深淵の異端者   作:Jastice

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第15話 料理は錬金術と言うが、悪い意味で言えば食材のSM調教プレイである

【監視者の街――ユリアシティ】

 

 ローレライ上層幹部以外には誰も知られていない魔界唯一の人が住みし土地。

 人口はほぼ全員がローレライ教団員によって構成されている。

 

 四千年余りもの歴史を誇るオールドラントにて創生暦初頭(ND0000)の時代、現在より遙かに凌駕した譜業技術を確立していたこの時代にて、人々は譜術戦争(フォニックウォー)によって瘴気に蝕まれた嘗ての大地を捨て、ある計画を始祖ユリアとその十人の弟子による指示の元にて実行した。

 

【外殻大地計画――またの名をフロート計画】

 

 オールドラントは譜術戦争後、もはや人が手の付けられない程に瘴気に蝕まれていた。

 ならば人が生き延びるにはどうすれば?

 簡単な事、瘴気の届かない地に移り住めばいい。

 でも、そのような土地はもはや存在しない。

 

 ――ならば新しく作ればいいではないか。

 

 人々は元の大地――海底を支える地殻全てをベースとし、なんと大地を『浮上』させる事で瘴気に塗れた世界から逃げ出す事を果たしたのだった。

 よって、瘴気の届かない空中にて大地を安定化し、現代(いま)のオールドラントが出来上がった。

 だが勘違いしてはいけないのは、人々は瘴気から逃れただけであって浄化した訳ではない事だった。

 今なお、外殻大地と後に名づけられる浮上した大地の下では世界を覆い尽くす程の量と濃度を誇る瘴気が渦巻いている。

 この事実は時が経つにつれ、ローレライ教団の一部のみにしか伝わらぬよう秘匿される事となっていった。

 

 俺も初めて聞いた時はスケールの大きさで混乱していたくらいだった。

 だけど驚いたな、瘴気の正体は鉱脈の毒でも何でもない――汚染された第七音素だったなんて。

 第七音素は地殻から発生する記憶粒子(セルパーティクル)から成る音の属性を携えた特殊な音素だ。

 惑星の記憶を読み取り、癒しの力を持つ第七音素。

 人が使うのには問題はない…だが原因となったのは譜術戦争で使われた譜業兵器が一番の理由だ。

 第七音素は全ての音素の中で一番に親和性が高い音素。譜業兵器はこれを組み合わせて殺傷、破壊、汚染といった力の方向性で金を湯水の如く使うように使用していった。

 無茶な第七音素の使用――それは不可逆の反応を引き起こし、第七音素を全く別の物へと変質していった。

 それこそ、瘴気の誕生。第七音素を使う度、瘴気はオールドラントへと放出されていった。

 

 ――とんだ負の遺産だな。

 

 どこの世界でも過去の過ちによって未来の危機に繋がるのは同じって訳か。

 

 おまけに人間の間引きも行ったくらいだから相当に業が強いな、この世界って奴は…。

 ユリアシティの住人の子孫はハッキリ言えば、外殻大地への同乗を拒否し、拒絶された者達。

 罪人、反逆者、咎人、etc…。

 まさに臭い物には蓋って事だ。例えではなく正真正銘に。

 そんな彼らを救ったのは他ならぬ始祖ユリア。歴史上の偉大なる譜業博士であったサザンクロス博士の弟子でもあった始祖ユリアは持ち前の技術知識を元に、瘴気に塗れたこの魔界でも人が住めるようにする譜業を搭載した疑似大地を作り出した。

 それこそがユリアシティの正体。

 命救われた彼らはその感謝を未来永劫忘れぬと共に、外殻大地への憎しみを忘れて始祖ユリアの願望により、預言によって彼らが幸せへと導けるようその行方を影から見守る役目を担う者となった。

 ユリアシティはまさしく預言の監視者として約2000年に渡ってこの薄暗い魔界にて、人々の歴史を影から支え、見守ってきた住人の集まり。

 

 なるほど、上辺から見れば敬意を捧げるべき人々だろう。

 だが俺は、目の前にいる四十代半ばの中年男性――テオドーロを前に険しい視線を向けていた。

 彼は俺達がいるユリアシティの現代表――市長だ。

 ここの出入許可をくれた事には感謝している。俺達三人の中で年長者(失礼ながらも)であるファルミリアリカ様が気絶している以上、俺達の今後における身の振り方について話し合う役は必然的に俺へと回り、こうして会談に赴いたんだが…。

 

 俺はテーブルに手を思いっきり叩きつける。

 憤怒を込めた拳を。

 

「あんた…ふざけてるのか?」

「ふさけてはおらん、始祖ユリアの残した秘預言は必ずしも成就されるよう理が定められているのだ」

「それをあんた達はずっと前から知っていたはずだ! なぜ何もしないんだ!?」

 

 そうだ、誰よりも…俺と同じくらいその事を知っていた筈だ……。

 

