初めて『銀の福音撃墜作戦』が開始された11時半から約5時間が経過した今、花月荘は今までで最も騒がしくなっていた。
「篠ノ之さん、織斑くん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさん、更識さんのSE枯渇!!機体ダメージレベルも皆さんCを超えています!!」「織斑くん、篠ノ之さん両名は動力エネルギーもかなり持っていかれています!」「福音のエネルギー増幅を確認!現状7人で撃墜できる可能性シミュレート終了…28%!!」「福音、止まりました!!」
ディスプレイに表示されるデータを読み上げ、シミュレーションをしていく教員、武装の増えた福音がどのような攻撃を仕掛けてくるか予想する教員、SEの残量等を計算し、戻ってくるのがいいか、戦うのがいいかを考える教員…に混じり、千冬は1人、とあるモニターのとある赤い光を見つめていた。
「山田くん…あの機体はなんだ?」
「はいっ!?え、えっと…あれ?福音も合わせて9つ目の信号ですので…今、調べますっ」
「…座標は?」
「…っ!座標、機体名称、操縦者特定出来ました!!海底200m、機体名『金獅子第二形態・金夜叉』、操縦者は時守君です!!」
真耶のその言葉に座敷部屋が再び湧く。しかし、千冬の表情は複雑そのものだった。
「…時守…お前も、死にかけてなお戦うというのだな…」
◇
「け、剣っ!?生きてるのか!?」
『生き返ったで。言うてもまだフィッティングなうりんちょでISが動き止めてるから動けへんねんけど…お前ら大丈夫か?』
「さっきまで死んでた奴に言われたくねぇよ!?ってかなんでそんなに軽いんだよ!?」
『やっかましいな……ん?でも言うてヤバいんちゃうんお前ら皆』
「ま、まあそうだけど…エネルギー回復したって言ったらなんか急に止まったんだよ」
『なんやそれ』
『絢爛舞踏』の効果により動力、SE共にほぼ全回復した福音は、約30分前に一夏の荷電粒子砲を喰らう前のように、身体を丸めて宙に浮いていた。その姿だけ見れば、専用機7機を一気に戦闘不能直前まで持っていった機体には見えないだろう。
『ナタルは保護したんか?』
「あたしが抱えてるけど?」
『んなら誰か機動力高いやつが一旦花月荘に休めてきたほうが……って、どないしました?織斑先生』
『今からもう一度作戦を伝えようとしていたところなのだが…、時守…』
『はい?』
オープンチャネルに『花月荘』から千冬が特別な機械を用いて割り込んでくる。
『……よく無事だったな、お前…』
『いや無事ちゃいましたけど…』
『結果を見て、だ。全く…どれだけ心配をかけたと思っている…』
「そうですわ!もう少し自分のお身体を大切にしてくださいまし!」
「もうっ!2度とあんな無茶したらダメだよ!!」
「…後で…お仕置き…」
「そうですわね、もう少しガッツリと……」
「学園に戻ってから楯無さんと4人で…ふふっ」
『簪!?セシリー!?シャル!?怖い!生き返ったのに怖い!!』
場所は海上と海底、そして装備しているのはISという物騒なものだったが、そこにはいつもの日常があった。
『お前たち…まだ福音のエネルギーはあるんだぞ?7人は早く戻ってきて専用機のエネルギーを回復させろ。どういう選択をしようと、まずはそれが最優先だ。今のお前達じゃ戦っても殺られるだけだからな。』
「えっと…じゃあ剣は?」
『俺は海底で待機しとく。引っ張り上げてもろたところでお前らにIS装備した人間運ぶ余力無いやろ?』
『下手に福音を挑発しないように戻ってこい。…時守、生き返っていきなりですまないが…』
『あーい、福音の監視っすね。今回は死にませんから』
『説得力が無さすぎるが…まあそれで行くか。早く戻ってきて早く回復、そして早く撃墜して終わらせろ』
そして千冬からすぐさま臨時の作戦が伝えられた。
『…La…』
この後、彼以外の誰もが後悔することとなった作戦が――
◇
「はぁ…全く……いつ暴れるか分からんのだぞ…」
「あはは…ひやひやですね」
「それもそうだが…何かもっと嫌な予感がする。…福音の攻撃の火力なんだが…」
「…はい、遥かに上がっています。照準を合わせる速度も、機体の速度も…これも『絢爛舞踏』でエネルギーを回復したからでしょうか?」
