Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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 夏川市──。

 その街で200年前に初めて観測された聖杯らしきものは既に贋作であると判明しており、本案件は聖杯関連の事案からは疾うに除外されている。

 そもそも、その贋作はオリジナルを模したものでさえなく、冬木の聖杯──遠坂・アインツベルン・マキリの作り上げたシステムを剽窃(ひょうせつ)したものに過ぎなかったのである。

 

 そして、その贋作の贋作を一言で表現するのならば、“劣化した粗悪品”だと言うのが最も理に適う。

 

 夏川の贋作が、そのような評価を受けるに至った要因とは、願望機としての不安定さの一言に尽きる。

 余談であるが、冬木の聖杯の真なる目的であった外界に出る為の門を開くシステムも、当然、同様に非情に不安定であると確認されている。尤も、この点については既に我々が関心を抱く問題ではないのだが────。

 故に、表向きには冬木と同質の聖杯戦争だと取り繕われているものが終了したところで、勝利者が願う願望の発現には、限定や制限がかかってしまう可能性が極めて高いのである。或いは儀式が滞りなく終了したとて、それは願いなど全く持って叶えられぬ代物かも知れないのだ。

 つまり、その贋作はあらゆる願いを叶え得るモノではなく、それを聖杯だと認定することは神への冒涜に等しい行為なのである。

 

 

 その不安定さを生み出した原因とは、システムを盗用した夏川の管理魔術師である園埜(そのや)の能力の限界。

 そして、夏川の土地にあると考察される。

 

 園埜は中庸なる一族に過ぎない。

 確かに園埜は大きな欠点を持ちはしないが、特出して得意とする部分も持たぬ凡俗な一族なのだ。強いて長所を挙げるとするのならば、冬木のシステムの模写を可能とした猿真似能力ぐらいのものである。

 そんな凡庸な一族が中核を為したのでは、如何に他の優秀な魔術師から協力を得ることができようとも、第二魔法の使い手をも関与したとされる遠坂・アインツベルン・マキリの作り上げたシステムを完璧に再現できることはできなかったのだ。

 

 しかし何よりも。その不完全たる結果をもたらした要因は、土地による影響こそが大きい。

 遠坂の土地の霊脈と比較し、夏川の土地における霊脈の流れは外へと完全に開き切ることなく、外部との循環が脆弱で閉塞的なものだったのである。

 その為、システムに霊脈から吸い上げられた魔力が満たされるのには冬木の聖杯よりも多くの時間を要することになる。

 結果、その贋作の争奪戦の開催周期は一世紀と、冬木のそれに比べ長いのである。

 そして、霊脈が閉じている影響はシステムの管理範囲にも及んでいたと思われる。

 故に冬木の聖杯に於いては古今東西に縛られることのない英霊の召喚は、夏川の霊脈が問題なく巡っている範囲──日本という国の英霊のみに限定されてしまったのである。

 

 

 だが、冬木の『聖杯』よりも、我々にはその出来損ないの『贋作』の方が、遥かに有益であると判断される。

 

 

 第一の要因として、システムの管理範囲が限定された結果、英霊を現界させるために消費される対価が、冬木のそれよりも安価であるという点である。

 おそらく冬木の聖杯に比べ夏川の贋作は、システムの効果範囲が制限されたが故に、システム側が受け持つ英霊の召喚・維持の力が冬木のそれよりも大きく働いているものと考察される。

 つまり、端から範囲を限定させて運用することを前提に戦略を考案するとなれば、英霊と呼ばれる存在を兵器として使役するには、こちらの方が皮肉にもより優れているのである。

 

 第二の要因として、システム構造が冬木の聖杯よりも単純で解読が容易であろうという点が挙げられる。

 贋作であるそれは、オリジナルである冬木の聖杯に比べ、意図されたものでなく、模倣しきれなかった結果だと思われるがシステム構造が単純化・省略化されていると考えられる。その証明として、完璧に全てのシステムが運用されている冬木の聖杯と比較して、贋作には様々な不安定さが窺えるのだ。

 そして、簡易化されているのは、既にシステムを解読できている小聖杯とて然り──。

 故に、この贋作の総てを掌握し、その上で転用・移設する事は十分に可能であると推測されるのだ。

 

 第三の要因は、魔術協会の関わりが、冬木のそれよりも悠に希薄であるという点である。

 聖堂教会の一員たる我々が公然と争奪戦に参戦することは、冬木の聖杯戦争に於いては禁忌に等しいだろう。それは教会と協会の全面戦争さえも招きかねない行為である。

 しかし、夏川の争奪戦はそうではない。

 名門である遠坂・アインツベルン・マキリと、凡族でしかない園埜。それはその差にあると思われる。

 格式や伝統を重んじる嫌いのある魔術協会に於いて、その二つの聖杯戦争の取り扱いには雲泥の差が見受けられた。

 冬木の聖杯戦争は魔術協会に、遠坂・アインツベルン・マキリの三家による魔術の大儀式だとして認識されている。

 だが、園埜の儀式は、過去2回の顕然たる失敗という結末も手伝ってか、明らかに軽視されているのだ。

 その贋作のもたらした事象が、自分たちの行った大儀式の結果であるという報告を行ったであろう園埜の話を虚言と判断したのか、それとも園埜のくだらない失敗作の為に聖堂教会と事を構えることを良しとしなかったのか。或いはそのどちらでもなく、何かしらの別の理由や思惑が存在するのか────?

