敵の数は7人、倒したのは3人目、ここまでは順調。
「どうした? 怖気づいたか?」
「く、くそがあぁぁぁッ!!」
軽い挑発に乗った男の全身を瞬時に観察し終える。
武術を習ってる形跡はなし。拳は力任せ、ならこれだっ!
「ごえぇぇぇッ!!」
腕を曲げて迫ってくる拳を最小限の力でそらす。
瞬時に手首をきめて古武術の一つ、『小手返し』を繰り出した男への衝撃は自身の体重と重力によって変換されて凄まじい物と化した。
「四人目」
「な、なんだよこいつ!」
「落ち着け! 一斉にかかってやれ! さすがの奴も多数を一度に相手をする事はできないはずだ!」
それはまずいな。
確かにその通りだ、さすがの俺でも阿修羅みたいに手が何本もあるわけじゃない。
弱点を突き始めたか。
そうしている内にも男達はこちらに迫って来る。
考えろ、何か解決策があるはず……。
その時だった。
突如、俺の背中に蹴られたような衝撃が走った。
何故、と顔を後ろに向けようとすると、俺の身体を大きな影が覆い尽くした。
「崩襲脚!」
正体は先ほどの少年。
少年は高く飛び跳ねた後、男達に向かって叩き落とすような鋭い蹴りを放った。
はっきり言って命知らずもいい所と評価してやりたい。
だが、チャンスだ!
無謀ともいえる少年の行動における結果は、男達をドミノのように地面に倒れ込ませ、隙を作った。
俺はその隙を逃す事はなく、一瞬で距離を詰めて男達に仕込みを施す。
てこの原理を応用し、一線を超えないように抑えていた力を一気に解放。
男達の関節を虐めに虐め抜く。
手や足や首と関節という関節を歪なな方向に曲げ、他の男達と相手同士でパズルのようにしてはめ込んでいった。
「いででででで!」
「な、なんだこりゃあぁぁぁッ!!」
「ぎゃああぁぁぁッ! は、外れねえぇぇぇッ!」
「無駄だ、暴漢の制圧として昔の友達が教えてくれた特技だ。これぞ秘技、人間テトリス!」
手足の関節に在るツボを押して外し、三人分の手足をうまく絡ませてパズルのように組み合わせ、それからまたはめ治すというトンデモ技。
無理やり外そうとすると関節をさらに痛めるという仕組みなので、外から外してもらわない限り解除不可能。
俺以外に出来る奴が入ればの話だが……。
さて、そろそろ潮時だろう。
騒ぎを駆けつけて遠くから兵士達が走って来てるのが見えてきた。
おそらく警備隊の部類。
事情聴取といった面倒事に巻き込まれたくはないので、俺が下した決断は――。
「少年、逃げるぞ!」
「えっ? は、はいッ!」
全速力でこの場から離れる事。
一応この少年も連れて行きながら逃げる事を決めた。
数分後、俺達は息を切らして息を整えようと必死になっていた。
「はぁっ、はぁっ、さすがにここまで来りゃ追って来やしないだろう」
「けほッ! つ、疲れたあぁぁぁ……」
もはや騒ぎは聞こえず、俺達は商店の並ぶ大街道の隅で休んでいた。
さすがに全速力は辛い。
身体が新しい酸素を只管求めている。
「ふぅ……さっきはありがとうな」
「えッ? は、はいッ!」
一応として少年には礼を言っておこう。
大事に至らない結果まで導けたのは少年の手助けがあったからだといえる。
「でもよ、小さい子供が危ない事に首を突っ込むのは関心しないな」
「むっ、子供扱いしないでください」
おぉっと、この子にとってはそういう話題は突っ込まれたくはないそうだな。
「事実、無関係な一般人を巻き込み、俺にまで矛先を向けられるはめにさせた一番の原因はどこのどいつだ?」
「うッ……!?」
まぁ、正確には喧嘩を買ったのは俺だが、そういう事は本来めんどくさいから止めてるんだよ。
だけど、少年みたいな場合(ケース)は別だがな。
「大人ぶる余裕があんなら人に守られる心配させないようにするんだな」
「くうぅぅぅッ!!」
口元を歪めて悔しそうにこちらを見てくる。
あ、そういや思い出した。
「それとな……」
俺は唐突に少年の両頬を摘み上げる。
「ふひょ!?」
「援護してくれたのは感謝するが人の背中を足蹴にしてまでやることじゃねぇだろうが。どうすんだよ、よく見てみたら服の背中に泥の足跡がくっきり残ってるじゃねえか。俺ん家こういうのに厳しいんだから後で絶対怒られるんだぞ、分かってんのか?」
