深淵の異端者   作:Jastice

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第9話 戦場で一番厄介な病気は水虫なんだってさ

 守りたい物が沢山あった。

 

 けどその分だけ更に奪われていった。

 

 そんな地獄を嘗て俺は見続けてきた。

 

 メスではなく、銃こそが力を制する血と油の世界。

 

 命がまるで笊(ざる)に流す水のように失われていく世界。

 

 逃げ込んだ先で飛び込んだのはそんな世界だった。

 

 

 死こそが唯一この世で幸福を得られる瞬間だと教えられる倫理。

 

 名誉を得る事こそが己を磨く唯一の術だと教えられる人々。

 

 

 俺は憎む、戦争という名を持つ全ての行為を生まれ変わろうとも。

 

 形の無い富や幸を変わらず求め続ける愚者達にどうか救いを。

 

 俺は戦争を憎む――友を今まさに奪おうとしている戦争を絶対に許容しないと誓う。

 

 

「……こうするしかないよな」

 

 自分の机に一通の書置きを置いた所でそう呟いた。

 前日の夜、首都グランコクマより伝送されてきた緊急提言がフェレス中を混迷状態にきたしていた。

 内容が内容だ、落ち着けと言われても無理がある。

 これまでちょくちょくと行われてきた国境戦争、二度目の国境戦が終わってからは停戦状態が続いていた時期。

 そんな安寧の日々が突如として破られた。

 

 ――第三次国境戦争。

 

 キムラスカ首都バチカルとマルクト首都グランコクマはタタル渓谷を挟んだほぼ北南に位置している。

 故に国境間の小競り合いがこれまでも多く発生しており、その都度戦乱の口実とされてきた。

 今回、戦争のきっかけとなった理由を一般市民である俺が知る事はできないが、どうせ利益を先走った偽政者共が原因だろう。

 ただ、武力侵攻を最初に始めたのはキムラスカとの話だが、どこまでが本当なのかは詳しく調べないと分からない事だ。

 

「ごめん、父さん……母さん……」

 

 大陸とはかけ離れているフェレス島でさえ、この話に大きく関係している。

 先ほど、バチカルとグランコクマは北南に位置していると述べたが、ではその中間に位置しているのは……?

 

 ――ホド島と遠く離れるフェレス島だ!

 

 只今、キムラスカ軍はグランコクマへの侵攻を目指し、道中のホド島を侵攻中との情報が挙がってきていた。

 

「俺は、あの人達を見捨てられないんだ」

 

 もうすぐフェンデ家には新しい家族が生まれるんだ。

 幸せがやってくる。

 大きな力を持たぬこの身では大した事は出来ないかもしれない。

 だけど、何もしないまま彼らを見捨てるような真似はしたくない。

 

 預言がなんだ。

 

 栄光を掴む者がなんだ!

 

 じゃあこっちはローレライから派遣されてきた異端者だぞこの野郎!

 

「行ってきます」

 

 今は明朝、ホドから送られた物資の支援要請に伴い、それらを乗せた物資運搬船が出港する。

 背中の革布を解放し、組み立て済みの狙撃譜銃を背負い、まだ眠りの中にいる両親を起こさぬよう、静かに玄関を開けた。

 俺は港へ向かう。

 海から漂ってきた薄い霧が顔をしっとりと濡らしていた。

 

 

 フェレス島から出発したホドへの物資運搬船。

 秘密裏に荷物の中へ紛れながら俺は息を潜め、気持ちを落ち着かせようとしていた。

 今から行く所は戦場だ。

 聞くところによると、まだマルクト軍は海上戦で 持ちこたえているそうだ。

 物資運搬船はホド島の裏側から入港する予定だ。

 俺はそれを狙ってこの船を選んで忍び込んでいた。

 波に揺れる船と共に身体を揺さぶられつつも、狙撃譜銃を背負ったまま到着するのを待ち続ける。

 

「おい、聞いたか。ガルディオス領主の屋敷には二日前から親戚一同集まってたらしいぜ?」

「そういや今日はガイラルディア様の誕生日でもあったな……運が悪いもんだぜ。ずいぶん前から用意し続け、これから誕生祭と思った矢先に戦争開始だもんな」

「こんな大変な時期に誕生祭やるってのは感心できない所があったけどよ、今となっちゃあどうにも言えねえや」

「無事にホドへ辿り着けれるか不安だな、俺達……」

 

 その話からするとまだホド本島自体は無事か。

 きっと領民は避難しようと混乱してるだろうな。

 暴動が起きてない事を祈りたい。

 

 けど、何千、何万の人間が預言によって生じる現象で亡くなる。

 島が消滅するという事は大規模な爆発による物だろうか?

