Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「──やり過ぎだ! あれは当たり所が悪かったらとかそういうレベルじゃなくて、貫通するとか、砕け散るとか、そんな在り得ない感じで、問答無用で相手は絶対死ぬぞ──!?」

 投石を受けた側が驚愕したのならば、投石を行った側もまた驚愕していた。

「……まったく。加減を覚えないと──!」

 走りながら。我事であるにも関わらず、そも他人事のように辟易と少年は零す。

 整地されたマウンド上に陣取った上で、全神経を注いで投球に専念が出来た訳ではないのだ。それは状況的に出来得る範囲で力を込めて行ったに過ぎない投擲だった。しかし、その投石の結果とは、投手(祐樹)の想定を悠々と数倍は超えていたのだ。

 正直なところ、少年は当てるつもりで自身の投じたモノが、むしろ相手に直撃せずに済んだ現状に安堵さえしている。

 

 ──不思議と身体が良く動く。

 ──外界に対する認識能力とか、反応速度が上がっている。

 

 想定外の投石の威力からだけで推し量った感覚ではなく、全体的なコンディション具合を鑑みるに、そんな感想を少年は自身の身体に抱いていた。これまで絶好調だと思い望んだ過去のどんな試合よりも、今ならば遥かに良い戦績を残せる確信さえある。

 一方で痛みや不快感といった違和感も肉体内部には存在するが、我慢は出来ないことはない。

 そもそも、だからと言って、そんなものに構ってる余裕はないのだ。

 

 今も何かが自身に飛来していた。

 今も何かが近くで変化していた。

 

 ────吉兆などでは断じてなく。それは伊達祐樹という標的を殺すための魔術に他ならないのである。

 そんな一部の不調に囚われていては、そういう自身に振りかかる魔術(モノ)にあっさりと殺されてしまう。

 

 少年の感覚がまたも警鐘を鳴らす。

「──っ、!?」

 今宵、ライダーのマスターであろう魔術師からの攻撃に何度晒されたろうか?

 その直感とは、それらの経験から得たものである。

 もしかすると。或いは失われた過去に眠っている経験則から導かれたものかも知れない──。

 そんな風にも祐樹は思う。

「────と!」

 そして、そんな直感を当てにアーチャーのマスターは身骨を駆動させていた。

 さも落下点を予測して飛球(フライ)を見ずに捕球する守備(プレイ)の延長行為かのように、“飛来する”何かを目視せずも感じ取り、少年は回避運動へと移行する。

 それで在りながら先の自分の行動を見越して、捕球後に併殺(ダブルプレイ)を狙うかのように意識的に、己が身体を次の動作へとスムーズに移行させるべく体捌きを行う。

 投影された短剣が直後、祐樹の予測通りにその頭部真横を過ぎり去ると、それが発動の起点であったかの如く、水田の一部が祐樹の走る畦道を侵食しつつ、異臭を放つ沼と化した。

 ぽっかりと。突如と祐樹の前に広がった障害の幅は10メートルに近いか。

 その見るからに危険を感じさせる変色さえしている(もの)が、果たして本当に毒沼なのか、はたまた底なし沼なのか、或いは単に足止めとして作り出された沼地に過ぎないのか?

 だが、そんな事をわざわざ足を突っ込んで確認するつもりなど少年に毛頭あろうはずもない。

 対応の準備動作は既に完了しているのだ。

 ウインドブレーカーのポケットから取り出していた己が武器。それを少年は強く握り締める。回避運動を行った際の軸足。それは何かが()()()()と感じた方から遠ざけて位置取っている。

 踏み込む脚に力を込めると疾走する勢いに任せ、祐樹は跳躍していた。牽制のために振り向き様に一石を投じながら、回転しつつ障害を跳び越える。

 それはスケートでいうアクセルジャンプに近い跳び方だった。記憶が残った以降は、それこそほぼ野球漬けの毎日である。もちろん、そんなジャンプを少年はこれまで試みたことなどなかったが、その身体は彼のイメージ通りに動いていた。

