Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「……う、ん?」

 目覚めは決して心地の良いものではなかった。元々から寝起きは弱い質なのだから、殊更にやむを得なくもない。

 覚醒して間もない、ぼんやりと霞んだその視界には人影が窺われる。

「──あ、あれ?」

 如何に不明瞭といえど、その周囲の雰囲気はあまりにいつもの朝とはかけ離れていたのだ。

 状況を理解できず、里子は目を擦る。

 クリアになりつつある視界には、やはり月を背にした人影が在った。

 ──月を、

 

 ──月が、

 

「──あ、」

 

 ──落ちて来た、

 

「────セイバー!?」

 自身の契約した英霊を少女は呼ぶ。

 そこに在るのは、その英雄譚で知られるように女装にさえ耐えうる端整な顔の、それでいて雄々しくもあり、そして、マスターをやさしく気遣う思いやりも有した美丈夫──、

「……覚醒するや騒がしい女だな」

 ──などという理想ではなく、そこに居たのは当たり前でしかない現実。

「しかし、漸くの目覚めとは、(これ)はなかなかに図太い。女、貴様は己が余程の大物であると知る者か?」

 自らの生写しのような顔で嘲笑う英霊は、間違いなく彼女のサーヴァントであるセイバーだった。

「……(いや)。貴様は護国の為などと大口を叩く、身の程知らずの大白痴(おおうつけ)であったな」

「──っ!? セイバー、貴方と言う人は──!」

 憎らしげに返事を遣したセイバーに文句を返そうとするも、里子は溜息を吐くと言葉尻を呑み込んだ。

「……いいです。ここで無駄に言い争っても仕方ありません。セイバー、まずは確認させてください。貴方が私を助けてくれたのですか?」 

「──そうだとしたら、どうすると云うのだ?」

「ありがとうございます、と感謝の気持ちを伝えます……とりあえず、ですが……」

 最期の一言は目を逸らして消え入りそうな呟き。しかし、信じられないが自分がその英霊に助けられたのだという確信はあった。

 ここは鉄塔の腕金。そして、少女の身体はその少年の(なり)をした英霊に抱きかかえられていたのだ。

 彼が敵サーヴァントからと思われる件の攻撃から救ってくれた。状況的に、そうとしか考えられないのである。

「……ふん。止めておけ。ついでに過ぎぬ。あの狂犬に貸しを返さねば怒りが収まらんのでな。その為にはライダー如き童女に、如何な無価値とは云えども貴様の命をまだ盗らせる訳にはいかなかっただけだ」

「……狂犬? ……え? それって、バーサーカーのコト……?」

 独り言のように零して里子は推測する。言葉が理解できない。意味が通らない。

 確かにバーサーカーはセイバーの前から突如と遁走した。この荒くれ者が、その戦闘に対して興が乗ってきていたのだとしたら、確かに腹を立てもしよう。しかし、“貸し”だとセイバーは言ったのだ。

 バーサーカーとの戦いでセイバーは一切のダメージを受けてはいなかった。負傷以外で貸し借りが生じるものが在るとすれば、後はせいぜい攻撃回数の差だろうが、戦闘スタイル的に手数はセイバーの方が多かったと思われる。むしろバーサーカーの方が貸していることになるのではないだろうか。

「……一つ褒めて遣わそう、女。未だアレがどのような手であったのか解せぬが、彼奴めの去り際の一撃に対する対処、見事であった」

「……え?」

「──どうした、女?」

 怪訝な顔を見せたセイバーを前に、より怪訝な顔をしていたであろう里子はその言葉で理解する。

 あのビル間を翔けた流星のような一撃。つまりはセイバーに致命傷と成り得たダメージを与えた攻撃。

 アーチャーからによるものではなく、アレをバーサーカーからのものであったと見事に勘違いしているのだ。この平定の英雄は──……。

「──あ、あは、あはは、は。そうですね、セイバー。はい。貴方に少しは認められたようで、私はとても、嬉しいです」

「──泣いて喜べ、女。余りに過ぎたモノかも知れぬが、その働きに対して褒美に一つ、貴様の進言に耳を貸そ──」

「私が許可するまではアーチャーと共闘を!」

 セイバーが言い終える前に、その褒美とやらを里子は拝受していた。

「……一蹴にするべき愚策だが──良かろう」

 不服そうではあるものの、そして、それは難なく承諾される。

 最期の一画まで消費され、もはや霊呪による強制的な命令が行使できず、最難問と危惧していたセイバーへの共闘体制への理解をこうして里子はクリアできたのである。「よし」と、年相応に少女は小さくガッツポーズを取る。

「──して? ならば、アレなる状況は何とする? 女?」

 そんなマスターを余所にセイバーは詰まらなそうに下界へと目を向けていた。

「──!? アーチャーとライダー!?」

 そこには此の世のものとは思えぬほどの美しい2人の少女による戦闘が繰り広げられていたのである。

「あれはライダーからの奇襲!?

