IS 西の男性操縦者   作:チャリ丸

66 / 125
剣ちゃんのスペックやら専用機の詳細やらを載せるかどうかのアンケートを実施しております。興味の湧いた方は是非。


日常と非日常

「おっはー!」

 

一夏との模擬戦の翌日の朝、時守はいつも通り教室に入った。そこに待っていたのはいつもの風景、…ではなく、クラスの中心人物の1人である一夏が、やたらと真剣な表情で悩んでいる光景だった。その一夏に釣られて周りのムードも暗くなっていた。

こういう時の解決方法を、時守はよく知っている。

 

「どうしたんだい?一夏くん。またジャイアンに何かされたのかい?」

「お前が言うなよ…ってかどこのネコ型ロボットだよ。謎に上手いし…」

「そりゃ練習したからな。あ、右の鼻の穴から鼻くそ出てんで」

「嘘っ!?」

「嘘」

「おまっ!剣!!」

 

無事、解決。

 

「ははっ…。なんか、昨日ボコボコにされた相手にこうして慰められるのって変な気分だな…」

「えっ…、お前今のどこに慰め要素を見出したん?ドラえもんのマネして嘘ついただけやで?…それで慰められたと思ってるとかちょっと引くわ…」

「慰めじゃなかったのかよ!?」

「ちゃうちゃう。…で?どうせ考えてはみたものの何したらええかよう分からんって感じか?」

「ぐっ…。そ、その通りです」

「まあいきなり慣れへんことしろって言われても困るしな。……あ」

 

教室の前の方の席で一夏と話していると、チャイムが鳴った。それと共に、2人の教師が入ってきた。そのうちの1人を、時守は凝視した。

 

「…なんだ時守。教師の顔をジロジロと」

「いや、なんでも無いっす。…やっぱあります」

「…早く言え」

 

朝のHRの時間が惜しいため、千冬はその表情に、少し不機嫌さを混ぜて言った。

 

「一夏、鍛えてもいいっすか?」

「…2組の凰には教えることは出来ないとか言ってなかったか?」

「いやまあ、そーっすけど。最低限の基礎ならいけるかなって」

「ふむ…まあいいだろう。どうするかは放課後に決める。織斑と時守は放課後、教員室まで来るように」

「は、はいっ!」

「うーい。づっ!……痛い…」

「泣くな馬鹿め。ちゃんとした返事をせんからそうなるのだ。分かったか?」

「はいっ!ん゛っ!?……いってぇ…」

「声がデカい。朝からうるさい」

「圧倒的理不尽に感謝感激」

「…時守?」

「あ、はい。すんませんした」

 

そうして、昨日の男性操縦者2名による模擬戦のいざこざなど忘れたかのように、1日は過ぎていった。

 

 

 

 

「…一夏、お前には、もしかしたら酷かも知れんが、私から言っておくことがある」

「…千冬姉…」

 

教員室。そこで一夏と、椅子に座る千冬は対面していた。姉と弟という立場で話しながら、その雰囲気は真剣そのものである。

 

「…あ、鼻血出た。山田てんてーティッシュー」

「と、時守君!?その血どこから出てるんですか!?」

「や、やがら、ばながら、ばながらででまんねん…ちょ、でにづぐがらばやぐ…」

「は、はい!ティッシュです!」

「ん、んん…っと、さんきゅーっす!」

「鼻にティッシュ詰めた状態で言われても…。なんかしっくり来ないというか…」

 

そのすぐ隣で、なぜかいきなり鼻血を出した時守と、その介護に当たった真耶が騒いでいる。

 

「…山田先生、時守。静かにしてもらえるか?」

「あーい」

「は、はい…すいません」

「んんっ。でだな、一夏。…お前は、私と同じスタイルを辿るな」

「えっ…」

 

千冬は一夏に向けて、非情な宣告を下した。

 

「私の後を継ごうとしてくれるのは…まあ、その…嬉しく思うが、お前と私は全く違う。まず1つ、白式と暮桜のスペックの差。2つ、私とお前の肉体のスペックの差。そして3つ、雪羅の存在だ」

「雪羅の?」

「あぁ。私は雪片一本だったが、お前には雪片弐型に雪羅もある。せっかくある強力な武装を使わんなどという愚かな事はするな。私の戦い方を真似るということはそういうことだ」

