Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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 第八秘蹟会。

 それが朝比奈国光がその籍を置き続ける特務機関の名前である。

 その組織の目的、活動内容とは聖遺物の管理と回収。その対象となる物品の中でも、あらゆる奇跡を可能とし、数多の伝承に登場する願望器『聖杯』は最たるものであると云えた。

 勿論、聖杯のみならず、神聖で貴重なそれらの遺産を聖堂教会の下で確保・保管をせんがために、彼らが非合法的な強硬手段に訴えることも珍しくはない。

 故にその機関には代行者──教義に存在しない“異端”を排除する審問員──さえも所属するのである。

 その初老の男、朝比奈国光もかつては代行者として一線で活動した時期もあった。

 未だに日々の鍛錬は欠かさぬが流石に寄る年波には勝てず、だが、それも今では過去のことである。洋子がプロレスラーだのという印象を抱いた年齢不相応の筋肉質でがっしりとした体型は、その名残といえた。

 そんな国光の信仰の歴史は、そのほぼ全てが海外で刻まれてきたものである。

 そもそも聖人と縁遠いこの島国では、第八秘蹟会が主として受け持つような職務が発生すること自体が稀であったからだ。

 時に極めて険しい、その求道の最中。

 そして、若き日の国光はその信仰心を問われる試練と直面することとなった。

 その試練──彼に与えられたその任務とは、神に命を捧げることと同義と思われるまでに非常に難易度の高いものだったからだ。

 予測に違わず、その案件で瀕死の状態に陥った国光ではあったが、任地に近い地域に根ざしていた新興一派のアレキサンドラ一門の手厚い看護により九死に一生を得る。さらに魔術に明るい彼ら一族の惜しみない助力を受け、その困難極まりなかった任務をも無事に達成させることが叶ったのである。

 朝比奈国光の今日の地位も、現在でも存命している事実も、正にこのときの恩義によるもの。

 その一件こそが、朝比奈国光とアレキサンドラ一門の親密な交流の始まりとなったできごとだったのである。

 以降の国光の人生は、彼にすれば平穏に月日が流れたのだと言えよう。

 その半生は第三者から判ずれば、苦難の連続であったのだろう。しかし、無事に年を重ね、子を成し、その愛息の成長を見守り、親としての幸せを全うしながら暮らせることが叶ったのである。その幸福を前にして、確かな神の御加護を、深い神の愛に包まれた人生であったと敬虔な信者であるその神父が疑うはずもないのだ。

 そして、海外を拠点に活動していた国光が帰国を果たし、母国に根を下ろすこととなったのは、ほんの十年程前のこと。いよいよ代行者としての任から退き、後方支援等の役目がその職務の大半となった頃のことだった。

 

 この時期から彼の人生に、魔術儀式としての『聖杯戦争』が本格的に絡んでくるようになる。

 

 そも帰国の発端となった当時の彼が請け負った任務というのが言峰(ことみね)璃正(りせい)、そして、後に彼の殉教により役目を引き継ぐこととなった璃正の息子・言峰(ことみね)綺礼(きれい)の両名に対する、冬木の第四次聖杯戦争に於ける監督職へのバックアップだったのである。

 冬木ハイアットホテルの爆破事件、未遠川の氾濫、新都の大火災──数え上げれば枚挙に遑がない聖杯戦争の真実を闇に消す数々の隠蔽工作、マスコミや世間一般に対する数多の情報操作、アインツベルンの潜伏場所の調査など彼らの命に従い、同胞と共に国光もまた冬木の街を奔走したものだった。

 そして、冬木の第四次聖杯戦争終結を以って、その経験とこれまでの実績、信仰心を買われ、今度は彼が夏川の聖杯戦争の監督者として任命されるに至ったのである。

 

 それこそ、それを天啓であると国光は確信した。

 かつて返せぬほどの恩義を受けたアレキサンドラ一門に対し、ようやくその返礼を行うこの上ない機会を得ることができたのである。

 任地に赴いた国光は、本来ならば此度の聖杯戦争に参戦する予定であったティボルト・パオロ・アレキサンドラを早々に自ら招き迎え、現地の下見を行わせると共に、教会周辺一帯を彼らの望むように、彼らにとって有利な地形へと整備を実施。また日本という限られた地域に於いて強力な力を発揮するであろう英霊の触媒を手配し提供する等と、積極的に行動を起こしたのである。

