深淵の異端者   作:Jastice

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第29話 市販で買える最高の拳銃弾は12.7ミリ弾と象を軽く殺せるレベル

「はい、もう熱は完全に下がったようですね。お薬はもう終わりにしましょうか」

「ありがとうございます、先生」

 

 診察室では俺と母子が椅子に座って対面し合っている。

 昔は助手としてシュウ先生と共同で診察をしていたが、今では一人でやらせてもらっている。

 今回は子供が風邪により通院している患者だ。

 

「では、まだしばらくは身体をあまり冷やさずに野菜を多めの温かい食事を取らせて療養させておいてください。それではお大事に」

「センセーまたねー!」

「はい、またねー」

 

 基本この世界は局所的な臓器を診断する専門医師として活動する者が少ない。

 悪い患部に応じての処方箋が殆どの診断方法だ。

 薬は便利だ。しかし使い過ぎが却って毒になる事もある。

 だからこそ、よく考えて使わなければいけない。

 

 母子が退室してしばらくした後、準備室からシュウ先生が戻ってきた。

 

「ハイル君、これで午前の診察は終了だね。いったん休憩にしようか」

「えっ、もうそんな時間ですか?」

 

 集中してて気づかなかったな。少し休むとしようか。

 

 

 仮眠室に設置している椅子に座って俺とシュウ先生は姿勢を崩してリラックスしていた。

 俺の方も腕を伸ばしたりと軽いストレッチをする。

 

「しかし、もう二年も経つんだね。君がこの診療所に来てから」

「えぇ、早いものですね」

「君は本当にすごい。私と違ってこの歳でほとんど実力で医学を学び通してきたとは…」

「あー医学院の事ですか…?」

 

 あんま思い出したくない思い出だな。

 学べる物は学べたが、人間関係は最悪に近いな。

 なんていったって思想が全然違う部分があるし、死生観もそりが合わなかったからな。

 

 それに、シュウ先生も相当な苦労をしてたそうだ。

 元音素研究員という経歴を持つとはいえ、この人も平民出だ。

 特待生として周りでのらりくらりと学ぶ奴らよりも結果を出し、援助金を受けられる程にまで努力し続けた結果がここにある。

 

「そういえば、あそこから手紙届いてたな。たしか内容は…学院で正規の手順を組んで資格を取ってないくせして調子に乗るなって解釈でしたよ」

「率直な解釈だね…でも、彼らの言い分における実質はそうだろう」

「まぁ、一応資格取るために出しておいた論文にもケチをつける理由が作った本人が唯の平民だって事が我慢できないんでしょうね。医者は貴族様のゴマすりに精を出すための職業じゃねぇっつのに――ったく」

「そういえば君のその論文――細菌感染説だったね。私も拝見させてもらったが、学会では素晴らしい評価を受けたそうじゃないか」

「半分はクロード君のお陰ですよ。あの若さで俺の提案した『顕微鏡』を適確に作り上げるなんて…良いセンス持ってますよ」

「その為に君が考案したレンズと言う物。ベルケンドの方々も驚きが隠せない代物が出来上がったと喜んでいたね」

「…えぇ、まぁ……」

 

 周りの人は俺が全て自分で考えた物だと思っているが、俺は覚えていた物を口で伝えただけだ。

 元となる前世の発明家達が生み出した努力の結晶を自分の物と偽る事は極力避けたいんだ。

 別段、有名になろうという訳でもないからな。必要な時だけ知識を出す――唯それだけだ。

 

「しかし、君はもう私よりも上の段階に進んでいるんじゃないかい?」

「いえ、貴方から学んでいる音素学には俺の理解がまだまだ足りない部分も多い…それに、医者は腕が良いとかどうとかではありませんよ」

「…本当に謙虚な子だね、君は」

 

 ある物を効率的に理解するべく、シュウ先生から俺は音素学を学び続けた。

 俺が現時点で一番理解しておきたい物――それはフォミクリーだ。

 預言と言う名の鍵と共にあるもう一つの鍵の原点。

 その内にあるレプリカ技術――これがどうしても知りたかった

 今やその技術は禁じられた物となり、フォミクリーに関しての本は大部分が禁書扱いとして処分されてしまった。

 