「逆に言うたら、雪羅と雪片弐型、白式さえ上手いこと使いこなせたらちっふー先生越えることだって可能かも知れへんってことや」

「マジか!?…って全部やんなきゃならねぇんじゃねぇか…」

「当たり前やろ。世界最強越えようとしてんねんから」

 

止血をするために鼻にティッシュを詰めた時守も会話に入った。

 

「かっこいいセリフだが鼻のせいで見事に台無しになっているぞ」

「言わんといてくださいちっふー先生。…あー、まあまずワンサマがする事言うたら決まってるな」

「な、何をすればいいんだ?」

「ジュース買ってこい」

「…は?」

 

 

 

 

「な、なあ剣。これで本当に強くなれるのか?」

「強なるかは知らん。でもISの事はよう理解できるわ」

「マジか」

 

IS学園のとある中庭。一夏はそこで白式を纏ったまま、右掌に120円を乗せていた。

 

「炭酸の強いヤツ頼むわ。あ、俺も付いていくからコケたりしたら最初からやり直しな。ミスって120円握りつぶしたりしたらお前の自腹で」

「…分かった」

 

事前に千冬に時守の指示は聞くように言われたこともあり、一夏はすんなりと時守の言葉を受け入れた。

 

「はい、んじゃPICとスラスターの動力切れ」

「…え?」

「え?ちゃうねん。切れ。パワーアシストだけ残して」

「お、おう。…切ったぞ」

「んじゃ行ってこーい。階段一段飛ばしとかしても最初からやからな」

「…ん?歩くのか!?」

「おう。何をいまさら。それが目的や」

「…そうなのか。まあ、とりあえず行ってくる!」

 

ガショッと、第一歩を出した所で―

 

「えっ、ちょ!?」

 

見事に前のめりに転んだ。

 

「はーいやり直しー」

「ぐっ、くっそー…。なんか歩きにくいな」

「ジュース買ってくるまでこれ終わらんぞー」

「…よし!なりふり構ってなれるか!うおおおおっ!!!」

 

一歩前のスタート位置に戻り、一夏は再び足を踏み出した。

 

 

 

 

 

「ぐ、おおお…っ!指が…!腕が、あああああっ!!」

「力加減ミスんなよー。これミスったらお前自腹1200円超えるぞー」

「ぐっ、…ぬ、あああ!入れよ10円っ!潰れるなよ10円!!」

「…ねぇ、何やってんのあんた達」

「ん?…おぉ、鈴。…見て分からん?」

「分かんないわよ…。ISの右手の指に10円挟んで悶絶してる一夏見て何を知れって言うのよ」

「訓練ってことや」

「余計に分かんないわよ!」

 

2時間後、一夏は自販機の前で白式を装着したまま、10円を入れる、という所まできていた。これまで数回ほど自販機には辿りついたのだが、その際に硬貨を握りつぶしてしまったり、自販機を潰してしまったり等でやり直しが増え、それと共に自腹も増えていった。

110円を入れ終え、残り10円という所で、普通にジュースを買いに来た鈴と遭遇したのだった。

 

「っ!しゃあああああっ!!!入ったあああ!!…っよっしゃああ!!買えたぞおおおお!!!」

「ん。さーんきゅ」

「…え?一夏。剣のパシリ?」

「あぁ…。はぁ…はぁ…なんか、めちゃくちゃ疲れたな…」

「そらせやろ。まだまだ慣れてへんねんし」

 

一夏から缶ジュースを受け取り、時守は喉を潤していく。

 

「…慣れてる、つもりだったんだけどなぁ」

「戦いやったら多分慣れてるわ。1年の中でも上位らへんでな。…でもさ、お前普段から慣れてへん状態で上手いこと戦え言われて出来んの?」

「…無理…だな」

「やろ?…やから、ISをパワースーツとして認識して、それに自分の経験を合わせていく。生身でいくら強かろうがIS使い慣れてなかったらくそ雑魚やからな」

「なるほどな…。つまりは普段やってるような当たり前の事が出来ない状態で満足に戦えるわけが無いってことか」

「そゆことそゆこと。俺も最初はそんなんやってたし。…ちっふー先生と鬼ごっこして捕まったら罰ゲームとか」

「うわぁ…」

 

