Wedding of Recca   作:ぎんぎらぎん

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第一話:風子の場合withゴリラ

6月、第一土曜日───

抜けるような青空に薄い雲が散りばめられたその日は、汗ばむ暑さこそあれど、梅雨時とは思えないような爽やかな空気に満たされていた。

町の中心にある公園──洒落たデザインの時計塔に噴水、おまけに美味いと評判のたこ焼き屋の屋台があるその公園は、カップルに人気のデートスポットとして有名である。

噴水の前には一人の女性が立っていた。長く伸びた髪を綺麗に纏め、元から整った顔にはいつもより気合いの入った化粧が施されている。おまけに身を包んだ黒いドレスの上からでもわかるような抜群のプロポーションは、目の前を通る男性が一度は目で追ってしまうほどのものである。しかしながら、そんな彼女に声をかけようとする者は一人としていない。

それは恐れ多くて遠慮しているわけでも、服装から彼女の予定を察して空気を読んでいるわけでもない。

その理由は────彼女の発している怒気にあった。

 

「遅い!!!!!!」

 

美しい外見に似つかわしくない怒鳴り声を上げて、霧沢風子は時計塔に目をやった。短針は9を少し越え、長針は5の文字を指している。

 

「今何時だと思っとんぢゃ、あんのフランスモアイぃぃ!」

 

待ち合わせの時刻は8時半。気を利かせて少々早めに到着したはいいが、そこから雄に一時間近く待たされている。元から短気な風子の怒りのメーターはとうに振り切れてしまっていた。

 

「おほーい!風子さまー!」

 

怒り心頭の彼女の耳に、間の抜けた呼び声が入ってくる。声のした方を向くと、礼服を身に纏った大柄な男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。モヒカン頭に鼻ピアスが特徴的なゴリラ顔の彼こそが、風子の待ち人、石島土門である。

 

「いやー、わりいわりい!今朝は妙に快便でよぉ、止まらねえのなんのって」

 

天下の往来でとんでもないことを叫びながら駆け寄ってくる土門。周りから聞こえるクスクスという笑いの声は、自分をも対象にしたものなのだろう、と風子には容易に想像出来た。

羞恥心やら怒りやらで顔を真っ赤にした風子は、無言で土門の方へと駆け出す。

 

「おお、マイハニー!俺の胸に飛び込んでおいで!」

 

何を勘違いしたのか、感激の涙を流しながら立ち止まって大きく手を広げる土門。風子は何も言わずに走り寄りながら、3メートル手前で大きくジャンプ。

土門に抱いた全ての気持ちをたった一言に凝縮し、

 

「死ね!!!!!!」

 

全力のドロップキックを顔面にお見舞いしてやった。

 

 

「なー風子ぉー、いい加減機嫌直してくれよぉー。せっかくめでたい日なんだし……」

 

「あ゛?」

 

「ゴメンナサイ、ナンデモアリマセン」

 

ドスの利いた声と鋭い眼光に気圧されて、土門は巨体を縮こまらせて反省の意を示す。ベソをかきながら俯く腐乱犬にフン、と鼻を鳴らして、風子は車窓を眺めることにした。

あの後予約しておいたタクシーに乗り込んで、隣県の式場へと向かっている。トラブルこそあったものの、元から余裕を持った時間設定であったため、遅刻はしなくて済みそうだ。

流れるように移り変わる風景の中には、様々な人の姿を捉えることができる。仲むつまじく手を繋いで歩くカップル、ベビーカーを押しながら談笑する夫婦、我が子を肩車して歩く父親と笑顔を浮かべながらすぐ後ろをついて行く母親。

今日結婚する風子の二人の親友が、これから描くであろう未来図のようにも思えた。

 

──結婚、かぁ。

 

『忍』と『姫君』。普通とは少し、いやかなり変わった形で始まった親友たちの関係は、色々な出来事を経て、ごくごく普通な『夫婦』という形に収まろうとしている。

いつからだっただろうか、あいつがあの子を『姫』と呼ばなくなったのは。いつからだっただろうか、あの子があいつを呼び捨てにするようになったのは。考えてみても、わからない。それを思い出そうとするには、少々時間が経ちすぎていた。

 

