深淵の異端者   作:Jastice

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第10話 この頃、スニーキングの定理が崩壊しつつある世の中

「死ねえぇぇぇッ!」

「させるかあぁぁぁッ!」

 

 迫りくる兵士を躱し、時には攻撃。

 数々の困難を乗り越え、遂に俺はフェンデの屋敷に潜り込む事が出来た。

 すでに屋敷内部は所々キムラスカ兵によって蹂躙された傷痕が顕著に表れ、壁は骨組が剥き出しな程。

 それに、見知った使用人達の死体達…。

 

 ――ご冥福を祈りたい。

 

 こうしている内にも嘗てヴァン達と戯れた庭へと出た。

 

「下がれ下郎共ッ! これ以上の狼藉は老いぼれといえども、このペルスラン・ギュスターヴが黙ってはおけん! 今は屋敷にはおらぬ当主様に変わって我が槍捌き、その命と引き換えに味わうが良い! 賊兵共めがッ!」

「く…爺ッ! この圧倒的な戦力差を前にして未だ強がるか。命が惜しくば今すぐこの場で投降しろ」

「笑止ッ、貴様らの御大将の言葉によれば、我らは一人足りとも生かさぬ事を命令しているとの事。虚実を言い装い、隙あらば殺す魂胆であろう」

「…愚問、敗北より死を選ぶ以上、我ら白光騎士団の剣によってその命、無残に散らすがいい!」

 

 あれは、ペルスランさん!?

 死屍累々とした景色から考えるにあの人は俺がここに来るまで戦い続けていたんだろう。何人ものキムラスカ兵が床にて血溜まりに沈んでいた。

 

 五十代半ばの身体なのに、あの人相当できるな…。

 良く見る姿は紳士的な雰囲気に身を包んだ人だったけど、今では鬼人の如き気をピリピリと放っていた。

 

 だけどそろそろ限界だと伺えるくらい、見るからに動きがおぼづかなくなっていた。

 有無を言ってはいられない。速攻、加勢に入らせてもらう。

 背中に背負った狙撃譜銃を構え、染み付いた照準に則って狙いを定めた。

 俺はペルスランさんが槍柄で防ごうと身構える対象――キムラスカ兵が今にも振り下ろそうとする剣を撃ち落とす。

 剣柄を見事打ち抜いた通常より強力な譜弾はキムラスカ兵の剣を彼方へと弾き去った。

 

「ぬぉッ!?」

 

 何が起こったか理解できない素振りをするキムラスカ兵。

 突然の出来事に混乱を起こしている。

 その瞬間を彼が見逃す筈がなかった。

 

「隙ありッ!!」

 

 肉が裂け、骨を砕く鈍い音。

 兜の隙間を狙ってペルスランさんの放った一閃はキムラスカ兵の首筋を貫き、絶命させた。

 仕留めたという確信。それを安堵にペルスランさんは崩れ落ちた。

 緊張が切れ、身に纏わりついた疲労による物だ。

 

「ペルスランさん、大丈夫ですか!?」

「ハイル様、何故この屋敷へ…」

「…偶然ホドに来てたんですが、このような事態になってしまって、気になってこちらへ来てみたんです」

 

 少し嘘なんだが、今は詳しく喋ってる暇はない。

 ヴァンはどこにいるかを知りたいんだ。

 

「ところで、ヴァンは…ヴァンはどこにいるんですか!?」

「ヴァンデスデルカ様でなさいますか。あの方ならば隣接するガルディオス様の屋敷へと数時間前に御出掛に参られました」

「隣!? 糞、入れ違いかよ」

「もしや、会いに行かれるおつもりですか? なりませぬ、今やガルディオス様の屋敷正門は攻め入るキムラスカ兵が満ち溢れており、大変危険です」

「だけど会いに行かなきゃいけないんです。そのために俺は来たんだ」

 

 身を案じてくれるのはありがたい。でも俺はやらなくてはならない事がある。

 

「…左様ですか。分かりました、では助言を――ここ屋敷の裏口を通り、ガルディオス様の屋敷に入られる方が比較的安全な筈です。現在、屋敷中の鍵は全て開錠してあります故、直行しても何も問題ありますまい」

 

 となると、この屋敷の最奥まで進むしかないか。

 だけど、今の所良い方法は確かにそれぐらいしか出てこない。

 

 よし、なら話は早い…すぐに――。

 

「いたぞ、ここに二人いる!」

「発見次第抹殺せよと元帥の御命令だ。抜剣開始ッ!」

 

 くっ、こんなときにッ!?

 

 時間が無いんだッ! お前達の相手は――ッ!!

