Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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 初見から変わらず、その容姿を達磨(だるま)そのものだと洋子は思っていた。

 それは彼女の感性だけが特別にそう認識させる、というレベルの話ではなかった。彼の顔を見た人間は、成る程、確かに達磨とは言い得て妙だと口を揃えることだろう。

 そんな頭に達磨を乗っけたような不格好な髭を蓄えた武者姿のナニカが、何故に自分の“サーヴァント”と呼ばれる存在なのだろうと洋子は甚だ憤りを感じていたのである。

 

 サーヴァント。

 墓守が語るに、それは原作小説(ぶんけん)には記載されてはいない、洋子に秘められていた魔術の才能のもたらす奇跡の1つだという。

 

 ──ある側面、それは紛れもない事実であった。

 アノアデル云々という在り得ない設定は別として、事実、彼女の身体には一族に途絶えていたはずの魔術回路が隔世して存在していたのである。

 その家系を遡ると中木という一族は、決して才能に恵まれたとは言い難いものであったとはいえ、数世代前までは歴とした魔道の力を有した血族だったのだ。

 特別の中の特別でない。それどころか、魔術師の一門としては底辺も底辺にある脆弱な家系。それを裏付けるように、一族は衰退し、現在に至っては力を失って久しいのである。

 しかし、それでも。

 洋子の妄想は先祖たちにすれば、少なくともその一部は現実のものだった訳だ。

 

 残念ながら洋子は、そういう根本にあった自身の血筋に関する過去も、サーヴァントがどういった存在であるのかも、当然、何のために彼ら英霊が現界し、この先に何が待ち受けるのかも、今現在、知りはしなかった。

 墓守からは、その達磨がサーヴァントという存在だということ以外、一切の知識も情報も伝えられてはいなかったのである。

 それはこの世界とアノアデルとを繋ぎ置く時間に限りがあるからだった。

 此度の墓守の滞在可能時間──その貴重な限られた時間、その後半部分のほとんどがサーヴァントの出現儀式に費やされてしまったのである。

 

 

 

 ──廃屋。

 雑木林の洋館は、もはや、どこをどの様に観察しても、既にそうとしか呼べない代物だった。

 長い歳月。そして、湿気や多種多様の虫にやられて朽ち果てた内部は、明らかに人の居住を許すものではなかったのである。

 庭から覗えていた在りし日の気品など、正にハリボテに過ぎず、噂話にあるお化け屋敷としての様相がまざまざと彼女の眼前には広がる。

 しかし、墓守に案内された天然の空洞を利用して設えれた地下施設だけは、朽ちる事なく健在だった。

 そこに備えられたものをワインセラーだとか、そんなオシャレな施設だろうと洋子は予想したのだが、それは見事に裏切られることになる。

 地中には、その剥き出しの岩肌に魔法陣が用意されていただけだったのだ。

 前記の様な本来、存在した洒落た施設を撤去し、墓守が改装していたのだろう。その光景を目の当たりにして、そう当たりを付けた洋子は、どれだけ念入りに下準備をしているのかと呆れ半分に墓守を笑ったのだが、どうも地表に描かれた、その非科学的模様は、彼曰く、遥か100年も昔に既に作成されていたものらしかった。

 この世界での自身の活動には時間の制限が存在するが故、当初から墓守はそれを流用する心積もりであったそうなのだ。

 そして、その場で教えられるがままに洋子は呪文詠唱と儀式を行い、その結果、2人の手によって風化より回復した魔法陣から呼応して出現したのが、達磨──否。そのサーヴァントだったという訳である。 

 だが、時間を極力有効に利用しようと画策したところで、結局は、サーヴァントが現界するや、その制限時刻が費えたことを告げる携帯電話の電子音が墓守の背広の内ポケットから聞かれたのだった。

 その電子音は過去2回の別れ際同様、初期設定のままの無機質な何の遊びもない単なるアラーム音だった。

 着信メロディの設定の変更方法を教えたはずなのに。しかし、そんなことにツッコミを洋子に入れさせる間もなく、彼は一言、────と言い残して、その場を早々に後にしたのである。

 

 そう確かに……。

 

 待──。朝────を────。

 

 

 