「どうだろうな。奴の速さがどうであれ、今は動いてくれないことを祈るだけだ」
現在、仮基地となっている『花月荘』の座敷部屋は一旦『膠着状態』という形で落ち着いていた。
専用機7機がこちらに戻ってきて、エネルギーを全回復させ、福音の元に向かい、フィッティングを終わらせた時守を合わせた8機が揃うまでの予想時間は30分。時守のフィッティング自体は5分で終わるのだが、死ぬ前と同じように全員揃うまで福音を食い止める、ということで全力は出さず、時間を稼がせる…というのが教員陣の決定だ。
1度死を迎えた者をすぐに戦地に送るのは…と、渋る者もいたが、7人をさらに危険な目に合わせる訳にもいかないので、可能な限り最速で用事を済ませる。ということで決定した。
「あと2分で全員着くわよ、千冬」
「フィアスか…よし、A班はここに残って作業を続け、B班はあいつらの機体の整備に当たれ!」
「了解!」
数人の教員がISの整備機材を持って慌ただしく座敷部屋を出ていった。部屋に残ったのは千冬や真耶などの元代表、元代表候補生の面々―これが今回の作戦のA班―だ。今出ていったB班は、IS学園整備科の卒業生だったり、企業の開発部長であった者を引き抜いてきた者達で構成されている。
流石に国家機密を弄るわけにはいかないが、予め用意されてある装備をISに装着したり、エネルギーを補給したり、操縦時のラグを解消したり…etc、などを任せればそこらのIS整備士なんぞ目ではないレベルの教員達だ。エネルギー補給と軽い整備だけなら1時間もかからずに済む、というのが千冬の判断であり、事実であった。
優れた状況判断能力を持つ実行部隊に、優れた技術を持つ整備部隊。後は優れた操縦者がいれば作戦の成功率はぐっと上がるだろう。
…イレギュラーが無ければ。
『…おりむ―ザザッ…ぇい!…いに…グが―!!』
「っ!?どうした凰!!」
『…かん…!!どう、ら……き―どの…ッキングで―!!』
「お、織斑先生……」
突如として鈴とラウラの2人(声から察するに)からきた雑音が混じった焦った声が、チャネルを通じて教員に伝わる。
真耶がすぐに原因を割り出したようだが、その様子はやはりと言うべきか、優れていなかった。
「…どうした山田くん」
「先ほどの福音の臨時ハックにより、織斑くん達7人の専用機7機が…その……」
「早く言え!!」
「は、はいっ!今から約1分後、強制停止後、一定時間展開不能になります!!」
「何?……ま、まさかっ!?」
千冬がディスプレイに素早く振り返る。その動きに釣られ、他の教員もディスプレイに注目する。
そのディスプレイにはラウラがドイツの衛星を用いて写している福音の姿がある。だが、数分前と決定的に違う場所が1つだけあった。
「羽が……」
「…開いてる…?」
「…嘘……でしょ…?」
先ほどまでは福音は何か行動の基準を変える時に、機械的ながらも音声を発していた。だが、今回はその音声が無い…故に何をするのか分からない。
「山田くん、時守のフィッティングは?」
「後30秒です」
「時守…聞こえているなら、もう一度、もう一度だけでいい……頼む」
千冬のその言葉を合図にしたかのように、福音は過去最高速で飛んだ。
◇
「千冬姉!!」
「織斑先生…!って、きゃっ!」
7人はかなりの速度でビーチにたどり着いた。が、着くなりいきなり全員のISが量子化、そして、真耶が言っていた通りの事が起きた。
「ブルー・ティアーズ…展開不可能ですわ…」
「僕のラファールもだよ…一体…」
「お前達、詳しい原因とその他の話は後だ。早く花月荘に入れ」
待機状態となったISを片手で握りしめ、7人は急ぎ足ながらも、渋々といった風に駆け出す。
「フィアス、7機は…」
「エネルギーの補給はできるわ。でも、武装の補充とかは…ちょっとキツイわね。何がどうなっているのかすら分からない状況だし、何より軍用ISが競技用ISをハッキングしてバグを起こすなんて聞いたことが無いし…」
「私もだ。…さて、…不味いな」
一夏、箒、鈴の3人はその一言に驚愕した。
あの千冬から『不味い』という言葉を今まで1度でも聞いたことがあっただろうか、といったところだろう。
