大学の小テストやらイベントやらで…。
さらに最後のワンシーンをどうするか、というので二週間程迷走していました(白目)
…遊戯王って、デッキ破壊されたら虚無感しか残らないんですね…。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
(何なんだよあいつ!クソ強えじゃねぇか!)
オータムは焦り、苛立っていた。
白式強奪という作戦が失敗したということもあるが、何より自分よりも格下だと思っていた男性操縦者を仕留めることが出来ず、救援に来たもう一人に叩き潰され、完敗したことは屈辱以外の何物でもなかった。
「あんのクソガキども…!次やるときはぶっ殺してやる!」
彼女の脳裏に浮かぶのは三人の少年少女の憎き笑顔。あの二人の男性操縦者と青髪の生徒会長。途中まではうまくいっていた。だが、頭上からもう一人が降ってきてから全てが変わった。
さらに気に食わないのがあの剥離剤という機械を渡してきた組織の少女だ。一度奪ってしまえばもう取り返されないと言っていた。よく考えればそれ自体がおかしかった。なぜそんなことを言う必要があったのか。…答えは簡単。自分を騙し、剥離剤の効果を確かめるためだ。
とどのつまり、あの少女の道具のように使われたのだ。
「テメェもだぜ…!…M…!!戻ったら覚えておいてやがれ…!」
足を止めることなく、その場しのぎで隠れられるような場所を探す。
走り続けていたからだろうか、不意に喉が渇いた。周囲を見渡すと、すぐ近くに公園が見えた。そこに入り、蛇口をひねって口を水に近づける。
唇、口内、喉、と順に潤っていく。
(焦ることなんてない。上の目を欺いて、タイミングを待て…。ゆっくり、ゆっくり…)
非常に癪だが、あいつには実力がある。真っ向からは殺せねえ。奇襲か?いや、毒でもいい。
さらに綿密な計画を練ろうとしたが、自分の口の周りに水分が来ないという異変に気付いた。
(あ?…なんだ?これ…)
目だけを下に向ける。
すると、先ほどまで唇を濡らしていた水が、何もないところで跳ね返っていた。見えない壁に阻まれているように、空中でばしゃばしゃと音を立てながら向きを変えて下に落ちている。
(AICか!)
一瞬で答えを出すことには成功したが、時すでに遅し。自らにもAICがかけられており、逃走することはできなかった。
「ドイツの…最新機か…!」
「ふむ…。師匠の嫁から少しは賢い奴だと連絡が入ったが…やはり馬鹿だな。私のシュヴァルツェア・レーゲンは確かに新型だが、最新機ではない。今ごろ、本国の代表用に第3世代の完成を目指した機体が作られているだろからな」
「てめぇもなめてんじゃねぇぞゴラァ!」
「ま、奪ってばっかやったら分からんやろなー。どこの技術がどんだけ進歩してるかなんて。ただあるのを盗るだけやしな」
「師匠っ!」
「クソガキ…!」
楯無により予測された逃走経路と、時守による尾行からラウラが先に回り込んでいたのだ。
オータムがAICに補足されている間に、後から追いかけてきた時守が『オールラウンド』を肩に担いで歩いてきた。
「あまり暴れるなよ。…うちの狙撃手は、優秀だぞ?」
「ま、直接手は下させへんけどな」
ラウラと時守から少し離れたところ、IS学園の屋上から、セシリアがブルー・ティアーズのライフルをオータムの眉間に照準を合わせて構えている。
『鈴さんやシャルロットさん、簪さんの方ではなく、こちらに来たのが運の尽きでしたわね』
「ああ。正直今のこいつには誰も苦戦はしないだろうが、捕縛に向いている私、そして狙撃のセシリア、追撃してくる師匠が揃うとなれば、な」