鈴と一夏の声が重なる。もし仮に、自分がその時の時守の立場だったとして、無事に生還出来るかと聞かれたら無理だと即答出来る自信しかない。

 

「ま、後は戦い方やな。一夏、お前雪羅どないして使ってる?」

「えーっと…射撃?」

「アホか。まだほとんどやった事の無い分野で勝負しようとすんなや」

「じゃ、じゃあどうすればいいんだ?」

「せやなぁ…例えば…」

「嫁っ!師匠っ!」

「剣!」

 

自販機の前で鈴と一夏と喋っていると、ラウラとシャルロットの2人が同じ方向からやってきた。

 

「けーんっ!」

 

勢いを全く弱めることなく走ってきたシャルロットが、時守に抱きついた。その衝撃で少し後ずさるも、時守はしっかりと彼女を抱きとめた。

 

「でへへ…」

「むぅ…。シャルロット、いちゃいちゃしすぎだぞ!」

「え…?そう…かな?」

「ラウラからしたらそうなんちゃう?セシリーは?」

「…アリーナで1人で何か悪戦苦闘してたよ。声をかけようにもなんかかけづらい雰囲気で…」

「ん。大体は分かったから後でセシリーんとこ行くわ。…あ、でや一夏」

「ん?」

 

シャルロットを抱きしめ、右に左に揺れながら、時守は先ほどの話題を一夏に戻した。

 

「今の俺とシャルみたいな距離で、雪羅相手の身体にぶち込むとか?」

「いきなり怖いよ!?」

 

抱きしめているシャルロットの腹部に左手を当て、一夏に例を示す。やってる事は相当えげつないが、射撃が苦手な一夏が遠距離から狙うよりも効果は高い、と思っての発案だった。

 

「いや、シャルにやるわけちゃうって。…瞬時加速で相手の懐に入って、左手で相手鷲掴みにしてからの、雪羅ドーン」

「恐ろしいなお前の脳内…」

「なお更なる恐怖を植え付けるために顔面でも可」

「余計恐ろしいわ!」

 

一撃でSEを枯渇させることの出来る武装を零距離で顔面に喰らう場面を想像してしまったのか、鈴とラウラの頬は若干引きつっており、腕の中のシャルロットも少し震えている。

 

「もしくは雪片弐型と雪羅をいつでも使えるように見せかけといて、拳でぶん殴りまくる」

「…そ、そんなやり方…」

「汚い、とでも言いたいんか?…はぁ。あのな、ISバトルのルールは主に1つだけや。相手のSEを0にしたら勝ち。…それするために手段なんて選んでる方がアホやろ」

「で、でも!千冬姉は!」

「あの人は雪片で一撃必殺するのが最適やったからや。お前に、白式を完全に使いこなして、雪片弐型で相手をぶった斬ることが出来んのか?」

「うっ…そ、それは…」

 

時守の問いに、一夏は完全に詰まってしまった。どう答えたらいいのか分からない。確かに、時守の言うことも一理ある。SEを0にしたら勝ちなのだから、0にしてしまえばいい。それは理解できる。だが、一夏の中ではどうしても譲れない『何か』が残っていた。

 

「…お前がそれしたい、って言うてるからこそ、こうやって完全にISに慣れるようにしてるんやろ?」

「っ!…剣…」

「お前のスタイル重視したいってのも分かるし、でも強さにもこだわらなあかんってのも分かる。…普通のやつやったらスタイル諦めさせてんねんけどなぁ…白式ピーキーすぎるからあの人の戦い方しか合わへんねんなぁ…」

 

その一夏の『何か』―いわゆる、千冬への尊敬の念と、世界最強の弟であるプライド。ちっぽけかも知れないが、一夏にとっては大切な物だ。それを守り通しながらの戦い方を、時守は提示した。

 

「ま、とりあえずはちっふー先生真似てみろ」

「お、俺は…」

「迷惑掛けたくないってか?やったら、ビデオやらなんやら見て真似ろ。…『学ぶ』ってのは『まねる』、『まねぶ』から来てんねん。まずはあの人レベルまで行って、そっから越えろ。…良くも悪くも、お前とちっふー先生似てんねんし、多分それが一番しっくり来るやろ」