 だが、そのような協会の内情など、疾うに我々には関係のないことである。

 我々にとって重要なのは、その贋作が『邪馬台国の女王“卑弥呼”が遺した聖杯である』という我々の捏造した情報を協会が一応は容認しており、聖堂教会が未だ公然と、その願望機の争奪戦に参戦できるという事実なのだ。

 

 

 

 繰り返すが、夏川の出来損ないは断じて『聖杯』などと公言できる代物ではない。

 しかし、我々一派が教会内部で確かな発言力を獲得し、それを揺るぎないものとさせるべく、何れにも劣ることのない確たる力を──それこそ埋葬機関にさえ匹敵、或いは凌駕するような力を有するがために────。

 我々一派の繁栄と、それに連なる信者たちの安息を思えばこそ、それは必要な贋作(もの)なのである──。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ジュリエッタ・カタリナ・アレキサンドラが聞いた、司教自らの口によって語られた報告──と言うよりも、ほぼ半分以上は昔話──は、おおよそ、そのような内容だった。

 そして、その報告の後にジュリエッタが命ぜられた尊命とは、その偽りの聖杯戦争への参戦と、第七百二十九聖杯──つまりは夏川の贋作の獲得であったのである。

 司教が何故、自分にそのような重要な任を命じられたのか。

 その理由をジュリエッタは十分に理解していた。

 それは彼女の血にある。

 

 司教は──数代前の彼女の先祖でもある者は、亡き兄同様に自身と同じく魔術回路を持つ者を欲したのだ。

 基本的には、魔術回路を持つもの──魔術師でなければ、その聖杯戦争には参加することも叶わないのだから────。

 

 

 

 その礼拝堂は不自然に白く、金や銀の装飾がやたらと目に付く。

 そこは荘厳であるというよりは、派手でけばけばしいとしかジュリエッタには感じることが出来なかった。

 例えその印象は、今の暗がりに在っても変わることはない。

 だからこそ、そこが教会であると彼女は未だに思うことが出来なかったのである。

 彼女の生まれ育った町に在るような質素ながらも神聖な空気に包まれた教会と比較すると、そこは教会というよりはむしろ、その建築様式や芸術性を誇張して建造された閲覧・内覧を目的としたパビリオンのようにしか思えないのだ。

「──ジュリエッタ」

 蝋燭の灯がぼんやりと照らし出した、そんな暗がりの中にある一応は礼拝堂である室内に響いた声は、彼女と同年代の男性のものだった。

 ミディアムボブの淡いゴールドの髪がふわりと揺れたかと思うと、澄んだ碧眼の瞳には、その男性の姿が映し出される。

 振り返った先に居た男は、この教会の牧師であり、今回の夏川の”聖杯戦争”の監督役である朝比奈(あさひな)国光(くにみつ)の息子・光一(こういち)だった。

 監督役の役割とは、聖杯戦争に巻き込まれた一般人の治療を行ったり、サーヴァント同士の争いの痕跡を隠蔽したりと、聖杯戦争が円滑に運営されるように裏から手を回すことである。

 つまり監督者とは、公平なる立場から聖杯戦争を見守る責を負った者だった。

 だが、少なくとも今回の贋作の争奪戦に於いて、監督者とは決してフェアな立場を貫く者ではなかったのである。

 それは朝比奈親子が神の使徒として、教会こそが勝利すべきであると判断していたからだった。

 また、こと今回の監督役である朝比奈国光が、ジュリエッタの祖である司教と懇意な間柄であるという点も大きく影響しているのだろう。

「──どうしましたか? コウイチ」

「今、父から連絡がありました。霊器盤(れいきばん)に反応が見られたそうです」

 光一はよほど慌て、この礼拝堂に飛び込んできたようだった。

 ここは都心部に建てられた、婚礼専用の小さな教会なのである。

 弘一が控えていた事務室からこのチャペルまでは、そう大した距離はない。それにも関わらず彼が僅かながらも呼吸を乱しているということが、それをジュリエッタに教えていた。

「……ついにセイバーのサーヴァントでも喚び出されましたか?」

 最優とされるサーヴァント・セイバー。

 その存在は、順当に考えれば聖杯戦争に於いて一番の強敵となることだろう。

 しかし、それが召喚されたというだけでは有益な情報というには無理がある。

 召喚された順番が解っただけでは、何のアドバンテージにもなりはしないのだ。

 だから、光一の慌てようは、そういうことが理由ではない。

 光一は、ほんの数日前に顔を合わせたばかりのジュリエッタと、例えどんなに些細な話題であっても会話の取っ掛かりとして利用したいと願っただけなのだった。だが、言葉少なげな彼女と、光一はなかなか会話できずにいたのである。