 

 その意図とは勿論受けた恩に最大限報いること。しかし、それ以前に何よりも、願望器などという考えるまでもなく危険極まりないものを魔術師などよりも遥かに望ましい者──つまりは同胞に託すことこそが、国光の信仰心からも導き出された答であったからだ。

 

 監督者として、単に魔術師たちによる殺し合いが逸脱させぬよう静観し、その業を隠蔽するだけの行いを朝比奈国光という神父は良しとはしなかったのである。

 

 そうなのだ。

 元来、彼に与えられていた任務とは、冬木に於ける同役職に与えられた役割と何ら変わりはなかったはずなのである。

 そもそも冬木と夏川、その2つの『聖杯戦争』に対する教会の立場に全くもって相違はなかったのだ。

 そのどちらもが神の御子の残した杯とは全く以って異なる“贋作”であると既に判別はできており、教会としては単にそれが“聖杯”の名を冠し、つまりは願望器としての効力を発揮することができる以上“完全に無視はできない”という程度のものでしかなかったのである。

 ある一方では、願望器としての性能が甚だ疑問視される夏川のソレを“聖杯”などと呼称することは冒涜でしかないとの意見もないことはなかった。

 しかし、どの道それは教会にとって取り立てて議論を行うほどのことではない。

 魔術儀式として行われる聖杯戦争は、結局は魔術師たちのものでしかないからだ。

 その魔術の真や偽を論じることは、そもそもがソレが聖人の杯ではない以上、教会にとっては全くもって詮無きことなのである。

 それでも。夏川のソレに冬木のモノと違う特異性があったのだとすれば、事の発端たる『理想郷に存在する万能の釜の再現儀式』に参加した3つの魔術師の家系の1つが、歴史を経て、近年、神の信仰に目覚めたということだった。その事態が聖堂教会が堂々と魔術師たちの“聖杯”の争奪戦に参戦するという見解によってはイレギュラーと呼べる状況を“結果として”発生させているのだ。

 アレキサンドラという聖堂教会に宗旨替えした、かつての魔術師一門。それが聖杯戦争という名の魔術儀式に参戦することに対して反対する動きが、或いは魔術協会内部には存在するやも知れない。だがしかし、結局のところ、その辺りは未だ表面だった問題には至ってはいなかった。

 内情がどうであれ、聖堂教会と魔術協会の全面戦争という“この程度のこと”では避けるべき事態に、その異常が発展していく兆候は全く以て見受けられはしなかったのだ。

 

 だから、朝比奈国光はその任務を己が賄う事の叶う範囲の責任で全うしつつも、今日までアレキサンドラ一族に協力ができたのである。

 

 

 

 ────だが、その蜜月も今宵、この刻をもって、思いもよらぬ闖入者によって、唐突に終わりを迎えることとなった。

 

 

 

「アサシン──」

 異常な酷暑に見舞われた夏の終わり頃だったと国光は覚えていた。

 その信じられない言葉──サーヴァントのクラスの1つ──を発した女性は、何を思ったか、その日、この教会に突如と訪問して来ると「魔術は実在するのか?」と執拗に尋ねてきたのである。

「────朝比奈国光を殺害しなさい!」

 驚きを禁じえなかった。

 事実。唯々、驚きの色を神父は全面に浮かべる。

 少なくとも、そのような質問を“神父”に投げかける人物が本当に魔術師で在り得るはずはないのだ。

 しかし、そこには彼女の命令に従う英霊が確かに実体化したのだった。

「────莫迦な!?」

 幾多の修羅場を潜り抜けてきた国光には、それが解る。

 その気配のみで悟ることができる。ソレは決して人の身で対処の敵うモノではない。

 それが瞬間的に、至近距離まで近づく────、

 

 