 ──っ!? 先輩、──セイバー、アーチャーのマスターは!?」

 事態を把握して、里子は臨戦態勢へと移行した。

「──ふん」と、セイバーはマスターの問いに顎で方向を指し示して答える。

 その瞬間に、その先では送電鉄塔の一つが倒壊していた。

「セイバー! 貴方はアーチャーと共同でライダーの討伐を!」

「……気に喰わぬが良かろう。どの道、あの童女にもオレ様に牛などをけしかけた事を後悔させてやるつもりだったからな」

「お願いします」

 初めてまともに自身の指示に従ったサーヴァントに、里子は嬉しそうに頷く。そして、自らはマスター同士戦闘に加担するべく、セイバーから離れると地表へと跳んだ。

「──、あっ」

 そして、中空で忘れ物を思い出し、少女はセイバーへと顔を向ける。

「──ありがとうございます! セイバー!」

「……ふん」

 詰まらなそうに、見下したように。自由落下する少女から、感謝を受けたセイバーの表情は変わらない。

 

「……確か、長浜(ながはま)伊万里(いまり)と云ったか」

 

 唯そうとだけ不敵に零すと、最優を証明してきた古の剣の英霊もまた夜闇に跳んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「Draw──!」

 

 気合と共に小さく、しかし、力強くロミウス・ウインストン・オーウェンはデッキ最上段からカードを1枚引き抜いた。

 その身体の側面へ、地表に対して水平に真っ直ぐに伸びた利き腕。その指先に挟まれたものは、青年の運命をも左右する可能性を秘めた新たなる手札──。

 果たして本当にその仰々しいまでの動作と姿勢(ポーズ)とが、単にカードを引くだけの行為に必要であるのか否かは別にして、その様は死を賭して勝負に挑む決闘者然として気高く美しささえをも感じさせる。

「──チッ!」

 (ソード)の9。

 しかし、手札に加わった新たなる1枚を一瞥して零されたのは舌打ち。小アルカナの札で見れば、決して悪い引きではない。だが、彼が求めたのはより巨力な札──勝敗を即座に決するに足る上位の絵札だったのである。

 続け決闘者は早々に、その加えられた手札に魔力を込めていた。

 

I use a card from a hand(手札からカード使用)

 ――Effect motion(効果発動)!」

 

 1小節、2小節。

 決闘者は使用(プレイ)を宣誓し、カードを開示する。

 告げられた起動命令にカードは淡い光を放ち、その額面通り9本の短剣をロミウスの周囲の空間に生み落とす。

 

「――Shoot an enemy(敵を撃て)!」

 

 3小節。

 (ソード)の司る四大元素は風。

 術者の命令に従い、それらはその恩恵を受け、銃弾の如くに高速で標的を刺し貫くべく襲い掛かる。 

 しかし、狙われた標的は動かぬ的ではない。攻撃者の獲物たる少年は短剣を認識するや咄嗟に身を翻していた。

 

 ──鉄と鉄。鼓膜を強烈に叩く衝突音と共に夜闇を駆けた短剣は砕け散る。

 

 投影魔術(グラデーション・エア)

 魔力で編まれた鏡像は、その強度を上回る障害に衝突するとたちまちに霧散していた。

「――くっ!?」

 祐樹はその攻撃から身を守るべく鉄塔の影に身を躍らせていたのである。目論みは確かに実を結んでいた。だが、それでもその内の数本は骨組みを摺り抜け、更にその内の1本は少年の二の腕を掠めると、そこに深い裂傷を生じさせている。

 だが、そんな事に構ってはいられない。幸いにもそれは利き腕に負ったものではなかった。

 ならば為すべきは一つ。

 戦いを、殺し合いを祐樹は望むわけではない。だが親友を止めるためにも、取り戻すためにも。少年はここで死ぬわけにはいかないのだ。

 祐樹は足元の手頃な石を手早く幾つか拾い集め、ウインドブレーカーのポケットへと仕舞い込む。

 相手は中間距離を維持しつつ攻撃を繰り返すが、自身とて得意な距離は中間距離であるはずなのだ。

「────はぁッ!」

 大きく息を吸い込み、吸気を肺に送り込む。射ち合いを覚悟し、祐樹は身を低くし駆け出す。一箇所に留まり続けることは愚作でしかなく、少なくとも爆撃も数度受けていた。どうにか直撃を受けずに逃げ遂せたが、それは単に幸運に恵まれたに過ぎない。送電鉄塔はバリケード足り得ないことなど、その負傷で火を見るよりも明らかになっている。しかし、この建造物以上の防御効果が望める遮蔽物は周囲に望めなかった。攻防戦を行うにも移動を常に行う必要性があるのだ。

 息を落ち着かせる暇はない。体勢を整える暇はない。タイミングを計る暇はない。

 それでも、攻防を入れ替える必要がある。一方的に攻撃に晒される現状はジリ貧でしかない。

 

 ──意識する。

 ──必中を、強く、強く、意識する。

 

 マウンドで白球を放るわけではないのだ。足場は悪いし、何より試みるのは走りながらの投石である。

 投球フォームは万全ではないが、しかし、繰り返し繰り返し数え切れず反復したバント処理を始めとするフィールディングの動作が、その身体にはこびり付いている。

 そして、打者のバットに空を切らせる、あの感覚を無理矢理に引き出す。その身に纏わり付かせる。

 

 ────否。違う。あの程度の意識を乗せる投球では、決して目の前の魔術師には届くはずがない!

