Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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 月へと帰還しようとする赫映姫(かぐやひめ)を現世に留め置く。

 その目的の達成を確実なものにするべく、彼女を迎えに来るという月の使者たちを迎撃するために時の帝が派遣したという皇軍は、総数二千名にも及んだ。

 しかし、赫映姫のもたらした財によってに大富豪となったと言えども、竹取の翁は民間の人間に過ぎない。その屋敷は確かに一般的に見れば十分に豪邸の範疇にあったのだろうが、暮らし住まう者は(まつりごと)を行う必要はなかったのである。毎夜のように庭で催される宴をはじめとした各種行事を筆頭に、宮廷政治を行う上で必要に迫られて広大な敷地を必要とした貴族たちのものと比較すれば、その屋敷の敷地面積など高が知れていたのだった。

 だからこそ、帝のその周到ぶりとは、むしろ滑稽でさえあったのかも知れない。

 屋敷に派遣された二千の兵士の約半数は屋根に上げられることとなり、その上で残りの兵たちに警固された翁の敷地、その周辺とは、まさに蟻の子一匹通さないといった言葉の綾を地で行くかの如くに、大袈裟なまでに厳重な状態にあったのである。 

 

 だが、誰もがその結末を知るように──。

 

 如何なる警備も無駄であると語った赫映姫の言葉通りに、月からの使者を前にした際に、それでも彼らは一切、何の役にも立つことはなかったのだった。

 赫映姫の言葉に名うての猛者や優れた武人たちが姫に己を売り込まんとばかりに、自身たちが在れば、そのようなことは杞憂に過ぎないと豪語したも、虚しい結果が残ったに過ぎない。

 その要因とは、月からの使者を前にした者は如何な人物であったとしても、五感と思考は働くものの、言葉を交わす程度以外のあらゆる行動を禁じられた故──。

 

 美しい月の光に照らされた讃岐造(さぬきのみやつこ)の屋敷──、

 一切の行動を封じられた、役立たずの衛兵(木偶)たちが未開の森の木々の様に立ち尽くすだけの庭。

 

 ────ライダーの固有結界/心象世界。

 そこは、その余りに有名な彼女が帰還する望月夜を再現させた世界(もの)────。

 

 親から子へと語り継がれる、誰もが枕元で聞いた“かぐや姫”という寓話で。

 日本文化に多くの影響を残した日本最古の物語である古典文学“竹取物語”で。

 『月光挿す別離の庭』は彼女の説話の場面の中で最も多くの人々が想い描くであろう、象徴的で神秘的な一幕に相違なかった──。

 

 

「オレ様を有象無象の雑兵の一人として扱うか──」

 彼女の世界の中で。そんな立ち尽くすだけの人の群れの一つと成り果てたセイバーは、しかし、どこか満足げに嗤っていた。

 彼女の宝具『月光挿す離別の庭』の課した“あらゆる行動を制限する”という事象は、英霊である彼らに対しても当然のように有効だったのである。

 そんな現状に際して、セイバーはさぞ強烈な怒りに駆られるのであろうと予想していたアーチャーには、彼のその反応が意外なものでしかなかったのだった。

「──どうしたセイバー? 絶望の余りに終にトチ狂いでもしたか? それとも(そもそも)から所詮、自身も彼奴(きゃつ)ら木偶共と大差ないと知って──」

「──黙れ、天魔。マスターの戯言など反故にして、早々に貴様から排してやっても良いのだぞ?」

「──ふん。どれだけ吠えようとも、貴様も此奴(こやつ)らも(すめらぎ)(いぬ)であることに相違なかろう? それにこの状況下で妾を殺す術を貴様は持つと云うのかえ? 面白い、日本武尊。殺れると言うのであれば、そら、殺ってみるが良いさ──」

 視覚が、聴覚が確かに働き、周囲の情報はその思考で冷静に解析できる。

 それを確かめるため──そう言うには些か物騒な言葉を交わした両サーヴァントが互いに向けて放った殺気とは、しかし、本気のソレである。

「……ほざけよ、アーチャー。まあ、現状を覆す術を待たぬわけではないが──……興が乗らん」

「……ほう? ライダーには矢鱈と甘く出るな、セイバー。言動から察するに、さては貴様、ライダー(あれ)恋焦(やら)れたか? 貴様らの血族は、どうにも()()()の色香に対する耐性が皆無と見える──」

