Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「バン・ウン・タラク・キリク・アク──」

 

 ぽつりと梵語を零すように唱えると、キャスターはその身を大きく跳躍させた。

 続け、人形(ひとかた)を取り出すと、陰陽師は新たな式神を中空を滑るように移動しながら召喚する。

 セイバーの言動を受け、そのように対策を講じながらも魔術師の英霊が馳せ参じようとする場所とは、己がマスターの傍らだった。

 

 

 相対する英霊とは“日本武尊”。

 

 それを彼に教えたのは、その敵対するサーヴァントの手に握られた(つるぎ)──今まさに発動させられようとしている菖蒲葉の刃という形状を持った神剣──天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、だった。

 しかし、その宝具の姿形・名前を知る者だからと言って、それに隠匿されている能力の全貌をキャスターは把握しているわけではない。

 

 だが魔術師の英霊は、その武器に秘められている脅威について、おおよその推測ができていたのである。

 

 それは八百万(やおよろず)とも云われる数多の神々の中でも圧倒的に突出した武力を誇った荒ぶる神でさえ、謀略を使うことで討伐を可能とした出雲(いずも)の八首龍・八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の力を具現化させた破壊の剣なのだ。

 然るに、その剣の持つ真なる攻撃能力とは、神殺しさえも可能とするものであろうことは想像に容易い──。

 

 

 

「──四禽図に叶ひ永劫京(四神相応方陣)

 

 

 

 故に。

 己が持ち得る最強の防御方法を用いる必要性があることを、大陰陽師は知るのだ。

 

 (しゅ)の書き記された紙片に仮初めの生命が吹き込まれ、それを核に新たな式神が受肉した刹那──。

 強大な魔力を放出しようとしていたセイバーに先駆け、同様に膨大な魔力を使用し、キャスターは迷いなく己が誇る宝具を発動させていた。

 

 魔術師により早急に組まれたのは、聖獣と呼ばれる強大な存在の力を組み合わせて創り上げられた複合結界。

 

 真名の告げられた宝具の解放寸前にキャスターが打った式神とは、アーチャーに引き千切られ、消滅させられた四聖獣の1体である白虎だった。

 そして、再び現世で揃い踏みした白虎・青龍・玄武・朱雀の4体は、能力の編成解放により、陰陽師であるサーヴァントの持つ最も優れた護りの力を形成したのである。

 

 それこそがアーチャーが発動を阻止せんとした、キャスターの行使する魔術体系の誇る“絶対結界”の全容だった。

 

 『左に青龍の川を流し、右に白虎の(えん)を領す。前には朱雀の池を(たた)え、後には玄武の(たけ)を築く。』

 その文言はキャスターが記したとされる書、『三国相伝(さんごくそうでん)陰陽輨轄簠簋内伝(おんみょうかんかつほきないでん)金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)』に見られる言葉。

 そして、それこそが結界内部の繁栄を約束し、災厄の侵入を塞き止める四神相応の地の条項だった。

 

 『四神相応方陣(しじんそうおうほうじん)』の結界。

 

 つまりは、それが京の都を千年王都として護り続けた防壁。

 キャスターの前後左右に配された白虎、青龍、玄武、朱雀。

 正にそれそのものを縮小させた結界が、発動者を中央に据えて、京から遠く離れた夏川の土地に再現させられる。

 四方を固める四聖獣を繋ぐ光の帳が、内部を隔絶するべく、天より下り架かる。

 

 

 

 

 火球が不可視の氣弾に撃ち落され、爆炎を散らした。

 生じた爆風をさも利用したかのように、それぞれを放った術者が熱風に身を翻すと距離を作り出す。

「将仁──!」

 その直後。4体の宝具により発せられた光のベールの内側へと、キャスターは己がマスターである少年を誘った。

 それまで大きく開いてはいなかったマスター同士の距離こそが、魔術師の英霊が防衛の準備期間を与えることのできた要因だったのである。

 

 八岐大蛇とは、8つの谷、8つの峰に跨るほどの巨大な龍であったという──。

 

 だからこそ、未だセイバーは天叢雲剣を発動させることができないのだと、キャスターは推測していた。

 剣士の英霊の切り札。その破壊力のみならず、その脅威が自身単体のみに及ぶほど小規模なものであるはずがないと、大陰陽師は看破していたのである。

 

 

「──! キャスター!?」

 不意に敵対するサーヴァントに肉薄され、里子は驚きと焦りを隠せなかった。

 キャスターのサーヴァントと、セイバーのマスター。その二者の距離とは、魔術戦を独壇場とするサーヴァントにとっては至近と言って過言ではないもの。

 そして、その至近距離での魔術の撃ち合いとは、英霊と崇められる存在と比較して、脆弱な人間でしかない少女の敗北の確定を意味していたのである。

 だから、里子が狼狽するのも仕方の無いことだった。

 

 マスターを殺害すれば、現界するための寄り代を失うことになり、そのマスターに仕えるサーヴァントは消滅する──。

 

