Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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《待──。朝────を────。/発──。朝────を────。》

 

 

 ────何故なんだろう?

 中木洋子は、何となくそんな曖昧さをどこかでしっかりと自覚しながらも、新たに芽生えた確たる目的意識を胸に、その道を闊歩していた。

 

『──ぬ? 姫、どちらへ向かわれまする? 姫が陣を構えまするコンビニとやらは今し方通り過ぎましたぞ?』

 

 声なき声で。そんな何も告げずに突如と目的地を変更したマスターに対し、アサシンは制止するわけでなく単に訊ねた。

 霊体化しているアサシンに物理的な発声は不可能なのだ。それはマスターとサーヴァント、魔力供給路(パス)の繋がった者同士にしか伝わらない念話での言葉だった。

「うるさい! いいからアンタは黙ってついて来なさい!」

『ぬ? これは失礼仕った』

 不可視の状態で同行する疑問を口にした達磨を、しかし、現在時間を全く気にする素振りなく通常の言語にて大声で一喝し、唯、彼女はひたすら一途に歩みを進める。

 

 ──その目的地がどこなのか?

 

 しかし、そうでありながら、それが当の本人にも明確ではないのだ。

 だが、そんな靄がかった行動指針が、今、何よりも優先すべき事項として明確に強く強く彼女には認識されていた。

 

 そのナニカは当然の如く行うべくして行われる行為なのだ。

 

 夜着にコートを羽織っただけの格好。

 明らかに遠出する姿ではない彼女が、当初、こんな夜中に出歩いた目的とはアサシンの言ったようにコンビニへと行くことだった。

 今日は週刊少年ジャンボの発売日なのである。洋子はそれを立ち読みすべく、着の身着のままで近場のコンビニへと出掛けたはずだったのだ。

 ──勿論、それだけが目的ではない。

 いくら洋子が物好きな人間であるといえども、流石に週刊誌1冊を立ち読みするために寒空の下を敢えて夜間外出することはない……はずだ。

 だからこそ、アサシンは訊ねたのである。

 ついで、なのでは恐らくなく、アサシンの力を蓄えさせることこそが、マスターである洋子にとっても、重要な真なる目的だったはずなのだから──。

 

 

 

 アサシンはどうやら魔術師ではない第三者の目にも見えるらしい。

 

 それを洋子が知ったのは、本当の父と母の仇たる人の皮を被った魔族(であると彼女が思い込んでいるに過ぎない大学潤教授)・館坂肇をアサシンに誅殺させたときだった。

 研究室にいた館坂が、刀を構え迫って来たのであろう襲撃者に対して「達磨!」と叫んだのを窓越しに洋子は聞いたのだから、彼の目にアサシンが見えていたことにまず間違いはないだろう。

 その事実を悟るに至り、念のために前日のように講義中に行動を起こさなくて良かったと自身の直観力と判断力、そして考察力を散々自画自賛した挙句、その功績をわざわざアサシンに命令して喝采させたほどである。

 以降、彼女は夜間にだけアサシンを現界させて来るべき戦いのための力を蓄えることにし、その準備期間たる今現在は、なるだけ目立たないように行動することを心がけたのだった。

 しかし、アサシンの戦力を増強させるための行為とは、生きている人間を食することなのである。

 いくら隠密行動を心がけ、穏便に事を進めようとしたところで、それは端から上手くいくはずもない。

王女(わたし)の為に生命を捧げなさい」

 今からアサシンに食べられるという人物を前に、そう命令を下したところで、残念ながら騎士道という本当に高貴な者に心から仕える尊さを理解できない、または武士道という主命に実直に従い命を賭する覚悟を知らない浅はかな俗物どもが相手では、その言葉は全くもって意味を成さないだろう。

 そんな威令を受けたのだとしても、世界の真理的な意味を解せない凡人ならば、自らの命欲しさにかえって騒ぎ立てるのが関の山なのだ。

 異世界を超えて自らの元にメッセージを送るためだけに、名のある勇者が、歴戦の騎士たちが、一流の魔術師たちが、敬虔なる僧兵たちが、魔族を相手に命を賭して戦ってきたのである。

 それに対して民衆は民衆故に、人身御供になることでしか救世主にして王女たる自身の役には立てないというのに、そのような態度しか取れないというのは極めて憤懣なのだが、まあ、しょうがないとも洋子は彼らを理解できる名君としての資質──思慮深く寛大な心も持っていた。

 それこそが凡俗の凡俗たる所以なのだから、ある意味、仕方のないことだと思うのである。

 だから、洋子は貴き者として、その権利を強制的に執行することにしたのだった。

 それはいわば民に税金を収めさせることと一緒だ。彼ら一般市民に対しては、責務として徴収させてもらうよりは既に方法がないと考えたのである。

 それは生命の徴発。それでも世界(アノアデル)を救う使命を洋子が帯びているように、王女の欲するものを差し出すことは一般人(モブキャラ)たちの帯びている使命なのだから問題はない。