『ですわね。それよりも剣さんっ!黙って一人戦いに行くなど無謀すぎますわ!』
「あー、それは…その…」
『ふんっ、ですわっ。話は、これが終わったら、たっっっぷりと聞かせてもらいますわ!』
「…可愛い…」
『もうっ!剣さん!今鈴さん達もこちらへ向かってきていますから、お二人は早く敵を捕まえてくださいまし!』
プライベート・チャネルでセシリアが会話に入ってくる。
話の通り、こちらのメンバーは敵の捕獲に向いている。敵を無力化しつつ、牽制しつつ、動きを止められるのだ。
「そうだな…そろそろ聞き出すか。お前のIS、アメリカの第2世代機の『アラクネ』だろう。どこで手に入れた?」
「誰が言うかよ、ばァか」
「…そうか。私にも、尋問の心得は多少ある」
「俺にも、な」
「何…?」
「この俺の…いまやIS学園最強とまで言われるコチョコチョ、なめんなよ?」
「てめぇの方がなめてんだろうがぁ!」
時守が両手の指を器用に踊らせる。
中学の頃から改良を重ね、ここIS学園でも数多の被害者を出してきた時守のくすぐりが、オータムに襲いかかろうとした、刹那。
「っ!セシリア標準!ラウラはそいつ見張りながらヘルプに回れ!」
「『了解っ!』」
「…ほっ、…よっ!」
3人のハイパーセンサーが遠方に新たな敵を捉えた。
その敵はラウラをロックし、いきなりエネルギー弾を撃ってきた。集中力を必要とし、なおかつエネルギー兵器にあまり効果がないAICの解除を目的としたものだと、3人は一瞬で判断した。
時守の指示の元、セシリアはライフルのスコープを敵機へと向け、ラウラは『越界の瞳』を発動。そして時守は瞬時に『完全同調』を発動させ、エネルギー弾を撃ち落とすと同時に、敵機へと突っ込んだ。
「誰やお前。まだまだちっちゃいガキンチョやんけ」
「……国連、代表か…」
「なーんで俺はその愛称で親しまれてるんかねぇ」
『剣さん!お気をつけてください!その機体はイギリスの最新機、第3世代IS『サイレント・ゼフィルス』ですわ!』
「…へぇ、てことは被害にあったんはイーリのとこだけちゃうってことか…」
セシリアから入った通信より、自分の目の前にある機体も奪われた機体だと分かった。
そして、あのセシリアが気をつけろと言った。さらに、イギリスの最新機ということ、操縦者の態度、表情…。
時守の額に、わずかだが嫌な汗が流れ始める。
「…ビットは、増えてる感じ?」
「それはな…自分の目で確かめろっ!」
「くそっ!」
敵のセリフとともに、セシリアのブルー・ティアーズのビットよりも多い、六基のビットが解き放たれた。
(やばいな…。よりにもよってビット使いかよ。流石にもうそろそろ、身体がもたんぞ…)
時守の懸念は、実力差よりも、自らの身体にかかる負担の大きさにあった。
先ほどの更衣室での『アラクネ』の装甲の爆発。一見、時守が『双龍』によるシールドでその衝撃を消していたように見えたが、実はそうではなかった。足だけでは踏ん張りが足りないため、身体と機体の支えにランペイジテールを加え、対抗する威力を上げるために翼部スラスターを噴射させていたのだ。
その時の莫大な衝撃により、身体の節々や筋肉、内蔵に更なるダメージが蓄積され、なおかつ高レベルの演算を必要としたためかなりの頭痛が頭と身体を蝕んでいるはずだ。
現在も『痛覚遮断』を用いているが、それも肉体が動いてくれなくなれば意味がなくなってしまう。
「この…、具現一閃!」
中距離でひらりひらりと躱しつづける敵に、具現一閃を振るう。まるでゲームに出てくるホーミング弾のように迫ったが、触れる寸前、またひらりと避けられる。
「こんの…!うっ…ぜぇ!」