「…分かった。じゃあまずは」

「ちっふー先生を真似れるように、基礎から慣れることからやな」

「おう!…剣、ありがとうな」

「…キモっ」

「何でだよ!」

 

こうして、一夏の非日常と時守の日常は流れていく。心新たに、目標をより明確にした一夏と、更なる高みを目指す時守。学園祭までも、それからも続いていく―。

 

 

 

 

「何やねんこれ」

 

―ことにはなった。もっとも、IS面においては、であるが。

現在、時守達1年1組の面々は学園祭のために居残りで料理の練習をしている。ご奉仕喫茶と名乗るのだから、最低限、お客様に出せるレベルの品を提供しなければならない。…ならないのだが…。

 

「おい女子。いや、シャルとモッピーとその他数人以外の女子」

『は、はい…』

「お前らほんまに女子か?」

『がはっ!?』

 

女子力が皆無、とまで言えるほど、彼女達の料理の腕前は凄まじかった。

 

「はぁ…。ったく、2組の中華は鈴がいるからいけるとして、やな。うちこれ壊滅的やぞ…まず何出すつもりやねん。おいリコピン」

「えっ、あの…その、えと…『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』…なんだけど…」

「は?『股間に響く無いチ〇毛ーるのパイ〇リセット』?」

「アウトだな。商品名変えるか。…ってか剣。普通にド下ネタ言うなよ。皆顔真っ赤だぞ」

「考えたやつが悪い。しかもナイチンゲールやったら鳥じゃなくて看護婦の方思い浮かべる人もいるし」

 

改良点はまず商品名から。その1、空耳でド下ネタに聞こえる。

 

「『深き森にて奏でよ愛の調べセット』は…?」

「何やねんそのアニメの遊戯王みたいなん。深き森にて!奏でよ!!愛の調べセットォォ!!…なんか出てきそう」

「簪さんとかにはウケそうだな」

 

その2、中二。

 

「『執事にご褒美セット』は!?」

「何をご褒美すんねん」

「ぽ、ポッキーだけど?」

「食べさせてる絵面楽しむとか…女子の趣味分からんわぁ…」

「お、お待ちください剣さん!わたくしはそのような趣味は持ってませんわ!」

「ちょっとセシリア!あんたこの前――」

 

その3、いかがわしいためアウト。

 

「はい、考え直しー」

「…想像以上にやばかったわね。ノリで考えてたわ…」

「そりゃせやろな。…メニューの決め方としてはまず、お客様が言いやすいかどうかや。セシリー、さっきの『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』。大勢の前で言えるか?」

「無理ですわ」

「やろ?しかも無線使うにしても、料理出すやろ?何番テーブル何々出来たでーって言うとき、皆なんて言うねん。略称やろ?…このメニューの略称とかチ〇毛で決まりやん。チ〇毛〇ン毛言う喫茶店なんて俺入りたくないわ。スパゲッティとかでええやん。他店との違うメニューにだけ、特別な名前を付けた方が特別感が出て売れる」

「ほほぉ…なるほどなるほど…」

 

実際に飲食店で働いていた経歴のある時守が率先して1年1組のご奉仕喫茶の内容を決めていく。

 

「…もういっそのこと商品名『織斑一夏』で良くね?」

「良くねぇよ!何自分だけ助かろうとしてんだ!」

「え、いや。女子から指名貰えるだけ有難いと思えよ。…世の中には視界にすら入れてもらえへんやつもおんねんぞ?」

「お、おう。…あれ?なんか納得させられてる感満載なんだが?」

「当たり前やろ。そうしようとしてんねんから」

「えっ…」

「んじゃま、とりあえず執事にご褒美セットは保留にしとくか。…ってメニューちゃうねんて、メインは」

 

話が一段落ついた所で、本来の議題を思い出す。それは残酷にも、女子達のメンタルをゴリゴリと削ることとなる。

 

「よしっ。女子、どれぐらい料理できるかもっかい見せてもらうわ。…最低でも、俺の中での及第点は取ってもらうからな?」

 

 

 

 

「焦げてるから教えられるチームに」

「うわあああん!お母さーん!もっとお手伝いしとけば良かったよおぉぉ!!」

 

定食屋の息子による料理査定は難易度で言うと実にルナティック、鬼、壊滅級…等の表現が当てはまるだろうか。もの凄い難しさであった。

 

