やぁ諸君、今日も素敵な一日がやって来た。
…とは言っても、既に明日の夕方なんだけどな。
目覚めた時には包帯をぐるぐる巻きにして見知らぬベッドで横たわってたんだ。
ここがどこかと答えればフランツの屋敷だと奴からは聞いている。
結構危ない状態だったらしい。
猛毒で知られているルグニカオオベニテングダケの抽出液を塗りたぐった刃物で切られ、背中に残った深達性Ⅱ度熱傷が皮膚を容赦なく蝕んでいく。
あと一歩治療が遅れていたら確実に死亡していたとフランツの専属医師から何ともありがたくない評価を頂いた。
間違いなく重症とされる俺はどうしているかというと、
「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!」
テーブルに並ぶ無数の料理を凄まじい勢いで平らげていた。
「すげー食べっぷりだな!? そんなに腹減ってたのか?」
とにかく血が足りない。なりふり構わず目に入った料理を胃に押し込んでいく。
「アラミス湧水洞を出てから何にも口にしてなかったからな」
「アラミス湧水洞!? お前、まさかダアトから来た口か?」
「うんや、別にダアト出身じゃないし、ダアトに行ったことも無い」
「ん? じゃあ何でそんな所に居たんだお前?」
おっと、ユリアシティについては口外しないという約束があったな。
まさかそこから追放された等と馬鹿正直に話す訳にもいかんだろう。
半分嘘と真実を混ぜておくか。
「…少し旅をしていてな、その途中で野宿するために寄った」
「旅?」
「そう、旅だ…何の宛ても無い気ままな道楽さ」
「ふーん…」
道楽かはともかくとして、宛てが無いのは本当だがな…。
「それにしても――」
改めて俺は身の回りを調べてみた。
豪華な家具、シャンデリア、キングサイズのベッド。
平凡な家庭に生まれ住んだ俺じゃあ滅多な事では目に入らない代物ばかりが置いてあった。
「屋敷って言ってたよな…ひょっとして、ケテルブルクの隅に建ってた一際大きなあの屋敷か?」
「おう、結構大きかっただろ? 無駄にデカいから正直、これホテルなんじゃねえかって思うくらいにな」
「知らんがな…だけどな、今一番聞きたい事と言えば……」
ケテルブルクに軒並み建つ建造物で一番の大きさを誇る屋敷。
それだけ力の大きさを誇示する程に大きい屋敷に住むような人物。
「あんた、いったい何者だ?」
俺が踏み込める領分は既に通り越しているのかもしれない。
だが好奇心という物はどこまでも無限に増殖していく。
「…そうだな、ここまで巻き込んだ以上、隠し通す訳にはいかないもんな」
フランツは溜息を吐きながら眼を閉じて静かに呟いた。
「じゃあ約束しろよ。俺が今から言う事は絶対誰にも言わないって事をな。そんだったらお前に話してやっても良いぜ?」
「生憎、これでも口は固い方だ。別に話したくないなら喋んなくても構わないが?」
「ほぉーそうきたかぁ。でもな、お前は俺の命の恩人なんだ。そんなお前に嘘を付いたままだなんて失礼な真似はしたくない」
「嘘?」
「嘘ってのはな…俺の名前の事だ。本当はフランツじゃないんだ、俺の本当の名前はな――ピオニーっていうんだ」
「…ピオニー?」
「おいおい驚かないのか!? マルクトに少しでも詳しければ知っている名前だぞ?」
ふーむ、どこかで聞いた名前だな。
そういえば政治関係の書物をユリアシティで読んだ時、歴代統治者に関する覧にそんな物があった気がする。
だとしたら、貴族の子息か? ピオニーの正体は…。
「もう一つヒント頼む、父親の爵位は?」
「いや、俺の親父に爵位はないぞ?」
「なら、仕事は?」
「んーまぁ、人を束ねる事をしてると言っとこうか?」
「…なんかあんた、楽しんでないか?」
「さーて、それはどうだろうなぁー?」
――ぜってぇ楽しんでるだろうがッ!
じゃあ何なんだよ。爵位を持たないで尚且つ大屋敷を構える人物――。
「あ……」
一人、いた。ははは、だったら爵位を持っている筈がないな。
――マジやべぇ…。
外れろ、絶対に外れろ!
「…ちなみに父親の名前は?」
「ようやく辿りついたようだな。もちろんカールだ!」
「五世ですか!」
「五世だ!」
「皇帝ですか!」
「ずばり皇帝だ!」
「あなた皇太子ですかあぁぁぁッ!!!」
「はっはっはぁッ! どーだ驚いたか!」
「Jesus!」
マルクトの皇太子――ピオニ―殿下ではありませぬか。
ようやく思い出した、ユリアシティで読んだ本っていうのはマルクトの歴史書だ。
まずいまずいまずい、これって超まずい。
俺死亡フラグがビンビン状態か? いや、この場合処刑フラグだわ。
うわぁ…思いっきり殴っちゃったよ皇太子。
人生終了だよ、俺きっと!
