Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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 一閃。

 その巨大な(ほこ)は、おおよそ常識レベルで予想される速度を超えて繰り出され、音を置き去りにし、形容ではなく文字通りに閃いていた。

 その軌道は、あくまでも直線。点と点の最短距離を結んだモノ。

 フェイントどころか、一切の無駄を省いた”目標点を刺し貫くことだけ”を形にした単純明快な攻撃。

 

 ────しかし、それは。だからこその”必殺”だった。

 

 その攻撃を避けることが、かのように常識の範疇に於いて不可能であるが以上、その長さ八尺(約3メートル)幅六寸(約18センチ)あまりの巨大な凶器は、一撃にて勝負を決するだけの威力を十二分に秘めている。

 

 丸太のような腕をしているというのならばいざ知らず、一見、ごく普通の青年の形をした得物の担い手は、振り回すことも適わぬような巨大な鉾をその様に扱って見せた。

 その鉾先が向けられていたのは、そんな鉾の担い手よりもはるかに小柄で幼く見える少女である。

 

 凶悪な一撃が、その小さな未成熟な胴体を躊躇いなく刺し穿つ。

 

 少女の体内を巡っていた赤が、辺りに場所を選ばずに散り飛んだ。

 必殺たる攻撃は、対象に反応する(いとま)を許さず、そして、断末魔を上げることさえも許さなかった。

 

 巨槍に貫かれた少女のか細い身体は、見た目通りに脆く、弱いもの。

 直撃を許してしまった、その過重な衝撃に、少女の小さな肉体が耐えられるはずはない。

 その胸部に抉り開けられた大穴を基として、無残にも、その華奢な肢体は幾つかの単なる肉塊(パーツ)となって地面に転がり落ちた。

 

 

 

「やったぞ! ランサー!」

 その恐るべき戦闘能力を目の当たりにした園埜潤は、自身も戦闘の最中であることを忘れ、歓喜に震えた。

「──バカなヤツ」

 だが、サーヴァント対サーヴァント、マスター対マスターの勝負は”まだ”決してはいない。

 少女──ライダーのサーヴァントのマスターに刻まれた、契約の証”令呪”は消えてはいないのだ。

 敵マスターの声を聞き、それを蔑みながら行動を起こした少女の姿をした英霊のマスターである魔術師は、当然、それを理解していた。

 

 ────否。それを理解していなかったのは、唯の一人。ランサーのマスターである潤だけだったのだ。

 

 ライダーのサーヴァントのマスターは、園埜の位置を知るや、咄嗟に魔術詠唱を開始する。

 

 

No.3, get ready(3番、準備)──」

 

 

 潤は不意に、自身のすぐ近くにカードが一枚、落ちていたことに気が付いた。

 違う。

 そう彼が感じた違和感は、彼に冷静な判断を取り戻させる。

 それは彼がこの物陰に身を隠した時から、そこに配置されていたものだ。

 それは潤と敵対するマスターの”隠蔽の魔術”よって隠されていたに過ぎない。

 彼のその詠唱は、言葉通りに魔術発動の用意をさせるものであり、そして、隠蔽の魔術の解除も兼ねていたのである。

 

 ──戦闘に意識が傾いていた為に、注意が散漫になっていたのか?

 ──それとも、その”隠蔽の魔術”の完成度が高度だったのか?

 

 例えその様に自問したのだとしても、だが、そんなことは既に問題ではない。

 

 

「──Reverse card, Open(伏せ札、解放)

 ──Effect motion(効果発動)!」

 

 

 カードを触媒に、儀式魔術を戦闘用魔術として昇華させた魔術。

 そういう魔術師の一族が在ることを潤は思い出し、相対する敵の名を知った──。

「──オーウェン!?」

 露わになったカードとはタロットカード。

 そこに描かれていたのは、小アルカナ・ワンドの3。

 タロットの小アルカナの4大スートは、それぞれの力の象徴であり、そして、四大元素を司る。

 

 ワンドが司る四大元素は火。

 

 潤は慌て、回避運動に移るも────遅い。

 

 

「──Blow it up(爆破せよ)!」

 

 

 オーウェン──ロミウス・ウィンストン・オーウェンの魔術は、かくして発動した。

 

 廃墟には爆音が響く。

 

 その爆発の規模は、しかし、そう大きいものではない。

 カードの示した通り、所詮は”3”の威力である。

 直下で発生したものだったとしたら、その脚部の機能程度は奪えたのかも知れない。

 しかし、付近で発生したとはいえど、その程度の爆炎に巻かれたくらいでは、爆風に飛ばされたくらいでは、魔術師を殺すには至らないだろうとロミウスは冷静に判断していた。

 それは恐らく、自分同様に対魔力の効果を持った何かを相手も所持していて然るべきだからである。

 聖杯戦争に参戦するということは、争うべき敵がサーヴァントと魔術師であるということなのだ。

 サーヴァントへの防衛策・対抗策は、その真名が判明しなければ具体的な準備を行いようもないが、少なくとも対魔術師用の防御策や対応策の一つや二つは有していて当然だろう。

