感情の昂りが身体のリミッターを解除し、酷使するレベルでの音素練磨。
脳内分泌物質であるエンドルフィンが激痛を緩和させ、演算処理を同じくドーパミンが促進させる。
通常ではかからぬ負担が節々から悲鳴を上げさせ、内臓がそんな異変を排除しようと連動を効率化させる。
「爆炎刃ッ!」
「荒れ狂いし濁流よ、≪スプラッシュ≫!!」
ガルディオス家の屋敷は既に戦場と成り果てた。
中でも激しいのがホールの一か所。
天災地変の如き損害は確実に屋敷を残骸へと変貌するまでのカウントダウンを確実に刻んでいく。
片や猛々しい剣術を駆使する深紅髪の男――。
片や柔術と譜術を駆使する蒼髪の男――。
その相性はまるで水と油。
「魔王爆砕陣ッ!」
「閃光よここに来たれ、≪レイジレーザー≫!!」
ファブレ公爵の放った強烈な斬撃は床を砕き、俺が行使した譜術の軌道を強引に逸らさせた。
行き場の失った譜術は後側の壁を突きぬいてそのまま向こう側へと消えていく。
キムラスカ兵達はそんなファブレ公爵の技巧に対して喝采を上げ、盛り上がっていく。
「はあぁぁぁッ!」
「うおぉぉぉッ!」
次にはお互いの獲物でせめぎ合いを始めた。
剣が狙撃譜銃を、狙撃譜銃が剣を弾く。
逸らし、防ぎ、返す剣と銃身。
それは一種の嵐とも言えた。
「が…ッ」
「ぐふぅッ!」
攻撃は少しずつヒットして確実に傷を作り上げていく。
俺は剣先を掠め、鮮血を噴出させる。
ファブレ公爵は顔面に銃身が当たり、痣を作り出す。
両者とも痛み分けに等しい状態で闘いが続いていた。
「う…ッ!」
だが、優勢は少しばかり向こう側に傾いている。
ファブレ公爵が俺の隙を突いて鳩尾に強烈な蹴りを喰らわせ、身体を勢いよく床に倒した。
そのチャンスを見逃すはずがなく、追い打ちの突きが放たれる。
「終わって」
俺はその首を捻って命からがら避けた。
「たまるかあぁぁぁッ!!」
「うおぉぁぁああああッ!!」
即座に勢いを殺さぬまま、ファブレ公爵の利き手を掴み、足を下腹部に潜り込ませた。
いわばルール無視の巴投げだ。
ファブレ公爵は壁に衝突し、その傍にあった花瓶ごと一緒に床に崩れ落ちた。
「ごほッ…ごほッ…まさか放り投げられるとは思いもよらなかったぞ」
「ならもういっぺん喰らってみるか?」
俺達二人は戦いの中笑っていた。
余裕による笑みであったか、または違う意味によるものかは詳しく理解できない。
ただ、この状況を『楽しい』と感じ取った。
「…おいおっさん、そろそろ決着付けようぜ」
「よかろう、その煩い口…永久に閉じさせてやろう」
俺達はこれ以上の対決は無駄足と悟り、次で最後にするべく静かに対峙した。
真剣な表情となり、先ほどまでの戦いが全て前戯だったかと感じさせられるような雰囲気が漂う。
気付けば周りのキムラスカ兵達も全員押し黙っていた。
ある者は己の仕える主君の勝利を願い…。
またある者は予想だにしないしない結末が起こるのを期待し…。
各人がまるで劇場の観客席に座る客人の如き眼差しをしていた。
「「――――ッ!!!」」
同時に飛び出す。
全てがまるでスローモーションの映像として流れていく。
あと五m――四m――三m――…。
距離は瞬く間に縮まっていく。
これに比例して、俺達は攻撃の段階に入っていった。
ファブレ公爵は胴薙ぎをするべく、剣を並行に走らせるために腰を下ろした構えへと変化を始める。
なるほど足元からの攻撃は止めるのが困難。
届かぬ防御は虚を突きやすい。
かといって防いでも『抜かれる』。
――タイミングだ。タイミングが一番に重要だ。
俺はファブレ公爵が予想だにしなかったであろう行動に奔った。
投げたんだ、手にしていた『狙撃譜銃』を…。
狙撃譜銃は遠心力に沿って回転しながら進み、ファブレ公爵の顔面目掛けていこうとする。
譜銃自体は言い換えれば鉄の塊。
それが顔に勢いよくぶつかれば一溜りもない。大怪我間違い無しだ。
だからこそ、急遽ファブレ公爵は攻撃から防御へ反射的に移ってしまった
俺が投げた狙撃譜銃を切り上げによって弾いた。
例え罠だと気付いても、人間が反射を交えず判断するというのは難解な作業だ。
必ず「そうする」と俺は確信していた。
もし、痛みを我慢しながら初めから攻撃を続けていたのなら――。
勝っていたのはファブレ公爵の方だったんだろう。
「でりゃあああぁぁぁッ!!!」
今日一番の叫び声を上げる。
切り上げによって無防備になったファブレ公爵の首に突進力をフルに加えたラリアットが見事に決まった。
身体を一回転させるまでの強烈な一撃。
ファブレ公爵は『く』の字に宙返りを果たした。