 

 

「ぬうおぉぉぉッ!!!」

 

 

 迫りくるキムラスカ兵達へと突撃する人影が一人。

 

「ペルスランさんッ!?」

「早くお行きなされハイル様ッ! ここは気にせず私にまかせなされ!」

「そんな事出来ません、あなたも一緒に!」

 

「うおぉぉぉッ!!!」

「ぬぅんッ!!」

 

 隙を付き、突きを放ったキムラスカ兵はペルスランさんの巧みな槍裁きで剣を巻き返され、がら空きの胴へ鎧ごと貫かれた。

 

「私はここの執事として主人の帰りを待たなくてはならぬ身ッ! この屋敷を離れる訳にはいかぬのです」

「だけど…ッ!」

「急ぎなされ、それともこの老いぼれの力を信用せぬとでも?」

「…………」

 

 俺は…。

 

「くそッ!」

 

 またしても何も出来ないのか…?

 

 こんな時、俺の持つ知識と経験が邪魔に思えて仕方がない。激情に身を任せて全てを台無しにする事を避けようと身体が選んでしまう。

 大きい犠牲を選ぶより、小さい犠牲を選ぶしかない。

 今まさに、目の前にある一つの命を救う事さえもできないのか!?

 

 ――ちくしょう…。

 

「ざけんなよ…だから、戦争は嫌いなんだ……」

 

 ――ちくしょう…。

 

「クソッたれがあぁぁぁ――――ッ!!!!!」

 

 俺は後ろを振り返らず走り抜けた。

 後から数多の剣戟の音が響いていようとも。

 勇敢なる老兵の絶叫が響き渡ろうとも。

 俺は決して振り返る事だけはしなかった。

 

 ペルスランさん、あなたの想いは無駄にはしません…。

 

 コーヒーを好む俺でしたが、あなたの入れる紅茶と手作りの焼き菓子。

 

 優しい味に満ち溢れていてとても大好きでした。

 

 だから、そのお礼を兼ねて俺はあなた達が守るべき人を救ってみせます。

 

 必ず……必ず――ッ!

 

 

 

 背後の気配に注意しながら耳を付けて中の様子を伺う。

 こうして俺は今、ガルディオス伯爵の屋敷窓際に俺は貼りついていた。

 窓から見えぬように若干顔を出して中を覗いてみると、大多数の人影が映る。

 

「よーし、ここからが本番だな」

 

 覚悟を決めた。逃走の為に必要な逃げ道を用意せず、目的のために如何なる事をも許容する精神をこの身に降ろす。

 これよりこの身は人であらず。一挺の銃であれ

 目の前に遮る障害は容赦なく打ち抜く銃なり。

 

 窓硝子を蹴り破り、勢いのまま屋敷内部へと侵入を果たす。

 

「何奴!!」

 

 ――撃つッ!

 

「があぁぁぁッ!?」

 

 迅速に屋敷へ侵入した瞬間、近くにいた兵士を撃つ。

 鎧に覆われていない部位を狙った射撃。

 緊張で研ぎ澄まされた今の俺には何の造作もない。

 余計な感情を殺し、相手を行動不能にする手段を第一優先とする。

 

 

 ――太腿部、膝頭、脇腹、手甲、足甲、鎖骨、顎、金的。

 

 

 解剖学の知識が如何に人を『壊せるか』有効活用を果たす。

 

「て、敵襲だぁぁぁッ!!」

 

 

 タイムリミット――ヴァンが預言を成就させるまで。

 

 成功条件――それまでにヴァンの発見。

 

 失敗条件――上記2の失敗並びに俺の死亡。

 

 

 これらは飽くまで最低目標。

 

 助けられる人がいるなら迷わず助ける。

 

 それだけは外せない。

 

「覚悟ッ!」

「ぐッ!」

 

 それにしても、思ったよりも敵の動きが俊敏だ。

 流石軍隊という訳か。統率がしっかりしている分、チームプレーというのに慣れてるって事だな。

 おかげで次へ進もうにも進む事が出来ない。

 

「くらえッ!」

 

 斬りつけようとするキムラスカ兵の斬撃を銃身で受け、そのまま腰に回転を加えて銃底で胸を叩きつける。

 鎧で覆われているから人体に直接のダメージは入らないが、衝撃だけはバットに叩かれたような物が伝わる筈だ。

 案の定、その兵は後へ転がりながら倒れていった。

 

「外も駄目、中も駄目、気が滅入るな…こりゃあ……」

 

 このまま続けてもいずれじゃ四面楚歌になっちまいそうだ。

 どうする、このまま地道に行くしかないのか?

 

「ここだ! 見つけたぞ!」

 

 言った傍から増援か、ご苦労なこった。

 声からして4、5人引き連れてきたか?

 

 仕方がない、一旦後へ下がって距離を――。

 

「こっちにいるぞ、挟み撃ちをかけろ!」

 

 しまった! 挟まれただとッ!?

