夕刻。
団長兼パーティーリーダーであるベル――アイリスが頑なに固辞した為無投票当選した――が代表して窓口へと行き、本日の戦果である『魔石の欠片』やドロップアイテムと引き換えに金貨の入った麻袋を受け取る。
その場で袋を開いて金貨の枚数を確認したベルは大きく目を見開き、何かの間違いじゃないかと頬を抓った。
「……痛い」
痛い。つまり、この光景は夢ではなく、確かな現実だという事だ。
そう確信したベルは、少し離れたところで壁に背を預けて待っているアイリスの元まで急いで戻り、開口一番歓喜の声を上げた。
「凄いですよアリスさん! 二〇〇〇〇ヴァリスですよ! 二〇〇〇〇ヴァリス!!」
Lv.1の五人組パーティーが一日掛けて稼げる額が大体二五〇〇〇ヴァリスと言われている。つまり一人頭平均五〇〇〇ヴァリスという計算になる。
対して、アイリスとベルが今日稼いだ額は端数飛ばして二〇〇〇〇ヴァリス。計算するまでもなく、一人頭一〇〇〇〇ヴァリス稼いだ事になる。『魔石欠片』の大きさやドロップアイテムの個数など運が絡んでいる部分もあるが、それも引っ括めて今日二人は一般的な冒険者の二倍の戦果を上げたのだ。
ソロだった頃の稼ぎが微々たるものだったベルにとって、これは間違いなく快挙である。
「凄いです! 今夜はご馳走ですね!」
満面の笑みで喜ぶベル。対して、アイリスは何故かアンニュイな表情を浮かべている。
不思議に思ったベルは、毒物の件もあって恐る恐る尋ねた。
「あ、アリスさん? 嬉しくないんですか……?」
「……! い、いえ……決して、そんな事はないのですよ? 只……」
ハッとしたアイリスは、やがて取り繕うように苦笑する。
「危険と隣り合わせな割に意外とシビアというか、世知辛いというか……。お金を稼ぐというのは大変な事なのですわね」
「……アリスさん、もしかして――」
シビアという言葉の意味はベルには解らなかったが、彼女の発言がある事実を明確に物語っている事に気が付いた。
「――働くの、これが初めてなんですか?」
言葉遣いや身形の良さから察するべきだった。ベルは今、
一方、アイリスは内心冷や汗をかいていた。まさか、ベルは自分の正体に気付いたのではないか、と。
ベルが口を開く。言わせてはいけない、とアイリスは咄嗟にベルの口を塞ごうとした。だが、一歩遅かった。
「アリスさん――貴族だったんですね!?」
「――……え?」
「どうして教えてくれなかったんですか!? やっぱりでっかいお屋敷に住んでたりしたんですよね!?」
目を輝かせて尋ねてくるベルを見て、アイリスは小さく安堵の溜め息を吐いた。
「いえ、そんな大層なものではありまんわ。――それより、ご馳走で思い出したのですけど、ヘスティア様は今夜ご友人主催のパーティーに出席されるそうで、理由は解りませんけど数日は帰れないかもしれないと仰っていましたわ。ベルはご存知でして?」
「い、いえ……今初めて聞きました」
「今朝はバタバタとしていましたし、恐らく伝え忘れたのでしょうね」
どうやら、上手く話題を逸らす事に成功したらしい。アイリスは肩を竦めて続ける。
「実は昨夜、
「そうだったんですか。……あれ?」
ベルはアイリスの話に微かな違和感を覚えた。だが、その理由が解らず首を傾げる。
「どうかしまして?」
「え? ああ、いえ。――それじゃあ夕食はどうしましょうか? 本当は今日、アリスさんの歓迎会をしたかったんですけど」
結局違和感の正体は解らず、ベルは気のせいだったと無視する事にした。
「あら、それはとても嬉しいですわ。では折角ですし、今夜は外食にしましょうか。ヘスティア様だって今頃美味しいものを食べてる事でしょうし、文句はないはずですわ」
「そうですね。なら、『豊穣の女主人』にしませんか? 実は昨日の朝、店員さんに夕食を食べに行くって約束したんですけど、結局食べ損なってしまったので」
打算がありつつも、自分の朝食を快く譲ってくれたシル・フローヴァの顔をベルは思い出す。
「そうだったのですか。なら、異存はありませんわね。責任の一端はわたくしにあるわけですし」
「いやいや! だったらその原因をつくったのは僕ですよ!」
「ふふっ……本当に、ベルは優しいですわね。それでは、お詫びの代わりに沢山注文しましょうか。恥ずかしながらわたくしお腹がペコペコなんですの」
そう言ってアイリスは微笑み、ベルは顔を真っ赤に染めた。
× × ×
アイリスとベルが『豊穣の女主人』へ向かっている頃、ヘスティアはガネーシャ主催の『神の宴』に参加する為、【ガネーシャ・ファミリア】の本拠である『アイアム・ガネーシャ』にいた。
「あ、これ美味しい」
ヘスティアはウェイターに勧められた赤ワインの入ったグラスを傾けつつ、周囲をきょろきょろと見回して目当ての人物がいないかどうか捜す。
(え~っと……ヘファイストスは何処にいるのかな?)
