Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「──、ライダー?」

 眼下の敵の喉元に触れた凶刃。その刃が今まさに新たな朱に濡れようとした直前──。

 ロミウス・ウィンストン・オーウェンのマスターとしての感覚が、自身のサーヴァントに訪れた異変を彼に知らせた。

 それは死と直結した敗北を報せるような明確な消失感を感じさせるものでもなく。かといって彼女に訪れた生命の危機を伝えるような逼迫感のあるものでも決してない。

 それは本当に微かな、瑣末な違和感程度のものに過ぎなかったのだ。

 だが、その機微なる感覚は、絶対的な信憑性を有した彼女の劣勢を教えるものであるとして、そのマスターには捉えられたのである。

 

「──何があった? ライダー、まさか、宝具を解放していないのか……!?」

 

 本来、戦闘には不向きであるはずの英霊・ライダーが、どのサーヴァントを相手取ろうとも絶対的な優位性を強制的に確立させる要因────彼女の宝具“月光挿す離別の庭”が発動した以上、その能力の特性故、ライダーが窮地に陥るはずもないのだ。

 

「……いや。それは有り得ない──」

 

 しかし、ロミウスの見解は、即座に己自身の手によって棄却される。

 ロミウスの体内で急激に消費される膨大な小源(オド)は、ライダーが“月光挿す離別の庭”を行使し続けているからこそ、だからである。

 彼女の宝具は固有結界なのだ。その結界を維持するべく、その莫大な維持魔力(ランニングコスト)を彼は現実として今、この時も支払い続けている以上、その可能性は容易く一蹴される誤答でしかないのだった。

 

「──おいおい……まさか、アレをどうにかできるって言うのか?」

 

 実に馬鹿げてる。ライダーだけが行動を許される静止された世界の中で、果たして誰がどのような対抗手段を行使できるというのか────?

 

 そうライダーのマスターは否定するものの、しかし、考え辛いことではあるが、今、脳裏に存在する事実の断片を整理して組み上げると、月の姫君である彼女のあの絶対的な能力に対抗する術をセイバーが、或いはアーチャーが所有していたということになる────、

 

 

「──っ!?」

 

 しかし、それでもその思考、意識のみに支配されず、自身の周囲への警戒を怠らなかった時計塔の名門魔術師は咄嗟にその身を翻した。

 

 危険を感知した魔術的感覚もまた、確かに違わず────。

 視界に────、闇さえも焼き払うように明瞭と盛るのは紅蓮。

 

 ライダーのマスター目掛けて飛来するのは、赤々と猛る炎の鏃を有した征矢だった。

「──ちぃッ!?」

 反射的に。身を護る盾とするように自身の前面へと、アーチャーのマスターの命を正に奪わんとした短剣をロミウスは構える。

 敵が魔術師であると解っている以上、それなりの防御策は講じていて然るべきだと夏川の御三家の一角たる園埜と相対した際に彼自身が抱いた見解通りに、彼こそがそういった策を常に複数準備していた。その内の一つ。彼の手にある血に塗れた刃こそが、確たる魔術的な防御能力を有していたのである。

 その刀身には、いわゆるそれだと一目瞭然とさせる特徴的な波状は見受けられはしない。だが確かに。そこには普通一般の刀剣には見られない殺傷能力や刀身の強度を高めるための反りなどとは明らかに旨趣の違う、独特なアンシンメトリーの形状が見て取れていたのだった。

 

 その短剣は一部の世界では魔力を持つ武具としては常識的レベルで有名な武具──“クリスナイフ”という名で知られる主に東南アジアで生成されてきた儀式剣に相違ない。

 

 飾られた装飾品の類から察するに、そのナイフが決して安価なものではないことは易々と窺い知れた。それはオーウェン家に伝わる由緒正しい逸品。大小の宝玉を散りばめられた短剣は、それこそ一財産として数えられる資産価値を十分に有する美術品でもあったのである。

 

 ──どういった経緯を経て、その逸品が自身の一族の所有するものとなったのか?