「我らは預言の監視者としての義務をまっとうする存在でしかないのだよ…預言が正しい方向に進むかどうかを見極める、それだけが私達の存在理由なのだ」

「人が…大勢死ぬ事をたったそれだけで考慮したということなのか!?」

「それだけとは……異な事をおっしゃいますな。オールドラントの民にとって預言は遵守されるべきもの。預言を守り心健やかに過ごすことで、この星は繁栄が約束されるのです」

「少なくとも俺は…こんな預言を遵守する神経が健やかとは、とても思えないが」

「如何なる手段を用いてでも、ユリアが遺された預言の通りに星の歴史は刻まれなければなりません。外殻大地の方々ならば、それは良くご存じの筈」

「…………」

 

 ――解ってたまるか…。

 

 命を、何だと思っているんだ!

 

「秘預言には島の消滅は読まれていても、そこに住む人達は死ぬなんて詠まれて無い。あんた達は一人でも多くその命を助けようと考えなかったんだな…」

「先ほども申したように、我らはこの地を易々と離れられぬ身。民の救出には同じ外殻大地の民が当たるべきですのでな」

 

 テオドーロはまるで他人事とばかりの口調で言葉を紡いでいく。

 その行動に俺はもうどうでもよくなったと言うように前髪を乱暴に掻き毟った。

 

「預言の公開もせず、危険が解っていながら見て見ぬふり…監視者と言うより傍観者だな」

「返す言葉もありませんな」

 

 相変わらず声色を変えないテオドーロの姿に痺れを切らした俺は席を立ちすぐさま立ち去ろうとした。

 

「納得いきませんかな、我々の存在に」

「別に…そう思われるからこんな所に存在を知られず暮らしているんだろ?」

「そうでしょうな、しかし、我々はこれから先もこの役目を続けていくでしょう」

「…これからなんて物は、誰にも分からねえよ。そう、絶対にな…」

 

 ――未来は与えられるものでは無い、自分たちの力で創り出す物なんだ。

 

 俺はそう言い切ってやった。

 預言遵守を旨とするユリアシティの住民の代表であるテオドーロにその言葉がどう響いたのかは、俺には分からない。

 

 

 執務室から出た俺は改めてここユリアシティを見回した。

 見た事も無いような譜業があちこちに使われている。

 聞いた所、これらすべてはユリアシティ創立の創世暦からずっと使われ続けてきた物ばかり。

 瘴気に覆われたここ魔界でもユリアシティの住人が障気蝕害(インテルナルオーガン)にならないのは一重にこの街を覆うフィルター状の譜業のお陰だろう。

 

「おい…あいつだ……」

「外郭大地の――」

「市長と何を――」

「早く立ち去って――」

 

 …どうやら俺達はこの街の住人には歓迎されてはいないって事は明らか。

 そりゃあそうだ、閉鎖された世界を生きるここの住人にとって俺達外殻の住人とは、魔界に住む限り決して手に入れる事が出来ない物を享受する妬ましき存在。

 おまけに監視者としての厳しい戒律染みた教えを全てとする彼らには、俺達のような輩は『堕落者』的な見解もあるに違いない。

 

 俺は負けじと陰口を叩く住人達に向かって鋭い目つきで睨みつける。

 すると、先ほどまで壁際で俺を見ていた住人達は気まずそうな顔をして静かに離れていった。

 

 ――ったく…居心地悪いったらありゃしねぇ。

 

 さっさとヴァン達の居る部屋へ戻ろう。

 

 

「待たせた、ここの市長と何かと話し付けてきたぞ」

「ハイルさん、おかえりなさい!」

「ただいま、で、様子はどうだ?」

「…ううん、まだ起きないんだ、母上」

 

 今だファルミリアリカ様は目覚めてない。

 おそらく、疲労も重なっていたんだな。

 寝息は穏やかで顔色も悪くないからそう考えられた。

 

「まだ待つしかない――か、じゃあその前に説明する。ヴァン、ホドが無くなった今、お前達は住居を失ったに等しい。それに、今だ外殻――つまり、元の地上は戦争中だ。話によるとこの戦争は冬頃まで続くだろう」

「冬頃まで……」

「だから、戦争が終わるまでここユリアシティで暫くテオドーロ市長の元で世話にならせてもらう。いろいろ大変だけど、頑張ろう」

「…ハイルさんも、ここにいる?」

「ん?」

「一緒に…いてくれますか?」

「あーまぁ、マルクトとキムラスカが戦争中の間では小さな村でも出歩きを禁じられる状況だからな、俺も早くフェレス島へ帰って両親に自分の安全を伝えてやりたいが…無理だからそういう事になるな」

「本当ッ!」

「どうしたヴァン? やけに焦ってるって感じだな。俺がどこか…」

 

「…怖いんです」

 

 ヴァンは話の途中で小さく呟くようにそう言った。

 そして、恐れるように身体が縮こまっていく。

 