 聖なる焔の光【ルーク】が生まれる切っ掛けとなった技術。

 

 そのためには基礎となる音素について知っておかねばならない。

 医学として音素が身体に及ぼす影響も知れて渡りに船って訳だ。

 

「そういえばシュウ先生。最近、第一音機関研究所から何やら打診されている事があるとか…」

「えぇ、何でも、研究所専任の診察医が私情によって引退する事になったらしくてね…私に後任が来るまでの間、代わりを務めてほしいとの事だ」

「あそこかぁ…ちと変な噂を小耳に入れるんですがね……」

 

 音機関の開発・製造――シェリダン。

 

 音機関の理論研究――ベルケンド。

 

 双方キムラスカ領に属する譜業の街だが、長い歴史を切り開いてみると、幾度となくマルクトとの領有権が争われてきた地だ。

 一番近い歴史は元マルクト領のベルケンドがホド戦争よりもずっと前の戦争で勝利を収めたキムラスカ側の要求によって奪われたという物だったっけ。

 

 時折来る音機関の研究員からこの頃、研究所での予算分割が何やら機密内容に当たる研究に傾いているとも聞くんだが、真相は定かではない。

 分からない以上、あまり無暗に問題事へと近寄るような真似は俺には得策とは思えないんだが…。

 

「とにかく、よく考えて決めておいた方が良いと思いますよ?」

「分かった、肝に銘じておくとしよ」

 

 些細な取り決めを終えた後、唐突に呼び鈴が鳴った。

 患者が来たのかと思って二人で受付へと向かうと、どうやら俺に関係する物だと来た人物を見て確信した。

 

「こんにちわ、ハイル先生はいませんか!?」

「おや、クロード君じゃないか」

「あ、シュウ先生こんにちわ! お邪魔しています」

 

【クロード・ラウル】

 

 ここ――ベルケンドにて音素関係の研究を主とする『い組』のリーダー――ヘンケンさんとキャシーさんの元で働く譜業技師だ。

 先ほど話に出てきた細菌感染説を提唱する証明となった顕微鏡を作ってくれた人であり、俺の医療器具お得意さんでもある。

 

 彼は音素を使わなくとも比較的安くて役に立つ道具を作る事がモットーとしている。

 初めて顕微鏡の作成を依頼した時は喜んでやってくれたのを今でも覚えている。

 

「ハイル先生、依頼した照準器と言う物が装着完了しましたのでお届けに参りました」

「何、それは本当か!?」

 

 出逢う切っ掛けは俺の武器――狙撃譜銃を直してもらい、さらには改造を施してくれた事から始まった。

 そこから色々と自分の知る知識を教えていった所、技術者魂に火が付いたらしく、余分に少しづつ強力に改造されていった訳だ、これが…。

 今回、依頼していた照準器もその一部であった。

 

 待ちきれないと言わんばかりに俺は包装紙を破り取った。

 

「これは――ッ!?」

「飛距離800mまでもの射撃を可能にした代物ですよ。音素弾の威力も以前の3倍まで跳ね上がり、直線に軌軸をより安定して発射できます」

「…こいつぁ最高だ」

「――感謝の極み」、

 

 ようやく狙撃銃という形に近づいたって所かな?

 ふむ、バランス調整もしっかりしてあって扱い易くなっているな。

 

「そういえば、前に作ったワイヤーガンと麻酔銃はもう使いましたか?」

「あ、あれか。はっきり言って良くまぁ作れたと思ったもんだよ、あれは…」

「すんません、ちょっと張り切り過ぎちゃいました」

「うーん、便利だから文句は別にないんだけどさぁ…」

 

 命を扱う仕事に就く以上、出来るだけ『制圧』を主体とした戦い方を選ぶ俺。

 体術と譜術だけではやはり限界が多く、自分の手を増やすのに銃という物は便利だった。

 

 狙撃譜銃の持ち運び不便な点を補助すべく、移動手段を強化するためのワイヤーガン。

 肉体のスタミナという殻を補助すべく、即効性に特化した麻酔銃。

 

