深淵の異端者   作:Jastice

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第33話 都市伝説は大体が愉快犯か詐欺師によって生まれてくる

 あの逃走劇から早一週間。

 

 主に巨木の上か洞窟を拠点とし、耐え忍ぶ隠れ家生活。

 マルクト兵の追跡も大分と緩まってきた感じがする。

 あれだな、注射器で血を抜いてぶちまけたり、髪をいくらか切り取って振りかけたりと魔物に襲われた時にわざと汚した白衣で偽装工作してみたのが功を成したか。

 案外やってみるもんだな、血濡れのボロ白衣を設置した場所から当の所有者である俺はグランコクマから更に離れたテオルの森南部へと拠点を移している。

 ローテルロー橋が近くにあるだろうが、まだ渡るには時期が早すぎる。

 完全にマルクト側の動きが収まる頃合いを見計らって、オールドラント中にある物資流通の要となるケセドニアへと雲隠れするのが当分の予定になるだろう。

 あそこはダアトと同じく中立地帯であり、医学院時代の縁もあって何かと知り合いが多い場所だ。

 

 サバイバルは結構きつかった。

 なんつったって初めの頃は煙で人の気配を探られるからと火が起こせない日が何日も続いた。

 火が無いと食べられる物の種類も減るし、水も十分な浄化が出来ない等と不便な事が沢山だ。

 野草や木の実で食いつないでいたが、それでも貴重なタンパク質が補えないからと意を決してパダンオオシロアリという昆虫の踊り食いを達成した程だ。

 初めはテレビ画面に虹の映像が出るくらい『視聴者に優しくない場面』となったが、慣れれば昆虫の食事情によって変わる味の良し悪しが分かってきた。

 だから火起こししても煙を上げずにすむような洞窟が見つかった時は只管感動を覚えていたくらいだ。

 

 ようやく快適な環境を実現し始めてきたこの頃。

 俺が何をしているのかというと――。

 

「ふぃ~~ッしゅ!!」

 

 ――元気に食料調達の一環である魚釣りをしている所だった。

 

「よ~しよし、これで四匹か。大量だな」

 

 メスを使って手頃な枝を削り、先端には縫合糸と縫合針と代用しているんだが、もしも釣り針を持ってかれたら俺は意気消沈を通り越すくらい落ち込むと思う。

 だってメスや鉗子を鉄なんかで作ると思うか?

 前世における一般の手術器具はステンレス合金が定番だが、金属の知識には疎い俺にはステンレスの詳細な作り方なんざ知らん。

 一応、合金の割合は鋼7割、クロム2割、ニッケル1割と中学で習った豆知識で覚えてはいるが、精製の技法を調べる程マニアな方ではない。

 だから無難に純金属で身体に優しい物を選んだ方が簡単だった。

 そうして「辿り着いた答えが『チタン』。ケセドニアの流通を探し回ってようやく見つけた金属だ。

 オールドラントでは加工された金属はとても高価な品だ。

 だからこそ、ほぼ全ての手術器具が揃った時には真っ白な灰と化したがな…。

 金が、金がないって事がこんなにも辛いとは!

 

 でもチタンの手術器具は使い勝手が良い。切り口が術後に黒くならない事と、皮膚のアレルギー防止にも役立つ。

 金属が高価である以上、使い捨てという概念はないので、手術が終わったら一々自分で研ぎ直さねばならないのが欠点ではあるがな。

 

 ――む、またかかった!

 

「おっしゃあ、来い来い来い!」

 

 いやー森人(もりうど)生活も慣れれば結構楽しいもんだ。

 手配中の身とはいえ、悠々自適とはこういう事を指すんだろうな。

 

 しなる枝を一気に引き上げると水面から魚が飛び出した。

 五匹目を釣り上げ、自然に地面へと落ちていく。

 

 だが、そこへ“シャッ!”と割り込む小さな影。

 ぴちぴちと跳ねているであろう本来居る筈の魚の姿が見当たらない。

 

「あれ…?」

 

 異変の原因であろう不審な影へと目を合わせると、

 

「グル……♪」

 

 自分の膝の高さより少し大きいライガが先ほど釣り上げた魚を旨そうに咥えていた。

 

 ――今日の晩飯ゲットだぜ!

