Wedding of Recca   作:ぎんぎらぎん

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第五話:願子の場合with美女と野獣達

「しっかし、たくさん集まったよねー」

 

ホテルのロビー、可愛らしい顔の少女が、小柄な体をこれでもかと大きく広げてソファーを占領してる。森川願子は呟いた。グラスに入ったオレンジジュースをストローでぐびりと飲んで、そこに集まった人たちの姿を眺める。

烈火と柳の同級生や恩師、仕事仲間。それどころか敵だったはずの麗の連中まで呼んでいるということも、先ほど元十神衆の雷覇と出くわしたので知っている。もっとも、それをいうなら願子も元は麗の人間だったが。

そしてそれは、願子の向かいでおしとやかにアイスコーヒーを飲んでいる佐倉瑪瑙も同じだ。

 

「烈火くん、顔が広いからね」

 

「って言ってもさー、女を呼びすぎじゃないの?しかも美人ばっかだし」

 

そう言って、ちろりと瑪瑙に視線を送った。

元々綺麗な顔の瑪瑙は、結婚式向けのおめかしも相まってまさしく美麗と表現するほかない。ついでに胸も大きい。

子供の時と比べて気持ち程度の成長しか見せなかった自分の胸部をペタペタ触りながら、願子はため息をついた。一緒に暮らしている風子はあの傍若無人ぶりなところを考えると、やはり食生活などではなく遺伝的な問題だろうか。

願子の憂いに気づくこともなく、瑪瑙はにっこりと笑う。

 

「大丈夫よ。烈火くんは柳ちゃんにしか興味ないから」

 

「甘いわよ瑪瑙ちゃん!男なんて自分に言い寄る女がいたら、奥さんほっぽりだしてすーぐ浮気するんだから!」

 

そう言う願子自身には、苦い恋愛の経験などあるわけではない。ただの耳年増だ。

瑪瑙は頬に人差し指をあてて、神妙な顔をして見せた。

 

「うーん……でも、この前ホテルに誘ってみても、烈火くんついて来なかったけどなぁ」

 

「ほっ、ほほっ……ほてる!!??」

 

予想外のワードに、願子は赤面しながら声を裏返してしまう。

大人しそうな顔をしてなんと大胆なことか、とおののいていると、瑪瑙はクスクスと笑い声を漏らした。

 

「冗談よ。願子ちゃんたら、顔真っ赤よ?」

 

「も、もー!からかわないでよね!」

 

頬を膨らませる願子に、瑪瑙はごめんごめんと舌を出した。やはり、本物の大人の女には適わない。

真面目な瑪瑙には珍しいイタズラな笑みも、願子の目には魅力的に映った。

 

「……でもさ、瑪瑙ちゃんが誘惑したら、烈火のヤツほんとに乗り換えちゃうんじゃないの?」

 

半分冗談だが、もう半分は本気で聞いた。

瑪瑙は首を傾げて、ストローでアイスコーヒーのグラスをくるりとかき混ぜる。

 

「どうかな。でも、きっと無理だったと思うよ」

 

それは謙遜ではなく、本気の言葉のようだった。

 

「柳ちゃんと烈火くん、ほんとにお似合いだもの。お互いが相手のことを一番に考えてて、他の人に目移りするんなんて考えられないな。半端な気持ちでいったって、結果は見えてるかなって」

 

コーヒーを口に含みながら遠い目をする瑪瑙の顔は、どこか悲しげで、儚げなようにも見えた。

 

「なーんて」

 

瑪瑙は再び目に意地悪な光を灯して、くわえたストローを願子に向けてくる。

 

「私にばっかり言わせてないで、願子ちゃんの恋バナも聞かせてよー♪学校に好きな男の子くらいいるんでしょー?」

 

「へっ!?いやいや、そんなこと……」

 

「ほらほら、隠さない隠さない!お姉さんで良かったら相談のってあげるから!」

 

しどろもどろと汗を飛ばす願子に、微笑ましそうにそれを見る瑪瑙。なんとも近寄りがたい女の空間が形成される。

 

「よう!」

 

無粋な野太い声が、ピンク色空間を破壊した。願子が声のした方を向くと、なんともガラの悪い三人組が立っていた。土門よりデカいヤクザ顔と、顔は良いが性格の悪そうなナルシスト顔、そして願子より背の低い三下顔。

 

(この稀代の美少女である願子様にナンパかちら?)