「もう、十年かぁ……」

 

「へ?」

 

土門が反応を示したことで、無意識に声に出してしまっていたことを知って、風子は振り向いた。

 

「いや、早いなって思ってさ」

 

十年という長かったはずの時間も、振り返ってみればあっという間だった。苦労して上った坂道を自転車で一気に下るように、勾配が急であればあるほどより速く下れてしまうように。

 

「烈火が柳と初めて会って、それから私らも柳と会って。みーちゃんやカオリンに会って、麗だの裏麗だのなんて連中と命懸けで喧嘩してさ。そんなゴタゴタがあったのも、もう十年も前の話なんだよね」

 

「……言われてみりゃあ、ずいぶんと濃い青春時代過ごしたもんだよな、俺たち」

 

少女には、不思議な力があった。手をかざすだけで生き物の傷を癒してしまう不思議な力。

その力を我が物にしようとする悪人とその刺客たちから少女を守るため、少女の仲間は命を懸けて戦った。人が死ぬところもたくさん見た。一歩間違えれば自分も死にかねないような危機もくぐり抜けて来た。

そんな記憶も、十年の歳月によって風化しつつある。

 

「なんてーか、ヘンな感じだよね。忘れたくても忘れられないって思ってたのに、受験だとか就活だとか、人並みの苦労してる間にすっかり埃かぶっちゃった」

 

「ま、俺らにとっちゃ麗や裏麗なんかより、試験問題の方がよっぽど強敵だったってことだな!」

 

ガハハハと笑い飛ばして、土門は続けた。

 

「それによ、俺らはともかく花菱のヤローにゃなげえなげえ十年間だったと思うぜ?なんせ愛しのお姫様と結婚できるのは柳が大学卒業して、絵本作家デビューできてからと来るもんだ!あの馬鹿にゃ気が遠くなるような話だろうよ」

 

違いない、と風子も笑った。

いつだったか、烈火と二人で飲みに行ったことがあった。その時聞いた話では、なんと烈火は高校時代既にプロポーズを決めていたらしい。恋愛事に関してはヘタレな彼の思い切った行動に心の中で拍手を送ったものだ。

てっきりそれでOKをもらったものかと思ったら、というかプロポーズをした張本人も快諾を受けるものと思っていたら、意外にも返事は“NO”だったと言う。

 

『すっごく嬉しい!でも、今の私がそれを受け入れたら、きっとあなたに甘えちゃうから……』

 

だから、自分が夢を叶えて一人前になったとき、まだその気持ちが残っていたら改めてプロポーズして欲しい、と、少女は告げたそうだ。

 

『だから俺は、ぜってー華やかにあいつを迎えに行ってやるぞ!一流の花火師になって、がっぽり稼いで、ド派手な式を挙げてやんだ!!』

 

グラスに入った焼酎を一気に飲み干し、そう高らかに宣言したことは今でもはっきりと覚えている。

 

「ストイックというか頑固というか、正反対に見えて似た者同士なんだよねあの二人」

 

「それで二人とも夢を叶えちまうんだから、大したモンだよ。ま、花菱には鉛筆握りしめて机に向かってるより、楽だったろうけどよ」

 

だから烈火は高校を卒業してすぐに、父親に弟子入りを申し出たのだろう。一流の花火師になるために、夢を叶えた彼女に負けないようなカッコいい男になるために。

そうしてそれぞれに苦労を重ね、改めて申し込まれたプロポーズの返事は……敢えて言うまでもないだろう。

 

「いよいよ、だな」

 

「うん。いよいよだ」

 

そう、いよいよだ。

いよいよ今日、二人は結ばれる。




こんにちは。お久しぶりの方、初めましての方、ぎんぎらぎんです。
このお話は、昔『小説家になろう』に投稿した作品のリメイクになっています。当時はまだ未熟で文章作りも下手くそだったので(今は上手いとは言ってない)いつか書き直したいと思っていました。
基本的に登場人物が思い出話と近況報告するだけのヤマナシオチナシの話になりますが、「それでもいいよ」という方はぜひごゆるりと楽しんでいってください。
それと、作者の無知ゆえに結婚式に関しての描写がおかしい部分があるかと思いますが、目を瞑っていただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。

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