 彼は確かに、そう告げたはずだ。

「あれ? 何だっけ?」

 洋子が首を傾げる。

(ん? 朝────を────って、なんで?)と、洋子はその時も思ったはずのだが、酷く曖昧で言葉が──単語でさえも──今は全てが定かではなかった。だが、それも対した問題ではないだろうと彼女は思う。

 これまでの墓守との会話は一言一句とまでは言わぬものの、少なくとも交わした言葉の内容は完璧に覚えているのだ。

 彼との邂逅は、絶対的に特別な時間。

 そんな風に認識している自分が忘却してしまった墓守の呟きとは、特に意味のあったものであろうはずもない。そう洋子は認識していた。

「そんなことより魔族よ──! まったく、こんなんじゃ、いつまで経っても墓守との間にフラグが立たないじゃない!」

 靄がかる記憶をどうでもいいことと結論付けると、書き掛けだった日記に意識を遣り、改めて洋子は怒りを零す。

 そうだ。元はあの魔族に尾行されていなければ、時間は十分にあったはずなのだ。

 様々な憤り──久しぶりだったのにあまりにも短かった墓守との逢瀬。恋愛関連イベントを発生させるだけではなく、墓守に対して自身のサーヴァントの風貌に対する苦情を告げる時間や、サーヴァントという発現した能力に対する知識を問う時間。さらにはおかげで裂くことのできなくなった『銀河の精霊』のコスチューム作成の時間etc,etc……。

「──あっ! ないすあいでぃあ!」

 指を鳴らして邪な笑み一つ。

 そして、あることに思い至り、洋子は決意する。

 このサーヴァントを件の魔族にけしかけてみよう、と──。

 

 サーヴァント。

 それは呪文の詠唱などを全く必要としない、瞬間発動させることが可能な魔術──それが術行使者にも認識できる様に視覚的にビジュアル化されたモノ。

 

 洋子は件の達磨について、現状、そう推測していた。

 それならば、まあ、まだ、どうにか自身のサーヴァントのみっともない外見について、それでも多少だけは納得ができるからだ。

 そういう予測を立てるのに一助(……と、彼女は思っているのだが、それはその設定を超能力から魔術に入れ替えたに過ぎず、ほぼ丸パクリでしかない)となった某人気漫画でも、いかに美形の主人公の使う超能力をビジュアル化したものだって、かなり奇抜なデザインで描かれているのである。

 やれやれだぜ。本来不可視のものであるはずの異能の力を視覚化してしまえば、そういう弊害もやむなし、ということなのだろう。

 

 

 育ての両親に、この春休み明けには高校2年生に進学する義理の妹。

 そう認識している家人は彼女が帰宅した時点で、既にみんな眠りについていた。

 日付が変わってから数時間が経過しているのだから、それは当然ともいえる。

 如何に彼女といえど、だからこそ、これから製作中のコスチュームに手をつける気力は最早なかった。

 加えて、明日も補習の講義があるのである。さらには、そこで魔族と事を構えようというのだから疲労を残すわけにもいかないのだ。

 書くことが盛り沢山だった日課の日記を黒いノートに書き終えると、洋子は引き出し開ける。

 日記用のノートを保管するために、わざわざ手間暇かけて引き出しの底を二重底に改造したのは、これもまた彼女の好きなアニメの影響だった。

 作中の同仕組みには存在した発火装置までは流石に設置できなかったが、ボールペンの芯を使って見せかけの底板を、その下に存在する本当の底板の裏に開けた小さな穴に差し込んで押し上げる。そうして、その場所にノートを隠して保管すると、洋子は気に入らないものの長年使用している学習デスクから立ち上がった。

 気だるげに溜息を零すとパジャマに着替え、自室のベットに腰掛ける。

 入浴は明日の朝にすることにし、さて、就寝しようと────

 

「……して、(それがし)は今後どの様にすればよいか? 某としては、先ずは力を蓄えることが得策だと進言致し申すが」

 

