Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】 作:世木維生
「──ぬ!?」
異形殺しの英雄が、その背後に幽かながらに殺気を感じたのは捨て台詞を
「ちょっ! ──あ、アサシン!?」
そして、その元凶たる異変を中木洋子は目の当たりにしながらも、あまりの異常性からか的確な表現ができず、背中を向けた己がサーヴァントを叫び呼ぶことでしかできなかった。
そんなマスターの訴えたサインを耳で捉えるよりも早く、瞬時にアサシンは察した殺意に対しての対応を開始している。
その恐るべき反応は人外である異形、あやかし、物の怪の類を数知れず討ち果たしてきた勇士だからこそ許されたものであった。例えば、その愛刀で滅せられし鬼の王の中の王たる酒呑童子などは、そのようにアサシンを仕向けさせるに至らせた最たる好例であったと云えよう。それらの人ならざる存在は人間に於ける“死”が確定された状態をして尚、討伐者・源頼光に対して、自らの怨恨を晴らすべく反撃に転じたのである。
そんな手痛い経験がその過去になければ、首を刎ねられて確実に“死”の状態に陥ったはずの人物に対して、ここまでに心を残し警戒などすまい。
それは決して天性の優れた反射能力などではなく、愚直に自身の経験則に則り、バーサーカーを討ち取ったと確信しながらも、同時にバーサーカーの次なる一手にアサシンが備えていた結果なのである。
「姫!」
振り向いたのが先か、或いは駆け出したのが先か──。
どちらにせよ迷わずに最短距離を──異変の最中を抜けると、アサシンは自身のマスター胸に抱えて狂気に囚われた“ソレ”の有する殺傷射程圏よりの離脱を試みる。
そして、アサシンが宝具の開示を躊躇わずに行ったことが、洋子が事情を解さないながらもそれを快く許可した決断が、思いの他、ここで功を奏することとなったのだった。
先の攻防で見せたその身を護る神造兵装の防御能力に頼らずに、彼が逃げの一手を選択した理由とは正にそれがもたらした情報が要因であったのである。
────刹那。
間髪入れずにアサシン陣営の居た場所を六角の金棒が過ぎった。
過重を微塵にも感じさせず、超高速で振るわれた凶器。それが発した風音は速度をあざとく伝えるかの如く、極めて薄く軽量の物質を薙いだかのように鋭く、軽やかだった。しかし、その金棒の質量や大きさは事実として周囲の大気を大量に圧し動かし、局地的な暴風を巻き起こす。
弧を描いた巨大な鈍器の軌道上に在った長椅子が、外壁が、耐久力を有しないものの如く、そも端からそうで在ったかのように粉々に粉砕され、その風に巻き上げられる。
その武器が標的としたものとは、あくまでもサーヴァント。
しかし、その規格外の威力は近接していた生命を──例えば後方に立っていた人間などを──ついでとばかりに構わず容易に撲殺せしめたことだろう。
「■■■■■■■■■■■■■■■■──!!」
脅威の発現者は、自らの再臨を祝うかの如くに吼える。
洋子が目撃した異変とは、アサシンが駆けたその異変の中心とは、死したことで現世界から消滅しようとしていたバーサーカーの躯に発生した
────“同一である別の
床にマスターを抱えたまま伏せる姿は、その余裕のなさを告げていた。
「──ぬう!」
辛うじて回避に成功したアサシンは、そのままの姿勢で唸る。
もう後僅かだけでも反応が遅れていたのだとすれば、彼らの聖杯戦争は終わりを迎えていたことだろう。
「──ど、どういうコトよ!? なんでアレが生きてるのよ!?」
胸に抱かれている洋子が非難を叫ぶ。
「……単純な道理にござる。アレは普通に
そんな彼女に対して、冷静に状況から事実を導き出したサーヴァントは答えた。
「はぁ!?」
その言葉に素っ頓狂な声を洋子は上げるが、それは至極もっともな反応である。
彼女の常識には、それを具に理解する条項は存在しないのだ。
アノアデルを舞台とする作品を始めとしてアイデンティティに影響を与えるほどに彼女が傾倒した