 

 その出処などをロミウスは微塵にも知りはしないが、歴代の当主の中には、そういった魔術品の好事家がいたのだとしてもなんら不可解ではない。或いは名門一族の者として所持する物品にも相応の格というものが必要であるというのならば、オーウェン家の家長たる人物に相応しい一品と考えれば、このクラスの魔術器具は分相応であろうとロミウス自身も考える。

 だが、美術品としての価値と、マジックアイテムとしての価値とは決して等しいものではない。

 しかして、そこには確かに見えざる盾が形成されていたのだった。

 

 ────むしろ、そのクリスナイフこそが、対魔術(アンチマジック)カードを魔術礼装に設置できていない場合の、ロミウスにとっての最高の防御策として準備されていた装備品に他ならなかったのである。

 

 事実として、それはその刀身と接触寸前の炎の矢を、蝋燭の灯火を疾風が容易く消し去るが如く、たちどころに掻き消してみせる。

 どれほどの破壊力を秘めていた魔術であったのか、などと最早知り得る術もなく、儀式剣は向かい来た熱線を、その熱量ごと霧散させていたのだった。

 

 しかし、同時に暗がりに響いたのは破砕音────。

 断末魔の様に甲高い残響を生み出し、クリスナイフの刀身は中央部から真っ二つに割れ落ちる。

 

 それは所持者本人の代理としてさえ儀式に於いて取り扱われるクリスナイフが、ロミウスの生命と等価の役割をたかが一矢にて果たし終えたことを、まざまざと所有者に教えた結果だった。

 

「──ちいッ! どれだけ規格外だっていうんだ!?」

 

 並みの魔術師の放つAランク相当の魔術であったのならば、その刀身は楽に十数度は持ちこたえたであろうはずだ。園埜の跡取りの放つガンドが対象であったのならば、まさに鉄壁を誇った絶対的な防御策となっただろう。

 折れたクリスナイフを──それでも資産価値は十二分に高いであろうそれを、躊躇することなく放り捨てると、ロミウスは怒りに似た愚痴を吐き捨てて、その場を放棄した。

 己が仕留める寸前であったアーチャーのマスターのように、今度は自身が適当な樹の幹の影へと身を潜めると、想定されていなかった襲撃者を青年はその視界に探す。

 

 ──甲矢(はや)に続くは、乙矢(おとや)

 

 その時、危険を察知した感覚は一流の戦士のそれに匹敵していた。五感ではなく、六感、果ては第七感に触れた直感に、魔術師は身を任せる。

 敵影を捉えたのと同時に飛来した炎の矢の魔力量を理性とは違うもので看破し、ロミウスは大きく距離を取っていた。

 

 反面。瀕死の状態で横たわるアーチャーのマスターが必殺の距離からは遠のく。

 それは彼の、彼女を護るための聖杯戦争の集結が遠退いたことと同義である──。

 

 ──それでも。巨木の幹を高熱を帯びたスプーンで氷菓を削るかの如く穿った赤弾に、その身を晒すわけにはいかなかったのだった。

 

 

 

「……気に食わねぇな、オイ。なんだって御館様はコイツを救えなどと馬鹿げた尊命を……」

「──慎め、騰蛇(とうだ)。我々は御館様の尊命を遵守するのみであろう」

「へいへい。何時何時も実にご立派なことで……でもよ、昨日は殺せで今日は助け舟を出せ、だぜ? 何を考えてるんだかわからねぇだろ。あまりに思考に一貫性がねぇんじゃねぇーの……」

「煩いぞ、騰蛇」

「──天后(てんこう)、お前も本当は、あの魔術師(ガキ)はいけ好かねぇと思ってんだろ? なんだって御館様が、あんな────」

「──黙れと言っている!」

 ロミウスがつい一瞬前まで存在した地点。

 アーチャーのマスターを足元にした場所。

 既にその身を隠そうともせずに、そこに現れていた闖入者とは一組の男女だった。

 

 

 オフィス街でのアーチャー、セイバーとキャスターの繰り広げた攻防。

「……キャスターの自律宝具──?」

 使い魔を介して昨夜目撃した、魔術師の英霊の使役する式神(ファミリア)の内の二つ。

 その姿にロミウスは確かに見覚えが在った。

 