 とにかく、ヴァンに会いに行こう、話はそれからだ。

 

 荷物に被さっていた布を拝借し、荷物に紛れるようにして隠れて隙間から見ると、ホドはもう間もなくだ。

 このままいけば――。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

 船員の慌てる声が耳に入った。

 何事かと布をもっと大きく捲って視界を確保しようとした瞬間、轟音を唸らせ船が激しく揺れた。

 突如として物資運搬船が攻撃を受けたという事実だった。

 帆は焼かれ始め、半分は機能出来そうにない程まで失われていた。

 

「キムラスカ軍の戦艦だ――ッ!!」

「やべぇ! 包囲網の緩い所を突かれて突破されちまったんだ! このままじゃ侵入されちまうッ!?」

「どうすんだよ。向こうは譜術ブッぱなしてきて攻撃体制だぞ!」

 

 なんだってッ!? めちゃくちゃやべぇじゃねえか!

 

 まずい、時間を取られたくないこんな時にッ!

 ここで戦うか――いや、まだ遠すぎる。

 こちらは唯の物資運搬船、対して向こうは戦艦――戦力差は明らか。

 あっという間に木端微塵にされちまう。

 

 くそ、こうするしかない!

 

「うぉッ! おまえさん誰だ!?」

「何時の間にこの船に乗ったんだ!?」

 

 俺は後で叫ぶ男達の声を無視しながら船から飛び降りた。

 背中に固定した狙撃譜銃は落とさないようにしてある。

 島までの距離はおおよそ200m……。

 的は大きくされないように、気付かれず、注意を反らすように。

 幾らなんでも軍隊は海上で人一人の為に労力を使うような事はしない筈だ。

 

 どうにかして泳ぎ切るしかないか……。

 

 俺は全力でホドへと向かった。

 

 

 

 

 

「げほッ! がはッ! はぁ……はぁ……」

 

 どれほど時間をかけたかは数えてないが、どうにかしてホドの港近くで上陸することができた。

 全身びしょぬれで息は上がっている。

 どうやら相当の体力を使ってしまったようだ。

 

「早くこっちへッ!」

 

 周りには避難を求めて慌てている領民達が大勢いた。

 

「おい、いつになったら避難船が到着すんだよ。キムラスカ兵達は目前に迫りつつあるんだぞッ!」

「このままマルクト人である俺達を同じマルクトが見殺しにするのかよ」

「おねがいです、この子だけで良いんです。早くここから非難させてくださいッ!」

「帝国は一体何をしているんだ!」

 

 其々の言葉が飛び交う中、俺は人混みを潜り抜けていく。

 押され、引っ張られたりと様々な衝撃が襲ってくるが、一々気にしている暇はない。

 俺は早くフェンデの屋敷に向かわなくてはいけないんだ!

 

「大変だ、島の前方包囲網が完全に破られたらしいぞ!」

「本当かッ!? となるとキムラスカの奴らが流れ込む!」

 

 くそ……向こう側はもう敵兵が徘徊してるって事か!

 フェンデ家の屋敷は島中央に半ば位置している。

 狙われるのは必然。そう遅くはない。

 

「行くのがますます難しくなってきてしまったな」

 

 出来るだけ姿を晒すのは得策じゃない。

 俺は出来るだけ裏通りを使う事に決めた。

 薄暗く、細道だから軍が進んで使うような道ではないと考えた上での選択であった。

 

 ――どうにか間に合ってくれよ!

 

 そう意気込んでみたが、しばらくしてから俺はその考えが甘いと思い知らされる事となる。

 

「いたか!」

「だめです、見当たりません!」

「くそ、何者かの奇襲を受けたが警戒態勢は怠るな。発見次第殺せ!」

「はッ!!」

 

 しくった、見つかってしまった。

 狙撃譜銃による攻撃で警戒心を煽らせ、行方を追わせずには済んだが、今いる民家の中に隠れ続けても見つかるのは時間の問題だな。

 それに、予想以上にキムラスカ兵士が多い。

 屋敷に近いからこそ集結しているんだろう。

 島中央に位置するフェンデ家の屋敷やガルディオス家の屋敷が攻められるのもそう遠くはない。

 俺にとって事態は最悪の方向に向かいつつあった。

 生きて帰れるかなんてもう考えてる暇などないな。

 ならば、俺自身が直接命運を掴み取るまでだ!

 

 よし、そろそろいくか。

 

「うぉわッ! なんだ!?」

 

 爆発音が近い。それにかなりでかい規模。

 譜業兵器による物だろうか?

 

「……あそこは」

 

 確かガルディオス家の屋敷だった筈。

 見るに正門の防壁が壊されたか。

 瞬く間にキムラスカ兵が屋敷へと侵入してるのがこちらからでも目視できた。

 

 手遅れかもしれない。あの場所はもうとっくに……。

 

「貴様、ここで何をしている!」

「げッ!?」

 

 考えてる余裕もやらないってか? 

 だったらもう後戻りはできねえ!

 強引に突っ切るしか道はない!

 

「凍てつきし氷刃の雨よ、来たれ!≪アイシクルレイン≫!!」

 

 

 

 異端者は忌み嫌った戦争の地へと踏み込んでいく。

 

 後に、この戦争を人々は『ホド戦争』と呼ぶ事になるのを彼はまだ知らない。


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