「──ひぃッ!?」

 不意にどこからともなく室内に声が響くと、洋子は飛び上がって驚いた。

「な、な、ナニ!? だッ、誰なの!?」

「某めは、御身(おんみ)に使えるサーヴァント、アサシンと申すが……」

「──な!? ナニ!? 何なのよ!? アンタ、しゃべれたの!?」

 だったら端からしゃべりなさいよ、とツッコミたくもなるのだが、洋子はそれを飲み込んだ。

「何。御身が果たしてどの様な方かと(いささか)か感興が湧いたものでな。暫し黙したまで。しかし、(いたずら)に驚かせたようであったな。これは失礼仕った」

 声の主である達磨がぬうっと実体化し、謝意を示す。

「サ、サーヴァント!? ア、アンタ、アサシンって名前なの?」

「──しかし、弱り申した。やはり御身では某、十全の力を奮うことが叶わぬようである──故に此処は前述が如く──」

「ちょ──!? この私を捕まえて、過小評価!? アンタ、サーヴァントのくせして、どうゆう了見よ!?」

 だが、その困ったような顔をさらに困らせて続けた自身の言葉が、洋子の神経を逆撫でし、示した謝意を消失させた。

「それにオンミってなによ!? は!? さてはアンタ、私をバカにしてるわね!? いいわ! その気になればアンタなんか、すぐにでも消せるんだからね!」

 元々、虫の居所は良くないのだ。

 家人が安眠している時間であることなど気にもせず、洋子は感情のままに声を荒げた。

 彼女の言葉には、何の根拠もありはしない。しかし、それは事実として実行できることだったのである。彼女はまだ気付いてはいないが、その左の二の腕には確かに令呪が刻まれているのだ。

「ぬ!? 重ねて失礼仕った。それでは某、どの様に御呼びすればよいか? 無難にマスターとでも呼べばよいのか? 横文字で仕えるのはどうも落ち着かぬのだが、命令とあらば致し方あるま──」

「──アンタ、私に仕える身なんでしょ? 私の力の具現化したモンなんだから?」

「ぬ? 具現化? はて? 何と申すべきか……

 ──まあ、御身に仕えるというのは、確かではあるが」

 それ故に、令呪の命令は絶対。だからこそ、2人の間には間違いなく、何かがズレていようとも、マスターとサーヴァントの関係が確かに構築されようとしていた。

「……じゃあ、姫、よ。私のことは姫と呼びなさい」

「ぬ? 姫!?」

「……何?」

 否定を許さぬ視線を洋子はアサシンに向ける。

「──可可可! いやいや! 気に入りましたぞ、姫! 自らをそう確言できる気構え、真、天晴れ!

 その様な御方こそが、某が仕えるに相応しき貴人。是より某アサシン、心より姫に従いましょう!」

 しかし、達磨はそれを不快に感じるどころか、豪快に破顔して見せたのだ。

「可可──姫。と、いうことは姫は、本当の姫君になられることを此度の戦の終焉に望まれるのか?」

「は? 何言ってるのよ? アンタ?」

「姫、某の事はアサシンと御呼びくだされ。否。本来ならば某、セイバーとして姫に仕え参じる身であったものを、何故聖杯は某をアサシンなどと、真、摩訶不思──」

「黙りなさい! そんなことは聞いてないでしょ! 答えなさい! 望み!? 何? それ、どういうことなの!?」

 思い込みは彼女の力でもある。

 その達磨を自分の力が具現化したものと認識した以上、もはや洋子にアサシンに対する遠慮などはなかった。

「ぬ? 姫は此度の戦──聖杯戦争を存じぬと申されるか? 此度の戦とは、姫と某を含め、七組の魔術師と英霊が望みを叶えるため──」

「ああ、ああ! うるさい! わかったわ! もういいわ、黙って! わかったから! そういうことね!」

「ぬ?」

「私を倒した者に何でも望みを叶えてやるって、魔族が魔術師たちをたぶらかしてるってことでしょ?」

「ぬ?」

「まったく……本当に呆れるくらいベタな手よね。ああいう連中って、他になんかエサを思いつかないものなの?」

「ぬ? ぬぬ?」

 アノアデルなど存在しない。だから、その世界を征服しようとする魔族など、当然、存在するはずもない。

 それでも、その世界は、彼女の中では真実として存在していた。その世界の消失は、彼女に間違いなくアイデンティティークライシスをもたらすことだろう。

 無意識の内に自己防衛本能がアサシンの言葉を遮ったか?