ヘスティアが急遽『神の宴』に参加する事にしたのは、神友であるヘファイストスにある頼み事をする為だった。ヘファイストスは仕事熱心で、広大な都市の中をしょっちゅう飛び回っている。その為、こんな場でもない限り会う事すら難しい。
ところで、ヘスティアはヘファイストスを捜すのに意識を集中している。その為、自分の周りが俄かにざわつき始めている事に気が付かなかった。
『お、おい……あれってロリ巨乳だよな……?』
『マジかよ……あいつドレス着てるぞ』
ヘスティアは目立っていた。オラリオにおいては貧乏神で有名なヘスティアである。そんな彼女がドレスを着ているのだ。それだけでも充分驚くに値するが、髪を下ろして薄く化粧をしたその姿は普段のヘスティアからは想像も付かないほど大人びて見えた。おまけにヒールなんか履いていれば尚更だ。
『ヘスティアが着てるドレスって結構いい物よね? 誰かからのプレゼントかしら?』
『あんな風に背中を大胆に開けたドレスは見た事がないわ。何処の店で買ったのかしら?』
とある女神も似たようなドレスを着ているが、アレとこれを同列に扱うわけにはいかない。
『それにしても、裾がズタズタなのはそういうデザインなの?』
『そういうデザインなんでしょ。折角のドレスを誰が好き好んで引き裂くっていうのよ?』
当初は男神の困惑の声だったのが、いつしか女神のドレス論評に変化していた。ヘスティアも流石にその頃になると、自分が会話のネタにされている事に気が付いていた。
(いや、あの子が躊躇なく引き裂いたんだけどね……)
ヘスティアは昨夜の出来事を思い出す。
王女様ならドレスの一つや二つ持って来ているのではないか、という思い付きが切っ掛けだった。アイリスに確認してみると、本当に幾つか寝室のクローゼットに掛けてあるのだという。
夜会に出席する為にドレスを貸してほしいと頼み込むヘスティアに、アイリスは笑みを浮かべて快諾した。
「夜会に着ていくならイブニングドレスですわよね? まあ、元々わたくしが持って来ているドレスはホルターネックのものしかありませんけど」
そう言ってアイリスが取り出したのが、ヘスティアが今現在着ている黒色のバックレスドレスだった。
しかし、実際に試着してみるという段階になって、今更ながらに致命的な問題点がある事に二人は気が付いた。
「……裾、凄く余りますわね」
バストやウエストは特に問題なかったものの、ロングのスカート丈だけはどうしようもなかった。考えてみれば、二人の身長は二〇センチ近くも違うのだから裾が余るのは当然である。
「このまま引き摺って歩くわけにもいきませんし、かといって仕立て屋に出している時間もない……。仕方ありません、思い切って切ってしまいましょう。……ふふっ。ああ、ここは笑うところですわよ?」
「全然笑えないよ!!」
だが、素人がそんな事をすればドレスが台無しになってしまう。そこでアイリスが考え付いた奇策が、裾を態とズタズタにするというものだった。
「こうしてビリビリに破けばパンクっぽいでしょう? きっと元々そういうデザインなのだと勝手に勘違いしてくださいますわ」
「ちょっとはその行為に躊躇いを覚えろよ!!」
だが、そんなヘスティアの叫びも虚しく、アイリスのナイフによって高価なドレスは無残に引き裂かれていったのだった。
「はぁ~……」
思い出しただけで胃が痛くなってくる。このドレスが幾らするか考えていると食欲も消え失せていった。これが、ヘスティアが先ほどからワインしか飲んでいない理由である。
「思い切りがいいと言うか何と言うか……。あれがブルジョアってヤツなのか?」
アイリスは気前良くこのドレスをプレゼントしてくれたが、これではどちらが主なのか解らない。完全に主従逆転である。
「はぁ~~……」
「溜め息など吐かれてどうされたのです?」
重い溜め息を漏らすヘスティアに、突然そんな声が掛けられた。
声のした方に目を向けてみれば、柔らかそうな金髪を首の辺りまで伸ばした細身の男神がこちらへ近付いてくる。
「ディオニュソス……? ディオニュソスじゃないか!」
「お久し振りですね、伯母上。今日は一段とお美しいです」
そう言って、邪気のない笑みを浮かべたのはディオニュソス。オリュンポス十二神の一柱にしてヘスティアの甥であった。
最近はのんのんびよりが心の癒しで、ニコ生のEDで発狂コメ打ってる者の一人です。日常系アニメが特別好きなわけではないのですが……変ですね。もののあはれ。
因みにディオニュソスですが、彼はソード・オラトリアの方に登場するキャラです。原作では今のところヘスティアとの絡みは一切ないですけどね。
感想に付いてですが、全て拝読しています。ネタバレ等の理由で返信出来ていないものもありますが、ご理解頂けますようお願いします。
最後に、次回更新は通常通り十九日水曜日となります。それでは、また次回。