「はぁっ!剣さん、大丈夫ですか!?」
「あぁ。…ただ、六基ってのがウザすぎるわ。…ってあぶね!」
時守の元へと飛翔してきたセシリアがフォローにまわるも、敵はその優れた操縦技術を駆使して2人を攻撃し続ける。
六基のビットで時守を、自らが構えるライフルでセシリアを狙い、引き金を引く。
ビットが時守の周りをまるで先を読むかのように移動する。だが、それが優れているのは時守も同じ。ビットの動きの先を読み、なんとか敵の懐への侵入を試みる。
追撃するビットから放たれたエネルギー弾をランペイジテールで叩き落とそうとした、その時だった。
「はぁ!?ぐっ、…クソが…!」
ビットから放たれたそれが、意思を持つかのように曲がり、背中に2発命中した。
その瞬間、時守とセシリアの2人は脳内から1つの答えを導き出した。敵の実力がどれほどのものかを知ることができる答えを。
「…セシリアのビットをライフルで壊す…さらにはフレキシブル、か。…なんでセシリアが使えへんのにお前が使えるんやろな」
「な、なぜあなたがフレキシブルを!?」
「…別に、ビット適性がAでないからといって、偏向射撃ができないわけではない。それにな、一つ言わせてもらうと…」
放ったエネルギー弾を途中で曲げることができるという反則級の技術なのだが、理論上は可能で、現状誰もできない…はずだった。
目の前の少女がやってみせたのだ。ビット適性がAのセシリアにはできない偏向射撃を、やってみせただけでなく、当てて、ダメージを与えたのだ。
言葉の追撃として、少女は続ける。
「私は遠距離はどちらかと言うと苦手でな。…近距離の方がやりやすい!」
「こんの…!」
「セシリア!回避しろ!」
「…っ!?」
「はっ、所詮はただの一般人か!」
「グッ…、やっ…べぇわ…!」
瞬時加速で時守に肉薄した敵は、構えていたライフルを収納して拳で攻撃をしかけてくる。セシリアに気を取られ、さらには奇襲だったということと敵の技術の高さから、じわりじわりと時守のSEが削られていく。
その一方で、六基のビットをセシリアの方へと向かわせ、硬直している彼女を囲う。その球体の中からセシリアを逃がすまいと、薄く弾幕を張る。
ビットに狙われるセシリア、そしてそれを阻止しつつ、敵と相対しようとする時守。…もちろん、今の時守には無理があるのだが。
「『完全同調』、130%」
「何っ!?ぐっ、この…!ちょこ、まかと!なっ、ぐうっ!?」
リミッターを壊してしまえば、どうということはない。
コアを暴走させ、わざと意識に侵食させる。無理な機動による自爆のダメージは増えるが、それと同時に色々な物が吹っ切れた。
例えば―
「ハッ!こんなもん、余裕のよっちゃんや」
「…えっ?け、剣さん?今…何を?」
「アン?…別に、ただビットぶっ壊しただけ、…や!」
理性、感情、性格、などの時守の内側を形作るものだ。
『出来るだけ被害を最低限』にしつつ、『敵を撤退、もしくは撃破する』ためだけに、金夜叉は動く。
至近距離にいた敵を、人間では有り得ない動きで避け、吹き飛ばす。その後、ミシリ、という身体の嫌な音に耳を貸すことなどなく、セシリアの元へと全力で飛び、彼女を囲うビットを破壊した。
「正気か貴様…。自我を放棄するなど…」
「アァ?何でもかんでもてめぇのものさしで測んなや、ぶっ殺すぞ。…ふっ!」
「…ふんっ、そうか。なら…貴様の後ろで呆然としているそいつらを狙わせてもらおうか!」
再び標的を変え、全速力で接近する時守の後ろへと、エネルギー弾が飛ぶ。
自分を超えるビットの操作をする者が現れ、さらに愛する人が豹変した姿を目の当たりにし、硬直するセシリアへと、駆けていく。