 

 前世で有名だった某ポ●モントレーナーの決め台詞がふと聞こえてきた気がした。

 

「おい待てやチビ助、それは俺の今日の晩飯だ」

「…………」

 

 

<仔ライガは逃げ出した!>

 

 

「逃げんな!」

 

 俺からの制止を振り切り、仔ライガは一目散に逃げ出す。

 それもしっかりと魚を咥えて…。

 貴重なタンパク質を減らされてたまるか! と急いで追いかけてみたものの、瞬く間に仔ライガの姿は見えなくなった。

 

「ちッ…しょうがねえ。一匹ぐらいは諦めるか」

 

 野生では弱肉強食が主流。

 今回の場合は油断していた自分が悪い。

 授業料として支払ってやった事にしとこうと納得し、一先ず溜飲を下げた。

 

 では、今日の食糧調達はここまでとしてと…。

 

 いそいそと切り上げようとして振り向いた。

 

 

「「「グルッ…」」」

 

 

 一匹、二匹、三匹――計四匹。

 

 先の仔ライガと同じ群れの一員かは知らぬが、袋に詰めておいた筈の魚がご丁寧に咥えられていた。

 俺の視線に気づいた仔ライガ達は一目散に散っていった。

 

「――んの野郎共がッ!」

 

 人のおまんまを横取りするとは何てふてぇ奴等だ。

 即座にワイヤーガンを発射し、上から仔ライガ達を先回りしに舞い降りた。

 仔ライガ達はいきなり現れた俺の姿に驚きを隠せない。

 

「おーしおしおし、怖くないぞー。だから咥えてる魚を返してくれたら不問にしてやるぞー」

 

 俺は良い笑みのまま仔ライガ達へと近づいていく。

 あれー何でそんなにビクついてんのかなー?

 お兄さんオコッテナンカナイヨー?

 

「大丈夫、大丈夫だか――隙ありいぃぃぃッ!!!」

 

 両の手を広げたまま突進。

 少なくとも一、二匹は捕まえる意気込みで不意打ちをかけたが、仔ライガはジャンプして俺による魔の手から余裕綽々で逃げおおせた。

 作戦は失敗、その代償を払うかのように俺は――。

 

「ぶべらッ!?」

 

 ――近くにあった木の根に顎から打ち付けた。

 

 脳が、脳が揺れる! しかも舌噛んだ!

 

 仔ライガの姿は既に消えていた。

 警戒させた以上、急いで逃げるのは当たり前な反応に違いないが…。

 

「フフフフ腐腐腐…」

 

 さて、テオルの森では快適な暮らしが出来るとは先ほど申したが、詳細な所気休めだ。

 

 

 寝る場所が安定しないから体が痛む――。

 

 虫がウザったい――。

 

 なんか色々と痒い――。

 

 

 そんな状況を一週間も過ごして来た俺にはストレスが積もりに積もっていた。

 

 仔ライガ達に故意はないかもしれないが、ここまでコケにされた以上は俺の我慢も限界だ。

 

「ゆ…ゆるさん……」

 

 ハイル先生からの忠告だぞ、ストレスを溜め過ぎると普段温厚な人だってこんな風になるから適度な息抜きが大切だよ!

 

「絶対に許さんぞ虫ケラども! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!! 一匹たりとも逃がさんぞ覚悟しいやあぁぁぁッ!!」

 

 一応述べておくが、俺は冷蔵庫様なんかじゃないぞ。

 この場で浮かんだ言葉が見事にこうなっただけだから。

 …憑依なんかされてないからな。

 

「ぶるあぁぁぁ――――ッ!!!」

 

 俺は足を使わず背筋のみで姿勢を戻し、全力で仔ライガ達を追いかけ始めた。

 傍から見ればその姿は狂戦士といえよう。

 髪が憤怒による熱気を帯びたようになり、顔も険しい物へと変化。

 

 今ここに、デスレースが始まった。

 

 

 

「今日のご飯はライガ鍋じゃあぁぁぁッ!!」

 

 

【この時における仔ライガ達の心情】

 

 

[こいつ、おいらを喰う気だ!]

 

[捕食者である筈の自分が被食者である人間になぜ…!]

 

[やばいよやばいよ! あの眼は以前に見た飢えた兄弟とおんなじ眼の色だ!]