 着地も想定されていた体幹のブレさえほぼ発生することなく鮮やかに決まり、前方へと流れるような動作で向き直ると最低限の減速で疾走を再開する。

 

 冴えてる。

 切れてる。

 ──と少年は再度、確信する。

 神経も身体も、第六感的な感覚も。そのどれもが、やはりこの上なく絶好調だと感じる。

 

 しかし、やはり。それは冷静に考えずとも単に調子がいいからとか、そういうレベルで片付くものではなかった。

 

「……錯覚、だな。単に──」

 

 知っていた常識で判断しようとした意識を、祐樹は錯覚(そう)だと断じた。

 そもそも走り幅跳びの世界記録(ギネスレコード)は9メートルの壁さえも超えてはいないのだ。

 それに近い、或いはそれを超越した跳躍を、絶好調だからという体調だけの問題で可能にしていたのであっては、彼は一般の人間の常識の範疇に端から所属してはいないことになる。

 

 少年の脳裏には、細身の少女が自身よりも巨大な獣の群れを前にして、力合わせでも決して遅れを取らなかった勇ましくも美しい姿が思い描かれていた──。

 

「──多分、それはきっと、そういうことなんだな……」

 

 ……そんなの、出会ったときからアーチャーが言っていた通りじゃないか。

 

 駆ける速度は落とすことなく。胸中で祐樹は独りごつ。

 確かに彼女は少年を魔術師だと断言したではないか。

 それを自身の事実として、ようやく今に至って少年は受け止めていた。

 そして、少年は確かに魔術師として覚醒していたのである。

 現在の異常なまでの身体能力向上状態とは、アーチャーの投擲を真似した際に埋葬されていた記憶の底から魔術回路()の使い道を掘り起こし、無意識に起動させた状況に過ぎないのだ。

 

 ──伊達祐樹はロミウス・ウインストン・オーウェンの目撃した通り、その身体に小源を巡回させ肉体を強化、つまりは魔術を行使していたのである。

 

 舗装されてはいない農道を駆け抜け、祐樹は雑木林を目指していた。

 視界が開けている場所では、絶対的に不利だと判断したからだった。

 

『──祐樹。実に見事な投擲でした』

 

「──なッ!? 

 ────っと、うわわわわっッ!?」

 不意に。直接、心に響いた声に祐樹は驚き、つんのめり、転倒しそうになり、──どうにか持ち堪えると体勢を立て直した。

「──ア、アーチャー!? 何なのさ、それ!?」

 驚きつつも、安堵する。

 気配はないものの聞こえた声は、確かに祐樹の知る、普段の彼女の声音だったからだ。

 

『祐樹、貴方と私は繋がっています。祐樹が魔術回路を意識したならばこそ、こうして祐樹と私のパス(繋がり)を介して声にせずとも貴方とは直接会話を行うことができます』

 

 正確には、させていただきます。と、言ったところだろう。

 自身の祐樹(マスター)には当然、魔術回路が契約当初から存在していたのだから、念話は元々から可能であったのだ。

 しかし、それを彼自身が魔術師であると認識していない状態でいたずらに行使してしまうと、己がマスターである少年にに余計な混乱や、下手をすれば自身に対しての疑心さえも招く恐れがある──そう懸念して彼女はあえて使用していなかったに過ぎないのである。

 

『──意識してください、祐樹。貴方が伝えたいことは、私に伝えようと意識すれば伝わりますから』

 

 同じ声でも、先ほどまで祐樹の傍にいた彼女とはやはり明らかに違う声だと思われた。

 そこには少年にだけ効く特別な麻薬でも含まれているのか、不思議と酷く祐樹を安心させるのだ。

 

『──アーチャー! さっきのアーチャーは誰だよ!?』

 

