Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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intruder


「──はぁ」

 愁いを帯びた深い深い溜息一つ。それは触れれば壊れてしまいそうな少女のか細い容貌も手伝ってか、より一層、彼女の伝え窺った事態の深刻さを物語る様であった────、

 

「──監督役に、私の力添えが必要というのですか……」

 

 カソリックに身を包んだ銀髪の少女は事の顛末を告げる文面から目を外し、その文を手にしたまま、窓の外へと視線を移す。

 

 春はもうすぐそこに────。

 

 流れ見た先。

 かの地は冬に逆戻りしたような気候だと聞いているが、少なくとも少女の目にした中庭では緑が芽吹き、花は綻び、確かに日毎に春めいて来ている──。

 

「────はぁ」

 どこか演技じみて。空いた手を頬へと遣ると、少女はもう一度、物憂げに深い吐息を漏らした。

 

 聖杯戦争。

 その重大性を彼女は十二分に理解している。

 事、件の聖杯戦争とは、英霊という規格外の存在を使役した戦闘行為が主となる聖杯の獲得競争なのである。

 聖杯自体の真贋はさておき、魔術師たちもが絡んだその状況を、教会が完全に捨てておけるはずもない。

 

 そのようなことなど、彼女こそが最も理解しているはずなのだ。

 

 ────何故ならば。

 彼女こそが、教会が正式な意味で関知している『英霊をサーヴァントとして使役する唯一の聖杯戦争』、その現任の監督役に相違ないのだから────。

 

「……無能な人間のために、手を煩わせないといけないなんて……駄犬でも自分の縄張りをしっかりとマーキングできるでしょうに、自分の管轄もまともに管理できない夏川の監督役は、それにも劣る能無しだというのですね」

 ────しかして、彼女の抱いた憂いとは、伝えられた事態に対するものでは決してなかった。その毒こそが彼女の本音に他ならないのだ。

 

 

 

 夏川の聖杯戦争とは、彼女の管轄する冬木の聖杯戦争の副次的事象。

 

 例えば魔術構築誤作(システムエラー)等の何かの要因により流出した、または、ただ単純なイレギュラーとして。本来ならば、この土地に降臨するべき聖杯戦争を発現させるモノが、夏川という世界的視野で見れば極々近しい場所にて発現してしまい、偶発的に開催されるもの。

 夏川のそれとは、例えばこの地に存在する柳洞寺や冬木市民会館、或いは彼女の任地であるこの教会のように、冬木の街に霊地に降りるはずだった聖杯が、その街の霊地にズレて降臨しようとしてしまったために発生してしまっただけのもの────。

 

 人の身では御しきれないはずの破格の存在である英霊を、己がサーヴァントとして使役し、聖杯を賭して、その覇を競い合う闘争。

 

 この形式での聖杯の獲得競争は、この遠坂という魔術師の一門の管轄する霊地で行われるものが唯一のものであると教会に認知されていることは、もしやすると、夏川の聖杯が“第七百二十九”との認識番号を頂きながらも、ある種、この冬木の聖杯と極東の僻地での出来事であるがために一緒くたに認知されている可能性も、或いは否定はできないのかも知れない。

 

 然るに。

 冬木の監督役たる彼女にこそ、そのお鉢が回ってくることも必然であると肯定できようか────。

 

 ────否。

 結局、どのような邪推を巡らせたところで、その実、その考察には何の価値も無く、何の意味も成さない。

 

 真相がどうあれ、本来であるならば監督役として就くべく派遣されていた人物が、聖杯戦争の参加者の手にかかり殉教するという不測の事態が発生し、それに対して教会は彼女に後任を託したわけではなく、そのバックアップを命じたというだけなのだ。

 冬木の聖杯の調査という本来の来日目的とは別に。しかし、少なくとも彼女自身に、この教会を早々に立ち去る意思はなく、今しばらく留まるつもりである以上、それを無視して行動を起こさないわけにはいかないのである。或いは。夏川の聖杯は冬木の聖杯と同一のものであるという先の推論がもしも真相なのだというのならば、それを明確にさせることこそが少女の本来担っていた任務であり、彼女を監督役に置かないことは、そのための配慮であるということに他ならないのである。

 

 

「……いいでしょう。幸い、適当な人材にも心当たりがありますし」

 表向きの表情を当初から何ら変えることなく、だが、少女は気持ちを切り替えるようにそう呟く。

 その脳裏に浮かんだ人物の筆頭は、無職で暇を持て余してる衛宮家の穀潰し(新人)。

 幸い、事、荒事にかけてはこれ以上ないほどの適任者であるといえるだろう。むしろ、それだけにしか取り柄のない人材といっても過言ではないと少女は断言する。かつて魔術協会は彼女の家柄などを考慮し、その扱いに窮し、体のいい厄介払いとして彼女を『封印指定の執行者』として利用していたと聞くが、何のことはない、彼らは適材適所に人材を配しただけのこと。それ以外に彼女には使い道がなかっただけだろうと少女は判断している。