「クソがァ!!」
「何だと!?」
「け、剣さん!」
「師匠!」
普通は、追いつけないのだ。放たれたエネルギー弾にISが後から追いつこうなど、無理な話なのだ。だが、時守は今それをやってのけた。
急な方向変換と同時に、骨や内蔵を傷つけながら。
加速すると同時に、身体中に数多の裂傷を作りながら。
弾き飛ばすと同時に、右腕を折りながら。
「あ?…痛ないわ、こんなもん」
時守が左手を、装甲をそのままにして右の二の腕へと持っていく。
ごきり、と。嫌な音が宙に響いた。
彼を除く3人が、敵味方含めて驚愕の表情を浮かべる。表情を一切変えることなく途中で折れた右腕を直線に戻すところを目にしたのだから、当然といえば当然だろう。
「な、何を…?」
「師匠っ!ここは一旦!」
「大丈―」
夫。そう言おうとした時だった。
「あ…?クソっ、マジかよ…」
時守の視界が、ぐらりと揺れた。それと同時に、身に覚えのない謎の浮遊感に襲われた。
「っ!ラウラさん!剣さんはわたくしが!」
「ぐっ、…ちいっ!この…ぐあっ!」
時守のISが、空中で解除されたのだ。
その瞬間、各人が一斉に動き出した。セシリアは落ちる時守を助けるために。敵は、オータムを奪還するために。
今回、ようやく敵とまともに戦うことになったラウラだったが、敵の優れたビット操作とライフルによる狙撃に、その数発をモロに受けてしまった。
ビットの相手をするということもあり、ただでさえ薄くなっていたAICへの集中力が、そこで完全に途切れてしまった。
「迎えに来ましたよ、オータム」
「てめぇ…!」
「話は後で」
有無を言わさぬスピードで、あっという間にラウラからオータムを奪った敵は、一瞬で見えなくなる距離まで飛んでいった。
「ラウラさん、追わないのですか…?」
「…あぁ。敵は相当の実力者だしな。何より、まだ潜んでいる敵がいるかもしれん。そんな中、私が単独で行ったところでどうなるかは分かりきっている」
「…そう、ですか…」
不本意ながらも、敵を見送るラウラの元に、腕に時守を抱えたセシリアが降りてきた。その表情は優れないながらも、しっかりと彼を抱きとめている。
ふと、ラウラはIS学園の方へと目をやった。
ISを装備し、飛んでくる同級生に、駆け足でこちらへと向かってくる上級生、教師が目に入った。
◇
「ラウラ!大丈夫か!?」
「…嫁…。あ、あぁ。私は、大丈夫だ」
「…私は?ってことは…」
陸を走ってきた一夏が、真っ先に私の心配をしてくれる。恐らく、先程までの通信から、私が最後まで戦っていたことを知ったのだろう。そこは嬉しく思う。…だが…。
一夏が辺りを見渡しはじめた時、セシリアに支えられていた師匠が膝から崩れ落ちた。
「ゲホッ、ゲホッ!…ガッ、…ぐ、…はぁ…!」
「剣さん!?」
「お、おい剣!」
見渡していた一夏や私含め、ここに駆けつけた者全員が駆け寄る。左手を地面につき、口から血を吐く師匠の元に。
「くそ…、ちょっと…やりすぎた…っぽい?」
「お、お前…!全身ボロボロじゃねぇか!」
「ははっ…、い、いてて…。ちょいと訳ありでな、ちょっと本気でやるとこうなんねん」
そう言って立ち上がり、師匠は笑った。…だが、他の者はただその表情を暗くするだけだった。特に、師匠の嫁達は。
「ま、何はともあれ、守るもんは守れたな」
はっはっはー、と、今度は声を上げて笑った。…なんと言えば良いのか、分からない。今ここにいる教官でさえ、苦い表情をしている。ボロボロで、血を流し、右腕には折れた痕跡がありながらも笑う師匠に、かける言葉がない。
と、私も俯きそうになった、その時だった。
パアンッ!!
