十八年間過ごした阿知賀の土地を離れ上京したのは、宥にとって一大決心であった。家族から反対の声は上がったが、彼女は粘り強く説き伏せた。普段は自分の意見を表明しない宥に、結局折れたのは家族のほうだった。
きっかけは、三年前のインターハイ。
あの夏、宥は決めたのだ。もう一歩踏み出してみよう、と。
その選択に後悔はない。東京では新しい友人との出会いがあり、苦労も多いながらも宥は充実した日々を送っていた。
けれども、彼女は一つだけ心残りを故郷に残してしまった。
最後まで宥の上京に反対した、大切な妹を。
◇
中央広場から、宥たちは一旦部室に戻ってきた。出発したときとは三人、帰ってきたときは四人。これが待望の新入部員であれば良かったが、残念ながら彼女は学外の学生である。
長机を挟んで、宥は妹の玄と向かい合って座る。しかしまともに目を合わせられず、宥はマフラーで顔の半分を覆い隠してしまう。そんな彼女の隣には、後輩の京太郎が控えていた。
「どうぞ」
人数分のお茶を運んできたのは、もう一人の後輩、尭深だった。彼女のいれてくれるお茶はいつも美味しい。だが、今の宥に味わう余裕はない。
それでも頑張って、宥は妹に声をかける。後輩たちの前で、情けない姿は見せられない。
「玄ちゃん、どうしてこっちに来たの?」
「どうしてもこうしてもないよ、おねーちゃん」
むふー、と鼻息荒く玄は詰め寄る。
「質問したいのはこっちだよ。おねーちゃん、どうして奈良に帰ってこないの? ゴールデンウィークもこっちに残るって、どういうことなの」
「だ、だって。部活もあるし、私も副部長だから忙しくて。夏休みには必ず帰るから」
「この間ゴールデンウィークは絶対に帰ってくるって言ったよね」
「う……」
「春休みも絶対に帰ってくるって言ったのに、うやむやにしたよね」
「うう……」
「お正月は二日しか家にいなかったし」
「か、家庭教師してる子が受験生だったから……」
「その前のお盆だって、三日だけだよ」
頬をぷくりと膨らませて、玄は姉へと文句を言う。あうう、と宥は慌てふためくが、当然玄の機嫌は直らない。
玄の指摘したことは、全て事実だった。ここ一年で、阿知賀に帰る時間はめっきり減ってしまった。親不孝であるのは重々承知しているが、元々出不精な性格も手伝って、どうしても足が遠のいていたのだ。
「あの」
助け船を出すように口を挟んだのは、京太郎だった。
「玄さんは、わざわざこのために東京まで来たんですか? そっちもまだ講義普通にあるんでしょう?」
「当然なのです!」
胸を張って、玄が答える。
「講義よりも、妹としておねーちゃんが心配なのです!」
「でも、便りがないのは元気な証拠とも言いますし」
「それにだって限度があるんだよ。東京は怖い街だし」
京太郎の進言にも、玄は耳を傾けない。むしろヒートアップする勢いだった。宥はますます縮こまり、尭深一人がマイペースにお茶をすする。
「大体、部活部活って言ってるのに、さっきのは何なの、おねーちゃん」
「え……か、勧誘だよ。新入部員を集めてるの。懐かしいよね、阿知賀でも灼ちゃんを誘ったりして」
「うん、そう言えばそんなこともあったね…………じゃなくて!」
がたん、と椅子を倒して玄は立ち上がった。
「全然勧誘になってないよ! ずっと須賀くんと渋谷さんに任せきりだったじゃない!」
「そ、それは……」
痛いところを突かれてしまった。自覚している分、宥は何も言い返せなくなってしまう。
「そんなので部活やってるって言えるのっ?」
「松実さん」
詰め寄る玄をやんわりと止めたのは、湯飲みを握る尭深だった。
「松実先輩は、副部長として部活を支えてくれています。それは、一年間一緒にいた私が保証します」
思わぬところからの反撃に、玄は言葉を詰まらせる。その隙を逃さない、と言わんばかりに京太郎が続いた。
「今日の勧誘だって、松実先輩がチラシを作って提案してくれたんです。俺たちだけじゃ実行さえできていなかったと思います」
後輩二人の援護射撃に、宥は照れ臭くなるのと同時に、胸があったかくなった。こんな風に庇って貰えるとは思いも寄らなかった。
一方玄は、むうと唸って、
「……須賀くんは、同じおもち愛好家として認めていたのに」
「すみません玄さん……!」
「もう須賀くんも知らないよ!」
つん、と玄はそっぽを向いてしまう。
「とにかくおねーちゃん、ゴールデンウィークは帰って来て貰うから!」
「だ、だめだよ。みんなで練習することになってるんだから。合宿もしようと思ってて」
「関係ないのです!」
「ひぅっ」
玄が机を掌で叩く。気圧された宥はのけぞって、安物のパイプ椅子はすぐにバランスを崩した。――身を包むのは浮遊感。このまま床に背中から落ちてしまう。そう覚悟した瞬間、
「っとと」
隣の京太郎に、抱き止められた。パイプ椅子だけが、音を立て転がる。背中に回された大きな腕はとても頼りがいがあって、椅子に座るよりもむしろ安定感があるくらいだった。