 

「……私が止血をする。騰蛇、お前は周囲の警戒を」

「……へいへい」

 

 

「何だってアイツ等がアーチャーのマスターを……?」

 隠そうともせずに交わされた会話の内容からも、彼らが自身と敵対し、アーチャー陣営をバックアップする意向であることは明らかだった。

 そして、そうぼやきとも疑問ともつかない言葉を零しながらも、その存在を確認したロミウスは、迷いなくその令呪に意識を集約させている。

 自身が戦力的に、絶対的不利な状況に陥っているとは判断してはいない。

 彼らの口振りから、この周辺、すぐ近くに彼らの主人である英霊は存在していないであろうことは推測できる。

 そして、手札には未だ未使用の大アルカナのカードが2枚…殊更、“ⅩⅩⅠ.世界(ワールド)”の札を握っている以上、突発的な状況に際しても、彼ら自律宝具程度ならば十分に対処できる算段は、自信はあった。

 しかし、キャスターの能力の全貌を把握できていない以上、そのサーヴァントが突如とこの場に姿を現わす危険性は看過できない。

 加えて、テュラムスグリモワールの動向を掴めていない現状、ジュリエッタのためにもロミウスはここで無理に危険を冒すべきではないのである。

 ──そして、何より。

 ライダーの戦況に不確定ながらも不安要素が発生しているであろう以上、自身よりも彼女こそが現行のままで戦闘行為を継続するべきではないと彼は判断する。

 

 彼女が固有結界などという隔離された世界に存在しなければ、魔力経路(パス)を介した会話で具に現状を確認、把握できようものの、そんな無い物ねだりをしたところで状況は好転しようはずもない──。

 

 様々な状況を鑑みるに、だからこそ、それこそが最善の一手であるとロミウスは確信していた。

 故にその命令発令(オーダー)に淀みはない。

 

「ロミウス・ウィンストン・オーウェンの名において令呪を持って命ず、ライダーよ、我が元へ!」

 

 ライダーのマスターが、そのサーヴァントを強制的に自らの元へと転移させたのは、まさに月の天女たる二騎の英霊がその宝具を以って全身全霊をかけて交錯しようとした瞬間だった────。

 

 

 

 

 ◇

 

 月明かりに照らされた、夜闇を飾るのは薄紅。

 それらを遠巻きにして、その桜は孤立したようにぽつりと崖のすぐ近くに根を下ろしていた。

 しかし、それ故に孤高であろうとしたのだろうか。

 その桜の枝ぶりは実に見事なものだと素人目にも明らかであり、枝先に咲き誇る花々は色合い加減も絶妙で、散り際の儚い姿までもをそこはかとなく想わせるのだ。

 その桜は明らかに周囲のものとは一線を画した感嘆たる美しさを誇っていたのである。

 

 そんな桜の木の下に二人の魔術師の姿はあった。

 

 ──その片割れ。青年魔術師は閉じていた双眸をゆっくりと開くと、口元は扇に隠したままで暫し訪れていた沈黙を徐に破った。

「天后、騰蛇への指示……本当によろしかったのですか? 将仁?」

 涼しげな面持ちで顔色一つ変えずにおきながら、その命令を受けたそれぞれアーチャー、セイバーへの監視要員として配していたニ鬼の式神の抱いたであろう疑心と不満を、この青年魔術師──キャスターは看過している。

「ああ。ありがとう、キャスター」

 しかし、それを知ってか知らずか、声をかけられたもう一人の魔術師である少年は微笑み頷いて見せた。

 だが、その少年の表情でキャスターは理解する。

「──まったく貴方という人は。彼らが反感を抱くであろうことを理解した上での指示だったのですね?」

「まあ、ね。でも彼らはキャスターには従順でしょう? だったら、僕がどう思われようが問題はないよね」

 キャスター同様に彼のマスターである少年とて、その表情に曇りなど存在しない。

 そして、穏やかなままに。しかし、揺ぎ無い意志を持って──。

「──仕方ないよ。祐樹を殺すのは他の誰でもなく、僕自身でなければいけないからね」

 右手を添えた幹へと視線を移しながら、続けてぽつりと美貌の少年──長浜将仁は誰になく酷く残酷な決意を、そこに刻み付けるかのように呟いていた。

「……しかし、私にはどうにも理解できませんね。貴方と彼の関係が」

 そんな己がマスターの独白にキャスターは反応する。

「……? そうかな?」

 疑問の声を受け、将仁は一瞬、僅かにだけ驚きの色を浮かべていた。何もかもを見通すようなこの魔術師に、自身と祐樹の関係が明確に認識できていなかったことがとても意外だったからである。

