Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「──っ!」

 それは純粋に質量を孕んだ重い風を産んだ。電話を、モニターを、パソコンを、デスクを、複合コピー機を──辺りの物体を残さず吹き飛ばした暴風に、ジュリエッタはその身1つで耐え忍ぶ。

 実体化に伴い、その巨躯を奮わせ嘶いたのは黒牛である。窮屈な場所に召喚され、軽いストレッチ程度の身動きをそれは起こしたに過ぎないのだろうが、しかし、整然としていたオフィスは、見るも無惨に見事なまでの瓦礫部屋へとその様相を変えていた。園埜潤の宝石魔術によって、既にその一角を爆破されていた室内は、だが確かに原型を留めてはいたが、その雄牛の身悶えによって遂に就業拠点としての機能の一切を失い奪われたのである。

「……しかし、ライダー──」

 聖堂教会の代行者の前に突如として現れたのは、騎兵として配されたサーヴァントの有する宝具──金銀で煌びやかに装飾された荘厳絢爛たる唐庇車(からひさしのくるま)と、それを牽引する猛々しい1頭の黒い雄牛だった。

 上階フロアまで突き破り、強制的に開けた空間。

 そして、そこに停められた見る者を様々な面から圧倒する牛車の前には、その所有者にして担い手たる者──十二単(じゅうにひとえ)姿の見るからに華奢で見た目も麗しい少女が、ちょこんと、さも頼りなさげに立っている。

 その余りに英霊というイメージらしからぬ少女の風貌から、彼女が果たして本当にその牛車をマスターの命令に従って召喚させたライダーのサーヴァントであるのかと、一瞬、ジュリエッタは本心から疑ってしまう。

 しかし、そんな外見とは裏腹に、少女は確かにサーヴァントとしての圧倒的な魔力をその身体に宿しており、例え多くの異端を葬り去った代行者である自身が戦いを挑んだのだとしても、赤子の手を捻るように容易く一蹴されるだろうことを同時にジュリエッタは悟っていた。

 あどけなさを残すも僅かに大人の色香を漂わせ始めた、英雄と言う言葉からは程遠い風変わりなサーヴァント。

 見た目のそんな幼さが完全に抜け切らぬ年齢をして、既に同性から見ても陶酔させられそうな作り物のように完璧な美を湛えた彼女は、後数年も成長すれば性的な魅力をも身につけ、絶世の美女としてその名を後世に残すだろうことに疑う余地もなかった────否。彼女はそれを成し得た者だからこそ、死して英霊の座に迎えられたのだろうか?

「──貴女は敵を己が宝具に乗せようとするマスターの愚行をどうとも思わないのか?」

 しかし、辺境の島国の歴史に於ける傾国の美女の名など、そのシスターの知識の中にはなかった。

 或いは、ここに居たのがこの誓杯の争奪戦に当初参戦する予定であった実兄──ティボルト・パオロ・アレキサンドラであったのならば、その様な知識的対策をも万全に講じており、この遭遇によりライダーの真名を看破できたのかも知れない──。

 そんな風に眼前のサーヴァントに対する思考を巡らせるも、結局それはどうにも実の成る話ではないと判断してジュリエッタは唯、現状に集中することとした。

 そも本来ならば、それは遭遇した当初から、そうで在るべきこと。

 ライダーを前に彼女を護るべきバーサーカーは、既にこの場にはいないのである。

 例えライダー陣営と臨戦状態にはないとは言え、この現状とは慎重に慎重を重ね、細心の注意と警戒を払って対処する必要性が極めて高い事態であるはずなのだ。

 知己であるロミウス・ウィンストン・オーウェンを前に緩んだ自らの浅はかな認識を、ジュリエッタはきつく戒めた。

「……ならば問い返しましょう。バーサーカーの操者──」

「──操者? 操る者、か? ──ふふ。成る程。言い得て妙だな。それで私に何を問おうと言うのだ?」

「──自らを敵であると貴女は仰られましたが……でしたら何故、貴女は敵対するサーヴァントを前に最大限の警戒を行ってはいないのでしょうか?」

 それは正に彼女が寸前、自身に律したことである。

「……私はロミウス・ウィンストン・オーウェンがフェミニストであることを知っている。女性に対して自らが行った誘いを反故にし、それを罠とすることなど、彼に限って在り得はしないと断言してみせよう。