 

 ────それもそうだ、と。 少女は思い至る。

 

 そもそも彼女だけではない。なんならその家主本人や、その取り巻きをもけしかけて、曰く“適当な人材”を総動員してみるのも、実に“面白そうだ”と少女は考える。

 曲がりなりにも聖杯戦争なのだ。それに因って不測の事態が発生する可能性は極めて高く────否、事態は間違いなく甚大なトラブルへと発展し、衛宮家関係者一同は、その対応に右往左往することだろう。その様を想像するだけでも、この上なく愉快痛快極まりないではないか────。

「ふふ──悪くないですね」

 サディステックな思考からの感想を思わず声に漏らし、少女は薄っすらとに口元を綻ばせる。

 

 そうなのだ。何も絶対に彼女自身が直接即座にその地へ赴くようにとの指示が出ているわけでもない。ならば、到着早々に寝首を搔くようなエセ神父のような人物がソコにいないとも言えないし、何より彼の地の情報を細やかに得るために先発で調査人員を派遣することを問題視されることなどあろうはずもないのだ。考えようによっては、実に体のいい嫌がら────

 ────否。事態は深刻なのだ。冬木の聖杯戦争。その当事者たる彼らならば状況の緊急性と重大性を鑑みて、事、例の家主の少年などは、自ら進んで事態の収拾に当たってくれることだろう。

 

 そうして、少女は再び口元を綻ばせる。

 

 こほん、と咳ばらいを一つ。

「ランサー」

 続けて、少女は確かにそうサーヴァントに配されるクラス名を呼んでいた。

 

「──ああ? 呼んだか?」

 果たしてその呼びかけに、霊体化していた──のではなく少女の背後の扉から、白いVネックのTシャツと黒のレザーパンツ姿の男が、気だるげな応答と共に槍を携えて──はおらず、ジョウロ片手に現れる。

 

「なんだよ。花壇に水やりの後はお遣いにでも出かけろってか? まったく人遣いの荒いマスターだな」

 ジョウロを取り敢えず窓枠へと置くと、男は首にかけたタオルで額から頬、そして首筋の汗を拭う。

 その汗した行為がガーデニングだか、農作業だか。そも、趣味なのか、生活のためなのか。

 そんなことは与り知らぬも、その生活感有り余る姿に、彼こそが人智を超えた存在たる英霊であるなどと誰が思うだろうか。それも十把一絡げの生半可な英霊なのではなく、彼が槍の担い手としては最高峰の一角と断言できるほどに抜きん出て優れた英霊などと、誰も思いもしないだろう。

 そんな凡そ槍兵らしからぬ青年は、どこか諦めたようにぼやき──、

「あら。勘がいいのね、ランサー。どうやら、ようやく日頃の躾が行き届いたのかしら?」

「……おっと。そういや、今日は早々に夕飯の支度にかからないといけなかったな」

 少女の言葉を聞くや、即座、踵を返す──、

 

「────フィッシュ」

 

 だが、遁走は叶わず。彼女の発した呪文に反応し、その細い腕から伸びた赤い布は青年をしっかりと捉え、完全に拘束していた。

「やーめーろーよー、はーなーせーよー!」

 ランサーは抵抗する素振りを滑稽なまで懸命に見せるも、それは徒労に終わる。彼の身体はずるずると床の上を引きずられ、ものの見事に少女の足元へと手繰り寄せられていた。

「お待ちなさい、駄犬」

「待つも何も、お前、すでに完全に拘束してるじゃねぇか! どうせまた好からぬこと考えてるんだろが!? ロクなコト考えてねぇ空気感がアリアリとしてるんだよ!」

 マグダラの聖骸布。それは少女の所有する、男性を拘束する概念武装である。

 如何な英霊とて男性である以上、その概念には逆らえず。ランサーは捕縛された罪人そのものの様相で、少女を仰ぎ見ていた。

「──まあ。駄犬の分際で主人に口答えするなんて。そんなに去勢されたいのかしら?」

 そんな床に転がるランサーを冷たく見下し、少女は躊躇することなく吐き捨てる。

 シャレではない雰囲気に暫しの沈黙が流れ、そして、少女は再び大きな溜息を一つ。

「……しかし、心外ですね。貴方はどうしていつも私のお願いに、そこまでの嫌悪感を示すのでしょうか?」

「……日頃の自身を返り見やがれってんだ……」

「……さて。暴言への教育は後にして……安心なさい、ランサー。今回の役目は私が主体的に発するものではないのですから────」

 そう告げた彼女は、確かに神に仕えるものとしての威厳を感じさせる。

 毒を持った言動を行うも、彼女の信仰は決して偽りではなく。貴く。強固である。

 その威厳とは、その明らかな裏付けに他ならなかった。

 

「────今のところは、ですが」

 

 だが、そう悪意ある言葉を、少女は割とはっきりと付け加えていた。

 

 

 

 

 


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