 それに今生でその意味を理解できずとも、彼らも死後、その貢献により天の楽園へと召されたときに真理を悟り、きっと納得するはずだ。

 自分たちの命が王女にとって重要で貴重な糧となり、世界を救うことに繋がったのだと。

 

 ──中木洋子は選ばれし者なのだから、それは間違いない。

 

 

 

 アサシンによる生命の差し押さえ作業。

 これまで同様の、その手順を今日とて洋子は確かに踏まえる予定だった。

 自身を狙う魔術師が存在する以上、アサシンと遠く離れるわけにはいかないのである。

 それは直ちにサーヴァントを呼び戻せる距離を洋子が維持しながら、周囲に敵対魔術師の存在がないか、その気配を探りつつ待機し(その実、彼女はコンビニなり、ファミレスなり、マンガ喫茶なり、ゲームセンターなり、そんな場所で単に時間を潰すだけなのだが)、その間にアサシンは自らの強化となる王命を執行してくる、という完璧な手筈だった。

 

 だが、そんな完全な計画が他の誰の手に因ってでもなく、洋子自身によって崩されているのである。

 

 それでも、彼女に一切の迷いはなかった。

 何を置いても優先すべき事項は、……そう、朝────を────なのだ。

 不明瞭な目的を確固たるモノとしてと掲げ、洋子は足を早める。

 

 目指すべき地点は未だ定かでなくとも、現在地は解っていた。

 そこに建ち並んだ“お屋敷”と呼べるに値する家々に比べれば、洋子の住んでいるマンションなど鳥小屋だとか、犬小屋などと十分に揶揄できるものだろう。

 立派な土壁に囲われた武家屋敷と思われる日本家屋、件の雑木林から抜け出たような洋館。文化財に指定されそうな歴史を感じさせる住宅が和洋左右に分かれ並ぶ不思議な景観。

 そんな独特ながらも、そこに暮らす人々の生活水準の高さを嫌というほど感じさせる閑静な街並み。

 その様相は紛うことなく浅瀬町(あさせちょう)のものだった。

 浅瀬町は急速に開発の進んだ夏川に在って、その街並みを基本的には古くから変えてはいない一帯である。

 そもそも夏川という土地は、とある豪族だとか名家だとかが流れ着き、開拓を行ったことが発祥であった──洋子は小学校の頃に校外学習か何かで、そう学んだことを記憶している。

 この界隈は、そんな何時とも知れない昔から夏川に住まう家系の人々が多い一帯なのだ。

 そんな良き古い佇まいを崩し、近代的な様相を持った邸宅が所々に覗えていた。外観からも近代セキュリティの恩恵に与っていることを感じさせる門構えをした住宅。

 それらの屋敷に住まうのは、夏川の発展に伴う地価高騰の折に財を成した者たちである。

 そこに暮らす成金者を洋子は蔑んでいた。

 それこそ前述の通り、ここらに住まう人間は夏川の土地が無価値に近い時代から、市内のあちらこちらに所有地を持っていたのである。

 それを切り売りしただけで成り上がった者が、さもセレブとして鼻にかける様が洋子には腹持ちならなかったのだ。

 ここが自宅からそう遠く離れていない土地だからこそ、そういう光景を目の当たりにしやすく、殊更に嫌悪感を感じるのだろうか?

 それとも、本来ならば自分のような人物こそが、例え仮宿の世界といえどもこういう屋敷に住むべきだと考えているからなのだろうか?

 その理由は定かではないが、洋子は今、何のリスクもなく彼らを罰する力を有している。

 何なら今すぐに、その権利を行使してさえいいと思う。アサシンをそんな屋敷に1軒1軒虱潰しに侵入させ、殺戮のどさ回りさせたい気分であることは確かなのだ。

 そんな不穏なことを顔色1つ変えずに考えながら、しかし、それを実行には移さず、彼女は未だ黙々と歩みを進めていた。

 やがて浅瀬町でも一番古く、かつ一番大きな屋敷──件の豪族だとか名家だとかの直系の一族だと言われる園埜の敷地を横切る。そして、その先の角を左折する。

 このまま直進すれば、程なく道は途切れるだろう。

 この道の突き当たりにある建物を、洋子は知っていた。

 無意識ながらに向かっていた場所とは、どうやらその場所のようである。

 僅かに見上げた視界に入るのは、疎らな街灯の照らす長い長い緩やかな坂道。

 以前そこを登ったのは、何時のことだったろうか──。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 中木洋子がコンビニに立ち寄らず、浅瀬町へとその進路を変えた頃──。

 