「──口の減らぬ女よ。まさか嫉妬か? 浅ましいぞ?」

「セイバー。妾とて下らぬマスター(下郎)の言葉なぞ反故にして、貴様の口から塞いでやっても良いのだぞ?」

「──吠えておれ、天魔。

 ──何。このオレ様を束縛することに成功してみせたのだ。褒美として、この状況に甘んじてやるのも一興。そういうことよ──まあ、尤も。どこぞの己を消し去ろうなどと戯言を抜かす(うつ)けが相手と云うのならば、それこそ虚仮にしてやるべく十全の力を持って、この程度の戒めなど解いてやっても良いが────」

 嘲笑うセイバーに対して、しかし、険のある声を返したのは鬼姫としての彼女ではなかった。

「……セイバー。私からも改めて断言させてください。嫉妬などと私が貴方に抱こうはずもありません。それに貴方には私の願望(想い)など解らないでしょうし、理解していただこうとも思いません──」

「──ほう。貴様()自身を使い分けるか。いや、確かにそうであったな」

 妙に納得したように口端を歪ませたセイバーが誰にともなく呟く。

「──ですが、あえて貴方が自身で現状を打開せぬというのならば、今はただ、私がそれを行うまでです──」

 そんなセイバーの呟きを聞かず、鬼姫に代わって竹取の翁の庭へと現れたアーチャーは、穏やかながらも力強く告げた。満を持して。彼女はこの宝具に対抗するべく、今の今までライダーに対して不利である鬼姫を前面に耐えてきたのだ。

「──ほう? 出来ると云うのか? 貴様に?」

「──ご安心なさい、セイバー。マスター同士が──祐樹と里子が共闘を望んでいるのです。貴方が本当にこの宝具に対抗できるかどうかなどと存じませんが、ここでは貴方に私の宝具は向けることはいたしません──」

 尊大に問う剣士の英霊に、弓兵の英霊が返す。

 いよいよ翁の屋敷へと到達しようとする月からの使者たち。

 道中の安全を確保するべく行列の大半を占める武官、衛士たちが、その役目を忠実に果たすべく、その物語には存在しなかった貴き姫君こそを狙う不届きな敵を排するために武具を構える。行列に色を添えていた姫君の周辺を世話をするべく控えていた女房たちは、そんな彼らを鼓舞するかのように唄い舞う。

 誰ともなく怒号が飛び、月の兵士たちが一斉に地面へと突撃を開始した。

 屋根の上、塀の上に配されていた、より彼らに近い位置にいた皇軍の兵士たちが、その行軍に成す術なく巻き込まれ斃れ逝く──。

 彼の姫君の物語には、酷く不似合いで在り得ない筈の、一方的な殺戮の繰り広げられる場面が翁の庭で幕を開けようとした刹那────、

 

 ────一条の、

 否。

 二筋の剣閃が夜闇を斬り裂いた────。

 

「──!? 何?」

 庭に面した広間から、その在り得ないはずの光景を目撃した見眉麗しい姫君が、それさえも花のように驚きを零す。

 この世界の絶対者である権利を有するライダー側の人物。それ以外の何者もが一切の行動が適うはずのない世界において、彼ら月からの使者たちが攻撃を受けるはずはないのだ。

 つまりは彼女の固有結界とは、一方的に無防備な状態で殲滅を待つだけの状況を標的に強要する能力に他ならない。

 故にこの世界は彼女の勝利を確約させるものであり、だからこそ、彼女のマスターも、彼女という本来であるならば非戦闘員でしかないはずの特異な英霊をして最強を疑わなかったのである。

 しかし、現に、そこで繰り広げられるものは剣戟に相違なく、むしろ、月の衛士たちは快刀乱麻を断つ如く宙空を舞う飛剣に瞬く間に刈られ散り、彼らを統べる武官たちでさえも数度の打ち合いの後にいとも容易く倒れ伏せていくのだ。