 ──だからこそ貴女の問題なのだ、ライダー。私はマスターの意に反したサーヴァントの独断に因って、寝首をかかれるような羽目には遭いたくはない」

 しかし、再び令呪を行使し、この場所にバーサーカーを喚び戻さないのは、そのような確信が在ったからだった。

 仮に文字通りにライダーが暴走をしたのだとしても、ロミウスは自身の令呪を行使してでもエスコートすると決めた者の安全を確保することだろう。その対象はあくまでも女性限定であろうが──。

「貴女は良く御存知なのですね、ろみうすを──」

 そして、それは事実であった。

 代行者の知る現在に至るまでの青年も、サーヴァントの知る自身のマスターも、決して女性を裏切り、陥れるような人物ではない。

 問いに対する満足な答えを得ることができたのか、口元を扇で隠しながらも夜闇を消し去るように輝く微笑みをライダーは浮かべた。

 そんな少女のあどけない微笑に、ジュリエッタの心は強烈に揺さぶら(かどわ)かされる。

「──私はろみうすのサーヴァント。ろみうすの願いを叶えるために、非力ながらも此度の聖杯戦争に参じました。故にろみうすが敵と認識していない者は、私にとっても同様に敵ではありません」

 物静かに、しかし力強く宣言したライダーを前に、ジュリエッタの額には冷たい汗が浮かんでいた。

「……しかし、そう告げながらも私を魅了(チャーム)の魔術に陥れようとは……一体どういった了見なのだ? ライダー?」

 魔術師として対魔力スキルを有する人間でも、一瞬の気の揺らぎで惹き込まれるだけの強い魅了の力。

 ジュリエッタの精神を襲ったのは、紛うことなくライダーの発した魅了の魔術だった。

 本来ならば外的情報を集める器官である眼球を、逆に外界に働きかけるようにしたモノ。目を合わせた者にその効力を及ぼす、魔術を宿した瞳──魔眼。

 魅了(チャーム)の効力を有する身体的特徴、能力としては、それが最も有名な魔術(もの)であろう。或いはその魔力を帯びた黒子(ほくろ)という特殊なものも、魔術師たちの聖杯戦争の歴史には見受けられたこともある。

 しかし、ライダーのそれは彼女の存在自体が効果を発動させているようだった。

 そんな強力な魔術に抗いながら、ジュリエッタは柳眉を逆立てる。

「申し訳ありませんが、それは私が産まれながらに持つ呪いに似た(もの)です。残念ながら私の意志によって、どうともなるものには御座いません。どうぞ、私に見惚れ、心奪われ、深く肩入れする事無き様、御注意くださいませ──」

 そんなシスターに対し、ライダーのクラスに配されたサーヴァントは深々と頭を下げて謝意を表した。

 

 ──なよ竹の赫映姫(かぐやひめ)

 ジュリエッタにその真名を知られてはいないが、ライダーが登場する日本最古に成立したという物語に於いて、身分の貴賤を問わず数多くの男たちを彼女が魅了したことはあまりに有名なエピソードである。

 それを呪いの力と彼女が評するのは、それ故に破滅へと突き進んだ男たちも多いからだろうか?

 事実、かぐや姫はその噂だけで世間の男たちに恋煩いを発症させ、ついには彼女を娶ろうとした貴族たちの中からは、その名誉を、その財の全てを、その生命を失うこととなる者も現れるのだった。そして、さらには現人神である大君さえをも魅了させ、皇軍さえもその魅力に因って動かすこととなるのである。

 しかし、何も彼女の魅了の力が及ぶのは異性だけに限ったものではなかった。

 竹から産まれたという明らかに人ならざるモノが、彼女に恋焦がれる性を持つ男性たちのみならず、育ての親である(おうな)を始め、彼女に仕えた女性たちにも、さらには恋敵であったはずの貴族の娘たちにも、同性にさえも唯の1人に気味悪がられることなく存在できたのは、その魅了の力故なのである──。