 

残念ながら、三人共自分のストライクゾーンにはかすりもしない。

鏡で自分の顔見て出直しておいで!と言ってやろうかと立ち上がりかけた瞬間、

 

「わっ!もしかして、餓紗喰さんに月白さん、火車丸さんですか!?」

 

それより早く瑪瑙が立ち上がって、嬉しそうに声を上げながらヤクザ顔の手をとった。

 

「覚えててくれたか、嬉しいぜ!」

 

「フッ、僕の美しい顔は、忘れたくても忘れられないだろうからね」

 

「お久しぶりでゴザル、瑪瑙殿!いやー、お美しくなられたなぁ!」

 

どうやら、瑪瑙の知り合いらしい。しかしこんなチンピラ共と瑪瑙にどんな接点があるのか。

願子が頭に疑問符を浮かべていると、瑪瑙は願子の方を向く。

 

「紹介するね、餓紗喰さんに月白さんに火車丸さん!三人共麗にいた人だよ」

 

麗、と聞いてピンと来た。

なるほど、裏武闘殺陣で知り合ったのか。

 

裏武闘殺陣──武器あり、殺しありの非合法な武闘大会。かつて瑪瑙も、父を人質に取られて麗のメンバーとしてこの大会に参加させられていた。烈火によって父を助けられてから、瑪瑙もしばらく火影と行動を共にしていたと聞いている。

つまりこの三人も、元は火影の敵だったのだろう。

 

「おい、なんだこいつは?」

 

願子を指差しながら、餓紗喰と呼ばれた大男が瑪瑙に尋ねる。願子は両手を振り上げて、怒りを示した。

 

「こら!レディーに向かってこいつとは何よ!私には森川願子っていう立派でプリチーな名前があるんだから!」

 

「ん?おお、すまんすまん。ガンコってーのか、変わった名前だな」

 

「ガシャクラに言われたくないわ!!」

 

餓紗喰に怒鳴る願子を見て、月白は髪を掻き揚げながら嘲笑する。

 

「フッ、醜いなぁ。日本猿のような凶暴さだね。これだから学のない類人猿は」

 

「誰がサルだぁぁーーー!!!」

 

「ま、まあまあ落ち着くでゴザルよ。お気を鎮めて……」

 

「うっさいドチビ!!!」

 

月白に掴みかかろうとする願子の肩に手を置いて宥めようとした火車丸は、暴言を吐かれて目を潤ませる。

 

「そっ、そんなぁ、チビならまだしも、ドチビだなんて……」

 

ギャーギャーとやかましく騒ぐ願子たちを見て、瑪瑙は満面の笑みを浮かべて喜んだ。

 

「うん、みんな仲良くなれたみたい!」

 

「……仲良くなってるのか?」

 

餓紗喰の冷淡なツッコミは、騒動にかき消されるのだった。

 

 

「まさか願子殿も、元麗でゴザったとはなぁ……」

 

あのまま別れるのもなんだから、ということで三人も願子たちに同席し、互いに近況報告でも交わそうかという話になった。

そうすると、まずは自然と願子がなぜ風子の家に居候してるかということに、三人組の興味は移る。

だから、願子は話した。麗に入った経緯も、烈火たちの敵として立ちはだかったことがあることも。

全てを話し終えた後、火車丸がこぼした言葉が、これだった。

 

「十年前だったら、お前まだ十歳にもなってねえだろ?苦労したんだなぁ」

 

餓紗喰が重々しげな口調でそう言った。月白はというと、ハンカチで顔を覆いながら咽び泣いている。

 

「ちょっ、ちょっとなによー。湿っぽくなんないでよね!」

 

願子としては、能天気そうな三人がこうも凹んでしまうとは思っていなかった。

 

「三人共変わってるけど、優しい人なのよ」

 

瑪瑙がフォローを入れる。確かに、バカだが気のいい連中なのだと言うことは理解できた。しかしそれにしても、こんな反応はむず痒い。

机をバンバン叩いて、空気を変えようと試みた。

 

「ほらっ!近況報告なんだから、今のこと話さないと!私は今高校三年で志望大学に受かるよう日々勉学に励む受験生!以上、はい次!!」

 

