃうん?」

「あ、あー…。そういやそんなこと言ってたような気が…」

 

鈴が遠い目をしだしたのを見て、俺は手元にあるパックのいちごオレの残りを吸う。

 

「てかはよ練習行けや」

「は、はぁ!?もうちょっと他に言い方ないの!?しかもあんたにだけは1番言われたくないし!」

「ワンサマが箒とかラウラ侍らせてんで」

「アイツのことは今はどうでもいいの!」

「いや、どうでもいいって…」

「ぶっちゃけ雪羅も零落白夜もない一夏なんてキャノンボール・ファストじゃなんの脅威でもないのよ。アンタもそう思うでしょ?」

「まあな。でもあいつ変に本番に強いから若干怖いってのはある」

「あー…。ま、何でか分かんないけどそれが一夏なんじゃない?」

「何やねんそれ」

 

ズゾゾゾゾ…と音がするまでパックを吸い続け、吸い終わると同時にテーブルに戻す。そんな単純なはずの動作に、目の前にいる鈴はやたらと視線を向けてきている。

 

「どした?」

「ふぇっ!?い、いや…なんでもない、けど…」

「そか。んじゃ、俺もう行くわ」

「そ、そう…」

 

何でそんな反応すんねん。アレか?俺がいちごオレ飲んでたからか?

そんなテキトーな考えを抱きつつ、目的地へ向かうために席を立つ。

 

「あ、せやせや。言うん忘れとったけど」

 

ふと、何となくだが言いたいことができたので、一瞥する。

 

「俺は、お前にも一夏にも、負ける気は無いからな」

「…は、はぁ?アタシも負ける気なんて無いけど…なんで急に?」

「何となく、や」

 

再び鈴に背を向け、右の手をひらひらと振る。

 

「さてと…。いっちょやりますか」

 

 

 

 

 

 

「そういやさ、ラウラ。お前今キャノボの予想どうなってるか分かる?」

「む?それは、本命や大穴という意味で、ですか?」

「そうそう」

 

その日の放課後、シャルとセシリア、簪に声をかけられた俺は、当初の予定を変更してアリーナに足を運んでいた。

当初の予定といっても、軽い調整がてら『金夜叉』でわちゃわちゃする程度なので、居てもいいと言われるのなら俺は喜んでこっちの訓練に参加する。

 

「確か…、本命が師匠と簪、対抗に私とシャルロット、鈴、セシリアで穴が箒、大穴が嫁だったような…」

「うげ…、俺本命かよ。胃ぃ痛なるわ」

「…」

「い、いや。冗談、冗談やからその疑いの目やめてくれへん?」

 

ラウラの目から、本当はそんなこと微塵も考えていないのだろうという意思がひしひしと伝わってくる。機体の速度自体はそんなに速ないねんからそんな目しやんといてほしい。

 

「てか後一週間やってんな。初めて知ったわ」

「どれだけ興味無いんですか!」

「きょ、興味無いとかちゃうくてな?普通にまだ時間あると勘違いしててんて。いや、ほんまに」

 

そのせいでカナとシャルとのデートが先送りになってしまったのだ。キャノボ許すまじ。

 

「…ということはもしや嫁の誕生日プレゼントも用意していないのでは?」

「んげっ…。忘れとったわ…、時の流れる早いこと早いこと」

「師匠…」

「白ブリーフでえっか」

「師匠!…このっ…!」

 

ふざけてたらレーゲンのゴツゴツした拳で殴られました。

ちょ、やめいラウラ。さっきからゴインゴイン言うてるし、隣にいる簪もずっと苦笑いしてるやん。

 

「うえーん、簪ー、ラウラが虐めてくるー」

「え、そ、その…うん。…とりあえず、『完全同調』…解除して?」

「え、なんで?」

「…し、『完全同調』発動してたら…なんか怖い」

「こ、怖っ…」

「あっ、ご、ごめんね…」

 

とりあえずラウラから逃げるために簪の元へと『完全同調』を発動させて駆け寄ったら怖がられた。

危ない危ない…。簪に怖いなんて言われたことなかったから今一瞬死にかけたで…。

 

「…それで、剣。今日は…その…訓練するの?」

「おう。鈴とかにはあんましやらんって言うたけど、やっぱ軽く練習ぐらいはしとかなあかんしな」

「…む?ならなぜ私は呼ばれたのだ?」

「え?暇そうにしてたし、後は実験台として?」

「じ、実験台!?…あ、なるほど。私が遺伝子強化試験体であることと掛けたギャグですね!」

「いや、そんな重っ苦しいギャグ流石によう言わんわ…」

 

ラウラがポジティブすぎてほんま涙ちょちょぎれるわ。なんでラウラってこんなメンタルになってんやろ。転校してきた時はこんなんちゃうかったのになぁ…、誰のせいやろ。…俺かぁ…。

 