 それは同じ天人という側面を持つアーチャーとは異なり、戦う力を持たぬ天女であった彼女が、地上で安全を確保するために与えられていた“当初から敵を作らない能力”なのだった。

 

「──さあ、急ごう。ジュリエッタ、ライダー」

 二人の女性を車中へとエスコートするべく動きながら、会話の焦点であった優男の声が2人を急かす。

「夜は短いだろう? それに教会を訪れた迷える子羊は、僕達をいつまでも待ってはくれないよ?」 

「──む」 

 夜のドライブ。ロミウスがそう揶揄したのは、その実、ジュリエッタに対する助け舟だったのである。

 彼は間違いなく最も安全で、最も速い移動手段を提供するとナンパじみた言葉で彼女に提案していたのだ。

「……ろみうすもこう申しております、じゅりえった様。さあ、中へ──」

 そして、ライダーは自らの宝具の乗車口──唐庇車後方へと客人としてジュリエッタを誘う。

「……ロミウスに手心を加えようとは断じて思いはしない────だが、この助力、心から感謝する」

「──そのお言葉だけで、ろみうすにも私にも十分な対価です」

 ぽつりと呟き、聖堂教会の代行者であるマスターは、魔術協会の総本山である時計塔──その中でも名門と名高い一族の魔術師の施しを受けることにした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「──ぬぬ!?」

 マスターとの一悶着の後。

 ようやく愛刀を閃かせ朝比奈国光殺害現場に居合わせた目撃者の首を刎ねようと挙動した瞬間、アサシンはその異変に気が付いた。

 静けさに在った教会内部。突如と信仰のシンボルである十字架の下に、何者かが降臨したのだ。それは祭壇画から抜け出した天使、聖人────。

 ────否。それと同じくするものは唯、色彩のみ。そこに現界したのは、雪白の大鎧に身を包んだ武者だったのである。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■──!!」

 

 被った星兜の前方へと()り出した雄牛の角ような猛々しい脇立てが象徴しているかのように、それは肉体を完全に実体化させると同時に、祭壇を、並んだチャーチルチェアーを蹴散らしながら一直線にアサシンへと躍りかかる。

 雄叫びを上げ、巨大な六角の大金棒を振り上げた狂い武者は、サーヴァント同士は敵意を抱くという本能のままにアサシンを襲っていた。

「──ひっ!」

「──姫!」

 言葉を詰まらせたのは夜着にコートを羽織っただけの女性。

 対応を迷うことなく達磨武者は側にいた彼女──己がマスターを抱えると跳躍していた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁあ────!」

 遅れて中木洋子が歳相応性別相応の悲鳴を上げたときには、アサシンの体は迫り来た自身と同程度の白い鎧武者の巨躯を飛び越えており、既に安全圏への脱出を完了させていた。

 咄嗟に飛び退いたアサシンの危機回避能力は非常に優秀であったと言える。

 突進した勢いを乗算させたように腕力に物を言わせ振り下ろした白武者の大金棒は、壁を、床を、さも脆い物質を砕いたように容易く粉々に粉砕させていた。襲撃者の攻撃を受け止めて洋子を護るという防御方法をアサシンが選択していたのならば、それらもろともに甚大な被害を一方的に被っていたことだろう。

