Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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 園埜は、その聖杯を完全なものだと願い、盲目的に信じ続け、2度の失敗にも何も省みることはなく、唯、それに縋り続けた──。

 アレキサンドラは、2度の失敗から、その聖杯を不完全なものだと判断し、その粗悪品に新たな存在意義を模索した──。

 だが、その一族は違う。

 夏川の聖杯は不完全なものではない。彼らはその真実を隠蔽(いんぺい)した張本人であるからこそ、その聖杯の真なる価値を知っていたのだ────。

 

 

 

 

 『始まりの御三家』という括りを、園埜は嫌う。

 園埜は夏川の聖杯を、己が一族の力のみで成し得た奇跡であると自負するからである。

 しかし、実際は、それはあまりに荒唐無稽な過信であると言えた。

 確かに冬木の聖杯を模倣しようとし、その大部分の盗用を成功させた園埜(そのや)(ほたる)という魔術師は、その名の如く、根源に至る術を求めるがあまりに数多の魔術に手を伸ばし、反って闇を迷走していた一族に光明をもたらした、園埜らしからぬ規格外の天才であったと言えよう。

 しかしながら、死徒であるとも、八百比丘尼(やおびくに)であるとも噂された稀有な才能を有した彼女をもってしても、冬木の聖杯のシステムとは持て余して当然の大魔術だったのだ。

 そんな彼女の組み上げた不完全なシステムを補完した者こそが、夏川の聖杯の製作に携わった残りの2つの家系の魔術師だったわけである。

 

 つまりは夏川の聖杯とて、冬木の聖杯と同じく『始まりの御三家』なくして、その完成はなかったのだ。

 

 その1つ。アレキサンドラが受け持ったのは、霊脈とシステムの結合だった。

 魔術に精通し、かつ、それら全てを非常に高い水準で行使することができると多くの魔術師に認識されている一族。アレキサンドラとは、いわゆる名門と呼ばれた一族のひとつである。

 その評価に偽りはなく、非常に博識で高度な魔術技術を有していたアレキサンドラなくして、夏川の聖杯が霊脈からマナを吸い上げ、膨大な魔力を貯蓄し、そして、そのシステムを起動させることはなかっただろう。

 そして、もう1つ。

 それが、かつてはテュムラスグリモワールと名乗っていた一族だった──。

 

 

 

 冷たい空気が充満した天然の玄室。

 死の気配がするのも当然である。そこには確かに複数の亡骸が転がっていたのだ。

 玄室という比喩。もしも、その例えに語弊が在るとするのならば、それらは決して手厚く埋葬されていたわけではない点にある。

 彼等は、或いは彼女らは、死して200年余り、単にそこに放置されていただけなのである。

 蟲に、或いは菌に食い荒らされてきたのだ。それらに肉の一片すらも残されず、既に白骨化して久しいのは当然の成り様だった。

 しかし、そこが辺境と呼ばれるような場所にあるかといえば、実はそうではない。数キロも掘り進めば、クリサンセマムホテルだの、新市庁ビルだの、都心部に建造された大型建築物の地下施設に行き当たることだろう。

 夏川の都心部近郊の地下にある空洞。

 そこが初めて夏川に聖杯らしきものが降臨しようとし、暴走した場所──夏川の第一次聖杯戦争の終焉の戦地だったのである。

 その暗闇を心許なく照らし出す数十もの蝋燭の光。

 その燭台の頼りなさげな明かりが、僅かに揺れたことでそれを伝えたか──。

 時を同じくして、今回──夏川の第3次聖杯戦争に於ける最初の脱落者が決していた。

「ほう──思いの他、早い展開だったな」

 薄暗闇の中、黒衣──黒いスーツに身を包んだ男は、その事実を知る。

 否。瞑られていた男の目が開かれたのは、今。

 彼は、その英霊の散り際を間違いなく自らの視覚をもって()()知ったのだ。

 剥き出しの洞窟壁面に凭れ掛る彼こそが、現代に生き残った唯1人のテュムラスグリモワールの血を引く人物である。つまり男は歴たる魔術師だった。

 男は自分の使い魔の視覚を利用し、陸の孤島と揶揄されるオフィス街での戦いを一通り傍観していたのである。

 彼の使い魔は、今だ夏川のオフィス街に在った。

 その存在の位置までを明確に感知したマスター、サーヴァントがどれほど居よう?