「…ねぇ、剣。…剣がラウラと飛んでる間…、私は何をしてたらいいの…?」

「んー…。直視映像で動きを簪に採点してもらってもええねんけど…。やっぱええわ。月曜の授業で山田先生に見てもらうしー…、んー…」

「師匠。本番ではなく、ただの訓練にも関わらず、何をそこまで悩んでいるのですか?」

「ん?あぁ。それはな、本番までのお楽しみを考えてるからや」

 

俺のその言葉に、2人とも揃って首を傾げた。

IS学園専用機持ち組『お人形さんみたいランキング』トップ2を占めるこの2人によるこの仕草は、男として、そして師匠として少し来るものがある。…師匠としてって何やねん。

 

 

 

 

「ではお前達。今日も先週に引き続き高速機動についての授業だ」

 

1組担任、ちっふー先生の声が第六アリーナに響く。

この第六アリーナは、一体何が目的で高くしすぎたのか分からへん中央タワーと繋がっており、高速機動演習が可能となっている。

ぶっちゃけそのせいでここが借りにくいのは言わないでおく。申請に行くと『高速機動演習するの!?』と聞かれ、そこから広まり、ただの模擬戦をしようと思っても高速機動演習目当ての観客がアリーナの客席にちらほらと出てくるからだ。

 

「ちなみに山田先生は今日から数日、アレがアレなのでアレだ」

「やっぱりやまやんも女の子ってことかぁ…」

「結構重たいって本人から聞いてるし、仕方ないよね」

「私達が入学してからもたまにあったし…、まやちゃんってもしかして…貰い手いないんじゃ…」

 

ちっふー先生のその一言により、俺の先日の計画がパーになってしまった。山田先生無念。

ここ、IS学園は俺とワンサマと用務員さん1人を除く全員が女子と女性である。ゆえに、『女の子の日』と称される日のための対策も、しっかりと取れている。生徒はもちろん、教員にもバッチリと対応している。…まあ俺にはあんま関係無いねんけどな!

 

「時守、更識姉が今月まだ来ないと言っていたが?」

「………………は?………へ、…ぇ?…へぇん!?」

「…ふんっ、冗談だ」

 

ふざけんな。マジでふざけんな。今のはいくら天下のちっふーでも許せん。しかもプライベートチャネルでこっそりとか、リアルすぎて多分5秒ぐらい心臓止まったわ。

 

「では、先週オルコットと織斑にやってもらったことを、今週は時守と…」

「あー、俺すか」

「先週から言っていただろうが!んんっ…。それと、この授業だけ特別に講師として参加してもらう、2年2組のフォルテ・サファイアの2名にやってもらう」

「よろしくッス、後輩達!」

 

いつの間にかいた、鈴やラウラと同じぐらいちんまいのが、そこにいた。

 

「おっすフォルテ」

「うっす剣ちゃん。てかいつまでたっても敬語使わないんスね」

「そりゃあ……フォルテやからな?」

「なんすか今の間は!なんで疑問形なんスか!」

「2人とも、少し静かにしろ。お前達も知っているとは思うが、この2人は代表と代表候補生だ。時守は言わずもがな、サファイアは代表候補生だが2年だ。専用機持ち達にも学べることはしてくれるはずだ。なぁ?フォルテ」

「う、ウッス…」

 

マジ蛇に睨まれた蛙。…いや、両者ともちょっと違うな。繁殖期のライオンに睨まれたカタツムリ、ぐらいか。

 

「では、時間も惜しいことだ。そろそろ準備しろ。スリーカウントの後、2週して来い」

「え、そんないきなり?」

「あぁ」

 

 

 

 

「…よし、位置に着いたな?」

「ウーッス。ってか剣ちゃんのISってそんなんだったっスか?」

「変わってん。スーパーサイヤ〇からスーパ〇サイヤ人2に何のと一緒」

「ほえ〜。…ん?てことはめちゃめちゃ強くなってるんスか?」

「さぁ?」

「…準備は、いいか?」

 

千冬姉の背後のどす黒いオーラに、2人はスタート地点で直立した。

今、離れて見ている俺達よりも数メートル離れた地点に、2人はISを纏って立っている。剣は『金夜叉』、フォルテさんは彼女の専用機である『コールド・ブラッド』で器用に敬礼し、額に汗を流している。

 

「……なぜあの方が剣さんと…。先週に引き続きわたくしでも良かったのではありませんこと?」

「ま、まあまあセシリア。観客視点で剣のレースを見れるって考えたら?」

「…それは、良いことですけれど…。せっかくなのですか、二人きりで飛んでみたかったですわ…」

「剣ならきっと、放課後にでも一緒に飛んでくれるよ」

「はっ!そ、そうですわね!」

 

シャルロットの言葉に、セシリアは表情を明るくさせる。

やはり、自分の恋人である剣とは一緒に飛びたいのだろうか、シャルロットも時々頬を緩ませてにへら〜、と笑っている。

 