 彼女の感じた焦燥とは、その状況がキャスターの立場からすれば、千載一遇の好機だったと里子には思えていたためだった。

 しかし、その実。キャスターにとって、それは非常に希薄な好機でしかなかったのである。

 否。むしろ、中世の魔術師にとっての現状は、好機などとは程遠く、当たり前のように危機的状況として判断されていたのだ。

 確実なる殺傷圏内に存在する少女を完全に無視して、直後に襲い来るであろう脅威に形成した結界を破られぬよう、それだけに注力し、キャスターは全身全霊に気を張り巡らせる。

 天叢雲剣の攻撃能力を過大予測しているつもりはない。しかし、それだけの警戒を行うことが決して無駄な行為ではないと、魔術師の英霊は判断しているのだ。

 例え、瞬く間に眼前のセイバーのマスターを()したところで、直後に敵対サーヴァントの宝具による攻撃を、自身が、マスターである将仁が受けてしまえば、元も子もないのである。

 生き残ることができなければ、全ては無駄でしかないのだ。

 眼前の勝利を獲るために、彼らは戦っているわけではないのだから──。

 

 

 

 

 本来ならば、早々に解放できていた神剣の能力。

 しかし、里子が標的の1つから巻き添えにならぬであろうと予想されるギリギリの位置に離れる刹那を待ち、セイバーは一瞬だけ溜めを持たせたように見せて待機していた。

 如何な英霊であろうとも、マスターなくして現界はできないのである。

 例え、どれほど彼女を見下しているのだとしても、それはセイバーとて抗うことのできない道理なのだった。

 故に彼女を、己が宝具の脅威の範囲から外す必要があったのである。

 

 天叢雲剣の性能。そして、戦況。

 

 それらを的確に推測・把握し、キャスターは己のみならず、マスターをも守護するべく行動を起こした。

 それは劣勢な局面に際しても、彼が冷静な思考の下、的確な判断能力・行動能力を発揮できる者であるということをセイバーに教える。

 彼が精神・知性的に、非常に優れた英霊であると判断させる。

 

 八首龍の(あぎと)の1つが狙っていた獲物。その生餌であった敵マスターを庇護下へと置かれながら、だから、少女のような可憐な外見を歪ませる少年に舌打ちの声はない。 

 それどころか、にたりとその口元に笑みさえ浮かべて見せる。

 そして。

 ならば、と、相手をさらに見定めるためかのように、セイバーは神剣を解放させる──。

 

 

八雲立ち貫き出づる()──」

 

 

 キャスターが着地した、矢先──。

 長浜将仁が己がサーヴァントの呼ぶ声を聞いた、直後──。

 有栖川宮里子がその身に絶対的な危機を感じた、刹那──。

 天后がセイバーの隙を突いたと攻勢に移った、瞬間──。

 

 菖蒲葉からは、巨大な光の柱が八方へと伸びていた。

 それらは扇状に広がると、空を覆うかのように天を突き、ビル間にそそり立つ。

 セイバーの後光を形成するかのような、それは邪龍の御霊をも浄化させた現人神(あらひとがみ)の巨大な聖なる刃の連なりだった。

 辺りを強烈に、真昼のように照らし出す、それでいて邪なる時と等しく、敵を(あまね)く丸呑みにし、殲滅させる純粋で絶対たる破壊の力。

 

 

「──大王の剣(叢雲剣)!」

 

 

 言い放った真名と共に。

 その神々しい気を帯びた朝敵に破滅をもたらすためだけに存在する光の刃は、地表へと向けて一斉に振り下ろされた──。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「……冗談、だろ?」

 破格の威力を曝け出したセイバーの宝具を目の当たりにし、園埜潤はそう零した。

 自身のサーヴァントに、不意打ちを仕掛けさせる機会を見計らっていたランサーのマスターは、その言葉の後に、唯々呆然と、焦土と化した眼下を双眸に映す。

 路面に面した左右両区画をも意とも容易く丸呑みにした聖光の作り出した八首龍が残した傷痕は、黒々と焼け焦げた大地。

 そこに並び建っていたはずのビル群の姿はなく、辛うじて輪郭だけを留めた4体の獣が、その中央────、

 

 

「──マスター!」

 

 風を裂き、真っ直ぐ飛来する直刀。地表を窺い覗く少年を襲う白銀の閃きを遮るべく現れたのは、合流したばかりの槍兵のサーヴァントだった。

 

 耳を劈くような金属音が屋上に響き渡る──。

 

 潤の心臓を背後から刺し貫こうとした凶刃を、ランサーの巨大な鉾が弾いていた。

 無力化された刃渡り80cmほどのその刺剣は、次の瞬間には神の教えを説いた紙片へと変じ、ビル街の虚空の闇に流されて消える。

 

「ランサー──やはり傍に控えていたのですね……」

 

 そう呟いた女性のミディアムボブの柔らかい金色の髪が、投剣()()()聖書のページを舞い上げた風に揺られていた。

「──っ!? な、何だ!? だ、誰だよ!? お前!?」

 荒げた声を上げた潤の振り返った視線の先。屋上への唯一の進入路である非常階段の昇降口。

 そこには黒い修道服を身に纏った長身の女性が、独り、凛々しく立つ。

 