「御意に」

 アサシンはマスターの命令を忠実に実行に移していた。

 そもそもそれは令呪の力を行使しての命令である。マスターに抗う気が毛頭ないアサシンには、それが単純に強力なバックアップの力として働いていた。

 対象の命を絶つべく神速でアサシンは駆ける。それは最早、瞬間移動の域に在っただろう。

 抜刀術の得意なアサシンではないが、その腰から抜かれた愛刀は人如きには正しく“閃いた”としか感じることができなかったはずだ。

「御免」

 アサシンの置いた言葉の直後。

 見開いた男の目と、洋子の目が一瞬、交差した。

 ぽかりと大口を開けて中空を舞う男の顔。その目と彼女の視線が確かに合った。

 総量的には僅かばかりの唾液と、大量の血液が男の周囲の空間に飛散する。

 重い音を響かせてフロアに落下し、そして、数回転がった男の頭部。

 そのデスマスクに刻まれていた表情は恐怖ではなかった。驚きの表情のままだった。

 

 その顔は達磨に良く似ていた。

 

 

 静寂に在った室内に余韻を残し反響する自身の言葉が消え去る前に、中木洋子の前方に在った朝比奈国光の体からは首から上が無くなっていた。

 

「……ははっ、

 ──あははははは! 大口開いて、バカみたいなマヌケ面! 無様だわね!」

 その信仰厚かった男の人生の最期を看取った洋子は、腰に手を当て、その様を高慢に嘲笑った。

「大体、この私を馬鹿にしてるから、そんな目にあうのよ! 自業自得だわ! いい気味よ!」

 それは洋子が確かにずっと感じていたことだ。

 高校最期の夏休み。王女的直感で、ここの神父に話を聞けば魔術の存在を立証できると思い訊ねてはみたのだが、その対応態度ときたら兎に角最悪だった。

 足元に生首を転がしてくたばっている神父は、洋子の質問に対して明らかに小馬鹿にした笑みを浮かべたのだ。

 それは今夜、彼が洋子に気が付いたときも変わらず一緒だった。

 語りかけてきた男の口調や、物言い。

 それを思い出すだけでも、洋子の機嫌をこの上なく損ねさせる。

「可可可! いや天晴れ! 流石は姫! 気丈なり!」

「あん? アサシン! アンタ、それ、どうゆう意味よ?」

「──ぬ? ぬぬ? 嫌! 嫌、嫌! 某、決して姫を侮辱した訳ではござらぬ!

 胆の据わって居らぬ二流、三流の似非貴人と違おて、人の生き死にを前に己を決して見失わぬ意志を持たれる姫こそ、真なる姫で在らせられると某めは感服しただけにござる!」

 本心で賛辞を送ってきた己がサーヴァントに眉を顰めたのも、対象を殺しても殺し足りない、まだ完全には沈静していない怒り故。

「ふん──ならいいわ。リアル達磨落しも堪能できたし──」

 

 梅干を見た日本人のほぼ全てが、口腔内に唾液を分泌するように。

 行うべきとしていた用件は、こうして達したのだ。

 

「じゃ、まぁ。寒いし。怠いし。ここ嫌いだし。ほら。さっさと帰るわよ、アサシン──」

 加えて僅かばかりは鬱積を晴らした洋子は、気を取り直して出口へと振り返ろうとした。

「──っと?」

 その時。彼女のくりくりっとしたチャームポイントと自負する目に、言葉を失い恐怖に固まった青年の姿が映り込んだ。

「ぬ? 目撃者にござるか?」

「ひぃぃっ!」

 アサシンもまた、そんな青年に気が付く。

 ぎろっとしたそんな達磨の双眸に映った自分の姿を青年は見た。決してそうではないのだが、その達磨に睨まれたとでも思ったか、青年は腰を抜かして尻餅をつく。

 だが、それはある意味、当然の反応だといえた。彼らは青年の父親を彼の目の前で殺害したのだ。そして、彼らの存在が何たるかを監督者の息子──朝比奈光一は知っているのである。