 だからこそ、思い至ったことはそれだった。

 不思議ときつい口調になってしまった彼女(アーチャー)と、今こうして会話を行っている彼女(アーチャー)が同一人物なのだと理解はしていても、少年はどうしても問わずにいられないのである。

 

『──良かった。通じました、祐樹。

 ええ。祐樹にも解っているのでしょうが、あれも私です。詳しい話はまた後ほど致します。今は自身の身を守ることに専念してください』

『────、

 ……わかった。で、俺はどうすればいい?』

 

 それでも返された答は理解への肯定でしかなかった。その回答は、ほんの極一瞬だけ、祐樹を確かに落胆させる。だが、彼女は事情を話すと語ってくれたのだ。ならば今は、それを信じるだけだと彼女のマスターである少年は早々に気持ちを切り替えてみせる。そういう気持ちの切り替えは、投手として培われたものだ。打たれたからと都度落ち込んでいては、とても1試合を戦え抜けはしない。

 

『すぐにでもそちらに馳せ参じたいのですが、ライダーが妨害しています。こちらからも継続して合流を試みますが、祐樹も可能な限り合流を考えての行動を──』

『──了解した。俺なりに頑張ってみる』

『それから、祐樹。私がお願いするまでは彼女を主格に』

『ん? 主格? ……って、何なんだよ、それ?』

『いえ、今は難しく考えないでください。いいですか、祐樹。“私”を呼ぶのは、“私”がお願いしてからです。それまでは彼女に一任ください──』

『──何だか知らないけど、とにかく了解した。俺からは許可が出るまで今のアーチャーは呼ばない』

 

 念話による会話を続けながら雑木林に駆け込むと、とりあえず目に付いた一番大きな木の影に祐樹はその身を隠した。

 

『ありがとうございます。何かあれば躊躇わずに令呪を使用下さい』

『解った』

『──祐樹。御武運を──』

 

「……ああ。俺なりに頑張るよ」

 己がサーヴァントの言葉に独り言で答え、大樹へとその背を預ける。息を整えつつ、アーチャーのマスターたる少年は周囲の気配を窺った。

 林に突入する直前、襲撃者は連続で魔術を行使したのだ。逃走者と追跡者。その二者の距離は、それによるタイムロスで多少なりと生じていたはずである。

 少なくともここに身を潜めたことは、敵に未だ看破されていないであろうはずだ。

 祐樹はそれを追跡者の接近を感じなかったことで確信に変える。

 コントロールに自信はあった。木々の間隙を縫って自身を追ってきた標的を投擲によって射抜くことなど、造作もない。

 現状は、攻守の交代のまたとない機会。

 ポケットから装填した新たな弾丸(いしころ)を握り締め、ひとつ、少年は大きく深呼吸する──、

 

「──おい! どこの誰だか知らないけど話を聞いてくれ!」

 

 そして──、

 しかし、祐樹は命がけで稼いだアドバンテージを自ら放棄するように叫んだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 ──妾を差し置いて密談とは関心せんな。

 ──貴方/私 にもきちんと聞こえているではありませんか。

 ──ふむ。しかし、はて? どちらが主格とな?

 ──祐樹に判り易いように伝えたまでです。私とて解っています。

 ──如何にも。今が不完全な状態でしかないこと。御前/妾 も妾。同格に過ぎぬ。

 ──ええ。ですが、今はこれでも乗り越えなければなりません。

 

 ────双方()の願いを成就させるために……!

