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少女は
少女が特に好きだったのは
そこからが、少女にとって不幸のはじまりだった。
少女は農家の娘ではなかった。町娘でもなかった。修道女でもなく、ましてや乞食でも娼婦でもない。――少女はお姫様だった。
憧れとは本来、自分から遠くにあるモノに抱くものだ。けれども、少女の
だから、
少女の国は小さくはあったが資源に恵まれ豊かだった。また、あらゆる分野において日進月歩の発展が見られる。国土を高い山と広い海に囲まれ、唯一国境が接した隣国は野蛮ではあったが、少女の国は長いながい年月存続してきた。
隣国が国号を何度も変える中で、少女の国は少女の一族が建国以来統治を続け、民衆もまたそれを支持していた。そして、民衆は王家と国のためなら血を流す覚悟だった。
しかし、少女の父は臆病だった。争わずして平和が保たれるならばと、隣国へ貢ぎ物を贈り続けた。
何年も、何年も、何年も。
貨幣や宝石、家畜、工業製品――。ありとあらゆるモノを、相手の望む全てを。
――そして、少女の番がやって来た。
その日は、少女にとって一八回目の誕生日だった。生まれてこれたこと、生まれてきてくれたことを神様に感謝してお祝いする日。同時に、今日は少女が成人になったことを祝うための日でもあった。おめかしして、ケーキを囲んで、一年で一番幸せな日になるはずだった。
だが、少女の父は――王である少女の父は、祝いの席で少女に言った。隣国の王に嫁げ、と。
少女は耳を疑った。会ったこともない男である。
そもそも、何故自分なのか。
少女は三女だ。姉が二人いて、そのどちらもが未婚だった。
呆然とする少女の様子に痺れを切らせたのか、少女の父は席を立ち、少女の元へとやって来た。その手には、額縁が握られている。
無言で手渡す父の顔をまともに見ることもできずに、少女は肩を震わせ、受け取ったソレに目を落とした。
息を吸い込む音だけが広い部屋に大きく響き、次の瞬間にはスッと消えた。
額縁の中には、男の肖像画が収められていた。
恐らくは、高名な画家に描かせたのだろう。それでも尚隠すことのできない、滲み出る醜悪さと下品さ。
男は――隣国の王は、少女と数倍も歳が離れていた。
肥え太り、禿散らかした頭部に華美な王冠をのせ、下卑た笑みを浮かべている。少なくとも、少女にはそう見えた。
少女は声にならない悲鳴を上げた。
顔を上げ、少女は助けを請うた。兄に、姉に、
嗚呼……。
少女は悟った。
この場にいる人間にとっては、既に納得済みのことなのだと。少女の味方となってくれる者は一人として存在しないのだと。少女はようやく理解した。
継母も異母兄弟も、少女が幼い頃は少女に対して優しかった。例えそれが憐れみから来るものだとしても、実母を早くに亡くした少女にとって、それは少なからず救いになっていた。
しかし、少女が成長するに連れて、彼ら彼女らの心情は変わった。女神と見紛うばかりに美しく成長した少女に、継母と姉たちは嫉妬を、兄たちは邪な感情を抱いた。
だが、少女は彼ら彼女らの変化に気付いていた。継母たちは上手く取り繕ってはいたが、少女は人並み以上に勘が鋭かった。
それでも、少女は信じていた。信じていたかった。家族の絆というものを。きっとどんなに貧しい家庭にでもある、そんな当たり前のものを。
…………そう、なのですわね。
その呟きを皮切りに、光る雫がぽたりぽたりと床を濡らした。少女には、自分が悲しくて泣いているのか、それとも悔しくて泣いているのか――涙の理由さえも解らなかった。
そしてその夜、少女は城から姿を消した。
行く宛ても無い旅。それでも、少女には一つ決意があった。
迎えに来てくれないのなら、こちらから捜しに行こう。
自分だけの、王子様を捜しに。
更新予定日は活動報告の方でお知らせさせて頂きます。
また、別作品(黎明の女神)と平行して書くことになると思いますので、更新頻度に関してはご容赦下さい。