 異性にそう思わせるだけの美貌を、確かにジュリエッタというシスターは持っていた。

 しかし、そういう好意を寄せられた当の本人には、今、その類の感情に生憎と全く関心がない。

 だから、会話を弾ませる必要性を感じず、彼女は単純に、その男性からもたらされるレベルの情報で、現状、最も重大なトピックとなるであろうことを口にしただけだった。

 或いは監督役である国光に、どこぞのマスターがサーヴァントを召喚するや否や、つまりは霊器盤反応直後に名乗り出てきたというのならば、それは予測の範疇を超えた大きなニュースとなろうものの、そのような好事家など、そうそう存在するべくもないのだ。

「──え、 ……ええ」

 そして、それはやはり正解のようだった。

 それで会話のネタが尽きてしまった光一は、見る見ると活力を失っていく。

 もうこれ以上の会話が続かないことを、彼は理解していたのだ。

 ジュリエッタは無駄な言葉を発しない寡黙な女性。少なくとも光一の認識の範疇での彼女は、そういう人物だったのである。

 

 光一の口から発せられた『霊器盤』とは、監督者に預けられるマジックアイテムである。それは召喚されたサーヴァントの属性を表示する能力を持っていた。

 そのため監督者は、いつ、どのサーヴァントが召喚されたかを知ることができるのである。

 聖杯戦争の開戦を監督役が知るために、それは必要な魔術道具だった。

「ランサー、キャスター、ライダー……そして、私のバーサーカーに続いて、ついにセイバーが受肉しましたか────」

 セイバーで5体目。

 そして、これで残るサーヴァントは、アサシンとアーチャーの2体だけとなったわけである。

 

 もうあと僅か。

 明日か、明後日か。

 どんなに時間がかかろうとも、少なくとも指折り数えられる内には始まるであろう魔術師たちが繰り広げる戦争を前に、しかし、ジュリエッタは自身が驚くほど冷静であることを自覚していた。

 それは必勝を期すために、司教により準備されていた触媒によって呼び出された英霊が、あまりに強大すぎたことが要因であると理解している。

 

 その英霊は、恐らく冬木の聖杯戦争で召喚されたであろう英雄たちをも加えても、最高ランクの強力なサーヴァントであろうことは想像に難くない。

 

 それは、その英霊自身の能力に因るところも大きい。

 しかし、事、この時代の、この場所が戦場である限り、彼女のサーヴァントは常に最高の恩恵を受け続けることを確約されているのだ。

 

 その背後で霊体化状態になって控えているバーサーカーを、ジュリエッタは心底、頼もしく思う。

 

 そしてバーサーカーと自分が、間違いなく勝利することを確信している。

 

 

 夏川の聖杯戦争────。

 贋作たる杯の真相を知らぬ者は、その争奪戦をそう呼称するのだろう。

 しかし、その杯とはジュリエッタにとって単に贋作──それも粗悪な模倣品でしかない。敢えて、その紛い物の杯に名を頂くとするのならば、兄に代わって必勝を誓った杯──『誓杯』とでも名付けるべきか。

 ならば、その杯の争奪戦は『聖杯戦争』ならぬ『誓杯戦争』といったところだろうか────。

 

 

 バーサーカーはホームゲームを戦うわけだが、ジュリエッタ自身には誓杯戦争はビジターゲームである。

 もしも自分たちに不安が在るのだとすれば、その一点に尽きるのだろう。

 

 光一の予想通りに、ジュリエッタはそれ以上、誰に話しかけることなく礼拝堂を後にした。

 扉を開くと、目の前には小さな庭園があり、そのすぐ向こうは大通りである。

 東京都心部へのアクセスも容易なこの土地は、夜更けも近いというのに、未だそこを流れる車も人も溢れんばかりに多い。

 

 ────懸念材料は時間の許す限り消し去らねばならない。

 

 日の落ちた夜の夏川こそが、これより先、戦場と化すのである。

 その様相を知ることが、その不安要素を潰すことが、ジュリエッタにとっては急務だった。

 彼女の足は迷いなく庭園の外へと向けられる。

 足早に宵の前庭を抜けると、その通りに出たジュリエッタの姿は、美しい容姿であることも、長身で妖艶なスタイルであることも、異国の人間であることも、修道服に身を包んでいることも────そのありとあらゆる人目に付くであろう要素全てをもってしても、たちまちに人並みに掻き消され、彼女にエスコート役として名乗りを上げようするべく、今度こそ本当に慌てて後を追って来た光一の目にも見つかることはなかった。

 

 

 

 

 


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