「セシリーはホールで良かったんやったっけ?」

「ええ。そ、その…剣さんも、ホールなのですわよね?」

「…うん」

「なら、そこで。…いいえ、そこがいいですわ。…ふふっ」

「何イチャコラしてんだてめぇら…っ!」

「お、おいリコピン?怖い怖い、顔くっそ怖いで」

「うっさい!ふんっ!」

 

どんっ!と音を立てて、時守の目の前に理子の料理が置かれる。

理子を含めた数人の調理班の料理の腕前を知るべく、時守による試食会が開かれた。大丈夫な者は教えなくてもよい。問題がある者は時守の指導を受けながら覚えていく、という方法で、メニューの品を完成させようとしていた。

 

「で?どう?」

「…うん。まあ大丈夫やろ」

「軽いわね」

「実際普通に上手いしな」

「ほんと!?」

「ほんまほんま。…調理班で一番ちゃう?」

「ほっ、…良かったぁ…」

 

自らの料理の腕前が認められ、時守の指導を回避することに成功する理子。料理を全くしたことの無い者は最初から調理班には入っておらず、皆が皆、一応料理経験者で構成されているのだが、やはり拙い所もある。その拙い所が無いと言われ、内心安堵する。

 

「流石俺が教えただけある」

「…ま、中学の時にメンタルボロボロにされたし…これぐらいはまだって感じ?」

「…ねぇ理子。剣ちゃんってほんとに料理出来るの?」

「え?そりゃ出来るけど…」

「なんでお前が答えてんねん」

 

2人の会話の中に、教えられるチームに入れられた女子が割り込んでくる。理子の料理の腕前には全く疑問を持っていないようだが、その目は確かに時守を疑っていた。

 

「剣ちゃん、出来るの?」

「そうよ!私達よりも料理上手くなかったら教えられたくないもん!」

「私達だけ手料理振る舞うとか不公平だー!」

「剣ちゃんの手料理を所望するー!」

 

邪険、というムードとは程遠い、軽い雰囲気で女子達が声を上げる。

 

「んじゃ作るわ」

「えっ!?ちょっ、時守!」

「なーに作ろっかなー。イタリアンでもええし…いっそフレンチ…いや、懐石もありか?」

「き、聞いてない…」

 

その声に答え、時守は料理を振る舞うためにキッチンへと向かった。

―かつて中学時代、娘や息子の弁当を作っていた数多の主婦の心を軽く粉砕した腕前で、自らの得意料理を作るために―

 

 

 

 

「どや?」

「お、おいしい…」

「…ねぇお母さん、私ほんとに女?」

「IS乗るの上手いし、料理上手いし…。もしや剣ちゃんって女…」

「てかこんなのどうやって作ったの…?」

「懐石料理作れる男子高校生なんていたんだ…」

「諸事情により和洋中は大体作れる」

 

時守が出したものはまるで高級旅館の夕食を思わせるような懐石料理だった。それを見た女子達が天を仰ぎ、口に入れて放心し、まだ俺の中では下手な方という言葉に両膝両手を地に突いた。

 

「まあ花月荘のメニューは全部作れるわ」

「…なんで?」

「夏休みにバイト行かされてたから。寝てる間に気づいたら花月荘に着いてて、自分で稼いで自分で食ってた。足りんようなったら近くに食材泳いどるし。運動できるわ金稼げるわ料理上手なるわ、最高やったわ。おばはん怖かったけど」

「あ、あはは…」

 

今の話を聞き、料理に関しては自分達は時守の足元にも及ばない事を悟った女子達。そんな彼女達に、数ヶ月前に既に自分の力で上達する事を諦めた人物が声をかける。

 

「剣さんに料理で挑もうなど100年早いですわ!」

「まあそれだけじゃなくて、朝昼晩の自分の飯は自分で作ってたし、たまに店に出してたし。向こうのおっさんタチ悪いからなぁ…上手い料理出したら大人しくなってくれたし。それもある。…で、どないすんの?料理指導」

「お、お願いします…」

 

理子以外の調理班の女子の声が一致する。

 

「あ、調理班終わった?こっちも衣装合わせ終わったからどんな感じか見て欲しいんだけど」

 

女子の降伏と同時に、ホール担当の衣装合わせをしていた手芸部の女子が話しかけてくる。

 

