Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「判断が遅い。お前はいつも戦況への見積りが甘いのだ」

 吐き捨てるように少女は自身へと批判を呟く。

「抑も端から殺し合いは妾に任せておけば良いものを」

 不機嫌な表情を浮かべて何人かに向けた言葉は、しかし正論で返しようのない反論を受けたのか、続けて「黙れ」と、彼女は強引に会話を断つように独りごちた。

「……しかし、賢しいものよな。操り人形如きがちょろちょろと────」

 鋭く冷たい光を宿した金色の瞳が左右に動き、眼前を跋扈する異形を捉える。

 命令を最優先事項としながも、各個が自律し、各々の思考と趣旨を基に活動・攻撃を行う、それらキャスターの宝具4体。

 敵を前にし、()()アーチャーが癪に障ると感じた本質とは、祐樹を救うために後を顧みることなく『彼女』に身を委ねたアーチャーとは全く異なるものだった。

 アーチャー──基本的に表立って行動していた彼女──にとっての祐樹というマスターとは、共に戦う同士であり、その意志を尊重すべき存在である。

 そんな自らが認めたマスターの危機に際し、彼を救助するべく、傍らに馳せ参じようとするためには、彼ら四聖獣は彼女にとって明らかに邪魔な対象だと言えた。

 しかし、今。表に出てきている“アーチャー”は、その伊達祐樹という少年に対して、決して彼女と同じ評価を下している訳ではない。

「──此奴らを排除したいと思う思考は共感してやろう」

 言葉通りに。『彼女』の苛立ちの原因とは、単に己を襲撃している式神に対する鬱陶しさ、怒りでしかなかったのである。

 少年が如何な重傷を負おうとも、生きてさえいれば──マスターとしての体裁が保たれるのであれば、彼女にとっては、彼の状態がどうであれ、どうでも良いことなのである。

 

 彼女にとっての祐樹とは、現界するための依り代──聖杯戦争に参戦するための道具でしかないのだ。

 

 そして、それは何も伊達祐樹という少年に限ったことではない。

 例えマスターが何人(なんぴと)であれ、彼女の考えに変わりはないのだ。

 元来、人間という脆弱な生物は、彼女にとって“獲物”に過ぎない存在なのである。

 

 その財を搾取し、その命を自らの糧とするモノ。

 

 彼女にとって人間とは、捕食対象でしかない。

 例外があるとすれば、それは──。

 

 肢体が軽快に路面を蹴り、駆ける音。

 合わせ。不意にアーチャーの耳に聞こえた低い唸り声。

 彼女が音源に視線を遣ると、猛烈な勢いでアスファルトを疾駆した白虎の姿が既に至近へと迫っていた。

 白い体毛が靡き、無駄のない筋肉に覆われた巨躯が荒々しく躍動する。

 

 ──勝利を確信したかのような咆哮が、アーチャーの鼓膜を強く打ち振るわせた。

 

 

 瞬く間も与えずに、白虎は華奢な女性へと躍りかかる。

 だが、剥き出しになった巨大な牙を前にしても、彼女が怯むことはなかった。それどころか、その凶器を備えた大口へと自らの細腕を差し出す──。

 

 熱を帯びた痛覚と、自らの血の臭いがアーチャーを襲った。

 

 アーチャーを押し倒し、その自由を奪い、そして、とどめに喉元を喰い千切る──。

 彼女の肩口と、喰い付いた口の真横にある前足に、白虎の全重量が重くのし掛かった。

 しかし、その霊獣の意に反して、アーチャーは微動だにしない。

 

「──貴様には過ぎた血肉(モノ)だ。美味かろう?」

 

 そして、彼女は自らの左腕に喰い付いた獣に対し、妖艶な笑みを浮かべて見せる。

 

「手向けだ──」

 

 生理的に受け付けられない耳障りな異音。

 ──それは鈍くて歪で、聴覚を塞ぎたくなるような肉と骨の捻れ潰れる不快音。

 