「──どういうこと……」

 この世界の中心である絶世の美女が疑問を呟く。

 月からの使者たち。彼らはライダーの意思で自在に動くものではない。彼らは赫映姫と同属、つまりは天帝の眷属である。

 天帝からの勅命を。彼らはあくまでその役割を果たそうと、各自が行動を起こしているに過ぎないのだ。

 しかし、その士気は極めて高い。

 赫映姫の身を護るべく、姫君の生命を脅かす者を排除するべく。

 その誇りを気高く有し、兵士たちは号令に従うまでもなく、局地的に劣勢へと傾いた戦地へと雲霞のごとくに群れ襲う。

「────!? まさか────!?」

 ──そこで。ライダーは一際集約されつある、自身の系統に酷似した、神々しいまでの魔力を悟った。

 

「──ライダー。私も貴女と同じく天人──天女。そういう存在に分類される英霊です──」

 

 ライダーが聞いた声の主──魔力の根源たる者は、彼女の知るアーチャーのものと声音自体は同一のものなれど、その趣は、性質は間逆のものだった。

 その声には先ほどまで悪態をついていた、浅ましいとさえ思えた鬼女の雰囲気など一切ない。

 その声にさえ、神々しい、そして、懐かしい響きが宿る──

 

 ────そうだ。そうなのだ。

 それは彼女こそが良く知るはずの、天帝に連なる天人の気配に相違なかった──。

 

「──故に天帝の軍勢が動けるというのならば、私も支障なく動けるのは道理──」

「──アーチャー、もしや貴女は──?」

「──そして、ライダー。私は貴い姫君たる貴女を迎えにあがった一衛兵などとは違います。私は人々を苦しめる鬼の王を討つべく遣わされた一騎当千の戦乙女──」

 天女でありながら、中世に於ける三大化生の一角を討伐する任を、その華奢な身で請け負った戦乙女──。

 文字通り、単騎にて千の軍勢を相手にして見せた逸話を有する武人──。

「──貴女が鈴鹿」

 鈴鹿──、鈴鹿御前(すずかごぜん)。それがその戦乙女の名。

 彼女こそがライダーの知る、この国に於ける唯一無二の天界から地上へと遣わされた戦巫女────。

「──お見知り頂き光栄です、姫。なれど、私と貴女は今生では争うべき敵──御覚悟ください──」

 二振りの宝剣が眩い光を放つ────。

 ライダー・赫映姫の想いの侭になるはずの世界(宝具)の中で、アーチャー・鈴鹿御前の宝具が、その真なる力を発しようとしていた────。

 

 

 

 

 鈴鹿山には 天女/鬼姫 が住まう。

 そこは 聖域たる神奈備(かむなび)。/魔境である人外の地。

 彼女はその地で 己を高めながら独り、鬼の王を共に討つ使命を帯びた若武者を待つ。/配下の鬼どもを侍らせ、遠方に住まう夫婦の契りを結ぶはずの鬼の王と共に国家転覆を図る。

 そして、彼女は遂に運命と出会うこととなったのである。

 彼女 に助力を求めるべく、/を先ずは討ち取るべく、 武の誉れ高き英雄が鈴鹿の山に訪れたのだ。

 

 その若武者の名を坂上(さかのうえの)田村麻呂(たむらまろ)といった。

 

 出会った刹那から、深く惹かれ合った二人。

 彼女はその若武者と夫婦として契り、当時の三大化生の一角である黄泉がえりの不死なる鬼の王『大嶽丸(おおたけまる)』を 勅命に則り/裏切りの末に 討ち果たすのである。

 

 その出会いに際し、 突如と現れた場違いな清らかな美しき女性を見て、鬼による淫靡なまやかしであると斬り振り払うべく/そのあまりの美しさに斬り結ぶことを嫌い、せめて一太刀にて討ち果たそうと 田村麻呂は己が神剣を投げ放った。

 その神剣を向かえ、打ち払った彼女の宝剣こそが────。

 

 

 

 