 灰色の壁面をおぞましく這った、1匹の百足のような多足を持つ羽虫。それが彼が放っていた間者だったのである。

 酷く落ち着き払った様子で、男は組んでいた腕を解くと、広場の中央へと歩みを進めた。

 天然のホール、その中心部には楔のように岩肌に打ち込まれた円錐の岩が在る。

 

 それこそが夏川の聖杯──小聖杯に他ならなかった。

 

 冬木のシステムを盗用しただけあり、夏川の聖杯戦争に於いても聖杯とは2種存在している。

 つまりはマスターやサーヴァントが、その所有権を競い合うこととなる表向きの聖杯である小聖杯と、“願望を叶える”という本来の意味での聖杯の役割を担え得るカタチなき聖杯(システム)──大聖杯とである。

 夏川の小聖杯とは要石(かなめいし)。地中深くまで打ち込まれた、その楔の岩だった。

 冬木の小聖杯は3度目の聖杯戦争の際に破壊され、儀式が失敗したことにより、以降、毎回アインツベルンが生きる小聖杯(ホムンクルス)を作製し、儀式終了まで破損せぬように自己防衛を行うように成されている。

 その教訓を知りながら、夏川の小聖杯が変わらず移動させることすらままならない物質でしかないのは、当然、夏川の御三家に、ホムンクルス製造の技術がないことも要因ではあった。

 だったら、ホムンクルスと言わずとも、もっとらしい器を用意すれば良いだけのこと。しかし、その様な不便な状態を改善できない最も大きい理由とは、夏川の御三家には小聖杯を直接的に霊脈に繋げることでしか聖杯戦争のシステムの起動と運用、そして、何よりも大聖杯との連動が利かなかった点に在ったのである。

 要石(キーストーン)を用いた様式とて様々な事態や状況を考慮すると、当然、苦肉の策だった。だが、それとて容易に完成できるものではなく、アレキサンドラの高い知識と技術は、ここで十二分に発揮されることとなったのである。

 

 一方、残った御三家最後の一門、テュムラスグリモワールは、その魔術特性から聖杯戦争――正確には“根源の渦”に至るための門を開くシステムの根幹部分の補完を専門的に受け持った。

 園埜蛍の複製したシステムは穴だらけであり、魔力が充足したところで、彼らのサポートなくしては運用どころか、起動さえも叶うものではなかったのである。

 

 夏川の御三家が、己が英知と才能の全てを賭して完成させたモノ。

 しかし、聖杯(それ)は、その成果を十分に発揮させるに至らず、粗悪品、欠陥品という烙印を押される結末を見てしまった。

 

 園埜は他の二門に対して憤慨し、全ての責任を擦り付け、アレキサンドラは他の二門を蔑み、仮初とは言え芽生えた両家との交流を断った。

 しかし、それこそがテュムラスグリモワールの目論見だったのである。

 その査定を受ける要因となった2度の失敗とは、彼らの手に因って、補完時点で仕組まれたものだったのである。

 そして、200年の時を経た3度目の争奪戦。夏川の第3次聖杯戦争こそが、彼らが満を持して参戦する聖戦だった。

 多くの魔術師や教会の目を欺き、安易に聖杯を入手する機会を彼ら一族は虎視眈々と狙っていたのである。

 夏川市内に数地点観測されている聖杯が降臨することの叶う霊地の内で、故に、ここが今回の聖杯戦争に於ける大聖杯の発現位置であることも、あらかじめ男は知っていた。何故ならば大聖杯は此度、ここに再び降りるように製作当時のテュムラスグリモワールの手によって指定されていたのである。

 

 果たして、男がそこに立ち、どれほどの時間が流れたのだろう──。

 刹那か。

 或いは悠久か。

 

 そして、男の手が置かれた要石はぼんやりと発光を始める。

 彼らの一族が200年という歳月を賭した計画は、小聖杯へのアクセス権さえをも得られるように、入念に行われていたものだった。

 先祖の遺産を行使するべく、男は恭しく宣言を開始する。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 唱えられた詠唱は、聖杯戦争に参戦するマスターが、その決意と共に告げるもの。

 テュムラスグリモワールにとって、今回の聖杯戦争は都合の良い展開が約束されたデキレースであったのだ。

「────告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 小聖杯。その役割とは脱落し、『座』に帰って行こうとするサーヴァントの魂を一時的に押し留めて置くことである。

 そこに溜め込んだ7騎のサーヴァントの魂を一気に解放することで、極大の孔を穿ち、外界へと至る──それこそが冬木、夏川、どちらの始まりの御三家もが、聖杯戦争という表向きは願望機の争奪戦であるものの果てに成そうとしたことだった。

