Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「──ア、アーチャー? そ、それは、その……ど、どういうコトなのでしょうか?」

 冷静に。冷静に。その物腰から、それは自身にそう言い聞かせつつ発した言葉(もの)であろうことが、端から見ても十分に理解できる。

 だが、明らかに少女の声は震えていた。

「……? どういうコトとは、どういう意味でしょうか? セイバーのマスター?」

 唯、真っ直ぐに──。

 迷い無く少年を見詰めていた宝玉のような瞳が、そんな上擦った声で疑問を投げかけた少女へと向けられた。

「──さ、さっきの言葉の真意についてに決まっています!」

 里子の方へと身体を向けるも、変わらずアーチャーの肢体は自身のマスターにぴたりと密着して寄り添っていた。

 少年と彼女の、その状態もが少女にとっては大きく心を乱す要因の1つとなっていたのである。

 いくら平静を懸命に保とうと試みたところで、常に燃料を投下されている現状を眼前に人生経験、恋愛経験の乏しい少女にとって、それは(まま)ならぬことだったのだ。

「……真意ですか?」

 憤りのままに口走り、里子は先の言葉に込められた彼女の想いを改めて問い直すが、しかし、それでも発言の当人──アーチャーはその意味を理解できずに唯、小首をかしげるばかりである。

 

 茫然自失の状態で。

 そして、争点の根源で在ろうはずの少年は、顔をこれでもかという程に赤く染め、今にも頭部全体から湯気を上げて昏倒しそうな様子だった。

 

 キャスターの式神が彼らを窺っているというのは、既に3人の中では確定している認識事項ではあるが、では果たして、その遣り取りとは、その存在の目にはどの様に映ったのだろうか?

 放心した少年。

 感情に押し流された少女。

 その上、その存在とは単なる監視要員には留まらず、魔術師を殺害し得るだけの力量を十分に保有しているという重要性を、彼らは忘却してはいなかっただろうか?

 戦地から帰還しようとする今に在りながら、聖杯戦争に参戦しているマスターでありながら、両者はそういう緊張状態からは程遠い在り様なのだ。

 

 だが、現時点にあっても、魔術師のサーヴァントの放った斥候に、少なくとも彼女だけは十二分に気を払っていた。

 冷静沈着に。アーチャーは変わらず周囲に隙なく気を配りつつ、真顔で問い返す。

「……仰る意味を理解しかねます。セイバーのマスター」

「あー! もう! 何を! アーチャー、──」

 しかし、その温度差もが、2人の少女の間に更なる歪を作るのだ。

 アーチャーの対応に、堰を切ったように素の憤りを少女は晒していた──。

 

「────!」

 

 ────瞬間、アーチャーは遂にそれを捕捉する。

 

 彼女の焦点は相対した少女からは僅かにずれ、その背後に広がる夜闇の彼方へと向けられていた。

 遠方。

 弓兵として喚ばれたが故に強化された優れた視覚能力を以ってしてアーチャーが捕捉したのは、オフィス区画の外れ、ビル間を跳躍した曲線美をなぞったシルエットである。

 それは確かに見覚えの在る人型の影。氷の裸婦の(なり)をした式神のフォルムに他ならない────。

 

 咄嗟に。アーチャーの右腕が支えていた少年の身体から離れると、細い腰に差した3振りの宝刀の1つへと伸びる────、

 

 セイバーのマスターとの問答など、既に眼中にはない。

 聖杯を欲するモノとして、己がマスターを守護するモノとして、彼女は排除すべきモノを只排除するべく作動する────。

 

 

「──どう聞いても、さっきの貴女の言葉は愛の告白でしょう!?」

 

 

 しかし────。

 ────そして。その愛刀の柄を掴むことなく、アーチャーの細くしなやかな指は急停止していた。

 

「──え? あ、愛の告白?」

 アーチャーを硬直させたのは聞き流したはずの、だが、間違いなく問答相手の言葉。

 ぽつりと誰に聞かせるわけでなく、狩人と化そうとしていた少女は呟く。

「一緒に居たいって、そういうことでしょう!?」

 迫り来るかの勢いで里子は声を荒げ、茫然とした表情をアーチャーは浮かべる。

「──あ! え!? ち、違います! け、決して、そういう意味ではありません!」

 アーチャーの頬が自身のマスター同様に見る見ると真っ赤に染まったのは、ようやく自身の発言が2人にどう捉えられたのかを理解したからだった。

「じゃ、じゃあ、さっきのアレは、どういう意味だというのですか!?」

「……そ、それは──……」

 意を発しようとしたアーチャーの花唇からは、だが、何も聞き取れはしない。

 忽然と音量の絞られた声は、単にごにょごにょとしか判別できないものだった。

「────と、兎に角、変に誤解をなさらないでください!」

 頭を振って、焦りながらにアーチャーが恋愛感情を強く否定する。

 途端にアーチャーが冷静さを失い、それに相反する様に里子からは、つい今まで彼女を駆り立てていたものが急激に薄れていくのが明らかに見て取れていた。

「ん!? えっ? え? え? でも……アレ? じゃあ、何?」

 変わりに少女の感情を占拠したのは困惑。

 彼女の否定が腑に落ちてはいないことを里子は眉宇でも確かに表していた。

 本当にそれが恋愛感情ではないとして。しかし、それではアーチャーがどんな“想い”を少年に抱いているのか?