 あくせくと動く彼の手足は、しかし、床を上手く捉えることができず、結果、ただもがくばかりで体を一向に移動させはしない。

 アサシンのサーヴァントと、そのマスター。その2人から光一は必死に逃げようと試みるも、それさえ叶わぬほどに彼の体は恐怖に強張っていた。

「──見られて仕舞ったのでは、致し方ござらぬ。これも運命。手前の御命、頂戴するにござる」

 近づき青年を見下ろしたアサシンの告げた言葉もまた尤もなものだ。聖杯戦争は秘匿されるべきもの。一般に目撃者が現れたのならば、口を封じるよりはないのである。

 冬木の聖杯戦争において、青いランサーと赤いアーチャーの戦闘を目撃してしまった1人の少年がそうであったように、その法衣を纏った青年もまた同じく死を迎える運命を背負ってしまったのだ。

 もしかすれば、光一が毅然とした態度を取れていたのならば、彼が一般人であるというその誤解は少なくともアサシンには生じなかったのかも知れないが……。

「あ! ちょっと待って! いいこと思いついた!」

「ぬ?」

「どうせ殺すんならさ、ね、アサシン。アンタさ、彼を食べたら? 今日は食事してないでしょ? もう今夜は面倒くさいしさ、歩き回って疲れたし。ね、彼で手を打たない? むしろ、そうしなさいな、いかにも童貞ぽいし。童貞って処女と一緒なんじゃないの?」

「ぬ! 否! 断じて否にござるよ! 生娘と生息子は全く以って別物にござる!

 そもそも、肌触りというか、食感? 舌触り的な? こう、もちもちっと、ふんわり口どけ感が……姫には解らぬでござるかな? 例えるならば、そう! 其れにござる! 究極的な一品と至高的な一品の違い? いや! いや、いや! これだと一応は其のどちらもが……何なら姫も一度ご賞味……ぬ? 姫? 何故に顔を引き攣らせて……ぬ! ぬ? じょ、冗談にござる! 軽い冗談、これアサシンジョーク!」

 取り乱した青年を他所にケタケタと笑いながら物騒なことを然も自然に語ったマスターに、アサシンは精一杯真面目に反論を行い……そして、途中から主の怒りを感じるや懸命な自己弁護を始める。

 殺人現場に凡そ似つかわしくないそんな掛け合いに、光一は少し呆け、その分だけ冷静さを取り戻していた。

 自身を無視して会話を続ける二人に気付かれないように、今度は慌てながらも確実に行動を起こす。

 しかし、移動は一切行わない。

 闇雲に逃亡を試みるよりも、その選択が最も生存率が高く、かつ今後の局面に於いても効果的な行動であると光一は判断していたからだ。

 急ぎ懐に手を突っ込むと、首から下げていた携帯通信機に異常を知らせる暗号一文字を打ち込む。そして、亡き父の盟友であり、恋心を抱いた聡明なる女性へとその内容を送信することに青年は成功していた。

 

 

 正にその時。霊器盤には有り得ないはずの8騎目のサーヴァント・ランサーの現界を告げる知らせが在った。

 だが、その事実に気付いた人間はいない。

 そして。教会の天井の隅に、その一部始終を目撃していた多足の羽虫が這っていたことを看破した者もまた皆無であった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ジュリエッタ・カタリナ・アレキサンドラを一瞬だけ驚かせたものは、携帯していた通信機のバイブレーション機能だった。

 そして、そこにある剥き出しの小型ディスプレイに表示された、たった一文字だけの記号が夏川教会での異変発生──それも最大レベルの問題が生じていることを知らせている。

「くっ──!」

 送り手が国光でなく、光一であるという事実も事態の異常性を彼女の教えていた。

 確かに光一が自身に好意を寄せていることを、ジュリエッタは既に理解している。

 しかし、彼が父親譲りの真面目な性格で、強い信仰心の持ち主であることもまた同時に理解していた。

 少なくともそれが気を惹くためのブラフ、或いは状況を読まない送信試験や冗談の類などでは決してなく、だからこそ聖堂教会としても重大な問題に彼らが直面しているという事態を彼女も疑いなく明確に理解できたのだ。