 麻酔は遍歴医の時代、ケセドニアで知り合った薬師の協力を元に完成していた。

 フィリスという女なんだが、中々変人で有名な奴であれど腕は本物だ。

 そこらへんはまた別の機会で話すとしようか。

 

 そんな時、診療所に二人目の来訪者が――。

 

「シュウ先生、ハイル先生、大変だ! 盗賊達が商店を襲ったらしい。一人がナイフで腹を切られている」

「傷は浅いか?」

「は、はい。出血はそれなりで…」

「シュウ先生、診療所の方をよろしくお願いします」

「分かりました」

 

 器具を入れたカバンを手にし、同時に先ほどクロードが持ってきた狙撃譜銃を抱える。

 

「今盗賊の連中は!?」

「馬車で街の外に出ようとしている! 駐在の兵が応戦してるそうですが、抑えきれないそうです!」

「…ちょっくら行ってくる」

「おや、さっそく実験台ですね」

「最悪のタイミングで馬鹿やったもんだな、奴等…」

「一発ぶちかましてください。私も楽しみにしていますんで」

 

「「フフフフフフ……」」

 

「…あの、君達?」

 

 シュウ先生は悪党顔な笑みを浮かべる俺達を見て顔を引きつらせていた。

 

 

 到着した先では荒らされた商店の惨状。

 怪我人は…軽症が三人。

 治療の優先度を決めるトリアージ的に述べれば緑札だ。

 時間的余裕は十分あるな。

 

「さて、俺の方はもう一つの仕事も済ませておくか」

 

 腕輪式ワイヤーガンの矛先――アンカーフックを建物へと向け、フォンスロットを通した命令で発射。

 ベルケンドの街は重厚で、各建築物のデザインが白漆喰と煉瓦で統一されている街並みだ。

 的になる壁は腐るほど存在している。

 アンカーフックが突き刺さったのを確認した後、今度は巻き戻しの命令を発して一気に飛び上がった。

 手ごろな建物の上へと瞬時に移動し、視界を確保できた所で狙撃譜業の照準器を覗き込む。

 

「おーちゃんと見える見える。しかも照準線(レティクル)も正確に刻まれているな。まったくいい仕事するぜ」

 

 照準器の先には彼方へと去ろうとする馬車。

 その後ろを必死で追いかける兵士達。

 よし、手助けしてやるか。

 

 お決まりの狙撃技法を用いて状態を整える。

 狙いは右車輪後輪。

 慌てず、ゆっくりと狙いを定め――撃つッ!

 

 瞬間、ベルケンド中に轟雷が鳴り響いた。

 少々の時間差にて、馬車がバランスを失って倒れ込む光景が照準器越しで伺えた。

 銃口から漂う微かな白煙が鼻に付くものの、残心した。

 

「…威力高すぎだろ、こりゃあ」

 

 まさかここまでとは思いもしなかった。純粋に驚いた。

 仕事を終えた俺は本来の活動へと戻るべく、ワイヤーガンを再度発射して振り子の原理で徐々にワイヤーを伸ばしながら降りて行った。

 

 地域住民との連絡の取り合いを終え、異変の終結が完了した後は診療所へと戻って来る。

 専用のケースをまだ待ってないので剥き出しのまま狙撃譜銃を持つってのはよく見れば危ない姿だよな。

 医療器具を入れたカバンを持つ方の手で入り口を開けて中へと入ろうとする。

 

「先生!」

 

 ここベルケンドで俺にとって一番会いたくない奴の声が後ろから聞こえてきた。

 思わず舌打ちをしたのは俺は悪くないと思う。

 

 ――たく、これで来るのは何回目だ一体。

 

「今日こそ俺を弟子にしてくれるよな! な、なッ!?」

「…さすがの俺もそろそろ怒るぞ、ゼノン」

 

 ウザいくらいに近寄って来る青年。

 身なりは一般市民と比べてあからさまに良い出の者と分かる類。

 身分として述べれば男の正体は貴族。

 

【ゼノン・フォルト・ブリジスト】

 

 ベルケンドの管轄は知事――ビリジアンという人物が担っている。

 その後ろにいるのが領主なんだが、聞いて驚くなよ?