皇族に手を上げるだなんて人生ハードプレイに挑むようなもんだよ。
あれか、俺はひょっとして隠れマゾなのか?
それとも呪われてんじゃないのか!?
「申し訳ありませんでしたあぁぁぁッ!!!」
すぐさまDO☆GE☆ZAである。捻り込みを入れたジャンピングモードを披露したいくらいだ。
もはや不敬罪だけじゃ済まされん域まで罪状を重ねちまったぜ。
すみません、音地帯にいる父さん母さん。
もうすぐあなたの息子はそちらに向かうかもしれません…。
「おいおい、別にそういう風にしなくて良いぞ? 俺は軟禁の身で国政に関する事なんてまったくしちゃいねえし、皇位継承権なんて他の三人の兄姉の中でも一番下だしな」
「へっ…?」
「皇族っつっても色々あんのよ。まぁ察してくれや」
「そうなの…いや、そうなんですか?」
――何か引っかかるな。
「けどな、俺ってどうやら勝手に次期皇帝へと祭り上げられようとしてんだわこれが…」
「…はい?」
こりゃまた危なげな話を…。
「グランコクマにいるあの糞親父が詠ませた預言士に俺が次期皇帝になるって預言を詠み上げたお蔭で軟禁させられるわ、こっちも悩んでる所に兄姉は勝手に継承権争いおっ始めるわ、以前より外に出難くなるわ、食事に毒見役がビッシリと引っ付くようになって楽しめないわ――まったく散々だぜ本当に!」
…あんたも大変だね。
「次期皇帝…貴方が?」
やっぱり政治においても預言が絡んできているか。
だけどそれでいいのか? たしかに、預言は便利な物だ。
先の見据えない選択をして失敗する可能性を大幅に下げる事が出来るだろう。
力の誇示と信頼は強大だ。意見の食い違いという物が発生せず、議会は案を通し易くなる。
でも、預言が外れていたらどうする?
もしくは教える側から偽りを申していたとしたら?
考えもしなかった事態の対策なんて考えつく力が彼らにはあるのだろうか?
いや、無理に等しいだろうな
そういう能力は同じ事を何回も経験し、時には失敗を重ねてこそようやく身に付ける事が出来るんだ。
安全だという立て札が掛けられたボロボロの吊り橋を渡るか決めるのだって同じ事だ。
危険を回避する術を持とうという意志がなければまず始まらない。
「歪んでるよな…そんな事で皇帝決めるんだったらなんで皇位継承権なんて物が要るのか矛盾してるぜ」
「…たしかに、必要ないですよね」
「あーやめやめ、こんな真っ黒な内政関係なんて盛り上がりに欠けるぜ。それと、何時までそんな口調で喋るつもりだ、ハイル?」
「いや、これは礼儀というか何と言いますか…」
「止 め ろ。敬語はウザッたらしい。今まで通り話せ、いいな?」
「…………」
「そこで黙るな、そこで! えぇい、ならこうだ! 皇太子勅命ってことで特別に許す!」
「勅命って…それ皇帝だけにしか使えない特権では…」
「そこは気にするな。お前は頑固すぎるんだよ」
…今思ったんだが、こいつが皇帝になってマルクトは大丈夫なのか?
後にてこいつに振りまわされる部下達の涙目がハッキリと浮かび上がってくるんだが…。
ていうか、皇族というイメージで初めから全然違うしな。
もっとこう――何か威厳があるもんじゃないのか?
「それでは「敬語なし!」…あんた、なんでそんなにフランクな振舞いしてんだ? 仮にも皇族だろ?」
「実は俺、この22年間ケテルブルクで軟禁されてるってのは建前で…実際はそうじゃない。屋敷から脱走してはこの街の奴等と遊んだりもしていたのさ。しかも私塾に内緒で通ってたって事もあるんだぜ? そうしている内に「威厳を持て」とか「慎みを持て」だとか何だか馬鹿らしく思えてきちまってなぁ」
「脱走…まさか、今回外に居たのも――」
「ご名答。けどなぁ、お前を屋敷に運んできた時に屋敷の連中にバレちまったからなぁ。下手すりゃ今まで使ってた脱出経路が台無しになっかもな」
「何回脱走してんだあんた…」
呆れて物が言えなかった。
もはや俺の中にある皇族のイメージがこれ以上壊れようのないくらい、粉末状に吐き捨てられちまった。
いや、別にこういうタイプのは知らない訳じゃない。
実際、前の世界に実際いた1000年以上も昔、イギリスの皇太子が庶民の生活を知るために船大工として国を渡った事があるって話を聞いた事があるしな。
だが実際この眼で見ると…なんとも違和感が凄まじい。
「よーし、堅っ苦しい話はここでお開きとしてと…ここで本題だ」
「…は?」
「ハイル、お前、俺の元で働いてみないか?」
――何ですと?