 

 

 “伊達祐樹”という少年の性格的な特性上、善なる逸話を持つ彼女(アーチャー)がベースとして表に存在しただけで、悪なる逸話を持つ彼女(アーチャー)とて同格、つまりは主格である。

 彼女の在り方とは、他のどのような英霊よりも人の深層を再現しているのかも知れない。

 彼女の内には善も悪も同率に等しく同居し、そのどちらもが等しく働いているのである。

 

 複数の鬼の王を討伐し、それのみならず数多の武勇を以って後世に名を残すこととなる彼の偉大なる征夷大将軍。文の菅原道真と並び称される、歴史的にも偉大なる武の象徴と謳われる英雄。

 

 その将軍との一騎打ちに際しても一歩も引くことなく互角以上に応戦する武勇を誇りながら、十万に近い軍勢に何もさせずに突破する神通力をも行使する文武に長けた神奈備(かむなび)の戦乙女である美しき天女。

 

 或いは。

 

 大軍を率いて自らを討伐に来たその将軍と戦を交えながらも、彼の武勇を優に凌駕せしめ、その武力のみでなく数多の恐ろしき妖術を操った天竺(てんじく)の第四天魔王の娘であるともされる絶世の美貌を持った鬼姫。

 

 その善悪相反する異なるはずの美しい少女が、いずれ一つの運命を辿る同一の英霊──彼女(アーチャー)なのである。

 

 

「──良かろう、戦乙女。今は(そなた)に踊らされるとしよう」

 ライダーの猛攻に晒されながらも、鬼姫は自らに微笑む。

 そして、死の闊歩する戦場こそが己が生命を謳歌する場であると、見つけたはずのそれ以外の──それ以上の幸福を忘れんが為のように劣勢の最中を鬼姫は躍動する。

「──成る程、判り易い。(あやつ)の見立てなくとも、一途に竹を()るは己が素性を悟らせるぞ? ライダー──」

 戦場を駆ける牛車。その絢爛豪華な唐庇車(からびさしのくるま)が月帝縁の車であることを、同じ天女である一方の彼女(アーチャー)は知る。つまりは、その屋形に篭った相対した相手(ライダー)とは、その呟き通りに間違いなく、この国に於ける始祖の物語の主役たる姫君であるということだった。

 しかし、そんな非戦闘員であるはずの彼女の有する魔力とは、異常なまでに強大である。

「──ふん。月の姫よ、さて、そなたは戦う力など持たぬはずであろうに……忌々しい」

 薄く嗤いながらも、開戦直後から彼女の苦戦は明らかだった。

 誰もが知る存在、誰も知らぬもののない存在。だからこそ、世界は戦う力を持たぬはずの月帝の姫君に圧倒的なまでの補正(ちから)を与えていた。

 彼女の全力の魔力に()られた竹の槍は、その強度はおそらく地上のどのような物質よりも硬い。

 本来ならば第四天魔王の娘たる鬼姫の誇る妖力は、なよ竹の赫映姫(かぐやひめ)の持つ僅かばかりの魅了に特化していただけの魔力などと容易く凌駕し、屈服させよう。

 しかし、聖杯戦争のサーヴァントというカタチで再現された英霊(彼女)とは、英霊そのもの総てを再現させたものではないのだ。聖杯はクラスという鋳型に当て込んで彼女らの存在(性能)を部分的にオミットすることで、本来ならば不可能であるはずの英霊などという破格の存在の召喚を可能としているのである。そして、彼女たちはアーチャーとして呼ばれた者であり、決してキャスターのクラスとして召喚()ばれたわけではない。

 そのために生前の能力からすると魔術師としての魔力は大きく制限され、さらには十全に妖術・神通力を再現できないのである。

 その結果、眼前で展開される魔術戦には火を見るより明らかな圧倒的な戦力差が発生していた。

 アーチャーが鬼火を発生させて焼き払おうにも、その槍は中空ではまったく燃やし尽くせず。鬼姫の身を守る結界の魔力は、その鋭利な尖端に容易く破られていく。

 幾筋も降り注ぐ緑の雨。嵐に巻かれたもののように、上空からだけでなく多方向からも襲い来る竹の槍の群れ。

 それに晒された彼女の妖艶な曲線を描く身体には、大小様々な負傷が生じる。

 鬼姫としての異形の血がそれを即座に修復・復元させようものの、しかし、それは魔力を以って行っている再生であり、戦闘を継続する上で支障をきたすことのないように取り繕っているに過ぎない。サーヴァントが霊体であるが以上、それは消耗へと直結しているのである。

