恋敵と過ごす、最悪の日   作:場理瑠都

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空の境界の二次創作第二弾です。


戦いは終わらない。

 その宣言は、ある日突然告げられた。

「式と、結婚することにしたよ。」

 ……私の実の兄であり、私の初恋の人であり、私が恋をしている黒桐幹也という男性から、そう告げられた時。

 私は、世界が一瞬で真っ白になったような、錯覚を、覚えた。

「うん・・・・・・。びっくりするよね、突然。」

 その人は、顔をほんのりと赤らめながら、ちょっと恥ずかしそうにしながら、でもまっすぐと妹である私を見ながら、言葉を続けた。

「一昨日さ、式にプロポーズをしたんだ。その場ですぐ、了承してもらえた。昨日、父さんと母さんに報告したよ。二人とも、驚いたけれど、喜んでくれた。本当なら、昨日のうちに鮮花にも電話していうべきだったのかもしれないけれど、やっぱりこういうことは、じかに会って言おうって思ったんだ。式は、鮮花にとっても友達だったわけだから。」

 彼の言葉は、私は音として聞いていた。ただの音として。

 彼は照れ臭そうに頭をかく。私からの祝福を、当然のものとして期待するように。

 だけどそれは、長く続かなかった。幹也は一転、心配そうな顔になって、私に声を掛ける。

「鮮花・・・・・・? 何で、泣いているんだい・・・・・・?」

 当惑する、彼の顔を視界から打ち消すように、私は顔を背け、走り去る。

「鮮花!」

 彼の声を振り切って、私は、黒桐の家から駆けだしていった。

 雨の降る外を、傘もささずに。

 

  馬鹿ね。私。

 分かり切っていたことじゃない、こんな日がいつか来るなんて。

 それなのに、「惚れるより惚れさせたい」なんて、ちっぽけな女のプライドなんてものにしがみついて、ずっと気持ちを伝えることから逃げてきたのは私じゃない。幹也は悪くない、式だって悪くない。

 今私が感じてる苦しさも哀しさも切なさも、全部私、黒桐鮮花の行動が招いた、当然の罰なんだ――。

 

 私は、走った。どこへ行く当てもなく、雨の降りしきる街を。

 顔を濡らす涙を、覆い隠してくれる優しい雨の下を。

 走り疲れて、私は止まった。道の真ん中で、荒い呼吸を整え、しゃがみこんで足を休める。

 全力疾走の反動で、疲れた私はそのままそこにしゃがんままでいた。しゃがんで、顔を下に向けたまま、しばらくすると。

 体にかかる、雨が消えた。

 顔を上げた私の目には、頭上にかかる傘と、

「この莫迦。風邪ひきたいのか?」

 その傘を持って、呆れたような顔で私を見下ろす、両儀式の姿。

 今、私が、二番目に見たくない人物。

 私は立ち上がり、無言で彼女から、歩み去ろうとする。

「おい、待てよ。」

 無言で、歩く。

「どこ行くんだよ、鮮花」

「どこだっていいでしょ。あんたには関係ない。」

 つい、口から出てしまう、とげのある言葉。本当は、彼女に私がそんな態度をとることに、正当性なんて欠片もないって、わかってるはずなのに。

「関係ないなんて話があるか。もうじき、姉妹になるんだぞ、オレたち」

 私は、彼女を振り返った。

 涙と雨で、滲んではっきり見えなくても、私は彼女を正面から睨みつける。

 でも、なんて言葉を言えばいいのか、何も思いつかなかった。

「……その顔見た感じ、もう知ってるみたいだな。」

 言って、彼女はため息をついて、

 また、私に、傘をさしてくれた。

「まあ・・・さ。」

 同じ傘の下で、式は私に語り掛ける。

「お前だって、俺に言いたいこと、いろいろあるんだろうけどさ。・・・・・・とりあえず、どっか屋根の下で、体を乾かしてから、オレを罵れよ。」

 私は、無言だった。

 それを式は、了承のしるしと受け取ったらしい。

「あのビル、もう使えないからな。アーネンエルベに行くぞ」

 傘を持って歩きだす彼女に、私は無言で歩を合わせた。

 

