Fate/無明長夜【日本の英霊限定・オリジナル聖杯戦争】   作:世木維生

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「サーヴァント、アーチャー──召喚にお応えし、只今(ただいま)参上(さんじょう)(つかまつ)りました」

 彼女を照らし出すかのように、月の光は流れ行く雲の切れ間から射し込んでいた。

 柔らかい光に浮かび上がるアルカイック・スマイル。

 月影を一身に受けた美しい少女は、そうして少年との運命の邂逅を果たす。

 

 

 その巡り合いこそが、夏川の土地で執り行われる聖杯戦争────

 

 ────その三回目の正式なる開戦の瞬間に他ならなかった。

 

 

「マスター……? サーヴァント……?」

 目の前に在るのは、この世のものとは信じ難い麗しい風貌。

 その艶姿に見蕩れていた少年は、彼女の発した穏やかで心に染み入ようなやさしい声に我を取り戻すも、しかし、当然、状況を把握できるまでには至っていなかった。

 

 マスター。

 サーヴァント。

 そして、アーチャー。

 

 それは単純に彼女の口から告げられた、そういう少年にとって意味不明な語彙からもたらされただけのものではない。

 冷静に考えずとも、祐樹には理解のできない事態ばかりが山積みなのだ。

 人形(ひとがた)の紙片から、実際の人間らしきものへと変じて見せた男女。その男女が自身の命を奪うべく、空間に作り出した不可思議な凶器である氷の矢、火球。

 それを命じたであろうばかりか、この建物にいた人間全てまでもを虐殺しようとした親友の思惑。普段からは考えることもできない彼の行動を、それでも、彼の手による行為なのだと判断できていた自分。

 

 ────そして。

 光の中から突如と現れた、古風な姿の美しい少女。

 

 起ったことの全てが。その何もかもが、祐樹の理解の範疇を大きく超えていたのだ。

 一般の世界に生きる者を対象にして、それを咀嚼して在りしことを認識しろということは、現実的に考慮して、至って非現実的なことでしかない。

 

 混乱が明らかに見て取れる少年。

 それを落ち着かせるように。アーチャーと名乗った少女は、少年をやさしく、そのふくよかな胸へと誘った。

「────はい、マスター。その右手の令呪こそが、貴方が私のマスターであるという何よりの証です」

 ふわりと、彼女の甘い香りが鼻にかかると、その耳元には優しい囁きが届く。

「……右手?」

 高揚した身体が忘れさせていた、花冷えの夜の肌寒さ。

 思い出された寒気を消し去ってくれる彼女の体温を感じながら、祐樹は自身の右手を視界に収めた。

 その右手の甲には、確かに、今まで存在していなかった幾何学模様をした(あざ)が生じている。

「……これ? これが令呪?」

 その身を少年から僅か離すと、息がかかる程の間近な場所に二人の顔がある。

 その距離で彼女はこくりと祐樹の疑問に頷き答え、そして、その花唇(かしん)を開いた。

「弓兵として召喚()ばれた私が、こう誓うは(いささ)か可笑しな話ではあるのですが……」

 そう告げた彼女のどこか照れくさそうな笑顔は美しさだけでなく、可愛らしささえ感じられる。

「これより私の剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にあります」

「運命? 共にある? 君は何を……?」

「────ここに契約は完了しました」

 戸惑う祐樹の言葉を遮るようにアーチャーは、その背を向けた。

 そして、前方へと数歩、歩みを進め、少年を護るべく、彼の命を狙うモノたち総てと単騎にて対峙する。

「────!? お姉さん!?」

 果たして彼女の年齢がどれほどなのか?