 人間関係の機微などと、本人自体は全く興味なさげでありながら、その実、誰よりも具に敏感に察している。そして、最も突かれたくはない関係性の暗部を、飄々と遠まわしに厭らしく突いてくる。

 それこそ万物を見通して、その上で斜に構えているような。先の式神の感情を看過したように。その陰陽師には、そのような側面があろうことを抱かせる部分があったのだ。

 だからこそ、誰の目にも明らかなまでに判り易かったであろうはずの祐樹との関係性を、この陰陽師が疑問視するなどと、将仁は露にも思っていなかったのである。

「唯一無二の親友──僕にとって伊達祐樹という存在は、この世界でたった一人のかけがえのない友人に他ならないよ。僕らの間柄を数日だけしか観察できなかったから、キャスターには解らなかったかな?」

 ならばと明確にした答えに、改めて考察する時間など全く必要はなかった。

 告げて祐樹とのこれまでの関わりを思い出し、そこで再度認識を新たにしながら──だから、将仁は自然と柔和な表情をさらに綻ばせる。

「……いいえ。在り在りと解りましたよ。だからこそ、ですよ──」

 月明かりに照らされた美しい桜と、見惚れるほどに美しい少年と。

 絵空事のような光景を前に陰陽師は改めて問うてみた。

「将仁──。何故に、そこまで貴方は彼に執着するのですか? 確かに彼は貴方と同じ聖杯戦争に参戦したマスターの一人です。ですが……いえ、ならばこそ、何も貴方自身が躍起になって己が手で仕留めずとも、他の誰かの手によって脱落するというのであれば、労せず分、それこそ良しとすべき結果なのではないですか?」

「……悪いけどキャスター、それは違うんだ。僕にとっての祐樹はね、最早、決別すべき自我とも言えるものだからなんだよ」

「──自我、ですか?」

「そう。祐樹は僕の半身……だからこそ、僕自身が幕を引かなければならないんだ──」

 その意思を祐樹も持っているであろうことを、将仁は強く確信している。

 明暗。善悪。生死。与奪──。

 ベクトルは間逆だろうが、祐樹にとっても自身こそがこの聖杯戦争の終着点にある相手だと認識しているはずであると、将仁は疑わない。

「──それにね。間違いなく祐樹こそが僕の前に立ち塞がる最大の壁になる。僕にも祐樹にも、御三家なんて互いに眼中にはないさ。だから、総てに於いて僕が幕を引かないと駄目な相手なんだよ」

「……彼が最大の壁、ですか? まあ、確かに……。彼はずいぶんと稀有な因子を持っているようですが……」

「はは──僕と決着をつけるときに目覚めていないといいけどね」

「……さて。それは本心ですか、将仁? その割には期待しているようにさえ見えますよ? 貴方もずいぶんと人が悪い」

「さあ、どうだろうね」

 

 月夜の下で──。

 そろそろ式神に介入させた彼らの戦いに、とりあえずの幕が降ろされ、夜闇には新たな火種が上がる頃合だろうか?

 

 そんな風に二人の魔術師は口にせずも思考し、つい先刻、自身たちの辿った暗がりにある山間の道筋を見遣った。

 薄墨桜を思わせる見事な桜の樹の下で、二人はそこに待ち人を探す。

 

「……そろそろ彼女たちも到着するんじゃないかな?」

「──そのようですね」

 近づきつつあるのは一つの人影。

 二人の魔術師の視界の端には、黒いローブに身を包んだ女性の姿が窺えていた。 

 

 

 

 

 


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