 三振りの宝剣は、そのどちらの彼女(アーチャー)にとっても己が宝具である。

 ならば鬼姫である彼女にも天女である彼女同様に、この状況で有利に働くであろう空中を舞う一組の大太刀・太刀を自在に操ることが可能であるはず──。事実、彼女の持つ伝説・伝承に於いて、その二刀はどちらの側面のアーチャーにも自在に中空を舞う飛剣として使用されている。

 だが、“伊達祐樹”という心身共に不完全なマスター故に、現状、アーチャーには聖杯に因る括りとは別の制約があったのだ。

 鬼姫が自在に扱えるのは切先両刃(きっさきもろは)造りの刺剣のみ。戦乙女が自在に扱えるのは一組の大太刀・太刀のみである。 

「忌々しきはライダーのみならず、あの下郎も同罪か──」

 (アヤツ)があれ程にあの下郎を意識せねば、早々に魔力供給源としてだけ利用したものを──。

 そう鬼姫は毒づくも、

 いいえ。祐樹のことを本当は(あなた)も大事にしたいと直感的に感じているはずです──。

 と戦乙女が反論する。

「──気が散る」

 ばつが悪そうに自身とのその会話の流れの打ち切りを告げる。

 気合一閃。その言葉と共に頭部を貫こうとする凶刃を顕妙連で斬り落とす。

 しかし、難を逃れた直後。猛々しい巨牛が嘶き、場の大気を震えさせていた。

 その黒い塊が、地響きと共に猛烈な勢いで彼女を目掛けて再度突進してくる。

「チッ! ええい──!」

 苦し紛れを呟き、アーチャーは寸でのところで跳躍すると、身を裂く緑の雨に撃たれながらも辛うじて轢死からは免れていた。

「──ぐッ!?」

 ついには堪え切れず、その花唇から痛みが漏れる。

 具現化させていない二振りの宝剣を目視していないライダーの目に、細身の刀一つで不利な状況を戦うアーチャーはどう映るのか?

 だが、防戦一方の後手に回った鬼姫を前に、車中に座した月姫は油断することはない──。

 何故ならば、そこに──、

 

「……さて。童女めは一夜にして僅かばかりは育ったか?」

 

 彼女を嘲り、突如と戦場の中心に現れたのは少女のような姿をした英霊。

「……そら。己の無力さを知れ、売女──!」

 神剣を一薙ぎ。

 そして、しかし。その英霊は、僅かそれだけで制空権を支配していたライダーの数多の武器を無力化させる。

 

 反転し、再びアーチャーをその巨躯で、牽引する煌びやかな車で、果てはその両方を以って轢き殺そうとした獣が、彼という存在を前に踏鞴(たたら)を踏んでその場で踏みとどまった。

 

 物見(ものみ)から顔を覗かせたライダーの目に映るその英霊とは──、

「……セイバー。やはり無事でしたか」

 ──その言葉通りに強襲で仕留めたとは決して彼女自身が認識してはいなかったサーヴァントに他ならなかった。同時に。その英霊こそが、ここに必ず現れるであろうと牛車を操る英霊に想定されていた敵である。

 今宵も彼と合間見え、この場でその英霊と雌雄を決することを彼女のマスターは望んだのだ。

 そして。そのマスターの意思を汲み、彼女から戦闘を仕掛けた以上、その傲慢さも有り余る好戦的なセイバー・日本武尊が自ら退こうはずもないのである。

 これは定められていた戦い。

 最優たるサーヴァント、セイバー。その己がマスターの最大の敵ともなろう強大な英霊が時を置かず戦列に加わるであろうことを知って、ライダーが目の前の戦況だけで油断などするはずもない。