 喫茶店は、すいていた。きっと雨のせいだ。私たちは、窓際の向かい合った二席に座った。

「俺はコーヒーを頼む。お前は?」

「・・・・・・いらない。」

 それが、私がお店に入って初めて口にした言葉だった。

 オレンジ色の髪の店員さん(女の子だ)が、式の注文を聞いて、去っていった。。

 テーブルを挟んで、向かい合う私たち。

「・・・・・・さっきは、傘をさしてくれて、ありがとう」

 沈黙を破ったのは、私だった。

 どんな相手であれ、してくれたことには、お礼をするべきだから。

「別に。雨に濡れた女なんてみたくないからな。」

 そう言って、ぷいっと窓へそっぽを向く式。

「……いつ、教えられたんだ?」

 何を、とは。式は言わなかった。

「……さっき」

 コップに目の焦点を合わせながら、私は答える。

「あいつのことだから、腹が立つほどの笑顔で言ったんだろうな」

「……ええ。嬉しそうだったわ。」

「・・・・・・・」

「・・・・・・そういえば、あなたは何であそこにいたの? 兄さんに頼まれて、私の事探してくれていたのかしら」

「そんなわけあるか。偶然だ。・・・・・・本当なら、今頃、お前らの両親に会ってたはずなんだがな。」

 ああ・・・・・・そうか。

 式はまだ、父さんと母さんへの結婚のあいさつを、していなかったのね。

「あの馬鹿の鈍さのせいだぞ、全く。・・・・・・にしても、らしくないな。」

「え?」

「お前だよ。さっきからおとなしすぎる。てっきりいつもみたいに、オレにつっかかってくるのを予想して家を出たんだけどな、今朝」

「……失恋の直後なのに、そんな元気ないわよ。」

 そう。

 私の恋は、終わったのだ。

「・・・・・・」

 式は、無言で外を見つめている。

「……大切に、してあげてね」

 私は、言葉を続く。

「あの人、馬鹿だから。妻のあなたが、よく気を付けて上げて。無茶しないように――」

「それでいいのか?」

 式は、私を向いて、言った。

「-え?」

「オレがあいつと結婚したら、お前の恋はおわりだなんて、それでいいのかお前は?」

「……仕方、ないでしょ。」

「そうか、所詮お前の幹也への想いなんて、そんなことで終わっちまう程度に過ぎなかったんだな」

 ・・・・・・ぴき。

 何だろう、私の心に、一つ、ひびが入った気がした。

「まあそうだろうな。実の妹を愛するなんて、常識的に言って無理だし。最初っから不可能な望みだったんだ。むしろ、これでよかったんじゃないか?」

 式はべらべらと、らしくない饒舌を振るう。私を、嘲笑うように見ながら。

「何しろ、これでお前はもう、あり得ない望みの為に努力する必要がなくなったんだから。別にあいつに二度と会えなくなるわけじゃ無いし。可愛らしい妹として、これからも傍にいられることに違いはないんだからな。」

 私の手の先が、震えているのが、見えた。

「良かったな。これからはもう、オレと張り合うための無駄な努力なんてする必要も無いぞ。オレとあいつの幸せな結婚生活を、近くで見られる権利をやろう。幸せのおすそ分けって奴さ。まあ俺も、旦那が妹と仲良くしてるのを咎めるほど狭量な女じゃないからな。なんなら、お前があいつと時々一緒に出掛けたり、体を密着させるぐらいなら大目に許してやっても――」

「・・・・・・にしないで」

「・・・・・・え?」

「馬鹿にしないでって、言っているのよ!」

 私は、声を荒げ、立ち上がった。

「幸せのおすそ分けですって! 大目に見てやるですって! あんまり私を舐めないでよね! そんな風に油断してる横で、私は幹也を誘惑してやるんだから! 幹也が妻の立場に安心してるあんたのことを忘れて私に乗り換えるぐらい、魅力的な女になってやるんだから! 私は、、、私は、、、」