 その疑問は解けてはいないのである。

 だが、その真意を少女が問うにまで至ることはなかった。

「──? 祐樹? 祐樹!?」

 それは彼女たちが少年の異変に気付いたからである。

「──えっ!? 裕樹さん!?」

 少女たちの足元。

 支えを失った彼の身体は力なく地面へと倒れ込んでいたのである。

 少年は顔面からアスファルトに突っ伏し、微動だにしない。

 彼女たちからは死角となって見えはしないが、薄っすらとその眼に涙さえ浮かべ、祐樹の心は真っ白に燃え尽きていた。

 

「……俺の純情返して……」

 

 体力の限界。そして、初な少年には非常に大き過ぎた精神的動揺。

 事実そうであったが、此の世のものではないとさえ感じた美しすぎる容姿と、妖艶なほど豊満でありながら完璧に均整のとれた細い肢体。

 そんなおおよそ多くの男性の理想を具現化させたものを、さらに幾重にも強化した少女からの愛の告白。

 それがもとからの思い違い、掛け違いだったとは言え、無効となってしまったのである。

 ともすれば、弄ばれた感情(もの)として女性不信に陥ることさえある程、裕樹はトラウマレベルで精神的なダメージを被っていたのだった。

 果たして、その余りに小さい小さい嘆きを少女たちは耳にしたのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

「ファック──。君はアレだ。一言で表すならばアホだな」

「……それは褒め言葉として受け取っておきますよ。取り合えず“時計塔で一番抱かれたい男”の称号は、帰国してから譲り受けることにしましたので首を洗って待っていてください。よろしくお願いします」

「……この期に及んで私を馬鹿にしてるのか、と一喝してやりたいところだが……オマエの場合、それを本気で言っているのだろうから始末に終えん。しかし、君の言う聖杯戦争に臨む理由なぞ、選りに選って凡そ魔術師らしからぬ思考だぞ? 名門と呼ばれる一門の出である君なら尚更にそう考えるはずだろう? 普段の自分らしからぬ考えだと、君は思わんのかね?」

「そうですか? 女性の全てを理解することは真理の極み──それこそ『根源の渦』に至る術とさえ僕は思いますが?」

「……」

「──唯、愛する女性のために。それにそれは男が戦に赴くには、これ以上ない程の立派な理由だとは思いませんか? プロフェッサー」

「……ファック。ロミウス。やはり君はアレだ。度し難い程救いようの無いアホなのだな」

 

 

 

 日本に旅立つ前に恩師と交わした言葉が青年の脳裏を過ぎる。

 抱いた意志は揺るがず、結局は師の忠告を全くもって聞くことなく、彼は来日することを選んだわけだが──。

 

 彼との受け答えを思いだし、薄く微笑んだ後。

「……僕の知っている魔術師が冬木(オリジナル)の聖杯戦争に参戦したことがあるらしいんだが──」

 そして、ロミウス・ウィンストン・オーウェンは当面の事態の収拾を図るべくの声を発した。

 外はまだ闇にある。

 しかし、もう夜明けの方が近いだろう。間近とさえ表現していい。

 アサシンの暴挙から既に数時間が経過していた。

 その間に聖堂教会第八秘蹟会の構成員たちの行った修復作業により、教会内は破壊以前と比較しても違和感のないほど完璧に修繕が成されている。

 恐らく日々休むことなく朝一で門戸を叩いている熱心な信者でさえも、前日までの夏川教会との違いを何も見出せないことだろう。

 彼らに気付ける違いがあるとすれば、唯の1つ。

 昨日までこの礼拝堂で神の教えを説いてきた初老の神父の不在だけだろうか──。

「──そのときの聖杯戦争で、とあるサーヴァントが暴走した結果、魔術の存在が公になるような異常事態が発生したらしい」

「……さぞ魅力的な女性なのだろうな? ロミウスがこのような事態に在っても、わざわざ話題に挙げる魔術師ともなると」

「いいや。寧ろ、その逆だよ、ジュリエッタ。彼は手強いライバルさ。僕の前に立ち塞がった最強最大の壁とさえ言っていい」

 横槍を入れたジュリエッタ・カタリナ・アレキサンドラにロミウスは、しかし、そう言いながらも対象をさも自身の事のように誇らしげに評していた。

「……ライダーのマスター。それで? その壁だか、魔術師だか、異常事態だかが何だと言うのですか?」

 かつて愛を交わした2人の遣り取り。

 その関係を知らずも、そこに何かを感じ、さも不服げに両者に間に在った空気を断ち切るかのように夏川教会の新たな主任司祭は口を挟んだ。

「ああ、失敬。話を戻そうか。その異常事態に際して、非常線が張られたらしいんだが……」

「らしい、らしい、らしい……口から出る言葉が憶測、推測、推論ばかりでは、とても貴方がさも自信げに語った“有効な事後策”とやらに話が繋がるとは到底思えないですが?」