 

「──竹取翁(たけとりのおきな)の娘。随分な挨拶だったが……良い、それは特別に赦そう。本来ならばあの様な走行(はしり)を可能とさせる造りではあろうはずもない唐車(からぐるま)を、あれほど豪快に駆るとはな。愉快な童女よ。中々に見事な見世物であった」

「……セイバー。ならば、ここに貴方が現れる必要はないのではありませんか?」

「ふん……興は乗らぬが、マスターとやらに少々躍らされてみる気になってな。

 それに先の挨拶は流そうとも、そこな家畜には飼い主共々躾けが必要であろう?」

 己が威圧に戦慄く黒牛に、セイバーは前夜の怒気を蒸し返し、殺意に変えて口の端を歪める。

「──セイバー、何故に貴様が?」

 自身に背を向けライダーとの間に立ち塞がったそんな剣の英霊に、弓の英霊は問いかけた。

 確かにマスター同士は協力体制にあったが、このサーヴァントはその関係が構築されている間、眠っていたのである。サーヴァント同士、直接協力体制の構築を確認したわけではないのだ。

 キャスターとの戦い。バーサーカーとの戦い。

 その2つの戦闘を垣間見たアーチャーの知るセイバーとは、当然のように、決してマスター間の関係をそのまま反映させるような人格を思わせるものではなかったはずだ。

 だからこそ、この英霊に直接問わねば如何にそのマスターである少女を信用できようとも、アーチャーが彼に気を許すことは出来なかったのである。

「貴様? ふん……オレ様を敬わぬとは。口の利き方を知らぬなら、お前から消してやってもよいのだぞ? アーチャー」

「──貴様!?」

「──まあ、ライダー如き童女の後手に回るような使えぬ(あくた)は、オレ様の威光に隠れ、臆して震えておくが良いさ。マスター同士が協定を結んだというのならば、その間は多少の悪態も寛大に目を瞑っておいてやる」

「────、」

『待ってください──! 今は引いてください! 場をややこしくしても仕方ありません!』

 殺意をもって──それこそ即座に宝具の開放までして、新たに現れた援軍であるべきはずのサーヴァントとの戦端を開こうとした鬼姫を内なる戦乙女が制止する。

「ハ──、良い、実に良い。

 ──そうやって努々(ゆめゆめ)己が程度を弁えよ、アーチャー」 

 正面を向き合って話していたとすれば、黙したアーチャーが決して引いたことではないことを知ったはずだ。柳眉を逆立てた彼女のその表情は友好的なものでも、肯定的なものでもあろうはずもないのだ。

 しかし、セイバー、アーチャーともに、それ以上の会話はなかった──。

 2騎のサーヴァントは相対するサーヴァントから異様なまでの魔力の高まりを、集束を感じたからである──。

「……して、竹取翁(たけとりのおきな)の娘。錯覚などではなく、どうやら本当に女としての色が昨夜よりは見受けられるが──」

 気がつけばライダーは牛車から降り立っていた。

 それが彼女なりの臨戦態勢──宝具の開放意思の表れであろうことは、その美しくも鬼気迫る佇まいからも容易に知れる──。

「……セイバー。貴方に見初められる気など、私には微塵もございませぬが?」

 強い警戒を露にしたアーチャーと。それでも態度を変えはしないセイバーと。

 しかし、確かに。

 剣の英霊の言葉通りに、童女というよりは乙女というべき容姿に近づいたライダーの麗しい姿がそこにはあった。

「……成る程。そういう事か」

 それ以上を語らぬ相手を前に、独りセイバーは納得する。

「──さて、ライダー。オレ様の相手をしようなどとのたまうのだ。ならば、覚悟はあろう──?」

 そして、その神剣を夜空へと掲げると不敵に嗤う。

「──今宵が貴様が月へと帰還する夜となるぞ?」

 

 

 

 

 

 


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