 彼女の発した色めいた声と同時に、その嫌なノイズが周囲には響いていた。

 白虎の喉元、肘までめり込んだ右腕。

 頭部を固定させるために使われた、噛み付かれた血の流れる左腕。

 その両腕を使い、彼女は力任せに襲撃者の太い首を無理やり破壊したのだ。

 単なる肉塊と化した()キャスターの宝具に、一瞬、恍惚とも、冷酷とも見える表情を向けると、深々と、首筋に突き立てた右腕をアーチャーは引き抜く。

 喰い付かれた左腕よりも遥かに。余すところなく朱に染まった腕が露わになると、そこには易々と白虎の隆々とした肉を裂き、(えぐ)ることを可能にした5本の刃物のように鋭い爪が在った。

 そして、その凶器を伸ばした指の間には、白虎という式神を現界せしめていた(コア)──霊符がある。

 消滅していく聖獣の発する靄に、彼女は嗤う。

「先ず、一つ────」

 そして、破り裂いた霊符をビル風に流し呟くと、アーチャーは手に残った血液を嘗め摂た。

 男を誘うような肉感的な、強烈な色香がそこに漂う。

 驚異的なスピードで、再生を完了しようとしていた左腕。そこに握られた刺剣。

 そうしながら金色の双眸で、その宝剣で穿つべき標的を見据える。

 

 四聖獣の弱点──体内の霊符の位置など、疾うに彼女に知れている。

 アーチャーが改めて捕捉しようとするものとは、それとは異なる標的に他ならない。

 

 彼女にとって己がマスターのものとは言えども、人間如きの言いつけを守る義理などないのだ。

 

 ならば、聖杯を手に入れんがために、現状、最も邪魔な者とは、残存する四聖獣などではないことは自明の理である。

 

 千里眼。透視能力。未来予測にさえ近い、視覚的な情報処理能力。

 魔術に因り、それら複合の魔力を付与されたアーチャーの両目。

 内包されたもう1つの思考の非難を余所に。

 その瞳には、残り3体の式神の向こう──キャスターのマスターである少年の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

「ぐうっッ──!?」

 左腕を深々と突き刺され、祐樹は呻く。

 熱にやられるような錯覚をもたらす傷口。酷く認識させられる血の行き交う感覚。

 激痛を知りながら絶叫しなかったことは、予想のできない事態だった。

 おそらく。それはいつもの自分であれば、痛みに全てを支配され、のた打ち回るだけの状態に陥るに十分なダメージだったはずだと祐樹は自覚している。

 しかしながらも、少年はそういった状態に捕らわれることなく、確かに反撃行為へと身体を動かしていたのだった。

 

 己を襲った凶刃に対し、左腕を盾として身を守ったこと。

 

 アーチャーとは異なり、それは咄嗟の、生命だけは守ろうとした生物の本能がさせた、ただ単純な防衛行動に過ぎない。

 しかし、それを次の行動へと繋げたのは──彼女と同じように、それを反撃の起点としたことは──紛れもなく祐樹の意思に因るものだった。

 意図的に作ったものではなくとも、友人を止めるための絶好の機会を、少年は自らの手で手繰り寄せたのだ。

 

 独鈷杵を握る将仁の腕を右手で掴む。

 凶器を自分の腕で固定する。

 負荷に因り、一層深く肉に食い込む刃。

 その傷口から激痛が走り続けるが、祐樹は、それを別の意識で無理やり無視してみせた。

 

 少年は自分の握力に自信があった。

 日頃の鍛錬は嘘をつかない。

 その腕は、その掌は、夢を現実にするために鍛え続けてきたものなのだ。

 

 そして今、その力は、遠くに離れようとした、かけがえのない友人を繋ぎ止めるためにある──。

 

「──将仁!」

 吼え、祐樹は生まれて初めて、全身全霊の力を込めて暴力に訴えようとした。

 ありったけの力と想いを込めて、その一撃を繰り出す。

 親友の頭部を狙い、自身の頭部を振り下ろす──。

 

 

 ────オン・インダラヤ・ソワカ

 

 