 或いは自身よりも年下かも知れない。

 しかし、その落ち着きように、何故か祐樹はそう彼女を呼んでいた。

 続け、直後に赤面し、咄嗟に掌で口を覆う。

 状況が理解できたわけではない。

 先ほどと比較して、何か現状の認識に対しての見解が変わったわけでもない。

 そして、それでも祐樹には判別できていた。

 

 小さく笑った彼女こそが──、

 

「アーチャーです。マスター。私のことは、そうお呼びください────」

 

 残念ながら、将仁ではなくて──、

 その彼女だけが、この場所で、心から信用できる唯一人の自分の味方なのだと言うことを────。

 

 精神的に彼女が大きく思えはしても、こうして前方に立たれれば、その女性らしい華奢な身体は祐樹よりも頭一つは小さい。

「──それでは取り敢えず、この場の敵を掃討します」

 しかし、変わらぬ口調で。まるで単に少年の部屋の掃除でもするかのようにそう告げると、彼女は腰に差した双剣を抜き放った。

 アーチャーの手に在るのは、共に白柄造りの二振りの霊剣。

 その抜き身の太刀を前に、殺気立った刺すような視線を男女は向ける。その周囲の空間には、各々、先と同じ獲物を即座に無数展開させていた。

 その後ろ。後衛というよりも、そこには二人とは対極的に”我、関せず”というように立ち尽くすだけの青年魔術師の姿がある。

 だが、アーチャーの注意の大半は、その束帯姿の魔術師へこそ注がれていた。

 彼女と同じく、マスターに召喚されたであろう英霊。

 彼はそのように佇むだけでありながら、その涼しげな双眸は、全てを見透かしているかのような色を浮かべ、アーチャーを捉えているのだ。

「……アーチャー。弓兵であるはずの貴女が、多勢に無勢のこの絶対的に不利な状況で、何故に敢えて白兵戦を挑むというのですか?」

 一触即発な緊迫した状況に反して、徐にそのキャスターは口を開いた。

「──それにその双刀。二刀を手にしたアーチャーなどと、聞いた覚えもありませんが?」

 扇を取り出すと口元を隠し、魔術師の英霊は弓兵の英霊であろう彼女を蔑む。

 それら一連の行為は、キャスターの自信の表れでもあった。

 

 彼の使役する二体の人ならざるモノ──式神(しきがみ)とは、生半可な英霊如きに後れを取るような脆弱な存在ではないのだ。

 彼らは陰陽道に於ける在る事象を司る存在。強大な力を有したモノなのである。

 陰と陽の二元。五つの元素・五行。万物を構成する、そのそれぞれを司るモノこそが彼らなのだ。

 

「ええ。私もまさか、我が身がアーチャーなどとは……正直、驚いています──」

 その強大な力を重圧として感じさせる男女と、それらを従える偉大なる魔術師。

 しかし、それらを前にし、アーチャーは変わらず平静だった。

「──それでも。これでも捨てたものではありませんよ? キャスター」

 ふわりと。

 微笑む彼女の長い黒髪が、その身から発せられた魔力に流れる。

 

「────少なくとも、ここで貴方方に後れを取るようなことはないでしょうから」

 

「弓兵風情が──!」

「ホザけやッっ!」

 アーチャーが侮る相手に挑発で返すや、それでも嘲笑したままだったキャスターの目の前で、天后・騰蛇の二鬼は吼え、動いていた。

 それぞれが怒りのままに、本来の姿へと変じる。

「──化けもっ!?」

 驚愕するあまりに言葉を詰まらせた祐樹の前には、薄絹を纏っただけの裸の女神の氷像と、火炎に包まれた巨大な有翼の蛇が姿を現していた。

 それと同時に、その周囲に在った氷の矢と火球が、アーチャー目掛け降り注ぐように飛来する。

 

 ──限定の解除。

 その本性を晒すことこそが、彼ら本来の能力を解放させていたのである。

 

 速出速射される魔術で作り出された氷結・火炎兵器。

 それは単に連射性能が強化されただけでなく、その威力をも向上させていた。

 着弾された部分が易々と穿たれ、爆破され──見る見るとぶ厚い鉄筋コンクリート製のホテルの屋上が、その原型を失っていく。

「────っ! うわああぁっ──!」

 崩壊していく足場に祐樹は悲鳴を上げるも、彼自身に直撃した攻撃は一つとしてない。

 少年の、その直上には担い手無き白柄造りの霊剣が宙に浮き、控えていたのである。

 その刀長三尺五寸五分(約103センチ)の大太刀が一振り、見事に中空で舞い、殺陣を繰り広げ、それ自らが意思を有しているかのように正しく少年に降りかかる災厄を次々と斬り落としていたのだ。