 

 

 完璧に身の危険を感じ取っており、唯々逃げるしかなかっただろう。

 ましてや立ち向かう勇気も無い。

 彼らに人間の言葉は解らないが、あれは流石にやばい存在であると簡単に認識できた。

 

 

 

「キャッチ、マイ、ハアァァァトウゥゥゥッ!!」

 

 俺の手から無詠唱のリミテッドが放たれたが、もはや初級というレベルではなく中級の上と呼べる威力で逃げてた仔ライガ達の傍にあった樹を抉った。

 その威力故に樹はゆっくりと倒れていき、ライガが間一髪で潜り抜けたと同時、地面に着面。

 

 これで逃げ切れる…とでも思ったか!

 

「ちょろまか動いてんじゃねえぇぇぇッ!!」

 

 漂っていた風の音素を取り込み、エナジーブラストを性質変化させる。

 障害となった倒木へと向かうついでに練り上げた譜術をぶちかます。

 

「明星よ、威圧せよ、≪フォトン≫!!」

 

 局所的な重力による超高圧場の発生が倒木を一部分だけ押しつぶし、まるで土に敷かれた木床となった道を通る。

 

「もっと楽しもうぜぇッ! この追いかけっこをよぉッ!」

 

 地獄の鬼ごっこはこうして続いて行った。

 

 仔ライガ達は想像しただろうか?

 

 こんな『追いかけられたら絶対泣く男』ランキング10に入るような医者がこの世にいるとは…。

 敢えて言おう、医者である。決してターミ●ーターではない。

 

 

 そして、鬼ごっこが始まり20分後…。

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ……」

「クオォォ…ォ…ォォ……」

 

 最早鬼ごっことは言えない代物ではあったが、ようやく静かになった。

 譜術が炸裂し、樹の上から奇襲したりと色々あったが、さすがに疲労で仔ライガ共々にダウン寸前だった。

 膝が笑っている、これは明日には筋肉痛確定だな…。

 

「ギ、ギブッ…」

「カフッ…」

 

 仔ライガ共々、とうとう限界だった。

 今までの疲労を少しでも休ませようと身体の防衛本能が働き、地面に寝転んだ。

 

「げほッ、げほッ! お前ら、足…早いな……」

「キュウゥゥゥン…」

 

 まぁ、人間が魔物に身体能力で挑む事態が間違ってるけどな…。

 

「はぁ…分かった分かった。お前の勝ちだ、そんな魚なんざ持ってけドロボー」

「グルッ…」

 

 俺は傍に転がっていた魚を指さしたまま、そのまま意識を落とした。

 碌な朝食を取ってない分、眠りに付くしか俺には能がない。

 深くまで来ちまったな、森は結構暗い。

 夜目の効いてる人間でない限り、ここを動くのは危険だろうが…。

 いかん、流石に疲れすぎた。

 

 この時、俺はノンレム睡眠へと入っており、周りを確認する事が疎かになっていた。

 何者かが近づいている等と思いもせず、本格的にレム催眠へと入る寸前な所、不思議な感触に包まれる。

 

 

 モフモフ…そう、モフモフだ。

 

 あぁ、この至福の時間。

 言葉では言い表せないこの感触。

 幸せすぎるぜぇ…。

 昔、近所に住んでた猫のような肌触り…懐かしいなぁ……。

 

 いてぇ! 誰だ、俺の顔叩く奴は!?

 

 身体が動かないだと…って痛い痛いヤメレ! 

 

 こら叩くな、あだだだだッ!

 

 

「いい加減にしろ!」

 

 俺は先ほどから感じる顔の痛みで睡眠状態から覚醒し、勢いよく飛び上がるや怒号を上げた。

 夢心地となっていたが、今になってようやく状況を把握し始める。

 

「…へっ?」

 

 初めに目についたのは、真正面にて己の身体に跨っている物体――もとい、人物であった。

 

 

 ボサボサの桃色髪――。

 

 弱々しい細い小さな身体つき――。

 

 汚れが目立ち、所々破れかけた布――。

 

 

 どう見ても子供にしか見えません。本当にありがとうございました。

 

 ――ってそんな事言っている場合じゃねぇ!?

 

 なんでこんな森奥で幼い子供がいるんだよ!

 ありえない、まさか…捨て子…なのか?

 

「お、お嬢ちゃん…とりあえず俺の身体から下りてくんないかなぁ?」

「…………?」

 

 こくんと首を傾げてまぁ可愛い!

 …だからそんなこと考えている場合か、この馬鹿野郎!

 

 こんな場合どうするんだ?

 やっぱり詳しくはこの子に聞いて――。

 

「ガルルルル――――」

 

 …な~んか後からいや~な鳴き声が聞こえてくるんですが?