 意図的に乱された大気──その様相を未だ感じさせる月空の下、焦土と化したオフィス街には新たに対峙したサーヴァントが存在していた。

 それは尊大に構える少女のような外見をした英霊と、狂気を纏った白い仮面の英霊である。

 セイバーの宝具に因って焼け焦げ開けた黒い大地は、当然の如く引力に引かれ落下してきたバーサーカーの姿の一切を隠すことはなかったのだ。

 キャスターとランサー。それぞれ敵たる英霊を退け、2騎の英霊はそこに悠然と屹立するはずであった。

 しかし、勝者が故に彼らは遭遇してしまったのである。

 そして、サーヴァント同士の戦闘が定められた運命である以上、その緊張は必然だといえた。

 夏川の発展を支える片翼であるオフィスエリアを、これだけ派手に破壊しておきながら、未だに第三者(いっぱん)の闖入者は何人も現れてはいない。

 それは管理者の采配に因るものか、或いはここが単純に“陸の孤島”故か────。

 只、確かなことは、邪魔する者が存在せぬ以上、魔術の存在を秘匿するために戦闘の中断を考慮する必要はなく、互いが聖杯を欲するが故に、眼前の存在は唯、殺しあう対象でしかないということだけなのである。

 両雄は未だ刃を交えずも、発する圧倒的な威圧感をもって既に鎬を削り合っていた。

 不気味に低く唸りながらいよいよ臨戦態勢へと移行するバーサーカーを前に、しかし、相も変わらず不敵に嗤うだけでセイバーは身構えることもしない。

 

 ────それを彼は自らの威光を敵に知らしめ、精神的な優位性を確立させる行為だとでも誤認しているのだろうか?

 

 しかし、そもそも狂気に精神を支配されたバーサーカー対して、そのような心理戦を仕掛けることなど無意味で不毛な所業でしかないのだ。

「セイバー! 相手はバーサーカーです! 心理的に彼を攻めても意味はありません!」

 セイバーの背後にいた彼のマスターが、それを告げる。それは彼女の焦りの色さえ感じさせる進言だった。

 バーサーカーがランサーを敗退させた様が、有栖川宮里子の脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 直接、刃を交え、確かにセイバーはランサーに対して戦闘能力で優位に立って見せた。

 だが、バーサーカーのそれは優位であったとか、そういうレベルのものではなかったのである。

 その狂気に囚われたサーヴァントはランサーを完全に圧倒し、瞬く間に武神として崇められる英霊を聖杯戦争の舞台から排除せしめたのだ。

 そして、何よりも里子は、バーサーカーを直感的に怖れていた。

 言いようのない得体の知れない何かが、彼女の六感を刺激する。それがとてつもなく危険な相手であると警鐘を鳴らし続ける。

 加えて里子は理性的にも、今までのセイバーでは──ただ力任せに真正面から争うだけなのであれば、会敵したサーヴァントに絶対勝てないであろうことを当たり前のように悟っているのだった。

 どういう能力、理屈によってバーサーカーがランサーの宝具を無効化したのかを、里子は解き明かせていないのである。

 その上で、セイバーとランサーは大きな括りとしては同じタイプのサーヴァントなのだ。つまりは両雄共に、直接的な武力によって相手を打倒する英霊なのである。

 もし、切り札である宝具の特性に多少なりと差異があったのならば、結果は違ったのかもしれない。

 しかし、その宝具でさえも、圧倒的な破壊力を以って敵を蹂躙するという同じタイプのものなのだ。

 だからこそ、そのバーサーカーの持つ“何か”に対して策が立てられぬ以上、セイバーもランサーの二の舞を演じてしまう可能性が極めて高いのである──。

 現状で考えるに、そのサーヴァントに対する勝算は極めて低い。

 そういう算段が彼女をさらに追い詰めるのだった。

「──黙れ、女。またもオレ様を愚弄するか?

 先の件もある。いい加減、本当に貴様から殺すぞ?」

 この地に気乗りせずも足を運ばせた罪。それは清算されたわけではない。

 キャスターらを(なぶ)り、多少は憂さを晴らせた故に鳴りを潜めていた怒りが里子の言葉に再燃する。

 セイバーは己がマスターに嘘偽りのない殺意を込めた一瞥をくれてやる。

「……オレ様が狂犬如きに、何故に謀など謀る必要がある?

 ただ正面から潰してやればよいだけのこと。その様な詰まらぬことを考える必要すらないわ」

「だったら、何故──」

 ──わざわざその様な態度を、敵に対してとり続ける必要があるというのか?

 その心の隙は、英霊たる者が相手ならば、一瞬にして勝敗を決する要因足り得る。

 それは自らの首を絞める愚行でしかないはずだ。 

「ふん。解らぬか、女?

 慢心程度の枷無くして、このような下らぬ戯れ事を興じれようか!」

 そんな里子の疑問を遮り、日本武尊(やまとたけるのみこと)は吼えた。

 その名の意味は日本で最も勇敢たる者──。

 その程度のハンデなくして自身と互角に争える者など皆無だと彼の英雄は宣言するが、それは果たして、その名の示す勇敢さ故か?

「──なっ!? セイバー、貴方は!!」

 少女の再三の怒りを無視し、セイバーは抜き身の神剣を無防備なままに嘲笑を浮かべる。

 その眼前には咆哮と共に至近に接近する白い狂気が在った。

 

 

 

 

 


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