 そして、その本来の担い手たる剣士──弓兵の姿は、両翼にて浮遊する、炎を吐き出した大蛇の前に在った。

 裂け開かれた大口から放出された轟炎を回避し、アーチャーは飛翔するように跳躍する。

 騰蛇の放った初弾、その爆炎と破砕煙に紛れ、一足でその位置へと彼女は移動していたのだ。

 双刀の一方を祐樹の守護として回したアーチャーの手に構えられていたのは、それと対になった長さ約二尺九寸(約78センチ)の太刀だった。

 その霊刀をもって炎蛇の首を斬り刎ねようとした、その時────。

「──愚か也! アーチャー!」

 一瞬、敵を見失ったことは、自身の落ち度であったと言える。とは言え、共に召喚された式神と交戦を始めていた、その弓兵の隙だらけの後ろ姿を見つけ、天后は嘲笑った。

 陰の水神たる氷の女神は、その手に魔力を込めると、その部位を一本の氷杭へと変成させる。

 敵を蔑みながら、放出され続ける魔力。

 急激に凝固されられた大気中の水分は、一瞬にして、魔術製の氷針を伸長させていく。

 ビルの屋上に発生させられる、季節外れの――地域すら外れたダイヤモンドダスト。

 瞬きをする間も許さず、その透った鋭い凶器は、勢い良く真っ直ぐと標的へと伸びていた。

 

 ──氷杭に鈍い衝撃が走る。

 

 それが己が生み出した武器が、アーチャーを捉えたことを天后に報せた。

 その抵抗は、反発する血肉を容赦なく刺し突いたもの。

 魔術製の恐ろしく鋭利な氷柱(つらら)は、背後からアーチャーの心臓を刺し貫いていた。

 それは彼女の左胸を容易に貫通せしめ、その赤く染まった尖端を外界へと覗かせるに至る。

 

 僅かな時差を感じさせた、直後────ふくよかな曲線を描いたアーチャーの胸部からは、夥しいまでの血飛沫が噴出した。

 

「──他愛ない」

 辺りに血の雨を降らせる女の亡骸を満足げに眺め。冷酷に。したり顔で天后は嗤う。

 刹那。彼女の魔力に冷却させられた鮮血は、散り咲き逝く朱の華として、その胸元に飾られていた──。

 

「アーチャー!?」

 祐樹の絶叫が夜空に響く。

 

 ────直後、氷細工の砕ける音が夜闇に木霊していた。

 

 それは色の有る、真紅の華が砕け散ったものではなく──、

「──な、に?」

 色の無い、透った華が其処に新たに散った音。

 零れる氷の女神の驚愕。

 天后の左胸は、背後から何者かに刺し貫かれていたのである。

 

 刺し貫かれ消滅するモノと、刺し貫き消滅させるモノの入れ替わった光景。

 

 それはアーチャーが散った、直前の惨景を既視感(デジャヴ)とするような異観だった。

 女神の氷像を貫いていたのは、一振りの太刀。

「背後を見せたのは貴女でしたね。天后──」

 騰蛇の前にいたアーチャーは散り失せ、天后の背後には確かにそう言い放った、その宝刀の担い手──アーチャーの実像が有った。

「──!? 幻──」

 言葉を言い終えることもできず絶句するや、彼女の身体を構成していたモノが、満たされていた魔力を失い、それは単なる氷塊となって砕け散る。

 アーチャーの構えた霊刀には、一枚の人間の形をした紙片が刺さり残っただけだった。

 

 何がどういう経緯を経て、その結末を導いたのか。

 その完全なる解を用意できる者は、アーチャー唯一人である。

 

