Wedding of Recca   作:ぎんぎらぎん

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第二話:水鏡の場合with女装癖とその相方

土曜日の朝9時、しかも天気は快晴とくれば、行楽地に出掛けたくなるのは仕方のないことだ。ある者は家族サービス、またある者は恋人とのデートのために車を出して、レジャーを楽しもうとする。その多くが市街で最も大きな国道を利用し、渋滞が発生してしまうのもまた必然である。

多くの年齢層が一同に介している状況ゆえに、渋滞の中にも多種多様の車を確認することができる。ファミリー向けのミニバンや、キャンプに行こうとしている若者が乗っているであろうSUV、高齢者に人気の高い旧式のセダン。

その中でも、一際目を引く英国産の外車。ジャガーを模したエンブレムが特徴的なその車には、いずれも礼服で身を固めた男三人が乗り込んでいた。

 

「予想はしていたが、なかなか厄介なことだ」

 

ハンドルを握っている金髪の男、蛭湖は前後左右を取り囲むように並んでいる車の列を眺めてため息をついた。

 

「早めに出ておいたのは正解だったな、葵」

 

蛭湖はそう言って、助手席の方に目配せする。葵と呼ばれた中性的な顔立ちの男性はそれに頷き、今度は後部座席を振り向いた。

 

「それにしても、ツイてませんでしたね水鏡さん」

 

葵が明るく声をかけた男もまた、端正ながら中性的な顔立ちをしており、線の細さや長く伸ばした銀髪と相まって、女性と見紛うような容姿をしている。

水鏡凍季也は軽く首を振って見せた。

 

「全くだ。君たちには迷惑をかけたな、恩に着るよ」

 

「礼には及ばんさ。困っているときはお互い様だ。それにせっかくの祝いの席だ、遅刻して水を差すのもつまらんだろう」

 

蛭湖にそう返されて、水鏡はすまないな、と一言述べた。

道中で運転していた車がエンジントラブルを起こした時は自分の不運を呪ったが、そこで偶然古い知人である蛭湖と葵の車が通りかかり、自分を拾ってくれた。渡りに船とはこのことだろう。おかげで予定通りの時刻には到着できそうだ。

 

「なんだか、水鏡さんと会うのも久しぶりですね。五年振りくらいかな?」

 

「……そうだな、ちょうどそのくらいか」

 

葵と最後に会ったのは確か、自分が県外に出ることが決まって仲間たちが開いてくれた送別会の時だ。

 

「そうそう、送別会ですよ。覚えてますか?二人でコスプレしたの。いやー、あの時の水鏡さんのセーラー服姿可愛かったなぁ♡」

 

葵の言葉に、嫌な記憶が蘇る。酒に酔った仲間たちによって無理やり身ぐるみを剥がされ、代わりに着せられたのが何故かその場に用意されていた母校のセーラー服だった。葵も(こっちは自ら進んで)セーラー服に衣装替えして、二人の撮影会が始まったのだった。

 

「……おかげさまでなんの躊躇いもなく町を出ることができたよ」

 

あの時の屈辱を忘れることなどできようか。鎮めていた怒りが再燃しだす。

水鏡の語調から身の危険を感じ取った葵は、冷や汗を流して蛭湖に話題を振った。

 

「あっ!そ、そうだ。蛭湖が今なんの仕事してるか水鏡さんに教えてあげたら?」

 

「ん?……ああ、そうだな。せっかく久々に会えたんだ、近況報告も必要だろう」

 

思いがけず回ってきたバトンを蛭湖は上手く拾ってみせる。

 

「今は、自分で立ち上げた警備会社の……一応代表を務めさせてもらっているよ」

 

「へぇ、意外だな」

 

葵が話題を逸らしたがったのは見え見えだったが、水鏡もこれには素直に驚いた。優秀な人間であることは知っていたが、経営者などをやるような性格ではないと思っていたからだ。

水鏡の驚きの理由を察してか、蛭湖は続ける。

 

「昔の経験を活かす、という意味ももちろんある。要人警護や重要施設警備のノウハウは十分に蓄えていたからな。もっとも、むしろ襲う側だったことの方が多かったが」

 

昔の経験──彼も葵も、元々は裏社会に生きる人間だった。同じ男に仕え、四死天という肩書きも共にしていた。これまで数多裏の仕事をこなしてきた彼にとって、元同業者を相手取るのは容易いことだ。そういった点では、彼が今している仕事は天職とも言えるだろう。

だが、それだけではない、と蛭湖は言った。

 

「かつて言われたことがある。『意志を持て!自分の考えで動け!』とな。それに感銘を受けたのか、はたまた悔しかっただけなのかは自分でもわからない。ただ、自分で会社を動かしたいと思ったんだ。誰かの命令ではなく、自分自身がやりたいようにやろう、とね」

 

「僕も、同じです」

 

バトンは再び葵の手に渡る。

 

「生みの親である森様の言うことが絶対だと思ってた。だけど、気づかされたんです。柳ちゃんは言ってくれた、僕のことを友達だって。烈火さんは背中を押してくれた、僕だって泳げるって。二人がくれた恩に報いる……っていうわけじゃないけど、僕なりに自分のやりたいことを考えてみたんです」

 

「……それで、教師になろうと思ったのか」

 

「ええ」

 

水鏡の言葉に頷く葵の表情は、とても晴れやかだった。

 

「今は僕、大学に通ってます。土門さんのお店でバイトして貯めたお金で学費を払って、いつか学校の先生になるために」

 