 その牧師──朝比奈光一は険を隠そうともしない。

 ライダーのマスター。彼の存在が光一の知らなかったジュリエッタを、その目の前で次々と露わにしていくのである。その事実が単純に、そして酷く彼を苛立たさせていた。

 聖杯戦争に於けるそれぞれの立場など関係なしに、光一は明らかにロミウスを敵視していたのである。

 本来ならば、彼のその感情は秘するべきもの──或いは抱くことさえ憎悪すべきものなのだろう。

 隣人を愛せよという神の教えを説く者が、第三者に嫌悪を示すことなど在ってはならない。

 しかし、幸いなことに彼は異端(まじゅつし)だった。

「申し訳ないが、どれも本人から直接伝え聞いた話ではなくてね……と、いうのもプロフェッサー──彼は僕に自身が経験したであろう聖杯戦争についての一切を、全く語ろうとはしなかったんだ。悪いがどれも僕が独自に調べたことを話しているだけなんだよ」

 だが、ロミウスはそれに触れようともせず、唯、受け流す。

 彼とて理解しているのだ。

 そもそもから聖堂教会と魔術協会とは相容れぬ組織(もの)であるはずなのだから。

「それで? その非常戦線とは、一体どのようなものだったのだ? ロミウス?」

「ああ。残存していた全てのサーヴァントとマスターによる共同戦線が張られたそうだ。聖杯戦争を継続させるために、件のサーヴァントを討伐する同盟を一時とはいえ締結。聖堂教会までもが全面的にバックアップ──マスターたちの仲介役を買って出て、そのサーヴァントを討ち取った陣営に褒賞として令呪の一画まで用意したらしい──」

「……ほう。それでその暴走したサーヴァントは無事に討伐された、と?」

 それは女性としての声音ではなく、代行者としての冷たい声。

 果たして、あれだけの被害が発生した共同戦線の成り行きを指して“無事”であったと判別できるのかは別にして。結果だけを知るライダーのマスターは、バーサーカーのマスター問いに対して無言で頷く。

 彼がこの後に何を提案しようとしているのかを、この場の誰もが最早当然の如く理解していた。

 敢えて。それをロミウスは徐に訊ねる。

「……で? 僕の掴んでいるこの情報とは、果たして本当に真実なのかな? ()監督者殿?」

「──父からそう報告を受けたことはある。確かに事実だ」

 その冬木の第四次聖杯戦争に於けるキャスター戦の顛末を、夏川の聖杯戦争の新任監督者は静かに認めた。

 

 朝比奈国光は不慮の事態──自身が聖杯戦争半ばにして、何者かに殺害される可能性を考慮していたのである。

 だからこそ、いざという事態に直面しても、息子に己が役目を引き継ぐことが可能なように情報の共有等、多岐に渡り様々な手配していたのだった。

 或いは、残される息子の地位を少しでも昇格させようという邪な想いが皆無であったのかは定かではない。

 しかし、光一の能力は、信仰心は、周囲を納得させるに十分なものだったのである。

 その事実は、彼が新たな監督者として任命された現状からも確かなことだった。

 もっとも、一部には新しい監督者を派遣させるべきであるとの声もなかったわけではないが──。

 

「──ならば、今回も適用できるんじゃないのか? いいや。寧ろ、適用させるべきだと僕は思うが?」

「……巷を騒がせる連続猟奇殺人者──食人鬼が、ある種、予想されていたこととは言え、事実としてサーヴァントだった。それだけでも件の冬木のキャスターと同様、か……」

「……それだけじゃないだろう? 君の意志を支持する感情(もの)とは──」

 ぽつりと刺したロミウスの言葉が暗に告げる。相容れぬはずの相手の言葉が監督者、朝比奈光一の下そうとする決断を強く後押しする。

 

 そのサーヴァントとマスターは聖堂教会に弓引き、あまつさえ、彼の父を手にかけたのだ──。

 

 そして既に、彼自身が確かに認識したはずなのである。

 

 彼女らは異端として狩られるべき存在であると。

 彼女らには生きて神の赦しを得る資格などないのだと──。

 

「……ライダーのマスター。いいだろう。敢えてこの状況を受け、君の進言を受け入れる事としよう。全てのマスターを召集し、アサシン討伐の神命を伝える」

 聖杯戦争を継続するためには。魔術を隠匿するためには。

 その選択は決して悪くないものだったと言えよう。

 しかし、果たして、朝比奈光一という男性一個人としては、それはどのような選択だったのだろうか?

 若き監督者はロミウスの思惑を知らず、だが確たる強い意志を持って高らかに宣言をせずも、決定を告げた。

 

 

 

 

 

 


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