「どうしたのですか、教官」
そんな千冬の様子を見て、かつての(今もだが)教え子であるラウラが心配そうに瞳を揺らして聞いてきた。
「…お前達のISは、ハイパーセンサー系統にもバグが起きているからな…気づかなかったのも無理は無い、が……福音が再起動した」
「はぁっ!?」
「また…ですの…」
「…剣…」
それぞれの反応は予想通り、といったところで、千冬は新たに作戦を告げる。…と言ってもこの7人にとっては作戦になるかどうかすら怪しいのだが。
「お前達はここで待機。…最初と同じように時守のオペレーターをしろ」
「また剣に戦わせるんですか!?」
「ではお前は無防備な他の生徒を見殺しにしろと言うのか織斑!!」
「うっ……」
千冬の言葉は誰もが思っている事、だが口にしようとはしなかったこと。1度死んだ者を力持たぬ者のために再び戦わせようとするのだから。
「更識、デュノア、オルコット…すまな」
時守の将来の嫁である3人に話しかけようとしたその瞬間だった。
「キアアアアアアアアアアア!!!!」
「ぐっ!」
「こ、これって…」
「福音の……」
花月荘のすぐ近くで、福音が叫んだ。かなり近くに居るのだろう、『銀の鐘』の光が窓から差し込むように入ってきている。
「…IS、複数機確認、削除します」
「な、何アレ!?」
「…新しい…IS…?」
「誰かの専用機かな?」
「それより…削除って…?」
「あんな浅瀬にあって危なくないの?」
先ほどの大声と、この光で流石に気になったのだろう、専用機を持たない一般生徒が部屋の外には出ていないものの、窓を開けて福音の姿を確認しているであろう声が聞こえる。
『織斑先生…』
ふと、ISのオープンチャネルから、男の声が聞こえてきた。
専用機持ち7人は、チャネルは使えない状態で、福音はこれだけ近くに接近しており、使う必要も無い。ならば誰だ?
とも考えずに、千冬の脳裏には既に1人の顔しか浮かんでいなかった。
「時守か!?今―」
『知ってます。…フィッティング、終わったんで今からすぐ行きますわ。…後、一つだけ聞いときたいんですけど』
「なんだ?」
『…ナタル乗ってないんやし、福音潰してもイイんすよね?』
「あ、あぁ…完全に、はダメだが…」
『んならオッケーッス。…こちとら訳分からんのに付き合わされていい加減腹立ってきたところに、7人にあんなことされてそろそろ限界やったんすよ…』
「時守、お前何を…?」
怒気を孕んだその声は、明らかに福音に向けての物だった。
友達、親友、教員、クラスメイト、そして愛する者の命を脅かす者の存在を見て見ぬふりをすることなど、時守には出来なかったし、するつもりも無かった。
『ははっ、こっから先は…俺の世界や。いくで金夜叉…』
あるディスプレイに、海上に姿を現した、第二形態移行を果たした『金夜叉』を纏う時守の姿が写った。
そこにいたのは黒。否、漆黒。
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンよりも深く、全てを飲み込むかのような黒にの装甲に、いたるところに金のラインが走っている。
カラーリングだけ見ればシュヴァルツェア・レーゲンにそっくりだが、装甲の厚さや翼部スラスターなど、形の違いははっきりとしていた。
装甲は全体が均一に薄く、例えるなら更識楯無が操る『霧纏の淑女』に近い。
そして翼部スラスターはその数が2枚に減ったが、その1枚1枚が大きく、まるで蝶の羽根のように広がっていた。
さらには『ランペイジテール』にも変化があり、その数は2本となっていた。…が、ここで驚くべき光景が広がった。
『
その2本のランペイジテールが消え、スラスターから吹き出た金の粒子が『金夜叉』を包んだ。
『…シンクロ、まあとりあえずは自我6割、コア4割ってとこかァ?ンで、生身の俺の肉体にも電気送れ…このままやったら日ィ暮れるわ』
時守はまるで『誰か』と会話するかのように1人で語る。
…そして―
『ンじゃァ……行くか』
音すら残さず、衝撃波のみを発生させ、消えた。
後半ちょい駄文になってしまったかも…次は戦闘のみなのでもう少しましかと…