 息を整え、真っ直ぐと式を見つめ、私は言う。

「絶対に、あんたから、幹也を、奪い取ってみせる!」

 ・・・・・・沈黙が、流れた。

 私は荒い息をぜえはあと整える。

「あの~。お客様。少し、お声を小さくしていただけないでしょうか・・・・・・。」

 沈黙を破ったのは、コーヒーを手にしてやってきた、オレンジ色の髪をした女の子の店員だった。私の傍で、おずおずと声を掛けてくる。

 我に返り、私は周囲を見回す。・・・・・・カウンターにいるもう一人の店員(緑の髪の女の子だ)を含めた、店内の人たちみんなが、私のいる方を見つめていた。

 羞恥で、顔が、溶けてしまいそうだった。

 式が、店員さんから受け取ったコーヒーをぐいっと一飲みして、立ち上がった。

「ったく。手間かけさせやがって」

 そう言って彼女はレジに行き、緑髪の店員相手に精算をする。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 店を出た彼女を、私もすぐに追いかける。

「なんなのよ、あんた。・・・・・・もしかして、元気づけた、つもりなのかしら。」

「さあな。オレも何でこんなことしたのかわからない。」

 雨はもう、やんでいた。

 私たちは、雲の切れ間から降り注ぐ陽の光を浴びて、並んで歩く。

「あんた、馬鹿でしょ。将来のライバル作っちゃったじゃないの」

「あいつは浮気なんてしないよ。」

「大した自信ね。すぐに打ち砕いてやるわ」

「ああ、それだな。きっと。」

「? なによ」

「お前のそういう生意気な言葉、嫌いじゃないんだよ、オレは」

 顔を俯かせて、ちょっと恥ずかしげに、式は言った。

 ・・・・・・なんか、私も、恥ずかしくなった。

 顔を俯かせながら、並んで歩く私たち。あれ、なんだろう。これだとなんか、私たちって恋敵同士ってよりむしろ恋人同士――

 って、何馬鹿なこと考えてんのよ私! こいつは敵!

 ・・・・・・はあ。

 なんか、勝手に落ち込んで泣いてたさっきまでの私、馬鹿みたい。

 敵にすら奮起させられるなんて情けない姿曝しちゃった。

 結局、私は「黒桐鮮花」なんだ。黒桐幹也に憧れる、女の子なんだ。それを変えることは出来ない。

 だから、幹也が誰と結婚しようと、私の想いは消えないし、私のユメも、絶対にあきらめることは出来ないんだ。

 だってそんなことしてしまったら、私は黒桐鮮花じゃないんだから。

 上を、見上げる。

 胸を張る。

「……ねえ式」

「ん?」

「これからも、敵同士ね。」

「お前がそう思うならな」

「でも、これだけは言っておくわ。できればこんなこと言うの、今日が最後であってほしいのだけど。」

「何だ?」

「ありがとう。」

「・・・・・・」

 式は、何も答えなかった。

 雨上がりの空の下、私たちは、黒桐の家を目指して、歩いていった。

 

 

 

「それにしても、結婚するにしても早すぎじゃない? 確か貴方、まだ高校卒業してないでしょ。」

「あと数か月で卒業するよ。別にオレは今スグじゃなくてもいいんだけど……あいつが、責任はすぐにとりたいとか言ってさ……」

「責任?」

 私は、式を見る。

 彼女は顔を赤らめながら、手を、おなかのあたりに当てていた。

 まるでそこに、大切なものがあるように。

「あんた、まさか――」

「あんまり、言いふらすなよ? 一応はまだ在学中だしな。外目でも目立つ頃には、もう卒業しちまってるけどな」

「……呆れた。狡猾なのね。既成事実を作って、結婚しなければならないように仕向けるなんて」

「別にオレは、一人でも産んで育てるつもりだって言ったからな。」

「幹也がそんなのほっとくわけないでしょ。堕さない段階で計画的犯行は確定ね」

「あいつの子どもを、堕すなんて出来るか。」

「うわ! あざとい熱愛アピール!」

「・・・・・・ふん!」

 式はそっぽを向いた。

 私は、既に計画を立てはじめていた。予定日が近くなれば、式は恐らく入院を余儀なくされる。つまりその間、幹也はこいつと離れて生活せざるを得なくなる。誘惑のチャンスが発生する。妻の妊娠中に浮気する様な男なんて願い下げだけど、その間に私の魅力をたっぷりと刷り込んでおけば、その後で恋が芽吹く種となる・・・・・・。

 

黒桐鮮花、気合い入れていくわよ!

 

 


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