しかし寧ろ、彼女の知る多く作品ではサーヴァント──即ち術者の魔術や超能力の投影体や分身体は、殺害されれば例外なく本体も同時に殺害されることが絶対的な鉄則、不文律なのだ。
そうでなければスリルもドラマもストーリーには有り得えない。
そして、そのリスクを証明するように、事実として洋子自身も代償を支払ったのである。その身が重く鈍いのは、先程アサシンが力を解放した反動ではないか。
もちろんそれは彼女の勝手な価値観と感性による思い込み、自己設定から組成した考察に過ぎない。
そもそも中木洋子は、その根底からマスターとサーヴァントの関係性を誤認しているのだ。
まともなサーヴァントに対する推論など確立させようはずもないのである。
しかし、死して尚、活動するサーヴァントという“異常”を疑問視した点は、通常のサーヴァント──その“異常”を目の当たりにしたランサーと共通であった。
そして、間違いなく、その“異常”と対峙した他のマスターやサーヴァントも同じ疑点に向かい合うこととなるだろう。
そこからどのような解を導き出し、どう対応して戦闘を行うのかが、正に此度の夏川に於ける聖杯戦争に召喚されたバーサーカーというサーヴァントの攻略法だと言える。
それでは現在進行形で干戈を交えるアサシンはどうであるのかと問えば、意外にも確かな手応えを感じていた。
「……どうやら
不条理な怒りを前面に浮かべて納得を寸分も感じさせないマスターに、膝を突きながらサーヴァントは加えて告げる。
果たしてそれで、こじれた彼女の感情が解れるものか。
「──え? あれはバーサーカーBってこと?」
結果は無駄なものではない。
少なくとも、洋子はアサシンの言葉を聞いていた。
「びー? ……まあ、西洋かぶれで数えれば、その様になるでござるかな……しかし、アレなるはバーサーカー乙、或いは丙、はたまた丁や戊やも知れぬのでござるが──」
既に2度。今宵、ランサー・
「──って、あんたバカ!? どう見たってアレは、さっきのヤツと全く同じの白ザムライじゃない! 拳銃を超連携させて命中させるヤツとか、街中から小銭拾ってくるヤツとか、小型の軍隊とか、んな小さいサーヴァントとかなら分かるけど、アレはデカイでしょ! 複数体持つなんて無理よ!」
「ぬ???」
今度はマスターの発言に対し達磨が理解する術を持たず、言葉を詰まらせる。
どうやら、そのような“サーヴァントに似たような何か”が登場する作品が、彼女の中のサーヴァントの死とマスターの死を結びつける大きな要因だったらしい。
「──と、兎に角にござる。アレは確かに先程までとは別人のバーサーカーにござる。事実、今の奴めには童子切の付与した効果が及んではおらぬのでござる」
「何よ、それ!?」
気を取り直したアサシンが語った通り、それが童子切安綱を開放したがために知れた事実だった。それをアサシンが悟れたことが、正に僥倖と言えたのだ。
その事実と目撃した情報から考察したバーサーカーの死なないカラクリを仮に正として思考するに、アサシンには目の前の敵である英霊の真名が予測できていた。
彼の存命した時代、僅か数年の“ずれ”。アサシンは眼前の狂い武者を同時代の人物であると推測するのである。
確かに腑に落ちない点は幾つか在った。
しかし、それが彼であるとすれば、実に合点のいく点が多いのも事実なのである。
バーサーカーというクラスに配された英霊とは“あの説話”を宝具として具現化させることで、“死”という概念を然も無効化にしている様に見せかけている坂東の梟雄である可能性が高いとアサシンは推理するのだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■──!!」
だからこそ、勝機は在る。
「ぎゃぁっ!」
不恰好に床を転がる洋子。
迫り来る考察対象を遣り過ごすべく、マスターを強く突き飛ばすとアサシンは身を翻した。
「──ぐぬぅ!」
しかし、彼女を救うべく起こしたアクション分、その回避運動に遅れが生じ、結果、狂武者の一撃がその腹部を掠める。
それだけで肋骨の数本は砕かれ、臓器にまで損傷を受けていた。