そして、宙返りが終われば床による重力の力が待っている。
「がはぁ――ッ!?」
遅れるように、弾かれた狙撃譜銃が床に落下。
“ガチャンッ!”と絨毯の敷かれた床に叩きつけられる音が響くと共に周りのキムラスカ兵達は騒ぎ出した。
「ファブレ元帥!」
「閣下ッ!」
「馬鹿なッ!?」
それは信じられないというキムラスカ兵達の心そのものを表す言葉ばかり。
それはそうだ、ファブレ公爵は嘗て、バチカルの闘技場で鬼神の強さを誇った≪ベルセルグ≫の通り名を持つバチカル最強の武人としてもマルクトに届く程の名高い男でもあったのだからな。
だから、目の前にいる二十歳にも満たない青年ごときに遅れを取る等とあってはならないのだ。
実際、俺も満身創痍の状態で『運良く』勝てたのが正直な心象だ。
まあ、俺がそんな風に考えてるなんてこの場にいる人間には思いもよらぬ事だろう。
周りが唖然とした様子で硬直を続ける中、俺はすぐさま狙撃譜銃を拾った。
そして、銃口をファブレ公爵の米神に『押し当てた』。
「道をあけろ! さもなくばこの男の命はないぞ」
俺には勝利の余韻に浸ってる暇はなかった。
銃口を押し当てると同時に首をぎりぎり窒息しない力のラインを保って締め上げた。
いわば人質である。
「き、貴様、なんと卑怯な…ッ!?」
「意見など聞いてねぇッ! とっとと道を開けるのか開けないのかどっちかにしろ」
「う、く…ッ」
キムラスカ兵達は扉を塞ぐ位置に居た者だけが割けていく。
扉が開かれ、出口への活路が開かれた。
「この屋敷を出た瞬間にこの男は解放してやる。いいか、誰も跡を追うんじゃねえぞ」
「それを信じろとでも言うのか貴様ッ!」
「言った筈だ、俺は意見を聞いてはいない。約束は破りはしないが、このまま進展がなければこの場で終わらせても俺は構わないぜ」
「……ちッ!」
ピリピリとした一触即発の状態のまま廊下を俺はファブレ公爵を引き摺って歩いて行く。
物陰では隙あらば奪い返そうとも考えてるキムラスカ兵もいるが、俺の注意深い警戒心に隙など見えはしない。
ただ、様子を見守るしか事しか能は無い。
――上手くいったか…。
実は、俺にはこの状況を打破する方法が挙げられる。
俺が手にしている狙撃譜銃はハッキリ言うと…すでに壊れていたんだ。
譜銃とは世間一般どのような攻撃をするかを知られてはいるが、どのような構造をしているかはあまり知られていなかったのがこれ幸いと化した。
幾度もの剣との打ち合いにより、中身の音素収束装置はすでにイカれていた。
だから、暴発を恐れて使う勇気も無いし、元より撃つ事もできない。
いわば張りぼて(ダミー)。
「う、ぐ――このような結果になるとは…想像だにしなかったぞ……」
「勝負は小さな石ころだけでも大きく戦機は変わる。応用力こそが物をいうってことだよ」
「ふ…その言葉、しかと覚えておこう」
「あんたも稀に見るような立派な武人だと俺は思うぜ。勝てた自分を誇ってやりたいくらいだ」
「…そうか」
出口まであと少しという所であった。
破壊された正門跡から見覚えのある者がこちらに近づいて来ているのに気が付く。
「ペールさん、ペールさんじゃないですか!?」
フェンデ家の双対ナイマッハ家の現当主にしてガルディオスの守護者。
俺にとってはフェンデ家の次になじみ深い人物だった。
「君は…まさか、どうしてここに」
見えない歯車は次第にはめ込まれていく。
音も出さずに的確に。
≪オマケ≫
――屋敷廊下での道中――
「…なぁ、ちょっと言いたいんだが……」
「何だ?」
「あんた、前髪の毛根『薄く』なりかけてないか?」
「なっ、なんだとおぉぉぉッ!?」
「ふーむ…この調子だと『デコハゲ』になる可能性大だね」
「う、嘘だ! 私はまだ30代前半なのだぞ! そのような筈は――ッ!?」
「でもねぇ、ハゲって実質年齢関係なく悪い奴は悪くなるって話だぞ? こういう例をフェレスのおっさん連中相手に良く見た事あるし、俺の診断は間違ってないと思うんだけどな」
「違うッ! 断じて違うッ!! 信じぬぞッ! 私は、ハゲになどならんッ!!」
「…スッキリしようや、オッサン」
「な、なんだ。その哀れむような目はッ!? やめろ、そんな目で私を見るなッ!」
「…あ~きら~めましょ~♬ あきらめま~しょ~♬」
「嫌だッ! ハゲになど…ハゲになどなってたまるかッ! 認めん、私は絶対に認めぬぞッ! 絶対にならんッ!!」
「ス~ッキ~リしまっしょ~♬」
「貴様その歌止めろぉぉぉ――――ッ!!!!!」(血涙)
「「「――おいたわしや、閣下…」」」
この時より、ファブレパパは苦悩を抱える事となる。
そう、『デコハゲ』という恐怖に!