「衣装合わせって言っても…借りてきたやつやろ?」

「うん。…でも…その…し、篠ノ之さんとか…」

「なるへそ。ボーンってことか」

『い、言うな!これでもキツイんだ!…あ。今またビリッて…』

「い、一応カップは一番大きいやつなんだけどね…。篠ノ之さーん、今直すからねー」

 

食堂の一角に小さいながらも着替えるスペースを作り、そこで接客班が衣装を合わせているのだが、箒のとある大きな2つの部分が立派すぎて終わらない。時守に原因を耳打ちし、女子はまた箒のいるスペースへと消えていった。

 

「…ワンサマは?」

「…おう」

「似合わね」

「ひっでぇな!」

 

呼んだら出てきた変なヤツ。男子専用のスペースから出てきた彼は、それはそれは違和感バリバリだった。

 

「剣はどうだったんだよ」

「…なんか眼鏡かけろとか言われた。まあ普段伊達眼鏡かけるときあるから別にええねんけど」

「眼鏡?なんでだ?」

「…なんかそっちの方が色々良いらしいわ」

「ふーん」

 

眼鏡掛けて執事服で罵って、という女子が数十人程居たので、もちろん断ろうとした。が、断ろうとして強く言ったら余計に興奮され、また罵って、の繰り返しになった所で、時守が折れたのだ。

一部の女子のM具合を思い出し、少しばかり引いていると、後ろから右肩を軽くつつかれた。

 

「むぅ?」

「えへへ…引っかかった。どう?似合ってる?」

 

振り返るとそこには―メイド服に身を包み、はにかみながらこちらを向くシャルロット―紛うことなき天使がいた。

とうっ、と口にして、くるりとその場で一回転する。最後に時守に向かって後ろで手を組み、上目遣いでポーズを決める。

 

「天使かよ…」

「も、もうっ!そんな恥ずかしいこと言わないでよっ!…えへへ〜…天使…」

「くそっ…何なんですかあのデュノアさんの笑顔は…っ!」

「彼女は…天使…。私は…何?」

「天使にはなれないのか…」

「もう堕天使でいいや」

 

その光景に再び女子を諦めようとする女子が続出する。もはや1年1組の日常風景と化しているが、もちろん皆、本気で女子を辞めようなどとは思っていない。

 

「俺専属のメイドになってほしい」

「そ、卒業したら…ね?」

「…おう」

 

そして成り行きで時守の将来が色々と決まっていく。これも、もはや恒例行事だ。

 

「…っ!わ、悪いなシャル。俺ちょっとちっふー先生んとこ行ってくるわ。簪のとこにも行かなあかんし、生徒会の用事もあるし」

「うん。いってらっしゃい!」

 

背を向ける彼を、シャルロットは満面の笑みで送り出した。

彼女が満面の笑みを浮かべている中、彼は痛みに顔を歪ませていた。

 

 

 

 

「オーバーワークだ馬鹿者。…ったく、だからあれほど言っただろうが!」

「…すんません」

「…まあ途中まで気づかなかった私のミスでもある。夏には異変が見て取れたが…。時守、お前痛みは何時頃からだ?」

「ラウラ…VTとやり合った時からっす。言うたら本人達傷つけそうで…」

「バレた時の方が傷つけるだけだ。…で、二学期からの規制は守っているのか?」

「まあ、守れてるっちゃ守れてますね。鈴とかに火付けへんようにできたら」

「なるほどな」

 

カウンセリングルームの椅子に座る時守は、目の前に仁王立ちで立つ千冬から、入学して初めてではないか、という程に怒られていた。

理由は簡単。度を超えたオーバーワーク。そのせいだった。

 

「時守、以後お前はISでの戦闘は極力避けろ」

「…絶対って、言わないんすね」

「あぁ。どうせ、やるだろうしな。変に止めて逆らわれるなら、ギリギリ回復が見込める圏内の練習量まで減らすだけだ」

「ははっ、良くお分かりで」

「…で、その上痛み止めを出せとか言うのだろう?」

「…そこまで…っすよ」

「嘘を付くな。お前、束との実験の結果を忘れたのか?」

「忘れるわけありませんよ」

 

時守は思い出す。かつて、人生初となる経験のオンパレードだった数日を。

 

「…暴走、っすよね」

「…?…ああそうだ」

 