 濛々と土埃を立てた中、破壊者は振り返ると、その靄のから赤々と妖しく輝く眼光をアサシンへと向ける。

 星兜の下。そのサーヴァントは凹凸のない白い仮面を面当としており、鋭く長い切れ込みから覗くその双眸だけが、他者に自身の意志を──強い殺意を伝えていた。

「──な、な、な、な、何よ、アレ!? なんなのよ、コレ!? どういうコトよ、ちょっと!?」

「ぬぬ? そう某に訊ねられても困るでござる──」

 着地するや、マスターを腕から離し、彼女の安全を確保すべく距離を作ろうとしたアサシンに対して洋子は何故か非難するよう掴み掛かり叫んだ。

「──バーサーカーのサーヴァントだよ。アサシンのマスター」

 答えに窮したサーヴァントに成り代わって答えたのは、自身の目論見通りの展開に落ち着きを取り戻した朝比奈光一である。

「君たちは人としても、聖杯戦争の参加者としても決して許されない罪を犯した。その命を以って懺悔なさい──」

 自らの命を奪おうとした狼藉者は、先の攻防でその側から離れていた。

 そして、彼はゆっくりと立ち上がると勝ち誇ったようにそう告げる。

 監督者を殺害するという聖堂教会を恐れぬ愚行。そして、それは青年にとって父の仇であることを意味している。

 光一は代行者ではない。だが、彼女らが異端として狩られるべき存在であると理解していた。

 故に、彼女らには生きて神の赦しを得る資格などはない──。

「……大丈夫だ……父さん、僕は貴方の意志を受──」

 取り乱した自身を懺悔し、十字を切り、青年は決意を新たにし──

「──ぐわっ!」

 ──た、その余裕も束の間。直後、その若き神父の顔面には洋子の履いていたクロックスの片方が叩きつけられていた。

「うっさい! バカ! 黙れ! 殺すわよ!」

「ぬ? 姫。この者は端から口封じに──申し訳ござらぬ。押し黙るにござる」

 口を挟もうとしたアサシンをマスターは無言の圧力で黙らせる。

「──大体、私はそんなこと聞いてるワケじゃないわよ! 状況考えれば、アレが敵だなんてサルでも分かるっての!」

「……ぬ? では姫は何故(なにゆえ)その様な────」

「あのバーサーカー?っての、アンタよりぜんぜんカッコイイじゃないの! なんで私のサーヴァントが小五月蝿い達磨で、敵のサーヴァントが超COOLなキャラ設定なのよ!?」

 流れ出る鼻血をそのままに光一は言葉を失い、アサシンは困り果てたようにも見える顔にさらに困惑の色を重ねていた。

「きっとアレ、あの仮面の下、超美形よね? コレ、アレじゃないの? 普通は私と死線を潜る内に距離が縮まって。そいで墓守と私を巡った三角関係とかにetc、etc……」

 ブツブツと洋子(オタク)は独りごちる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■──!!」

 

 神聖であるべきはずの空気汚すように、狂気は吼えた。

 バーサーカーの咆哮が、ここが戦場と化していた事実を3人に再認識させる。狂戦士の巨躯は駆ける。

「──ぬ!」

「────!!」

 そして、再び強襲を仕掛けようとした白武者を止めたのは、咄嗟にアサシンの仕掛けた“何か”だった。

「──中々に感の鋭い。その“殺気”に気付くか。

 成る程。しかし、戦の流儀には甚だ華を感じぬ故、都の者にはござらぬな? その方、板東の田舎武者と見たが如何か?」

 洋子の横で不敵に笑みを浮かべ、自身は最優たるセイバーとして召喚されるべき英傑であったと豪語した英霊が躊躇した狂い武者に問う。

「某も少々、本気を出すにござるが──狂った精神(こころ)、恐怖で壊すな? 田舎侍」

 そして、アサシンはその愛刀をゆらりと構えた。

 その立ち振る舞いに一切の隙はなく、見る者には彼の実力が紛い物や色物などでは決してないことを知らしめる。

「──姫。某の宝具の開示。その御許しを願おう」

「──え、え? 何か知らないけど、まあ、いいわ。許す! やっちゃいなさい、アサシン!」

「御意」

 応え、アサシンはここ数日で集めた命の力を変換し、美しい刃紋を見せる愛刀へと宿した。

 その刀とは鑑賞する芸術品としての美しさも、その武器の有する殺傷能力たる刃の切れ味も、共に歴史上最高傑作とされる逸品の名刀であり大業物であった──。

 

「──鬼神討滅ぼし(童子切)天下筆頭の刀(安綱)!」

 

 真名と共にアサシンが閃かせた宝刀──童子切安綱(どうじきりやすつな)は濃密な黒い負の怨念の塊を放つ。

 その情念の凝り固まったものは巨大な鬼の頭部を形象し、()()を警戒し、思うように身動きの取れぬバーサーカーへとおぞましき形相をもって迫っていた。

 

 

 

 

 


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