「ここの人達を見てみたんです。皆、僕を見つけるや冷えた視線を向けて…ここに僕達の居場所は無いと言わんばかりに…恐ろしくて…恐ろしくて……ッ!!」

「…そうか、お前もこの街の奴らに会ってきたんだな」

「そんな物をこれから向けられると考えると、堪らないんです…ッ!」

「…………」

 

 確かに、耐えきれるレベルじゃないな。

 今さらだったが、こいつはこれでも11歳なんだ。

 悪環境と言うにも限度があり過ぎる。

 

「人間は古くから行われる悪習も積み重なれば生活の一部として暮らして行くようになっていく。ここの人間はそんな典型的な人間ばかりだ。崩すにも相当な力が必要となる」

「…………」

「だけどな、ヴァン…決して逃げちゃいけないんだ。絶対に諦めちゃ駄目なんだ。己の足を止めるのは、いつだって絶望じゃなく諦めだけだ」

「諦め、だけ…」

「これから先、つらい事も楽しい事も沢山あるけどすぐに過去になる。だから、今を大切にしろ」

「…はい」

 

 だから、強く生きろ。

 

 俺が言えるのはそれだけだ。

 

「それよりも、色々あったから腹が減ったな、飯にしようか」

「あ、でも僕…」

「ははは、俺が作ってやるから心配するな。でもまぁ手伝ってくれるんなら嬉しいな」

「はい、手伝います!」

「よし、そうと決まれば台所へゴーだ」

 

 話した事は無かったが、自分は野営生活が長いために料理し続けてる経験が前世である。

 だから、大抵の物は作れるのだ。

 ちなみに、一番得意なのはカルボナーラです。

 

 にしても、ここの連中はまったく…。

 子供相手に大人げないとは思わないのか?

 少しは考慮というのを持っておけっつーの。

 

 ――…なんかムカついてきた。

 

 よし、料理だ。このやり場のない怒りを料理にぶつけてやろう。

 

 

 

「ゲハハハハッ! さぁ鉄火の中で悶え苦しむがいいッ! 貴様らの価値などただ一つ、この俺の手によって踊り狂わされる事こそが全てなのだぁッ!!」

「え、あの、チャーハン作ってるだけですよね…?」

 

 第五音素(火)が結晶化した火石を使ったオールドラントならではのコンロ。

 その上に鉄鍋を置いて“ガチャガチャッ!”と忙しなく動かし、中の米を小麦色に炒めていく。

 この世界は化学調味料というのが一切なく、自然なままの食材が多い。

 香辛料もあるが、普通に定価がしっかりしているので希少という訳ではない。

 だからこそ、料理が旨くなるかは本人の腕に全てがかかっている。

 

 料理はやってみると意外と楽しい。

 

 何かを作るってのはそれだけで趣味にもなり得る。

 

 いかん、興奮が抑えきれん。

 

 

 ――み な ぎ っ て き た ッ ! ! !

 

 

 欲望に忠実なまま、一心不乱に鉄鍋で調理を続ける俺。

 傍でそんな俺の顔を見てか引きつった笑みを浮かべるヴァン。

 

「ヴァン、皿だ! 皿を至急用意しろ!」

「は、はいッ!」

 

 善は急げ、冷めるとその分不味くなる!

 俺の要求にビクつきながらヴァンは奥の部屋へと皿を取りに引っ込んでいった。

 

「ぅ…ぅぅ……」

 

 後ろから聞こえた呻き声。

 途端、俺は目の前から集中を移して後ろへ振り返った。

 

「あ、起きましたか?」

「…………?」

「そのままベットの上に座ってくださっても結構ですよ? ご遠慮なさらくともよろしいので」

「はぁ…」

 

 目覚めたばかりで状況が把握出来ないという顔をしているファルミリアリカ様。

 

「ちょっとこっち来い。ヴァン」

「どうしたんですかハイルさん、後はお皿に乗せるだけで――母上ッ!?」

 

 ヴァンは遂に目覚めた母親の姿を見るや、すぐさま駆け寄った。

 そして、二人揃って抱きしめ合った。

 

「どうやら、心配をかけてしまわれたようですね」

「母上、ははうえぇぇぇ……」

 

 ヴァンは泣きながら喜んでいた。

 もう二度と目覚めないかもしれない、そんな想像が少なからずも心の中に潜んでいたからだろう。

 だが、そんな心配も杞憂に終わった。

 現にこうしてファルミリアリカ様は目覚めてくれた。

 

「おや、お邪魔だったかな?」

 

 少し離れた場所で俺は惚けたようにそんな事を呟いていた。

 その言葉とは別に表情は穏やかだ。

 

「…親子か」

 

 微笑ましい光景を見ている内、ふと俺は両親の事を考えた。

 

 ――厳しいながらもいつも家族の事を考えてくれる父。

 

 ――優しく自分の事をいつも応援してくれる母。

 

「…早く会いてえな」

 

 そして、謝らないと…。

 

 けど、今はこの人達の温もりを感じていたい。

 

 二人を見ながらそう考えるのだった。


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