 予想通り、物陰から移動する潤の姿を、一瞬、ロミウスは捉えていた。

「──ちぃッ! 今夜は引きが悪い!」

 左手に持たれた5枚のカードを再確認しロミウスはぼやく。手札次第では、その移動が行われた際に敵を追撃できたはずだった。

 先刻の爆破に使ったのは設置した4枚の内の1枚。だが、残りの3枚を含んだところで、自身の発言通りに、そう有益なカードは彼の手に巡ってはいない。

 右手首の付けられた魔術行使を補助する武装──礼装(れいそう)にセットされた山札(デッキ)には、サーヴァントにすら十分に通用する可能性を持ったカードも眠っていた。

 しかし、如何せん、(ひき)が悪ければ、それを使用することもできないのだ。

 

 

 ロミウスの一族が作り上げた魔術とは、タロットカードを儀式用の触媒の代替品として用い、本来ならば大掛かりな時間と手順が必要なレベルの魔術までもを、短時間に発動させ、戦闘にまで使用できるように昇華させたものである。

 しかし、反面、そのために様々な制限と制約を持っていた。

 自分の思うようにカードをプレイすることができないのも、その制約・制限故である。

 

 

 自身が追撃をかけたいと思った方向。

「──ッを!」

 そこから飛来する小型の魔力の塊を察知し、ロミウスは茂みへと身を躍らせた。

 直後、ロミウスの居た場所を黒い弾丸が疾走する。

 標的を失い、流れ弾と化した魔弾は、その後方に立っていた樹木に着弾し弾痕を穿つ。

「──ガンド!? ”フィンの一撃”!?」

 それは北欧に伝わる呪いの一種だった。

 しかし、通常、その呪いとは間接的なものに過ぎず、直接的なものではない。

 だが、直接的なダメージを与え得る強力なものを”フィンの一撃”と呼ぶのだ。

 猿真似一族と聞いて見下していた園埜の実力。

 確かに、そのガンドも誰ぞ──例えば、時計塔でその使い手として有名な遠坂(とおさか)(りん)やルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの真似事であるのかも知れない。

 だが”フィンの一撃”を繰り出せるという事実は、少なくともそれ相応の実力を有した魔術師であるという証明に他ならないのだ。

「チッ。手っ取り早く潰しておける相手かと思っていたが……」

 舌打ちと共に、ロミウスは時計塔で耳にしていた凡族の実力を素直に修正した。

 それも自身が勝ち残るために、必要なことだからである──。

 

 

 

 雑木林に在ったその廃墟は、一昔前、少なくとも数十年単位で放置されていたものだと思われる。

 何でもこの林は現在、国の所有地らしいのだが、その土地の中にあった屋敷と呼べる大きな家屋が、どうしてこの様な状態になるまで放置されるに至ったのかを、この場にいる誰もが知る由もない。

 この街の管理者である園埜の跡取り息子は、同級生たちを始めとして、若い年代の間ではそこが『幽霊の出る廃屋』としての有名であるという噂を知ってはいたが、それとて、対して重要な情報ではなかった。

 重要だったのは、日没から数時間程度しか経過していない時間帯であっても、そこが人目に付かない場所だったという点である。

 

 潤のサーヴァントであるランサーは、廃墟の庭に立ち、その巨大な鉾を構えて周囲を窺っていた。

 つい先ほど。五体を解体(バラ)すほどのダメージを与えて刺し殺したはずの少女の肉塊は、その足元にはない。

 それは幻に過ぎなかったのである。

 彼女はランサーが初めて目撃したときから、幻だったのだ。

 