 零した心痛をジュリエッタは即座に行動に変えていた。

「──我が令呪を以って命じます。バーサーカー、急ぎ夏川の教会へ!」

 その言葉に右手の甲に刻まれたマスターの証である魔術刻印が疼き、熱を帯びる。

 マスターとサーヴァント。そのどちらをも運命に縛り付ける紋様の一画が光を放つ。

 不可能を可能にさえする3度限りの切り札。

 迷いなくその1つを使用すると、彼女は己がサーヴァントを異常の発生している現場へと転送させた。

 朝比奈国光はかつて代行者であったという。

 その息子・光一は図抜けた戦闘能力は有さぬものの、頭脳が非常に明晰で、チームを統率する彼の指示や判断は極めて的確であるという。

 夏川の監督者という役割。国光はそれを閑職だと自らの笑いと共に冗談めかして語ったが、その実、それは非常に考えられた人員配置であるとジュリエッタは感じていた。

 そんな彼らの手に負えぬ事態が発生し、敢えて他の誰でもない自身に助けを求めたというのであれば、恐らくは仕えるサーヴァントを送り込めばクリアされる問題であるはずなのだ。

 幸いバーサーカーが交戦中であったセイバー陣営に、彼女の姿はまだ捕捉されてはいない。

 後は彼らに見つからぬようジュリエッタが撤収に成功すれば、万事上手くまとまるはずなのである──。

「──! そこ!」

 しかし、ジュリエッタは黒鍵を素早く形成すると、虚空へと放った。

 凶刃を投擲しつつ身を翻すと、彼女の近くを過ぎった何かが壁面へと突き刺さる。

 カウンターで見舞ったジュリエッタの得物は、果たして望まぬ来訪者を捉えたのだろうか──?

「……ずいぶんな挨拶だな。久しぶりに会った愛する男に贈るには、これは些か物騒過ぎるプレゼントなんじゃないかな?」

 暗闇の先、聞こえたのは落ち着き払った男の声だった。

 ジュリエッタの直ぐ横、壁に刺さったのは1枚のカード。タロットカードである。

 それはアダムとイヴをモーチフとした人物が描かれた大アルカナ。そのカード番号は“6”。

「──恋人(ラバーズ)。さっき引き当ててね。

 おかげで今宵こそ、ようやく君に再会できると確信できたよ。ジュリエッタ──」

 そこ現れたのはスーツ姿の金髪碧眼の優男。その手には黒鍵に貫かれた小アルカナ・(ソード)の4が在る。

「──ロミウス……ウィンストン・オーウェン」

「……しかし。流石にこの距離まで接近すれば“剣の4(隠遁)”の魔術も君には看破されるか。代行者は伊達じゃないね。今度から君の耳元に愛を囁きに行く際は気をつけよう」

 呟きながら凶刃を引き抜き、青年が手に在った破損したカードを放る姿は明らかに演出じみていた。見る者によっては鼻に付く行為だっただろうが、反面、それが中々と様になっている。

「……何の用だ? オーウェン家の魔術師」

「いやだなぁ。そんなに警戒することはないだろ。君と僕の仲、じゃないか──」

 警戒を解かず名を呼ばれたジュリエッタは黒鍵を構えるが、親密げに笑みを湛えて青年──ロミウス・ウィンストン・オーウェンは彼女の殺気を往なす。

「まあ、それでも尋ねるって言うのなら、答えてみようか?

 ──君と逢いたい。君と話をしたい。君を近くで見詰めていたい。本当にただそれだけだよ。僕はいつもね──」

「……私は」

 青年の言葉に一瞬だけ歳相応の躊躇いを聖女は浮かべる。

「見てごらんよ。今夜は月が本当に綺麗だよ──。

 どうだい? 遠い異国の地でこうしてようやくまた出逢えたんだ。再会を祝して、夜更けのドライブにでも出かけないかい?」

 (うやうや)しく一礼をしてから、そんなジュリエッタへと手を差し伸べると、ロミウスは温和に微笑みながらそう誘いかけた。

 

 

 

 

 


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