願子に促されて、じゃ私が、と瑪瑙が手を挙げた。

 

「私は今、お父さんの研究のお手伝いしてます。色々大変だけど、毎日結構楽しいです。あとは、素敵な恋人に出会えたらいいなぁ」

 

瑪瑙なら引く手あまただろう、と願子は羨望と若干の嫉妬を込めた視線をぶつける。だけど多分、瑪瑙が求めているのは、見た目や地位などではなく、真っ直ぐに自分を愛してくれるような、烈火のような男性との出会いなのだろう。

瑪瑙は恥ずかしそうにはにかむと、餓紗喰の肩をポンと叩いた。

 

「じゃ、次は餓紗喰さんにタッチ!」

 

「……おう。俺は幼稚園の先生をしてる」

 

願子が盛大に吹き出したオレンジジュースが餓紗喰の顔面を直撃した。

 

「なにすんじゃい!」

 

「い、いやだって、幼稚園って顔じゃ……アハハハハハハハハ!!!」

 

「やかまし!」

 

笑い転げる願子を睨みつけ、餓紗喰は続けた。

 

「麗から足抜けしてよ、食うのに困ってたとき、柳の嬢ちゃんがバイト紹介してくれたんだ」

 

それが、幼稚園の手伝いのバイトだったと餓紗喰は言う。

 

「最初はよ、俺みてえなモンにそんなことできんのか、俺の汚ェ手であんなチビ共に触っていいのかとか気にしてたんだけどよ」

 

餓紗喰は両手を開いて、それを見つめた。そこに染み付いた血の跡は、実際に手を汚した当人にしかわからない。それでも、それは餓紗喰にとって大きな負い目だったのだろう。

しかし、餓紗喰はグッと手を握り締める。

 

「俺に懐いてくるアイツらの楽しそうなツラ見てたら元気になれた。ちっぽけなことで悩む必要ねえんじゃねえかって、勇気もらっちまったんだ」

 

人差し指で鼻を擦りながら、餓紗喰は笑った。

 

「これが俺の天職だって思った。そっから、元上司の元奥さんに助けてもらって、勉強して資格とって、四年前にようやく夢叶えたってわけだ!」

 

「……そっか。ごめんね、笑っちゃって」

 

「気にすんなよ!幼稚園ってツラじゃねーのは自覚してら!」

 

大きく笑い飛ばしながら、申し訳無さそうな願子の頭を撫でる餓紗喰。

続いて、火車丸が立ち上がった。

 

「某はなんと!俳優でゴザル!」

 

「はいゆう!?」

 

「左様」

 

驚く願子に火車丸はVサインを見せつけた。

 

「いやー、今まで忍としてやってきた反動か、どうにも人前に立つ仕事がやりたくなったもので。色んな芸能事務所に自分を売り込んで、なんとか雇ってもらったでゴザルよ。はっはっはっはっはっ!!」

 

馬鹿笑いする火車丸に、月白がボソッと

 

「俳優っつっても、単なるエキストラだろ」

 

火車丸の笑い声がピタリと止まって、無気力にうなだれる。

 

「……そうなんでゴザル。デビュー以来回ってくる役はセリフもないエキストラばっか。やっぱり某、向いてないんでゴザろうか?」

 

「そんなことありませんよ!」

 

しゃがみ込んでいじける火車丸を、背中をポンポン叩いて励ます。

 

「下積み時代はみんなそういうものですよ。その内きっと、火車丸さんの実力を認めてくれる人が現れるから、元気出してください!」

 

「……め、瑪瑙殿ぉー」

 

目を潤ませながら顔を上げる火車丸。

出会って一時間経ってないが、単純で素直な人間だということが願子にはよくわかった。

 

「もし某が名前付きの役をもらったら、その時は結婚してくだされ」

 

「あっ、それはご遠慮しときます」

 

火車丸のプロポーズを一刀両断する瑪瑙。どうやら彼も瑪瑙の御眼鏡には適わなかったらしい。

火車丸は膝をついて崩れ落ちた。

 

「おっと、どうやら最後は皆さんお待ちかね、この僕の番のようだね」

 

先ほど号泣していたときのしおらしい態度はどこへやら。どこからか取り出した薔薇をくわえながら、憎たらしいほどに自信満々の笑顔を見せる月白。

 