「織斑」

「は、はいっ!」

 

剣の話題で盛り上がっている2人を、箒やラウラと見ていると、背後から千冬姉に声をかけられた。その声色は怒っているものではなく、普通に話しかける時のものだったが、驚いてしまった。

 

「他の専用機持ち達にも言えることだが、直視映像でどちらか見たいほうの世界を見ておけ。サファイアのチャンネルは299、時守のは003だ」

「ちなみに、織斑先生のおすすめは?」

「そうだな…、ボーデヴィッヒ。たまには年長者の世界を知るということも大切なことだと、私は思う」

「はっ!分かりました!」

 

聞けば、俺達専用機持ちは2人の様子を直視映像という、ISを通しての映像で2人の視界を見ることで、観察できるらしい。

千冬姉に言われ、セシリアやシャルロット達もフォルテさんのチャンネルに合わせている。

 

「では、後数秒で始める。お前達も準備しておけ!」

「ウーッス」

「へーい」

 

声を大きくしながら2人に呼びかけ、千冬姉は離れていった。

 

ほんの少しだけの、ちょっとした出来心から、俺は剣のチャンネルに合わせた。

 

「では行くぞ。…3、2、1…、行け!」

「どんな掛け声ッスか!」

「よっ、とぉ!」

 

―その瞬間、視界が金色に染まった。金色のもやが晴れ、青空が見えたかと思えば、先週の俺とは全く違う視界が広がった。

 

(なん、だ…?これ……。全然、違う…)

 

俺とセシリアが先週やった時のような段階がある加速など一切無く、2人とも一瞬で音速を超え、かつその状態で瞬時加速を連発していた。

 

(それ…だけじゃない…。この、この世界が、『完全同調』の世界…)

 

今、俺の視界は、剣の視界とリンクしてかつて経験したことのないようなものになっている。後方にいるフォルテさんの腕や足、目や頬などの筋肉にズームしながら、前方の空気の流れや気圧の変化を読んでいる。そして目の前に見えるウインドウには、数秒見続けるだけで気持ち悪くなってしまいそうな程のおびただしい数のコマンドが、出たり消えたりしている。

 

「あー!!せこいッス!『完全同調』使ったらやばいんじゃないんスか!?」

「無茶せん程度やったらOKらしいねんてー」

「んじゃ凍らせるだけッス」

「ほわっ!?ちょ、空気凍らすとかえげついって!」

 

ふざけているような雰囲気を出しながらも、2人はその巧みな操縦技術で飛行を続けていく。ふと、直視映像を切って周りを見てみると、そのレベルの高さはみんなにも伝わっているようで、あの箒ですら口をぽかんと開けていた。

 

「こんの…っ、どっかいけチビ!」

「はぁ!?誰がチビッスか!剣ちゃんのバーカ、バーカ!!」

「んやとゴラボケカスゥ!!」

「この馬鹿者共が…!」

 

ため息をつくと同時に、千冬姉が遠くの2人を睨む。千冬姉の視線の先では、フォルテさんのISから放たれた冷気が空気を凍らせ、その行方に居る剣がその氷を一切見ることなくひらひらと躱している。

 

「時守!サファイア!次の1周は本気でやれ!私が手を抜いていると見た瞬間、どうなるか分かっているな!!」

「ヒィっ!?」

「…、うぃーっす…」

 

あっという間に1周を終えかけた2人に、千冬姉が怒号を飛ばした。

それに対してフォルテさんは顔を青ざめ、短く悲鳴を上げ、剣は仕方が無い、といった風に一度頷いた。

 

「剣ちゃーん。そろそろっスねー」

「おぅ。せやな」

 

俺達の目の前まで戻ってきた2人が、旋回のために減速する。まるでドリフトのように空中で旋回しつつ、2周目を迎えた。

 

「んじゃ」

「行くっスか」

 

―瞬間、凄まじい轟音と共に、2人の姿が俺達の視界から消えた。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ…、素晴らしいわ。Mr.トキモリ。…まさかあの領域にまで届きうるとはね」

「うーん、流石にちょいと予想外すぎるし…。やっぱしあの子達、居る?ぶっちゃけ試作品だし、調整機能も何も付いてないガラクタ同然だけど」

「えぇ。貰えるのなら貰っておくわ。…正直、彼相手にMだけでは少し不安だもの」

 

 

 

某国某所、彼女達は嗤う。

 

 

 

「さてさてー、久しぶりにちーちゃん観察日記を更新しますかー!」

「うふっ…。本当に、ここまで楽しみなことは生きててそうそう無かったわ…。あぁ、早く…貴方に逢いたい…」

 

 

歪に口を歪ませて…。




次回は本気出します。

ちょくちょく、「あれ?ここ文抜けてね?」みたいに感じる所があるかも知れませんが、わざとですのであしからず。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。