 これで心身共に疲労し、傷付いた争いを終えることができる──。

 苦渋の行為を選択するも、終わりを感じた矢先──そういう意味不明な聞き慣れない言葉を祐樹は耳にしていた。

 

 ──劣勢から優勢へ。

 

 そして、少年の得た優位性とは、瞬時に脆くも崩れ去る。

 

 それは武器を押さえたことで、将仁を無力化したという安易な認識がもたらした油断だった。

 

 少年が聞いたのは──その魔術師が詠唱したのは、真言(マントラ)と言われる魔術言語。

 そして、魔術師の空いていた左手とその指は、唱えた真言と同時に、素早く印を結んでいた。

 

 指で結ばれた印──印契(いんげい)・真言とは功徳(くどく)を再現・発現させるために、その仏・菩薩の象徴として表現されたものである。

 将仁の詠唱した魔術言語・組に記した手印とは帝釈天(たいしゃくてん)を示すもの。

 

 帝釈天。

 それはインドの雷神・インドラと同一とされる存在である。

 

 空間を叩く甲高い音が祐樹の鼓膜を届いたと思うのと同時に、閃光は既に身体を巡り抜ける。

 発生させられたのは放電現象。

 魔術師が作り出した小規模な雷は、2人の間を僅かな空間を走っていた。

 

「──■゛ッぐ〓ぁ゛□がぅォ!?!」

 

 言語としては成り立ってはいない音でしかないモノが、祐樹の口から発せられる。

 大気を弾いた高圧の電撃は、その少年の身体を、激しく、強く、撃ち貫いていた。

 

 

 

 

 

 

「──喰らい穿つ蛟の刺剣(顕妙連)!」

 

 祐樹の異常を教える叫びと同時に、アーチャーの宝具は解放される。

 切っ先両刃造りの刺剣はたちまちに蛇腹剣へと変化して、その周囲を禍々しいオーラが纏う。

 形成される黒蛇。

 鎌首をもたげるかのようにゆらりとそれが動いたかと思うと、突如と、歪に曲がりくねりながら標的に迫る。

 それは劣勢である戦況を逆転させる一撃。戦闘を即座に終局させる一撃────。

 

 

 顕妙連(けんみょうれん)

 琵琶湖の象徴たる蛇神から生まれ出でた宝剣。

 琵琶湖はバイカル湖、タンガーニカ湖に続く、世界でも三番目に形成されたとされる古い湖であり、その歴史の始まりは約400万年〜600万年前に遡る。

 それ故、その古代湖を神格化した力を司る宝剣の持つ霊格とは、生半可な神々などよりも遥に高く、即ち物質・霊体を問わず、顕妙連には貫けぬものなど存在しない。彼女の宝具とは、そう断言できるに十分な威力を誇っていたのだった。

 

「──玄武!」

 

 周囲を瞬間的に蒸発させるような熱量の塊。それをも容易に貫いた刺剣。

 脅威的な力を誇るアーチャーの切り札を前に、その宝具が真名を解放され立ち塞がった。

 

 刹那。その獣は仮初めの肉を失い、黒く輝く亀甲状の光の壁を空間に形成する──。

 

 

「──キャスター!」

 アーチャーは忌々しげに相対するサーヴァントを睨んだ。

 顕妙連を受け止めた、黒味を帯びた透過性の障壁の向こう。

 その魔術師のサーヴァントは居場所を変えず、冷ややかな笑みを浮かべたまま弓兵のサーヴァントの視線を歩道橋の上から受け止めていた。

 

 

 玄武とは北方を司る陰の水神。

 ──それは“死”という事象も象徴する、黒き陰の気を纏った霊壁。

 

 魔術師の展開した防御壁。

 その防御用宝具とは、つまりは顕妙連の放つものと同質の力を宿した絶対的な盾だった。

「……異質なものなれば穿ちもしましょうが、さて。淡海(おうみ)(うみ)の刺剣よ。“同質の甲羅(たて)”は如何か──?」

 扇に隠れた唇を動かし、キャスターは疑問を独りごちる。しかし、余裕を感じさせる口振り通りに、彼はその解を得ていた。

 