「────諸戯断つ文殊の利剣・連なる双刀(大通連・小通連)

 

 ────その一太刀。大通連(だいつうれん)だった。

 アーチャーが操る中空を自在に駆ける二振りの飛剣、その大太刀『大通連』。

 それは文殊菩薩の化身ともされる神刀である。

 そして、もう一振りの太刀『小通連(しょうつうれん)』。それはその文殊菩薩が製造した神刀。同じく文殊菩薩の力を体現させるものであった。

 

 文殊菩薩の司る徳性とは、悟りへと到る思考である智慧(ちえ)

 

 智慧は知恵。広義の意味でそれは知識・思考といった人の英知も内包し「三人寄れば文殊の知恵」という(ことわざ)の指す“文殊”とは、その文殊菩薩の事に他ならない。

 しかして、妙案が思い描かれたとき、それを指して“閃く”と表現する。

 

 かの菩薩が導く悟りの境地への到達も、その瞬間とは同じく一瞬、刹那のもの。

 

 幾度も幾度も。

 幾度も幾度も。

 

 或いは、観点を変え、教えを請い。

 幾筋も幾筋も。

 幾筋も幾筋も。

 

 それでも。

 数多の思考が悟りの境地へ至ろうと人生を賭してと挑むも、そのほぼ総てが徒労に終わり、潰え果てる。

 その思考に費やされた刻の流れの総和とは、無限にも及ぼうもの。

 だが、無常にも。

 悟りの境地への到達の筋道とは、決して各々の思考の経過、深度に比例するものではない。在る者は想い描いた瞬間に、其処へと至れる確率も有するのである。

 

 故に、それは光と似る。

 

 無明長夜の闇の中で、どれだけもがき苦しもうとも訪れず。しかし、ある一瞬に深淵の暗闇を閃き裂いて訪れる、己を悟りへと導く希望。

 苦悩から解脱するべく。悟りという希望に縋ろうとする求道者には、智慧とは一条の光に他ならない。

 

 

 多くの思考、可能性から不回避と同義の太刀筋を双刀(それ)は“悟る”──。

 非情なまでに正確に。大通連、小通連。その二つの神刀が各々の意思で“悟り”を繰り返し、その瞬間、その瞬間、“光”と化して、その担い手たる天女の行く末を遮る邪魔を排除する。

 

 アーチャーの周囲には乱反射する光線が幾重にも重なったもののように躍り狂っていた。

 急停止、急発進を光速で繰り返す二条の光は、一見物理法則を完全に無視した入射角、反射角を伴い、一本の光線となって視認される。

 その一閃、一閃が必殺。

 閃く間。その玉響(たまゆら)にアーチャーを討たんと群がる天帝の兵の眉間が、胸部が、頸部が、必倒即死の一撃を同時であるかのように刺し貫き受け、返り討ちとなって次々と斃れ逝く──。

 最中。群がる敵軍を前に、アーチャーは唯、無人の野を駆けるかの如くに疾走していた。

 それに合わせ、彼女の周囲を制圧する光線の乱舞が移動し、彼女の行く手を遮る全てを瞬時に打倒していく。

 

 

「──ほう。中々に面白い見世物よな」

 自身の周囲を閃き去る光芒。その回数など数えられるはずもない。

 必殺の一撃がその身を寸でのところで行き交うも、セイバーは涼しげに嗤う。

 幾百、幾千と過ぎる光線がセイバーを掠めるも、彼に僅かばかりの傷を負わせることはない。

「──さて、どう転ぶ」

 周囲の兵戈を無いもののようにセイバーが呟く。その視線の先には、いよいよ直接交戦しようとする二人の天女の姿がある。

 

 

 瞬く間に殲滅されていく月からの使者。

「──アーチャー!」

 迎え撃つ月の姫君の姿は牛車の中へと、瞬時に溶けるように包み消える。代わって彼女を迎え撃つべく対峙するのは巨牛。

「──ライダー、詰みです」

 だが、自らに真っ直ぐと襲い掛かろうとする猛る雄牛を前に、アーチャーはその疾走を止めはしなかった────。

 

 

 

 

 


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