「……え?」
「…何が…っ!何が守れたのよ!全然、全然守れてないじゃない!」
鈴が、師匠の頬を引っぱたいた。それも、軽くではなく正真正銘全力でだ。
「いや、鈴…」
「…あんた、今の自分の身体見て、守れたってほんとに思ってるの…?」
「…それは…」
「…その血だらけの身体と顔で…っ!その痛みで戦闘すらできない身体で、何を守れたってんのよ!」
「…お前、それ…」
「なんで、あんたは…、誰にも…頼んないのよ…。ゴーレムの時や、臨海学校の時とは違って、今回は周りに皆いるのに…」
目尻に涙を溜める鈴の言葉は、私達の心を代弁したかのようなもので、師匠に重くのしかかった。
「あんたはただ、周りを傷つけたくないからそうしてるのかも知れない。でも…、でもそれであんた自身が傷ついてちゃ元も子もないでしょ!?あんたが傷ついていくのを、ただ見てるだけのこっち側の身にもなりなさいよ!」
「…凰、その辺にしておいてやれ。こいつも相当やばい状態だ。先に医務室に連れていくべきだろう。…それに、こいつに色々言いたいのはお前だけではないからな」
激昴し、師匠のISスーツの胸ぐらを掴みんで怒鳴る鈴を、教官が止めに入った。今やるべきは説教ではなく治療だと判断されたのだろう。
そして、最後の言葉を聞き、ここにいる私も含めたメンバーの顔つきが変わった。…確かに、言いたいことは、ある。
私も、セシリア達も、嫁達も、そして、教官達も。
◆
あれから数時間がたった。
学園祭は終わりを迎えつつあり、校内を賑わせていた来賓や招待された客達も帰り始めていた。
ほとんどのクラスが片付けに追われているであろう今、俺達は医務室にいた。
「…剣くん、その…」
「身体のこと、か?」
「…うん」
楯無さんが力なく頷く。その隣では簪やシャルロット、セシリアも不安そうな表情を浮かべている。
「更識、今回の件に関しては私にも問題がある」
「え?」
まさか千冬姉が話すとは思っていなかったのか、楯無さんは疑問の声を上げた。
「…すまない。時守が傷ついてしまったのは、私の監督能力不足のせいでもある。薄々異変には気づいていながらも、こいつのオーバーワークを止められなかった」
「…オーバーワーク…」
千冬姉が言ったそれが、俺も楯無さんも、簪やシャルロット、セシリア、ラウラや箒、鈴もが知らない、剣が傷ついていた原因だった。
「…ほんまは、知られることなく治すつもりやってんけどな」
「だから言っただろうが…。バレれば、辛いのはお前だと…」
「剣くん…」
「…ごめん。便利やと思って使っとった『完全同調』の痛覚遮断があかんかったらしいわ。一夏の零落白夜はSEを、俺の完全同調は俺自身の身体を蝕む諸刃の剣…ってことや。…ま、色々と強化しすぎたら、やけどな」
ベッドから上半身だけを起こし、ギプスが巻かれている右腕を左手で撫でながら、剣は自嘲気味にそう言った。
俺と違い、剣は単一仕様能力を完璧に扱えていると思っていた。…けど、実際は違った。剣自身、その強すぎる単一仕様能力に振り回されていたんだ。
「大丈夫…なの?」
「…あぁ。しばらくの間安静にしながら、緩い運動を続けたらじわじわ回復していくらしいわ。…やから、命に別状はないで、簪」
「そっか……。良かった…」
楯無さんの横で、簪の表情が安堵に変わる。確かに、心臓に負担をかけすぎて止まる、なんていう事が無くて良かった。
「時守、100%まででは対応できなかったのか?」
「…間に合わんかったら、下手し死者が出てた…って判断したんすよ。相手に判断する余裕を与えてしもたら、IS学園に弾撃ち込まれてたかも知れませんし」
「そう、か…。金夜叉が途中で解除された原因は分かるか?」
「SEを減らされすぎたのに加えての高速機動、やと思います。修理から帰ってきたら設定ちょっと弄りますわ」
「…それはお前の勝手だがな。…さて、お前達も言いたい事があるだろう?」
そう言って、千冬姉は俺達にも話す機会を与えてくれた。
…え?いやそれよりも俺は剣のさっきの発言が気になったんだが。
「剣って、自分で機体弄れるのか?」
「ちょっとした設定ぐらいならな。いくらIS学園の教師陣や整備科の先輩でも、流石に最重要機密を見せるわけにはいかへんしな。…ってか今それ聞くんかい」
「…本当に、大丈夫なのですか?」
「あぁ。…って言っても、襲撃とかが無い限りやけどな。…って泣かんといてくれると助かんねんけど…」
「うぅ…っ、ぐすっ…。だって…だってぇ…」
「うん…、ほん、とに…ぐずっ、よがっだよぉ…」
剣の返事を聞いて、セシリアとシャルロットの目から涙がこぼれ落ちた。普段とは全く違う様子から、俺達以上に剣を心配していることが分かる。
本人の口から安否が確認できたからなのか、ラウラや鈴、箒も剣に何かを聞こうとし始めた。
「…師匠。単一仕様能力、『完全同調』の本当の正体とはどういったものなのですか?」
「んー…。悪いけど流石にそれは話せへんわ」
「…なんでよ。あんな目にあって、こんな思いさせて」
ラウラの問いに対する剣の対応に、鈴がむすっとした表情で呟いた。…な、なんか態度とかが怖いんだが?