 真相は定かではないが、掛け違えを自らの思い込みで行い、それ以上の詮索もせず、発言も許さず、しかし、アサシンのマスターとなった女性は、自らの意思で聖杯戦争への参戦の意を固めつつあった。

「アサシン。で? アンタさっき、力を蓄えるとかなんとか言ってなかった?」

 状況を咀嚼できないでいるアサシンを尻目に、洋子はそれを明確にしていく。

 洋子とて現状を正確に把握できているわけではない。半分以上は自らの手で、それを阻害している部分もある。

 しかし、僅かな沈黙を破り、彼女はマスターとしての方針を早くも示そうとしていた。

「ぬ? 如何にも。申し上げ難き事ながら、現状、某は姫の魔力(ちから)だけでは本来の能力を発揮することが叶わぬ故──」

「……悪かったわね。私は今、まだ力が本格的に覚醒していないのよ」

 殺意さえ感じさせながら洋子は己がサーヴァントを睨みつけ、その発言を上塗りする。

「ぬ?」

「で? 力を蓄える方法って何?」

 それでも。洋子自身、自分が魔術師として力足らずだという状態を理解していた。アノアデルに王女として帰還できていない実情とは、その証明なのだ。

 だからこそ、その方法を欲する。だからこそ、その力を欲する。

 アノアデルを護るため。己の真実を護るため。それらの設定(せかい)を事実と証明するため。

 彼女は全ての魔術師を退けねばならない。

 彼女は王女として聖杯戦争に勝たなければならないのだ。

「──人を喰らわば。某は人肉を喰らえば、力を蓄えられまする。特に若い生娘ならば、何より──」

 当然、アサシンはマスターの話す内容を全く持って理解できないでいた。彼が聖杯から与えられた現代社会についての常識は、彼女の言葉を理解させるものではない。

 しかし、その聖杯戦争に勝たなければならないというマスターの決意を感じることはできていた。

 呼応するかのように、達磨からも、その風体より感じられていた間抜けさが鳴りを潜める。

 暗殺者(アサシン)────。

 そのクラスの示すような不気味なほど不穏な言葉を、そのサーヴァントは告げる。

「ああ。そんなこと──」

 その非道ともいえる方法を耳にし、それでも、洋子は恐怖することも、驚くこともなかった。

 

 

 ──中木洋子は選ばれた人物なのだ。

 

 だから、中木洋子の行いは、その全てが正当化される。

 アノアデルという世界を救済する自分のために、多少の犠牲は致し方ないのだ。

 

 

「──だったら、隣の部屋に都合のいいのが1人寝てるわ。それから別に若い処女じゃなくても、力にはなるんでしょ? だったら、この家に寝ている男と女も食べるといいわ」

 

 今回の犠牲──その供物は妹。両親。

 

 淡々と。自然体で。それどころか、彼女は実の家族を生贄に利用することを躊躇なく決定したのである。

「──ぬ?」

王女(わたし)のために命を捧げることが出来るのだから、きっと本望でしょ」

 面食らったのは、むしろアサシンの方だった。

 そんなアサシンに洋子は告げる。それは本当の家族ではないと、彼女が思っているからこそできた判断なのか。だが、この世界は洋子にとっては借り暮らしの世界に過ぎず、どうあっても優先順位はアノアデルの方が圧倒的に高いのだ。

「──可可! 実に実に愉快! 可可! その気概、やはり見事!」

 豪快に達磨が笑った。

「某、姫に御仕えする事を、光栄の至りに思いまするぞ!」

 そして、アサシンもまた、そういう気質を持った英霊だったのである。

 大儀の為の犠牲は止む無し。

 彼は正に英雄となる際に、敵を欺き、取り入るために、その行為を体現していた。

 彼は敵を討ち滅ぼすために、(かれ)らと偽りの親交を深めるために酒を酌み交わし、その時に食事として生きたまま振舞われた生娘を、油断させるために見殺しにしただけではなく、共に喰らって見せたのである。

 

 そういう互いに似た性質を、アサシンは知らず感じていたからこそ、魔術師としては未熟以前のマスターを快く受け入れられたのかも知れない。

 

 洋子とアサシン。

 彼女たちの聖杯戦争は、今、この時を以って開戦した。

 そうして。中木(なかき)麻子(まこ)を最初の犠牲者とする、市民を恐怖のどん底に突き落とした夏川の猟奇殺人事件もまた、こうして幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 


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