「アレキサンドラ……そう言えば理解して頂けるでしょうか? ソノヤ──」

 

 冷たい表情に、冷たい眼──。

 包み隠すことなく、彼女が少年に向けているのは、殺意。

 先の凶行に対する動機を証明するように、彼女は潤の問いに嘘偽りを告げることなく答えた。

「──ア、アレキサンドラ!?」

 それは冬木の聖杯を、夏川に再現するために尽力した一族の一つ。

 園埜が野望の為に利用した者。魔術の道を捨てて尚、聖杯を欲する強欲なる一族──アレキサンドラとは、そう潤の伝え聞いている蔑むべき魔術師の系統だった。

 

「……バーサーカー」

 ジュリエッタ・カタリナ・アレキサンドラは、その妖艶な唇を開き、自らに付き従うサーヴァントを可視化させる。

 

 その狂戦士のサーヴァントが霊体から実体化するに従い、相対する槍兵のサーヴァントと、そのマスターである魔術師を重圧する畏怖が襲っていた。

 かしゃり、かしゃり、と不気味さを感じさせる異音を響かせ。彼女の呼び出しに応じ、その傍らには大柄な大鎧姿の武者が現れる──。 

 

 露わになるバーサーカーとして召喚された英霊。

 

 その身体は雪白の装甲に覆われ、頭部を護る星兜には猛々しい雄牛を思わせる角が前方へと()り出す。

 深々と被られた兜の下は、鋭く長い切れ込みが眼の部位だけ開けられた白面に隠されており、その表情を窺い知ることはできない。

 だが、そこから紅く爛々と輝く凶眼が覗いており、それがランサーとそのマスターをしかと捉えていた。

「ランサーだけを始末なさい。バーサーカー」

 

「■■■■■■■■■■──!!」

 

 ジュリエッタの命を受け、バーサーカーは咆哮と共に身の丈よりも優に巨大な六角の大金棒を軽々と頭上に振り上げる。

 そこに理性は感じられはしない。

 そこに感じられるのは、狂気。

 バーサーカーは、基本能力を問わず、ただ“狂う”ことで破壊する能力に特化したクラスである。

 知性の欠片も感じさせることのない状態とは、そのクラスに配された以上、むしろ当然の状態だと言えた。

 

 ──大気を激しく振動させるバーサーカーの雄叫びが掻き消える(きわ)に、重く鈍い刺突音が混ざる。

 

 敵サーヴァントをバーサーカーに任せ、敵マスターへと攻撃を仕掛けるべく、ジュリエッタがその両手に6本の投剣──『黒鍵(こっけん)』を生み出した、真横。

 そこには胸部を穿たれ、巨大な鉾の先端を背中から生やした巨躯の狂戦士が在った。

 

 ただ存在するだけで、敵対する者に戦慄を刻み付けるような益荒男。

 それに怯むことなく、槍兵の英霊は突撃を遂行していた。

 

「──隙だらけだ、御仁。早々で申し訳ないが、退場して頂こう」

 

 バーサーカーの懐へと、神速を以って強襲したランサーが告げる。

 そう語る英霊ではあるが、マスターの命に応え、攻撃態勢に移行した狂戦士には、隙などと呼べるようなものは決して存在してはいなかった。

 それは武神として奉られる、彼故に為せたことである。

 

 隼風から感じられた手応えは十分なもの。それは間違いなく心臓を刺し貫き、致命傷を与えていることをランサーに確信させていた。

 

 ──しかし、解せない。

 

 そんなランサーの抱いた疑念を増幅させるかのように、ジュリエッタは自身のサーヴァントの戦況などを意にも介すことなく、黒鍵を矢継ぎ早に標的へと向け、狙い放っていた。

 彼女は、そのサーヴァントの感じた感覚をもたらすモノの正体を知っているからだ。

 

 どのサーヴァントであろうとも。

 例え、どの様な英霊であっても。

 “まだ”彼を滅することは何者であれ不可能なのである、と──。

 

 ジュリエッタが行動を起こした、直後。

 ランサーの違和感は確信に変わっていた。

 愛槍が大きな風穴を穿った白い大鎧が、僅か残像を被らせる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■──!!」

 

 そして、狂戦士が活動を再開させる。

 胴体に隼風を埋め込まれたままでありながら、何事もなかったかのように、それは再び大きく雄叫びを上げた。

 その勢いのまま剛力に云わせ、バーサーカーはランサーを殴り飛ばす。

 決して化け物地味たほどの巨体ではない体躯から繰り出された衝撃は、しかし、(あたか)もそれと同等か、或いはそれよりも強力な一撃だった。

 その勢いに深々と刺さっていた隼風が無理矢理に引き抜かれるも、白鎧の仮面武者は別段、反応など見せはしない。

 唯、バーサーカーは戦闘を継続する意志を表示するかのように、己の存在を明白にするかのように大呼(たいこ)するだけである。

「──ラ、ランサー!?」

 狂戦士の上げる咆哮の最中。

 襲い来る黒鍵を“フィンの一撃”でどうにか迎撃していた潤の上空を、狂戦士に殴打された槍兵の身体が過ぎり去っていた。

 

 

 

 

 


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