「…ちょっと待て、何でそんな話になる!?」
「お前が気にいった! 俺の傍に置かせておきたい人間だってピンと来たからだ」
「気に入ったって…そんなもんで人の勤め先勝手に決めていいのか!?」
「俺が良いっていうなら良いんだ」
――な ん だ そ の ジ ャ イ ア ニ ズ ム は !!
「だから、俺は旅の途中で――ッ!」
「それは嘘だろ?」
「…………ッ!?」
…気づいていたのか。
「俺は経験上、人が言ってる事が嘘か本当か良く分かるもんでな…」
「ぅ……」
「俺からはお前に本当の事を話した。ならお前はどうするんだ、んん?」
「…分かった」
今回は俺の負けだ。腹括るとしようか。
俺は全てを話す事に決めた。
これまで身の回りに起きた出来事全て包み隠さず…。
けど俺自身の契約に関しては飽くまで自己判断として明かさずにした。
「…そういう事だったのか」
「もう何も残っていない…何もな……」
ホドを、フェレス島を、フォミクリーを、この時期に詠まれた秘預言の事を…。
ユリアシティについても向こうも守秘義務を全うする事を約束したから話した。
口外禁止? はん、一昨日来やがれってんだ!
そもそも、あんな脳味噌皺くちゃな連中の言葉を真面目に守ってやるほど俺は『良い子』じゃないんでな、うけけけ…。
全てを話し終えた時、ピオニーは何か考えていた。
「――すまない」
「ピオニー!?」
すると、ピオニーは何と俺に頭を下げて謝罪の言葉を掛けて来た。
突然の事で俺は思わず驚いてしまった。
「全ては俺の親父が撒いた種だ。仮にもその息子である俺が無関係でいる訳にもいかない」
「止してくれ、あんたに謝られても俺が困る。それにあんたを恨むなんてお門違いもいい所だ」
「いや、そもそもこれは謝って済む問題じゃねぇ」
「…それもそうだな」
ホド戦争はホドやフェレス島ばかりじゃない。
住む場所を失った難民、戦火で両親を殺された戦災孤児。
今後しばらくは大量に溢れ出てくるに違いない。
それは謝罪で済ませられるほど解決できる甘い物なんかじゃないんだ。
「国の繁栄の為に預言は成就するべき物とする。ガキの頃からそう教えられちゃいるが、俺はそうは思いたくねえな」
「預言の繁栄は飽くまで『国』であって『民』の幸せに繋がる訳じゃないからな」
そう、戦争で犠牲を多く出して得た繁栄なんて、大きいにもかかわらず実質は小さい物だ。
繁栄を享受すべき人がそもそも減るんだからな…。
「戦争を始めるのは何時だって人間だ。けど、それを結局終わらせる事が出来るのも人間でしかない。上手い言葉だよまったく…」
「そうだな、どうして上に居る奴らってのはそんな手段を取りたがるんだか…」
そんなの簡単だ。一番効率が良いからだよ。
力で押し黙らせる――そこで湧き上がる優越感が正義だと心の底から感じ取ってしまいたくなるからだ。
「まっ、こんな所かな。俺がここまで至る事になった道筋は」
思えば、ずいぶん破天荒な人生だった。
「ハイル、お前は…悲しくないのか?」
「…十分に悲しんでるさ、だからって何をすればいいか俺にはまだよく分からないんだ」
最初はどうでも良かった。これからすべき事なんて…。
「しっかしなぁ…」
ピオニーは何かを思い悩んでいた。
けど、肝心の答えがどうも出そうになさそうだ。
そのまま暫く静寂が続いた。
「――を――べ――ッ!!」
「ぶか――――!?」
「――――ッ!!」
「…何だか外が騒がしいな」
「何があった?」
騒ぎ声と乱暴な足音がドア越しで廊下から響いてくる。
騒ぎが起きているようだな。
「ちょっと見てくる」
そう言ってピオニーはドアを開けて外の様子を調べにいった。
「どうかしたのか? 何やら騒がしいようだが…」
「で、殿下!?」
屋敷の使用人らしき女性がいきなりピオニーに声を掛けられ、緊張した様子に変化した。
仮にも皇太子から声掛けられれば普通そうなるわな。
「はい、それが…調理場にいる料理人の一人が酷い腹痛を訴えたと同時に倒れ込んだため、屋敷の医師に今診てもらっているんですが…どうも一向に良くならず、そればかりか余計に苦しんでいるんです」
「それは大変だ! じゃあ君もここで止まっている場合じゃないな…すぐに手を貸しに行くべきだ」
「畏まりました!」
使用人は再び走っていった。
ふむ、腹痛――それも調理場で――。
食中毒でも引き起こしたか? それとも…むむむ……
「ピオニー、俺もそこに連れて行ってくんねえかな?」
「あん? 別にいいがよ、何をするつもりだ?」
「俺だったらその腹痛の原因を判明させる事ができるかもしんない」
「マジか、そんならついて来てくれ、今は出来るだけ人が欲しい。すぐに案内してやる」
俺はピオニーと共に件の調理場へと向かっていった。
後にて、俺の胸騒ぎは見事に的中するとは知らずに…。