「え?だってそりゃ、将来世界最強を競い合うかも知れへん奴らに手の内全部さらけ出すとか、そんなアホなことするわけないやん」
「…あ、あー。ソウイウこと…」
「…そ、そういうことかー。ナ、ナルホドナー、流石は師匠だ」
剣があっけらかんとした態度でそう答えると、ラウラと鈴は何故か少し片言になりながらそう返した。気の所為か、奥の方でシャルロットやセシリア、簪達が冷や汗をかいているように見える。
「…剣、その…」
「ワンオフにはたーちゃんは関係ないで、モッピー」
「っ!な、なぜ私が言おうとしたことが…」
「顔に書いてあるわ。どうせ、お前のことやから、また姉さんがー、姉さんがー、あの兎がー、って思ってるんやろ?」
「うっ…、そ、それは…だな…」
「確かに機体をくれたんはたーちゃんや。…でも、それを今の状態に進化させたんは俺や。…ってかもしたーちゃんに責任があったとしてもモッピーのせいちゃうやん」
「そ、そう…か。…すまない、余計な気を使わせてしまった」
「ま、こんぐらいのことであの姉の楚楚を気にしてたら3日ぐらいで胃痛で死ぬわ。普通は」
「…ま、まあその通りだな。…ね、姉さん…3日…、ふふっ、だ、ダメだ…!お腹が…」
「…ふっ、ふふふっ…。束の、楚楚…っ」
「どんなツボしとんねん2人とも。あ、あと何笑ってるんすかちっふー先生。アンタだってあの人のこと言えんでしょーが。こないだだって卵焼き作ろうとしてフライパン斬ってた癖に」
「ちょ、時守っ!!」
医務室の一角は、いつの間にか、剣を中心とした笑顔の溢れる空間へと変わっていた。
…ただ、一つだけ言わせてくれ。
「…千冬姉、一体何十個目の犠牲を出したら気が済むんだ?」
「い、いや…その、アレだ。一夏。これには深い訳があってだな…」
「へぇ…。そっかぁ…」
千冬姉、そういうのだけは弟として許せねぇわ。
◇
「あー、しんど」
ぼふんと、音を立ててベッドが沈み、ぎしっ、と音を立てて軋む。
あれからさらに数時間が立ち、学園祭は表面上、無事に終了した。『各部対抗織斑一夏争奪戦』は、見事うちの部、つまりは生徒会が制した。
いや、流石に観客参加型劇の参加条件が生徒会への投票とかエグい。自動的に票集まるとかマジでビビった。俺の中学ん時の選挙のしんどさはなんやってん。
ちなみに、一夏の生徒会での立場は庶務という名の雑用である。各部へと派遣とか、のほほんがやると危ういような仕事のサポートなどなど。…まあぶっちゃけ学園祭は大した問題も無く終わったのだ。
…そう、学園祭は、だ。
「ぜっっったい、怒ってるよなぁ…」
俺の目下の問題は、現在シャワーを浴びている刀奈の機嫌である。
奇跡的に今日中に、右腕にギプスを巻きつつも退院できた俺だが、俺が自分の怪我よりも気になっているのが刀奈である。医務室で途中から俺のことを無言で見つめていた刀奈だったが、それは食堂でも、そしてこの部屋に戻ってからでも続いた。
その理由が俺が身体のことを黙っていたからだということは分かっている。
どうしよかー、どうなるかー、と考えていると、浴室から聞こえるシャワーの音が止まった。
「…剣くん」
「は、ハイ…」
「…話が、あるわ」
「お、おう…ってオイオイオイ!?服は着よ!?いつもパジャマ持っていってるやん!?」
浴室から出てきた刀奈は、バスタオルで大まかな水気は取ったのだろう、バスタオルを首にかけ、ベッドに座る俺の目の前まで躊躇うことなく進んできた。