 まずいまずいまずい、この状況はかなりまずいッ!

 

「ようやくだな。なかなか良い動きをしていたが、両面ともなると流石の貴様でも太刀打ちできんだろう」

 

 あぁ、まったくその通りだよ。得意げに話しやがって…。

 

「お褒めの言葉は受けとっておくよ。だけどな――」

 

 諦めねえってのが俺の生き様の一つなんだよ!

 

 ちょうど横にあった扉をタックルで半ば強引に開けた。

 よし、開いていたか! 

 確かに挟まれていたが、今いる通路は部屋が一定の間隔で並んだ構造だ。

 鍵が掛かってたらアウトだったが、運よく掛かってなかったのをどうやら俺は選べたらしい。

 

 おっと、呑気に考えてる場合じゃない。

 とりあえずは扉を塞がなくては。

 俺はすぐさま傍にあった部屋の本棚を倒してドアを塞ぐ。

 これで少しは持つだろう…が、時間の問題だ。

 

「どうする…どうすればいい。考えろ、ここは二階だ。しかも窓はなし、隣の壁を突き破るほどの譜術はこれ以上は使えそうにない。逆に精神力が尽きて倒れちまう」

 

 密室を見渡して俺は解決策を模索し続ける。

 背中は扉を蹴破ろうとする音を振動として直に感じつつ、ひたすら探した。

 

「…おや?」

 

 答えは『上』にあった。

 

 

 

 しばらくして、遂にキムラスカ兵達はドアを突き破って部屋へ侵入してきた。

 だが、彼らは思いもよらぬ事態に直面する。

 

「い、いないだと!?」

「いや、この部屋のどこかへ隠れている筈だ。探せ!」

 

 そうして彼らは部屋中を探索していた。

 

「どうだ?」

「だ、だめです、見つかりません!」

「どういう事だ? 確かにあの男がこの部屋に入るのは我々全員が見ていた筈だぞ」

「ですが…」

 

 八人掛かりで部屋を探索しているが、俺を見つける事は出来ないようだ。

 

 ――ん? だったら俺が今どこにいるかって…?

 

 あいつらも少しは洞察力が働けば俺があの後どう動いたか気が付けたんだろうが、目先の利益で視野が狭まったに違いない。

 でなければ、真上の換気口を覆うフェンスを取りつけるボトルに溶けた跡があるって分かった筈だ。

 

「はぁ…はぁ…積み重ねた荷物を完全に崩しといたから、まさか上に行ったなんて誰も思いつかないだろうな」

 

 俺は部屋の真上にあった階層を活用して作られた換気口に入り込み、キムラスカ兵を完全に撒く事に成功した。仮に見つけたとしても、重装備の彼らではここを通るのは無理だ。

 

 そして、俺は四つん這いで少しづつ手足を前後に動かして進んで行く。

 途中で発見するフェンス付き換気口からは誰かが戦ってる様子が覗けた。

 恐らくこの屋敷の人達だろう。

 

 それにしても、この換気口は迷路のように複雑な形をしてるな。

 一つ一つ虱潰し出調べていくしかないか。

 

 俺は換気口を一つ一つ覗きながら進んで行く。

 六番目を通り過ぎようとした所だった

 

 キムラスカ兵が声を上げ、剣を振りかざして今にも切り捨てんばかりに人を襲う姿が目に映った。

 これまでの様子だったら自分の優先を考え、涙を呑んでその場から立ち去っていた。

 だが、俺にとって問題なのはその相手が『子供』だという事実。

 どこかで見た事があるような顔立ちだったが、悠長に思い出してる暇はない。

 その間にも子供へと迫りかかるキムラスカ兵の壁となるべく、先ほどの子供と同じ金髪の少女が何かを必死に叫んでいた。

 だがキムラスカ兵の剣が止まる様子はない。

 

「炸裂する力よ、≪エナジーブラスト≫!!」

 

 譜術の基本とされる音素エネルギーを圧縮し、一種の爆弾として放つ技。

 伸ばした手先を発火地点とするようにエナジーブラストを発動し、邪魔なフェンスを真下へと接着していた石天井の一部ごと吹き飛ばす。

 物理的な原理により、簡易的な大砲となったフェンス片はそのままキムラスカ兵を押しつぶし、やがてピクリとも動かなくなった。

 何があったのか分からない顔をしている少年と少女の様子を上から眺めつつ、大きく開いた穴から俺はその場に降り立った。

 

「…あなたは?」

 

 先ほどの出来事による警戒心か、少年を後ろに隠すようにして強く抱きしめながら少女は俺に問うた。

 

「今は俺が何者かはどうでもいい事だ。そうだな…敢えて言うとしたら――」

 

 

 ――正義の味方、かな?


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