 つまりそこには、既に1騎のサーヴァントの魂が在ったのである。

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば改めて応えよ──」

 小聖杯にアクセスした男は、その内部へと取り込まれたサーヴァントの魂の改竄を開始する。

「──誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者──」

 本来ならば、それは行わずとも良い行為であった。

 しかし、小聖杯に回収された誉田別尊(ほんだわけのみこと)という英霊の性質を考察するに、男は必要な行為であると結論付けたのである。

「──汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」

 その英霊が単に聖杯を欲するだけの存在であるのならば、再利用すれば良かった。

 男をマスターとして新たに契約し、聖杯戦争に復帰することは、勝利への近道──というよりは反則であろう裏技(チート行為)であることは疑いようもなく、勝利のみを欲するサーヴァントにとっては、この上ないうまい話であるはずなのだ。考えるまでもなく、そこには絶対的な優位性が存在するのである。

 しかし、誉田別尊という英霊ならば、再召喚後も以前のマスターである園埜潤に忠誠を誓ったままである可能性が高いであろうと、男には判断されたということだった。

 別の何者かをサーヴァントとして従える必要性が、男にはあったのだ。

 未だ現界せずとも、確かに蓄えられていた膨大な魔力を僅かながら横領し、男は詠唱と共に空間に魔法陣を作図していく。

 呟きと連動するかのように暗闇に描かれていく光の軌跡。

 それが1つの意味ある図形を形成し終えたと同時に、小聖杯から書き換えられた英霊の魂が解放される。そうして在り得ないはずの、聖杯戦争に於ける8度目の英霊召喚の奇跡は起こった────。

 

 

 男はそれを3度、見た。

 既に驚愕も、感嘆も、感動もない。

 ただ単に、聖杯戦争に勝利するためのルーチンを行ったに過ぎないのだ。

 

 ──改竄は成った。

 しかして、そこには新たなランサーが現界していた。空席がランサーだけであった以上、召喚されるのはランサー以外在り得ようはずもない。

 或いは、魂の改竄を行った際に、サーヴァントの役割(クラス)の改竄をも可能であったのかも知れない。だが、流石にそこまで高度な術式を同時に展開する余裕は、手練(てだれ)の魔術師である男をもってしても不可能であった。

 男の眼前。

 薄明かりの地下空洞に現れたランサーとは、漆黒の当世具足(とうせいぐそく)に身を包んだ武人だった。

 虎を思わせるような無駄のない強靭な筋肉が、その鎧兜から伸びる。

 その手に在るのは見紛うことなくランサーの象徴たる武器──大業物であることが容易に判別できるような見事な笹穂槍(ささほやり)。そして、その樋刃中央の溝には梵字と三鈷剣が彫られていた。

 だが、何よりも、そのサーヴァントの外見に於いて特徴的な点は2つ。

 1つは頭部を守る兜。その脇立は鹿の角を見事にあしらったものだった。

 そして、何か──恐らくは己が殺めた多くの敵兵だろうか──を弔うためにか、その右肩から巨大な数珠をかけているのだ。

「……真っ先に敗戦したのが、三騎士の一角たるランサー。

 そして、そのランサーの中でも、このような武人を召喚するとは……どうやら私は余程運が良いらしい」

 その真名をサーヴァントが告げることなく察した男は、眼前の余りの僥倖に声を上げて笑った。

 そんな男を鋭い眼光で見据え、サーヴァントは訝しげに口を開く。

「──我、問わん。(それがし)拙者(せっしゃ)のマスターか?」

 叫ぶでもなく、しかし、それは空洞に響いた笑声を無効にするような低く通った声。

 声音にさえも、そのサーヴァントの豪毅(ごうき)な性格が滲み出ていると男は感じていた。

 だからこそ聖杯を欲している以上、成る程、このサーヴァントならば、その働きに間違いはないと確信する。

 元々、この英霊は武勇多き武士(もののふ)。しかも、そのどれもが彼の驚異的な武力を裏付けているのだ。その実力に間違いがあろうはずもない。ともすれば、此度の聖杯戦争に必勝を期して召喚されたセイバーにとて匹敵、或いは上回る能力を有しているはずである。

 あの場に居たセイバー、アーチャー、キャスター、バーサーカー陣営。そして、マスターが優れた魔術師であるが故に、自身同様に使い魔を介してライダー陣営もランサー脱落の事実を知っていることだろう。

 故に狙い通りに暗躍は叶うのだ。

 誰の眼にも脱落したはずの一組として存在を消しつつ、戦況が終盤に差し掛かった時に、闇から狡猾に残った勝者たちを狩れば良い。それだけで聖杯は完全に己がモノとなるのである。

 それもこのような(つわもの)をサーヴァントとして──。

「ああ、そうだ。私がお前のマスターだ──」

 ランサーの問いに口端を歪め、男は告げる。

 こうして、本当の意味でマスターは出揃い、夏川の第3次聖杯戦争は改めて開始の刻を迎えたのだった。

 

 

 

 


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