 

 それも音からしてかなりデカイんですけどー。

 

 俺は仰向けの態勢のまま、首だけ後ろを向いてみた。所謂ブリッジの姿勢だ。

 その先には逆さまの視界が待っていたが、そんな事はどうでも良い。

 

 

 紅と灰がバランスよく混ざった毛皮――。

 

 緑色を基準とした立派な鬣(たてがみ)――。

 

 普通のライガよりも二回りは大きい巨躯――。

 

 

 …こいつあれだよな、オールドラントの生物図鑑で見た事あるもん。

 ユニセロスも印象に残ってたが、こいつも捨て置けない。

 

 

【ライガの長――ライガクイーン】

 

 あれ、何かこの図ってよく考えれば…あれだ、食卓?

 良く良く調べてみれば、この辺りはどう見ても差異的に枯葉や木枝で床を敷き詰めて整えてるし…。ひょっとしてここってライガの巣?

 

 ――って事は俺って獲物!?

 

 なら話は早い、すぐさま逃げるか。

 成功率は確実に低そうだがな…。

 もしかしてこの子供も俺みたいな理由で巣に連れ込まれてきたのか?

 

 うーん、にしては服が随分年季が入ってる様な物だが…。

 

「がぅ…」

 

 少女よ、「がぅ…」とは何だ?

 

 このままでは何も始まらないので、とりあえず立つ事にした。

 刺激しないようにゆっくりと慎重を期して…。

 

 しばらく警戒してみたが、どうやらライガ達は襲って来る様子は見られない。

 ならば少女の方へと意識を向ける。

 

「えぇっと…君、名前は?」

「あぁ~ぅえぅあ…?」

「…………」

 

 これは…あれか……?

 俗に言う『狼少女』ならぬ『ライガ少女』って奴か?

 冗談言ってる場合じゃないんだが…色々と状況が分かってきたな。

 

 

 そこへ“ガサガサ”と茂みが揺れる物音が聞こえた。

 次に現れたのは――ライガ三人集…。

 

 あいつらか――ッ!?

 

 ちょっと、やべぇ! 

 前にこいつら麻酔銃や威嚇射撃を喰らわしてたんだ!

 

「「ガルルルル――――ッ!!!」」

 

 わーい、完璧怒ってるぜ。

 威嚇モード切り替え早いね。

 

「グオォォォ――――ッ!!!」

 

 だが、意外な味方が成体ライガ三匹を止めた。

 後からライガクイーンが大きな咆哮を上げたのだ。

 俺自身、心の準備が出来てないのでかなり驚いたが、何とか恐怖心を顔に出す様な無様な真似は晒さずに済んだ。

 ライガクイーンが何故そんな事をしたのか俺には良く分からない。

 

「んっ…?」

「う~♪」

「あ、いやちょっと何してるの?」

「あい!」

 

 考えに深ける中、何だか良く知らんが少女が座ってる俺の背中からよじ登って頭に寄りかかって来た。

 その次には乱暴に髪を鷲掴みにして引っ張ったり曲げたりし始めた。

 

「おいこら、やめなさい」

「うぎゅうぅぅ~♪」

「おまッ! 髪の毛をむしゃるな! うあぁ、涎があぁぁぁッ!?」

 

 どうやら俺の髪が面白い?のか、弄っているらしい。

 

「降りろ!」

「――――ッ!?」

 

 あ、いっけね。つい強い口調で怒鳴っちゃった…。

 こういう場合、この後はきっと…。

 

「~~~~ッ!」

 

 あぁ、そんな涙を浮かべて泣きそうな顔をするのはヤメテ!

 お爺ちゃん(精神年齢約70歳)罪悪感で胸が痛くなっちゃう!

 

 ――ってライガのママさん!? そんな唸り声を上げてこちらを睨まないで!

 はい、私が悪ろうございました! 許してください!

 

「わ…わかった…幾らでも触らしてやるから泣かないでくれ!」

「~~♪」

 

 頭を差し出すと、あっという間に少女は俺の髪を小さな手でわしゃわしゃわしゃわしゃ――。

 

「とほほ…一難去ってまた一難だよこりゃあ……」

 

 こんな森奥で子守をせねばならんとは…一体俺の人生どうなってんだ。

 

 

 ――もう考えんの止めよ。

 

 

 色々と諦める事にした俺であった。


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