「僕の華麗なる経歴を余すことなく伝えてやりたいところだが、生憎僕という人間を扱いきれる職業はなかかなか無くてね、今は自分磨きの真っ最中なのさ」

 

「平たく言えば無職でゴザルよ。というかニートでゴザル」

 

さっきの仕返しか、今度は火車丸が月白の心をへし折る一言を放った。月白は一瞬ピタリと完全に停止したあと、ワナワナと震えだした。

 

「くそっ、あの三流ホストクラブめ。わざわざ僕が働きに行ってやったっていうのに、たった一時間でクビにしやがって」

 

「い、一時間て」

 

願子の表情が引きつった。一体何をすればそこまで早くクビを切られることになるのか。

 

「そりゃおめー、客のことブス呼ばわりしちゃ、一発でクビだわな」

 

呆れたように餓紗喰が言うと、月白はそれに噛みついた。

 

「ブスにブスと言って何が悪い!本来ならあの女は美しい僕と一緒の時間を過ごせるという奇跡に、一生分の感謝を捧げなければいけないくらいだ!それを少し悪く言われたくらいで……!」

 

「その態度見て怒らん客などおらんでゴザル……」

 

火車丸もまた、諦めたような溜め息をついた。

 

「見ていろ!いつか僕に相応しい華やかで煌びやかな職を見つけてやるからな!」

 

「へーへ。ま、まずはそのしょーもないプライド捨てるべきだと思うぜ」

 

「右に同意でゴザル」

 

目の奥に炎をたぎらせた月白の宣誓にも、長年付き合いのある二人の反応は冷ややかなものだ。おそらく、こんなことは今回が初めてという訳ではないだろう。

二人の苦労を偲ぶ願子であった。

 

「よし。これでみんな大体報告は終わったね」

 

瑪瑙が腕時計を見るのに釣られて、願子も自分の時計を見た。ちょうど十時半。式が始まるまであと30分だ。

 

「……なんだかよ、奇妙なもんだよな」

 

餓紗喰がぽつりと呟いた。

 

「それぞれ事情はあるにせよ、俺たちゃみんな麗にいた。そんであの嬢ちゃん狙って、烈火たちと戦ってよ、それなのに今あの二人の結婚祝うためにこうして集まってんだ」

 

「確かに、おかしな話でゴザルな。自分のことを殺そうとしてた者たちを自分の結婚式に招くなんて、世界広しと言えど、烈火殿くらいでゴザル」

 

「ヤツの頭の悪さは並じゃないからね。常人には到底理解し得ない行動をとってくれるよ」

 

餓紗喰も、火車丸も、月白も、みな口々に普通じゃないと述べる。しかし、今この場にいること。そのことが、普通ではない烈火の行動を受け入れたという証に他ならない。それは、きっと三人も理解していることだろう。

 

「でも……多分ですけど」

 

瑪瑙は、この日一番の輝きを放つ笑顔で言った。

 

「そんな烈火くんだから、これだけたくさんの良いお友達が出来たんですよ!」

 

そうだ。烈火がそういう人間だから、これだけの人間が集まったのだ。

烈火に救われた者、烈火によって変えられた者、烈火を慕う者たちが、ここに集っている。

願子だって、その中の一人だ。

 

『みんながみんな、恐怖に縛りつけられると思うなよ!』

 

自分を焼こうとした紅麗の炎から、身を挺して守ってくれた。

強くてカッコいいスーパーヒーロー。超然としたところだけではない。彼のその優しさも、人を惹きつけてきた理由の一つだ。

柳も、風子も、そして瑪瑙も、そんな烈火に惹かれたのだろう。

 

(ま、私には好みじゃないけどねー)

 

だけど、あの時の感謝の気持ちを、もう一度だけ伝えておきたいと思った。直接伝えるのも照れくさい。だから、頭の中によく知っているウニ頭を思い浮かべて、そいつに向かって言った。

 

──ありがとう。おめでとう!

 

空想のウニ頭が、ニカッと笑ったような気がした。

 

 

 

 




原作の願坊は出番が少なく、風子以外のキャラとの絡みも少なかったと思います。
だからこの願坊は裏武闘殺陣に着いてきてたアニメ版願坊のイメージが強めかもしれません。
近藤さんとか、結構好きでした。

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