いつも脱衣場に持っていっているはずの、白地に青いドットのパジャマも着ておらず、たまに着る白いバスローブも、見慣れ始めた彼女の勝負下着もそこにはなく、あるのは完璧なプロポーションを誇る刀奈の裸体だけだった。
「…私、怒ってるのよ」
「はい…」
「…と、言うわけで。ん、しょ…っと」
「あ、あの…刀奈さん?流石にそれは…」
「私は、怒ってます。…えいっ」
「い、いふぁいいふぁい。はなひてや」
俺の膝の上に向かい合うように座った彼女は、俺の頬を両手で引っ張った。
少したった後、頬から手を離した彼女は、今度は俺の背中へと両腕を回した。
「……本当に、心配したのよ…」
「…ごめん」
「…これから、無茶しないっていうのは信じてる。私たちはもちろん、織斑先生やみんなも目を光らせると思うから…」
「…うん」
「…でもね、私は、なんで剣くんがそこまで頑張るのかが知りたいの。…なんで、身体がボロボロになっても、強くなりたいのかが、知りたいの…」
彼女の言葉を、受け止める。わずかに震えるその声色に、自責の念がこみ上げてくる。
「あー…、そのー。…ただ、舐められへんようにするためって言ったら…怒る?ただでさえちっふー先生とかカナがコーチに付いてくれて、国連の人らも俺にめっちゃ力になってくれてるし。…そんなやつが、いくら稼働時間が短いって言っても候補生レベルに普通に負けてたら話にならんやろ?」
「……ん。分かったわ」
「…え?もうええん?」
意外にも、彼女は笑って許してくれた。
泣かれても仕方が無い、なんならぶん殴られても…それぐらいには思っていたのだが。
「えぇ。なんとなく、剣くんの口から聞きたかっただけだから」
「…そっか」
「と、言うわけで。今日は一緒に寝ましょ?」
「…え?いや、俺今ギプスしてるし…」
「それは、こう……すれば大丈夫よ」
「おい」
まさか俺の上のパジャマの中に入ってくるとは思わんかった。
確かに、確かに俺のパジャマは体に比べてややだぼついたものにしているので、少しくらいなら空間はある。
でも人は無理やろ。
ラウラとか鈴やったらまだ分かる。…だが、今これをしているのは、あの刀奈なのだ。
「…当たってる」
「んふふー、ただ寝るだけだから、今日はダメよ?剣くんが私の背中に手を回したら、右腕が固定されるでしょ?この状態だと寝返りしにくいし」
「せ、せめて下は履いてや…」
「…すぅ…すぅ…。すぴー」
「いや、絶対寝てないやろこれ…。…ま、いいか」
いつの間にか俺の肩に頭を預け、寝息を立てている刀奈を起こさぬように、左腕が下になるようにしてベッドに寝転ぶ。本当に寝ているのかは分からないが、刀奈がパジャマの中で回している腕の力が強くなった。
「ん……、すぅ…」
「最近、朝起きたら直ぐ走りに行ってたし。たまには、な」
思い返せば、ここ数日、寝起きの時間を刀奈と共有出来ていなかったことに気づいた。ダメージに気づかれないためか、それともさらに鍛えるためだったかは自分でも分からないが、無意識のうちにそうしていたのだろう。
「ん〜…、えへへ……」
「カワイイやつめ」
可愛らしい寝言を言う刀奈を見て、諦めてこの体勢のまま寝ることに決めた。
夜、流石にあの状態で暑くなってしまい、俺も上を脱いでしまってから、2人でさらに汗をかくことになってしまったのは、言うまでもない。
これで、原作5巻は一応終わりです。
これから、巻の終わり毎に、閑話を入れていこうと思っておりますので、次は閑話となります。
今までにはあまりなかった、ほっこり()を予定しています。