輪ゴムが伸び縮みするかのように頬は変形する。
単純動作だが、これ結構痛いんだよな。
「ひふぁい! ひふぁい! ひゃふぇふえぇぇぇッ!!!」
「だめだ、これは俺からの正当な理由によるお仕置きだ」
俺は少年の両頬を両手の人指し指と親指で摘み、少し強めに引っ張る。
それを止めさせようと少年は俺の腕を外そうとするが、いかんせん力量の差によってそれは叶わず。
止まる事はなく少年の頬は見事に伸び縮みさせていくばかりであった。
「ほれほれほれっ!!」
「う、ぐ……ふ、ふえぇぇぇん!!」
あ、やべ、本気で泣き出しちゃった。
さすがに止めてやろう。
俺は手を頬から放してやった。
「ぐす……」
「あー悪かった、俺も調子こいたわ……すまん」
まいったな、完全に拗ねちまった。
やれやれ、前世で子供が注射を嫌がる時に泣き顔は何度か見てきた事はあったが、それとはまた別のパターンだからどう声をかけてやればいいか分からん。
「とにかく、身体は大事にした方が良い。正義感が強いのは良い事だが、それによって命の危険に遭うような事態に何度も出くわしてちゃ身が持たないぞ」
「だって……」
「文句を言うな。お前の身体はお前だけの物じゃないんだ。産んでもらった親御さんを心配させる事だけはするんじゃない」
「…………」
「いいか、世の中ってのはな、ただ正論だけを振りかざしてるだけで進めるほど簡単にはできてはいないんだぞ。自分の目指す道を進むためにはその為の努力を精一杯するんだ」
「……うん」
「焦って大きな目標にすぐ挑もうとするな。地道に小さな目標を少しづつ達成させていく、それが成功へと繋がっていくものだ」
「……はい」
ふぅ、これくらい言っとけば問題ないかな?
嘗て培った患者相手の励まし方がこんなとこでも役に立つとはな。
それに、どうやらこの子も納得してくれてるようだ。
さて、そろそろ行くとしようか。
「ヴァンデスデルカ様っ!」
――誰だ?
「お探しになりましたよ。お見失いになられたと聞かれてファルミリアリカ様もご心配なされております」
「母上が!?」
突如として騎士としての姿をした40代後半の中年男性がやって来て、隣にいた少年に話しかけてきた。
一瞬の出来事であったから少なからず俺も驚いてしまった。
騎士さん、ひょっとしてあんた忍者の末裔か?
「ペール、聞いて! この人がね――」
そう言いながら少年は騎士と何やら話し合う。
話を終えると今度はこちらに向かって歩んできた
俺の前に立つといきなり騎士の礼義の形を取り始めた。
「え、何……ですか?」
「話はお伺いました。暴漢共からヴァンデスデルカ様を助けていただき誠に感謝いたします。私の名はペールギュント・サダン・ナイマッハと申します。フェンデ様に代わり、重ねてお礼を申し上げます」
フェンデ――ナイマッハ――どこかで聞いたような……。
俺は今まで貯えてきた知識の中から当てはまる物を探索すると、一件が該当した。
当てはまった答えには俺もさすがに驚かざるを得なかった。
「あ、あのホド領主ガルディオス伯爵の分家、『剣』と『盾』の役割を果たす騎士の名家、フェンデ家とナイマッハ家!?」
なんたる偶然だ、そんな大物がこんな所に来るなんて聞いてないぞ!
「いかにもその通りであります。私はその内の『盾』の役割を受け持つ者とされております」
「いえいえっ! ご丁寧にどうも!」
あまりの緊張に俺の声は裏返っていた。
「そこで突然ではありますが、ヴァンデスデルカ様は貴方様にお礼がしたいとのことでして、お屋敷にご招待させてもらいたいと申して居られます」
「うんっ! 僕もお礼がしたいから是非来てほしいです」
うわぁ、色々とまずったかもしれない。
あまりこういった類に目を付けられるのは迂闊な事ができなくなる。
そう考えるのは少なくなかった。
にしても、この少年の名前――ひょっとしたらだが……。
かくして、俺はフェンデ家に招待される事になってしまった。
一体俺に何が待ってるのかはローレライの気まぐれにしか分からないだろう。