 

 ──想い描くのは、

 ──手本とするべきは、

 

 ────あの投手でも、あの野手でもなく、

 ────己がサーヴァントだ。

 

 

「────当たれぇぇぇぇえッ!」

 コンクリート製の鉄塔の土台。身を屈ませながら駆け出した数歩。祐樹はそれを越え、飛び出す瞬間に狙い撃ちされぬ様、先手に打って出る。

 低く短く跳躍し、中空に在る身を捻り、全身のバネを駆使し──、

 

 

 ────その魔力回路に魔力を流し、『投擲』という挙動に特化した己が身体を装置とせしめる!

 

 

 少年の手を離れたそれは、凡そ人の手によって放たれたものではなかった。

 音の壁へと迫る勢いで、放たれた小石は瓦解を始める。

 

 

 瞬間。礼装にセットされていたカードの1枚が反応を示していた。反攻を受けたという事態を飲み込めず、一切の行動も取れずにいた魔術師に反して、それは突発的に光を放つ。

 

 ──Auto reverse.(自動反転)

 

 術者の意志に関係なく、礼装上のカードが自動的にプレイされる。

 反転され、露わになったカードは“硬貨(コイン)女王(クイーン)”。

 硬貨が司るのは地。硬貨の女王が示す暗示は富、寛大、──そして、安全。

 防御札として礼装に準備されていたそのカードは、攻撃を受けたことで即ち対抗魔術(カウンターマジック)を強制的に発動させていたのである。

 

 ロミウスの眼前には突如と自身の身を隠すほどの岩壁が地面から生じ、完全に瓦解する直前の握りこぶし半分程度の石を遮断していた。

 

「────!?」

 ライダーのマスターが驚きを浮かべたのは、その後である。

 もしも。例えば彼が、防御手段の設置などという一切の警戒を怠り、アーチャーのマスターを排除することを素人相手の一方的な狩りなどと完全に油断をしていたのだとしたら、その頭部、或いは胸部に大穴を穿かれて致命傷を負っていたことだろう。

「──危なかった?」

 状況を飲み込めずも、冷や汗がその背を流れたのを決闘者は感じる。

「……アイツ!? 歴とした魔術師か!?」

 呟き、奥歯を噛む。同時にロミウスは身体能力を強化するべく魔術を行使していた。

 礼装の使用だけに魔力を割く訳にはいかない現実がそこにはある。アーチャーのマスターの放った何かは、素の状態の彼の身体能力では反応さえも許さなかったのである。

 飛来したであろうものが何であるのか?

 それさえも把握できていないのだ。

「まったく。おかげて高い授業料を払うところだったよ……」

 安堵を零し、ロミウスは体内魔力を全力で生成し、礼装をフル回転させる。

 確かに肝は冷やした。だが、決して焦りはない。

 魔力回路を有するだけの一般人だと認識していた人物が、多少は魔力によって身体を強化できると知れただけだ。

 或いは肉体強化という魔術だけで優劣をつけたのだとすれば、アーチャーのマスターに軍配が上がるのかも知れない。

 ともすれば、まだアーチャーのマスターは何か隠し球を持っているのかも知れない。

 しかし、極東の辺鄙な島国で魔術戦で後れを取ることなど絶対に在りはしないと断言できるだけの自信と実力を、名門オーウェン家の次期当主は有している。

 魔術師のオドによって高速稼動を開始した礼装は、周囲のマナを勢い良く収集し、効率良くデッキの最上段にセットされたカードへと転送、魔力を充填させる。

 通常は装着者に大きな負担がかからぬように、礼装は緩やかに運転して一定の時間経過を要して次回のカードドローを可能とする。

 だが、今、ロミウスが行った様にユーザーの負担を増加させれば、その間隔を短縮させることも出来るのだ。

 それでも彼が次なるカードの使用を可能にするには約5秒ほどの時間が必要だった。

 家督を相続するまでに後2秒は縮めるのが、目下のところの彼の目標である。

 

『──The completion of charge.(装填完了)

 

 礼装からのアナウンスが、その経過を知らせる。

 

「──Draw」

 

 デッキから新たな手札を入手すると共に。これまでは警戒しつつも、その身を隠すことなく少年を追っていた決闘者は、その本来の実力を発揮するべく意識を変えていた。

 

 

 

 

 

 


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