 ここの領主…ファブレ公爵なんだよ……。

 ホド戦争で『色んな意味』で失礼な事を仕出かした分、正直関わるのが気まずいレベルだ。

 それにビリジアン知事ってファブレ公爵直属の部下である官僚なんだよな…目を付けられたら定時で報告されかねん。

 うわー当時馬鹿正直に名前を言ったのが失敗したわ。

 

 なので余計な面倒を避けるべく、貴族といった類の人間には極力関わりたくないんだが、目の前のこいつはそんな俺の思いを無視するかのように接触を続けてくる。

 ゼノンはそんなベルケンドを領地とするビリジアンの部下――ブリジスト家の一人息子だ。

 一言で目の前の男を言い表すとすれば、早い話が放楽息子だな。

 

「お前、仮にも貴族の子息としての姿勢は持てよ。それと…まだ家が大変な次期なんだからいつまでうろついてないで親父さんの手伝いでもしろ」

「いいや! 俺はあの日から目覚めた! その為に俺はあんたの元で学びたいんだ!!」

 

 こいつとの出会いは1年前、ゴロツキを侍らしていた頃のゼノンに絡まれたんだ。

 成り行きで街の外で私刑(リンチ)しようとして俺に襲ってきたんだが、草むらから飛び出して来た毒蛇の魔物に噛まれてな。

 泣き叫ぶのを見かけた俺が持っていたパナシーアボトルや血清等を使って助けてやったのが縁だ

 

 こいつな、俺に会うまではそれはそれはとんでもないドラ息子って感じだったんだぜ?

 ベルケンドの様々な所で父親の威光を盾に好き勝手やってたそうだ。

 俺に絡んできてた事もあったな、たしか…。

 

「あの時言った言葉、今でも忘れてねえぜ先生。「命は尊い物だ、それはお前にも当てはまる、未来ある存在なのだからな…」く~カック良いぜ!」

「はいはい、一種の気の迷いって事で…とにかく帰れ」

「いいや帰らねぇ! 俺はあんたの元で医者に――ッ!!」

 

 実力行使――。

 

 カバンを地面に置いて白衣の懐から麻酔銃を取り出し、何の躊躇いもなく引き金を引いた。

 ガスの破裂音みたいな音が小さく響き渡る。

 

「ぬおぉぉぉッ!?」

「医者になりたいなら先ずは一般教養を学び治して来い。大体俺は弟子だとかんなもんを持つ気なんてこれっぽちも隅にない」

「そ、そこを何とか!」

「駄目」

 

 二発目。

 

「うぉッ! お願いで――!」

「無理」

 

 三発目、四発目。

 

「どおあぁぁぁッ! 頼み――!!」

「消えろ」

 

 五発目、六発目、七発目、九発目十発目十一発目十二――。

 

 避けんなよ!

 麻酔弾は高いんだぞ。

 即効性の鎮静剤であるチオペンタールを使ってるもんだから、一発1000G前後消費する事になんだぞ! 

 分かってんのか、前世で知られた拳銃の弾は30~70円と良心的なのにこの差!

 

 取り合えず、こいつの事は今のところ『嫌い』だ。

 患者として来る必要がないのなら、即刻ご退場と願おうか。

 

 

 

「またブリジスト殿の子息さんの相手をしたのかな?」

「毎回飽きないもんですよ。あの様子じゃまたすぐに来るだろうな」

「…大変だねぇ、君も…」

 

 シュウ先生から送られた労りの言葉がなんとなく心に沁みた。

 

「そういえばハイル君、君への重要な手紙を預かっているんだ」

 

 無言のまま俺に一枚の紙を机に置いてくる。

 俺は普段変わりなく手に取って内容を調べてみた。

 

「…………」

「すごい事だ。まさか君にこれを送られる事になるとは…」

「表面上は――ですけどね。はぁぁ……」

 

 まだ内容を精査しておらずとも、この紙に書かれている力が否応にも伝わって来る。

 封をするために付けられた蝋の印。

 俺とシュウ先生が注視するのはこの部分。

 

 玉璽――。

 

 皇帝のみが用いる事が出来る印章が浮かび上がっていた。


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