そして、と言葉を紡ぎ、

 

「色んな子たちに、学校がどんなに楽しい場所か知ってもらいたいんですよ。学校が嫌いな子、学校に来るのが嫌な子、学校をつらい所だって思ってる子たちに。僕は学校に通いたくても通えなかった。僕みたいに寂しい思いを、そんな子たちにはさせたくないんです」

 

葵はほんのわずかな間であるが、学校に通っていたことがある。それは潜入の任務でこそあったが、学生として過ごしていた時の葵は、本当に生き生きとして輝いていたと聞いている。

その時の高揚を、興奮を、色んな子たちに伝えたいのだろう。

 

「しかし、全くのゼロからスタートとなると、随分と苦労したんじゃないのか?」

 

水鏡の疑問に、葵はニコリと笑って答える。

 

「“ある人”が、僕を援助してくれました。戸籍も学歴もなかった僕のために、色々な準備もしてくれて。だから、ちゃんと夢を叶えてその人への恩返しもしないと」

 

「私も、会社を興す時に資金援助をしていただいた。我々のような裏の人間にはそれさえも難しいからな。本当に、感謝してもしきれないよ」

 

葵や蛭湖のような裏社会の人間に進んで力を貸す者はそういない。それが誰なのか、水鏡は敢えて聞かないことにした。

二人が名前を出さなかったのは、恐らくその人物に口止めされているからだろう。それは恩に着せたくないという気遣いからの指示であろうことは、二人の口振りからなんとなく想像できた。

 

「もし僕が同じ学校に勤めることになったら、その時はよろしくお願いしますね、水鏡先生♪」

 

「さてね。僕ももう五年目になるが、まだまだわからないことだらけだ。人を手伝う余裕なんてないさ」

 

「しかし、意外と言えば君の方こそ意外だな。なぜ教師になったんだ?公務員なんてガラじゃないだろう」

 

蛭湖に問われたことを、もし十年前の自分に聞いたとしても、答えられないだろう。姉の仇を探し、復讐することだけしか見えていなかったあの頃の自分には。

いや、実際に教師になって、教え子を持つまでは、この職業を選んだ理由はわからなかったはずだ。

 

「……正直なところ、初めはなんとなくだった。自分のレベルにあった大学に行って、なんとなく教職課程を修了して、教師になっただけだった。理由なんて何もなく、ただフィーリングで進路を決めたんだ」

 

ところが、教壇に立って授業をして、休み時間に生徒たちと触れ合って、ぼんやりとその理由がわかってきた。

 

「多分僕は、伝えたかったんだと思う。師が……おじいさんが僕に遺してくれたものを、色んな子どもに。そして、彼等がこれから生きていく上での糧にして欲しかったんだ」

 

姉を亡くし、一人になった水鏡を引き取ってくれたのは巡狂座という男だった。

 

『あんた自分は強い剣士だって言ったよな。人の殺し方を教えてくれよ。仇をとるんだ』

 

そう言った水鏡に、巡狂座が伝授したのは『氷紋剣』。かつて、火影という名の忍者集団が生み出した魔導具を使った魔性の剣技。姉が遺した『閻水』が、その剣を使うために必要な二つの魔導具のうちの一つだった。

 

『凍季也、姉を殺めた者が憎いか?』

 

『憎いさ!殺してやる、殺してやる、絶対に殺してやる!』

 

『ならば忘れるな。それを成したくばお前は進んで地獄へ堕ちよ。地獄の底より這い上がり、鬼神の力を手に入れよ。そしていつか姉の仇が目の前に現れた時は……忘れるな。迷わず斬り殺せ』

 

それは、師にとっての罪滅ぼしだったのかもしれない。姉が死ぬきっかけを作ってしまったことへの。そして、水鏡の前に仇として現れることで、彼の心を救おうとしたのかもしれない。

だけどきっと、それだけではない。

 

『お前は一生の全てを復讐だけに使う気か?』

 

ある日国語や算数の教材を水鏡に渡して、巡狂座はそう言った。

復讐だけに生きて欲しくない。人を殺すことだけではない、人並みの、楽しくて、幸せな人生を送って欲しい。それが彼の望みだったんだろうと、気づくことができた。

不器用な人だった。だが、不器用ながらに本当に孫を愛し、孫のことを一番に思ってくれる優しいおじいさんだった。

おじいさんのような人になりたい、おじいさんが教えてくれたことを自分も伝えたい。だから自分は、教師になることを選んだのだろう。

 

「今年から、剣道部の顧問もやっているんだ。氷紋剣を扱う上で、剣道のなんたるかも叩き込まれたからね」

 

そんなおじいさんが教えてくれた氷紋剣は、ただの人殺しの剣なのか?いや、違う。

 

「氷紋剣は単なる人殺しの剣じゃない。人を守り、助けるための剣だ。火影が滅んで、閻水がなくなっても、氷紋剣の心は教えることができる。おじいさんの、美冬姉さんの優しい心は」

 

変わったな、と最期の時におじいさんは言った。自分でもそう思う。

変えてくれたのだ。たくさんの、仲間が。

 

話しているうちに、渋滞を抜けることができたらしい。車は徐々にスピードを上げ、前へと進む。

それはまるで、過去の自分たちを置き去りにしていくかのようにも思えた。

 




二話です!
なんかしんみりした感じの内容ですが、多分この先もこんなのが多いと思います。
明るく馬鹿な雰囲気は麗(魔)の人たちに期待しましょう。

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