 激しく力を拮抗させ、2人の英霊の持つ奇跡──水への畏れ・死──の象徴は、衝撃と魔力風を辺りに撒き散らす。

 

 

 アーチャーの思惑に1つの誤算が生じていた。

 現状とは、その誤算が招いたものだったのである。

 キャスターがマスターの単独行動を許し、あまつさえ、自身よりも敵対するサーヴァントに接近させることを容認していた事実。

 それは何かしらの保険──それも絶対的な信頼性のあるものが、そこに用意されているということの裏返しであったはずなのだ。

 

 聖都。千年王都。

 その都を護るべく張られた優れた霊的結界は、キャスターの行使する魔術体系を用いて、そこに召喚されていた4体の霊獣に因り形成されたものである。

 そして、その結界に護られた京の都が、何度もの戦火、それも世界規模の戦争に晒されながらも焼失することなく現存している事実こそが、その効果の絶対性を証明しているのだ。

 

 だからアーチャーは、それこそがキャスターの保険だと踏んでいたのである。

 アーチャーが白虎を──四聖獣の内の1体は敵マスターを狙う前に排除した意味とは、つまりはキャスターの保険を無効化する意図だった。

 

 しかし、その玄武が形成した障壁は、アーチャーの予想を覆し、強固な防御能力を発揮している。

 単体でありながら、顕妙連を無効化させている。

 

 

 不意に。

 アーチャーの下腹部に血塗られた氷柱が伸びた。

「──っ!?」

 痛みとも驚きともとれる音と共に、紅い花唇からは鮮やかな朱が漏れる。

 刺し貫かれた衣と肉体。

 アーチャーの纏った狩衣とは、単なる布で織られたものではない。

 それは彼女の魔力に因って形成された物質。その性質から言えば、武装というよりも結界に近い類のモノだった。

 その不可侵であるはずの障壁を易々と突破し、新たに伸長した冷たい凶器が、アーチャーの腹部にもう1つの孔を穿つ。

 細く華奢な身体に、作られた2つの風穴。

 それは致命傷だと思われるに十分なものだった。

「……返礼は同じものが良いでしょう? 尤も。私は貴女ほど安易に終わらせは致しませんが──」

 首筋に掛かる息は、冬の隙間風を思わせるほど冷たく彼女の肌を撫でる。

「──天后……っ」

 名を零したアーチャーの背後には、確かにその宝具が再び現れていた。

 

 

 

 

 独鈷杵を左腕から引き抜く際の痛みを、祐樹が訴えることはない。

「本当にさよならだね──祐樹」

 感電し、小刻みに震えながらアスファルトに転がるだけの親友を見下ろし、将仁はぽつりと別れを零す。

 口元の血を拭いもせずに親友と永別をするべく、キャスターのマスターはアーチャーのマスターに凶刃を振り下ろした──。

 

 

 

「──!?」

 

 唐突に殺意を感じ、天后はアーチャーの背後から慌て飛び退いた。

 唐突に魔術が行使されることを感知し、将仁は祐樹の傍から後方へと飛び退いた。

 

 それはその英霊が怒りを発散すべく、八つ当たりの対象とした彼女らにむけた殺意(もの)

 それは不可視の気の塊を標的に打ち込み炸裂させる“遠当て”と呼ばれる魔術。

 

「──運が無かったな雑魚ども。甚だ、蟲の居所が悪くてな。憂さ晴らしにオレ様が狩ってやる。せいぜい抵抗して楽しませろよ?」

「見つけました……長浜将仁──!」

 

 少年の姿をした菖蒲葉の神剣を携えた英霊は、周囲の4つの宝具と、その担い手たる英霊を見下していた。

 確たる意志を込めた目で魔術師の少女は、強襲をかけた少年を見据えていた。

 

 

 6車線の道路同士が交わる、淡い月影の照らし出した交差点。

 その戦場には新たにサーヴァント・セイバーと、そのマスター──有栖川宮(ありすがわのみや)里子(りこ)の姿が現れていた。

 

 

 

 

 

 


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