最早、反則の域にまで達したバーサーカーの攻撃は、その1つ1つが下手な宝具の真名解放と同レベルの破壊力を秘めている。
だが、その猛撃を前に、血反吐を吐きながらもアサシンは反撃に転じた。
「──
────再び解放される宝刀の真なる力。
至近で発された巨大な鬼の顔を象る黒い靄は、たちまちにバーサーカーを包む。
「■■■■■■■■■■■■■■■■──!!」
「ア、アサシン!?」
「──そ、某は平気にござる。それよりも姫、これで────ぬ!?」
立ち上がると己がサーヴァントに駆け寄り、洋子は不安を浮かべた。
腹部を押さえながらも、アサシンはマスターにサムズアップして応える。そして、その接近に気が付いた。
アサシンが聞いたのは、狂武者の咆哮とは別の嘶き。
再びアサシンがマスターを抱え跳躍すると同時に、教会の屋根が、外壁が派手に破壊され、猛烈な勢いで黒牛が、その巨躯を荒々しく躍動させて建物内部へと駆け込む。
それは彼らの居た地点を、彼らを轢き殺す如くの猛烈な勢いで通過し、しかし、事を静観していた朝比奈光一の目前で、だが、彼には何の身の危険も与えずに、見事、停車した。
アサシンは知らぬが、それは見紛うことなくライダーの宝具である月帝の牛車である。
「コウイチ! 大丈夫ですか!?」
「──ジュリエッタ!?」
屋形から予想もしなかった人物──ジュリエッタ・カタリナ・アレキサンドラが姿を現すと、しかし、光一の顔には確かな安堵が浮かぶ。
「──一体何が?」
「アサシンとそのマスターが父を──!」
ジュリエッタが光一の視線を辿ると、そこには無残にも頭部を失った初老の神父が血塗れで横たわっていた。
「ろみうす!?」
直後。騎兵のクラスに配された少女の、おおよそ英霊らしからぬ愛らしい声が礼拝堂には響く。
そんな何かを訴えようとしたライダーを、そのマスターであるロミウス・ウィンストン・オーウェンは抑制した。
「いいや、ライダー。今は危険だ。不確定要素が多すぎる」
ライダーが求めたもの。
それは混乱に乗じて逃走を試み、その姿が既に教会内部からは消えていたアサシンに対する追撃命令だった。
確かに騎兵である彼女の脚を以ってすれば、易々と闖入者を追撃できることだろう。
その上でライダーは、その愛らしい容姿とかけ離れた凶悪な性能を有する強力なサーヴァントなのである。
恐らく今回の聖杯戦争に於いて、全力を発揮した彼女と単騎にて渡り合い、勝利し得るサーヴァントなど存在しないだろうとさえロミウスは確信していた。
英霊らしからぬ存在でありながら、武勇を誇る他の英霊を彼女の能力は容易く圧倒するのだ。
しかし、そんな矛盾を抱えるが故に、彼女には厳しい制約が存在するのだった。
リスクを犯してまで、今は彼女の真の力を解放すべきではない。
そう時計塔でも名の通った一門の魔術師は判断していた。
少なくともロミウスが垣間見たアサシンのマスターは、最も危険視すべき魔術師ではなかったのである。
じたばたと、もがきながら。あんな無様な姿を晒しつつ、アサシンに抱えられながら撤退する女性が、それでも予想に反してテュムラスグリモワールの魔術師であろうはずもないのだ。
『──
不意に。その右手首で固定された肘にまで至るボード状の礼装からアナウンスが成される。
「……それに、今は事態の収拾をつけることの方が優先されるべきだろう?」
そうして
手札に加わったその1枚に優男は小さく感嘆の口笛を吹く。
「
欲しいときに欲しい効果を完璧に有したカードに巡り合うことなど、普通、そうそうないものである。
不敵に笑みを浮かべると、即座に魔術師は手札に魔力を込めた。
「
──
──
今、ロミウスに行使されたの魔術とは“
人物、霊体、さらには無生物にまで。
一帯に魔術的異常が存在しないかを確認し、しかし、一点、異常が判明する。
だが、それは魔術を行使せずもマスターにならば判別できることだった。
「……ジュリエッタ。気付いているか? 君のサーヴァントには“鬼”の属性が付加されているみたいなんだが?」
そして、その事実を認識しているか、否か。ロミウスはジュリエッタに訊ねた。