 ──突如と。

 ランサーの周囲に光が射した。

 その数、三つ。

 その三筋の光は、雲の切れ間から射し込めた光輝のように天から注いだものだった。

 それ自体には何の害も感じられず、だが、その光線の中を降りてくるモノに、ランサーは自身と同質のモノを感じ上空を仰いだ。

「──成る程。確かに姫君は姫君らしく控える、ということには同意できますね……」

 ぽつりと呟いたランサーの視線の先には、天から降りてくる剣、槍、弓をそれぞれ携えた武人の姿が在った。

「──さて。彼の姫君の命により、天から衛兵が遣わされるということは、姫君とは月帝と縁のある者であらせられるということか……」

 その三体も英霊と同格の存在。

 その身の放つ威圧感は、その魔力の密度を感知できる魔術師ではなかろうと、十分に慄かせるであろう。

 音も無く地に降り立った武人たちは皆、ランサーよりも頭二つは優に大きく、骨格や肉体の作りもまるで違う。その対比は大人と子供ほどの差を生み出していた。

 その見た目だけで解る、屈強な衛兵たちに囲まれ、しかし、ランサーは動じない。

「──だが、姫君よ。私を誰かと承知したであろう上で、この仕打ちとは──些か、遊びが過ぎましょう」

 顔には薄っすらと笑みを浮かべ、しかし、言葉と同時に纏った魔力は強大で異常なものだった。

 鉾をゆらりと下げたかと思うと、刹那、ランサーの姿が消える。

 直後、鈍い破砕音と液体の派手に飛散する音が同時に当たりに響いたかと思うと、庭には三体居たはずの巨躯が、一体、減っていた。

 剣兵と槍兵の背後。

 そこには、巨大な鉾先に頭部と胸部を砕き散らされた弓兵士と、その前に鬼神の如く立つランサーの姿がある。

 

 いや。彼は鬼神ではない。

 

 ────武神なのだ。

 

「戯れ事は終りにしよう。ライダーの姫君──」

 そして、背後から襲いくる剣兵と槍兵を気に止めるまでもなく、ただ、その鉾に魔力を込める────。

 

 巨大な鉾に、強大すぎる魔力が集約されていく。

 

 宝具──ノウブル・ファンタズム。

 英霊の持つ、人間の幻想を骨子にして作り上げられた武装。

 英霊の象徴であり、固定化した神秘。

 

 それは真名と共に魔力を注ぎ込むことによって、真なる能力を発揮する。

 

 

 集約された桁違いの膨大な魔力は、今、解放されようとしていた────。

 

 

「吹き荒れよ──野分立つ掃討の鉾(隼風)!」

 

 

 振り向き様。ランサーの手に在った鉾は、真名により真なる力を発揮していた。

 その巨大な神槍から放出された魔力は、巨大な竜巻を生み出し、有りと有らゆる物をその魔力風の大渦へと巻き込む。

 それは無生物を破砕し、生命を蹂躙し、唯、総てを呑み込むと、それを塵へと還す。

 

 

 風が凪ぐと、そこは地面が剥き出しにされた荒地へと変わっていた。

 そこがつい今し方まで、雑木林だったなどと誰が信じられようか。

 そこには槍兵の英霊と敵対する者の姿など、疾うに消え失せていた。

 だが、その荒地の先、未だ木の茂る前方より迫る爆音をランサーは捉える。

 その耳に届いた騒音を距離に換算すべく思考した、刹那。

 それは恐るべきスピードで、既に神槍の担い手の目前へと迫っていた。

 銀色の車体は、巨大な弾丸となってランサーを襲う。

 僅かな反応の差で、どうにか槍の英霊はその物体を回避する。宙を踊りながら、ランサーは自身に脅威を感じさせた科学の産物を見た。

 自身を轢き去ろうとしたその車体は、その矢先、急停止を行うと、前輪を軸に、慣性に従い浮いた後輪を宙空で前方へと流し、方向転換を図ると共に急停車してみせる。

 着地した英霊と、その銀色の車体を駆っていた英霊は、今度こそ、本当に対峙していた。

「……確か『バイク』と言うものでしたか? それは」

「ええ」

 耳を劈く排気音は、一般のそれよりも遥かに巨大な騒音を撒き散らしている。

 それでも問いかけた声をどうにか聞き取ると、少女の姿をした英霊は青年の姿をした英霊の言葉に応えた。

「しかし、そのようなモノをかように乗り回すとは……予想していたよりも、どうやら貴女は快活な姫君であらせられるようだ──なよ竹の赫映姫(かぐやひめ)

 大型の車両に(またが)る幼い少女は、一種、コケティッシュな魅力を感じさせるようで、その実、アンバランスでしかない。

 だが間違いなく、その少女の配する雰囲気は、外見の年齢など無効にして、異性を強く惹きつけていた。

 英霊たるランサーでさえも、気を抜けば、彼女の虜となっているだろう。

 

 そして、その霊格は、紛うことなくランサーと同質で同等のものである。

 

 ライダーとは、騎兵の英霊。

 彼女の騎乗能力は、ほぼ如何なるものであれ発揮されるレベルのものだった。

 

「……それは褒め言葉として受け取りましょう──誉田別尊(ほんだわけのみこと)

 微笑むライダーのサーヴァントの顔は、月影に照らされ、この世のものとは思えない美しさを感じさせていた。

 

 

 

 

 


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