 その僅かな現状把握に動く思考時間を利用し、次なる標的を抹消しようとしたアーチャーの行動を抑止したのは、魔術師のサーヴァントだった。

「騰蛇!」

 キャスターの発した一言が、その存在に、今、何を真っ先に為すべきかを教える。そもそも動揺すべきことなど何もなかったのだと知らしめる。

 例え誰が、どのような手段で消滅されようとも、そんなことを彼は気に止める必要すらないのである。

 土台、その仮初めの命とは、1つの目的を達成するためだけに存在しているのだ。

 

 それは主の命じる処を完遂させること。

 

 ──そして、その為に成されるんは、更なる限定の解除。

 

 業炎を纏った有翼の大蛇が鎌首を(もた)げた。

 未曾有の魔力の所持者たるキャスターから送り込まれた魔力が、その体内を巡り、騰蛇をさらに活性化させる。

 その身体こそが、何者をも呑み込み、融解させ、焼失させる猛火と為る。

 

 ────彼らはキャスターの宝具でもあったのである。

 

 一部の人間には生前の働きにより、単なる英霊としてではなく、神としてさえ崇められる者。

 その偉大なる陰陽師が使役したという十二の強力な式神とは、彼の力の象徴でもあるのだ。

 

 それこそが宝具──ノウブル・ファンタズムの在り方。

 宝具とは、人間の幻想を骨子として作り上げられる武装なのである。

 

「マスター!」

 危機を感じ、()いたアーチャーの身は、その言葉が祐樹の耳に届いたのとほぼ同時に、既に彼の元にあった。

 そして、彼女は少年を抱えると躊躇なく、夜の闇へと身を躍らせる。

 

 夜を炎に染め上げ。

 ホテルの最上層部付近を一瞬にして蒸発させたのは、『騰蛇』というキャスターの宝具だった。

 それは甲高い威嚇の音を上げる。

 そして、その巨大な口を開き、牙を見せると、大気をも焼失させながら、落下するアーチャーと祐樹を呑み込まんと追跡を開始した。

 その軌道は、ビルの壁面を削り取るように融解させていく。

 

「──ア、アーチャー! ────お、落ちる!」

 近づく地面を見据えながら、祐樹は再び絶叫した。

 夜の闇を直下する男女。

 

「黙れ、下郎────気が散る!」

 

 耳元での叫び声に彼女は冷たく言い放つと、その妖しく金色に輝いた瞳で、巨大な火線と化した凶悪な追っ手を射抜くように見ていた。

「──え!?」

 その彼女のあまりの変わり様に、その違和感に、祐樹は彼女を横目に見る。

 自らを抱えた少女の顔。

 

 

 ────そこには、冷酷な表情を浮かべた、恐怖を感じさせる美しさを持った少女の顔が在った。

 

 

 アーチャーであろう彼女の、その手に握られていたのは、先ほどまで扱っていた双刀とは異なるやや細身の剣。

 それは切先両刃(きっさきもろは)造りの刺剣だった。

 

 不意に。

 禍々しくも強大な魔力が、その剣に集束される。

 それは災厄が兆す直前の物々しさを、不吉さを、おぞましさを感じさせた────。

 

 にたりと。

 彼女が嗤う。

 自らを呑もうとする轟炎の蛇を睨みつけ。

 彼女は嗤う。

 

 そして、その目に捉えた魔力の流れに、彼女は確信していた。

 それはキャスターの宝具の砕け散る、不様な末路に他ならない。

 変わらない艶やかで形の良い赤い唇が、その三振り目の霊剣の真名を告げる。

 それ刺剣こそが、彼女の──アーチャーの持つ宝具の1つだった────。

 

 

「────喰らい穿つ蛟の刺剣(顕妙連)!」

 

 

 黒いオーラを発した魔剣は、蛇腹のような節をその刀身に産み出す。

 そして、まさしく細く伸びた黒蛇と化した彼女の宝具は歪に曲がりくねり、しかし、迫る炎の大蛇へと神速で襲い掛かっていた────。

 

 

 

 

 


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