話の途中、何かに気づいた千冬が一瞬入り口の方を振り返るも、すぐに会話を再開する。

 

「自我の欠損、生存本能の低下、向上したのはただ相手を倒すという意思のみ。俺の身体なんて、なんとも思ってへんかったみたいっすわ」

「細かく言えばお前のISの暴走状態が、な。アレのせいで2日間丸ごと気を失っていたのだぞ?」

「肉の断裂やらえぐかったっすからねぇ…。ま、反省してます。キャノボにも出たいんで」

「…なるほど。お前が狙うのはあれだけでは無いのか」

「ええ」

 

時守はその目に、確固たる意思を持って告げた。

 

「俺は、千冬さん。貴女を超えます。…三大会連続総合優勝、かつ他の部門も総取り。俺の最大の目標はそれだけっす」

「…そうか。なら、早く治す事だな」

「うーい…いてて…」

 

 

 

 

「剣が…モンド・グロッソを狙ってる…?」

 

カウンセリングルームから漏れてきた声は、しっかりと彼女の耳に入っていた。廊下を歩いていたが、時守と千冬の会話内容を聞いたせいで、カウンセリングルーム側の壁にぴったりと背を付けたまま、会話を聞くことに没頭してしまった。

 

「い、いや。それよりもその前よ前。…オーバーワーク、暴走…。こ、これってあたし1人が知ってていい事なのかな…」

 

壁に背を預け、俯き、考える。それと共に彼女の綺麗なツインテールが彼女の前に垂れる。

 

「シャルロットとかセシリアには…」

「言うなよ、凰」

「っ!お、織斑先生…」

 

独り言のように呟いていると、部屋から千冬が出てきており、こちらを少しばかり睨んでいた。先ほどの独り言は恐らく全て聞かれていただろう。

 

「時守本人が、言うべき時に言うと言っている。…それよりも驚いたな、なぜお前がここに?」

「学園祭の準備の帰り道で…ってそうじゃなくて!剣は大丈夫なんですか!?」

「…お前がデュノアやオルコット、更識姉妹でなくて良かった。そっちの方が相当めんどくさそうだからな。時守だが、今は大丈夫だ。それこそ、ゴーレムや暴走軍用機が襲ってこない限りは、な。…あぁ、それと、1つ言っておく事があった」

「…言っておくこと、ですか?」

 

千冬はその表情を、厳格なものに変えた。

 

「あぁ。…気を、抜くなよ?」

 

そう言い残し、千冬は背を向けて廊下の奥へと向かった。

 

 




唐突な次回予告(学園祭&原作6巻編、変更の可能性あり)


何も知らない者、痛みを抱える者、口止めをされた者―。様々な人物の想い、言動が交錯する中、彼女達はやってきた。

『はっ!だぁかぁらぁ、悪の組織が1人、オータム様だっつってんだろ!』
『知るかボケェ!!誰やねんお前。ってかロケット団みたいな自己紹介するとかフラグ建てんの上手すぎやろ』

『あ、アレはサイレント・ゼフィルス!?』
『ま、何はともあれ、守るもんは守れたな』
『…何が…っ!何が守れたのよ!全然、全然守れてないじゃない!!』


そして舞台は変わる。学生だけの高速レースに。


『剣さんって、シャルロットさんと付き合ってるんですか?』
『せやで!後3人と!』
『…え?』
『は?』

『略称とかキャノボ一択やろ』
『…ファストが、可哀想』
『じゃあもうCBFとかでええか。…めんどくさいしキャノボでええわ』
『いいんかい!』


開幕し、波乱を呼ぶ。


『よしっ!スタートで引き離したぞ!』
『い、いや待て一夏!逃げろ!これは…罠だ!』
『…レース物、ってかこのキャノボはな、後手必勝や』


またも来た、乱入者に。


『…簡単や、信じろ。深く考えるな。…出来る、理論上可能なら?』
『…ビット適正トップの、わたくしに出来ない訳が無いですわ』
『さあて。ま、今回はみんなが皆戦えるって訳ちゃうし。ここは俺が奮闘しますか』


皆に別れを告げる、者が1人。




はい、という事でやってみたかったやつです。ネタバレにはならん程度にネタを詰めました。本編の予定はもっとネタたっぷりです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。