初めての男子の後輩、というのは言葉の上では理解していた。していたつもりだった。初めて彼が、「男性」であることを宥は意識させられた。
「大丈夫ですか、松実先輩」
「う、うん……だいじょうぶ」
ぼうっと、彼の顔を見上げてしまう。自分で立てるはずなのに、されるがまま京太郎に背中を支えられてしまった。
「ご、ごめんおねー……」
狼狽して謝ってくる妹の声も、耳に届かない。 狼狽えて謝ろうとする玄の声は、途中で途切れた。
宥の瞳と、その視線の先にいる青年。玄の体が、よろめく。
「……もしかして」
「く、玄ちゃん?」
そこでようやく、宥が反応する。しかしもう遅かった。
「おねーちゃんが帰ってこない理由って、須賀くんっ?」
「は、はぁっ?」
「え、な、なんでそうなるのっ?」
「須賀くんとおねーちゃんは既にそんな関係だったんだね!」
宥の声も京太郎の声も、玄の耳には届いていないようだった。まなじりに涙を一杯に貯めて、玄はぶるぶる肩を震わせる。――これはまずい。宥は焦った。だが、おろおろとするばかりで最初の一歩を踏み出せない。先に、玄が決壊してしまう。思ってもいなかったことを、傷つける意図などこれっぽっちもなかったというのに、口走ってしまう。
「おねーちゃんのばか! 東京で悪い男にひっかかっちゃダメってあれだけ言ったのに!」
宥も、動揺していた。電気代以外の話題で妹からこれだけ責め立てられたのはほとんど初めてだった。普段は穏和で争い事を避ける彼女が珍しく、厳かな声で妹を窘めた。
「京太郎くんは悪い人なんかじゃないよ、玄ちゃん。京太郎くんに、謝って」
そして妹もまた、姉からこのような態度をとられるのも初めてだった。思えば、正面切っての姉妹喧嘩なんてもう何年もしてこなかった。幼い頃、一度あったかないかというレベルだ。それほど仲が良かった。
故に、一度火が付いてしまうと消化方法が分からない。どちらも引き方が分からないのだ。
最終的に、玄はうるうると瞳を濡らして、
「お……」
「お?」
「おねーちゃんのおもちは私のものだったのにーっ!」
「それは違うよっ!?」
悲痛な叫びとともに部室を飛び出して行ってしまった。宥たちの突っ込みも意味を為さず、一陣の風のごとく消え去った。
三人は、ぽかんと部室に取り残される。はぁ、と宥は深い溜息を吐いた。
「……なんだかごめんね、変な話になっちゃって」
「いや、俺のほうこそすみません。話をややこしくしてしまったみたいで」
宥と京太郎が頭を下げ合う傍ら、尭深が扉を指さして訊ねた。
「良いんですか、放っておいて」
「良いの」
珍しく、本当に珍しく宥は不機嫌さを露わにしていた。頬を膨らませ、そっぽを向く。
「玄ちゃんなんて放っておけば良いの。きっともう大阪に帰ってるよ」
完全にむくれてしまった。後輩の前でみっともないと思いつつも、既に姉妹喧嘩を見せてしまった手前、ひっこみがつかない。
宥が初めて見せる姿に、京太郎は戸惑いを隠せなかった。どうしましょうか、と彼は尭深に視線で訴えかける。
元々の性格の違いか、尭深はさして動揺する様子もない。京太郎へこっくりと頷きを返し、宥の肩に手を置く。
「松実先輩」
「……なぁに?」
「こういうときは、ひとつです」
「な、なにかな?」
小首を傾げる宥へ向かって、いつもの小さくも優しい声で東帝大学麻雀部宴会部長は告げた。
「――飲みに行きましょう」
◇
「――それで、どうして私が呼ばれるんだ」
空になったジョッキを机に荒く叩きつけながら、弘世菫は京太郎と尭深に文句をつけた。反射的に京太郎が頭を下げる。
「すみません、ほんとに」
「いや、須賀君は良いんだ。君も巻き込まれた口だろう。――で、尭深、どうして私なんだ」
「私も須賀くんも未成年ですから……」
「恭子はどうした」
「掴まりませんでした。松実先輩も一緒に飲める相手がいたほうが良いと思って、それなら菫先輩が適任かと。飲み放題ですので遠慮なくどうぞ」
「全く……」
悪びれる素振りもなく、尭深は湯飲みを両手で握りながら淡々と答える。結局、溜息と共に菫は引き下がった。来てしまったからには、これ以上は不要な問答だった。
客たちの喧噪に、店員たちが忙しなく動き回る雑多な雰囲気。大学近くの学生向け安居酒屋の角、そこを東帝大学麻雀部の三名と部外者一人が陣取っていた。
主賓は当然、松実宥その人である。
「はい、菫ちゃん。まだまだいけるでしょう?」
「明日は一コマから講義……」
「いけるでしょう?」
「あ、ああ、頂こう」
ビールのピッチャーを掲げる宥に気圧される形で、菫はジョッキを差し出した。鼻歌交じりに宥は彼女にビールを注ぐ。既に彼女は相当にできあがっていた。
あまりお酒を嗜まない宥ではあるが、下戸というわけでもない。むしろお酒を飲むと体があったかくなって気分が良い。恭子から飲み過ぎないように、特に男子の前ではアルコール厳禁と言いつけられているため触れる機会は少ないが、飲むときは相当飲む。
今日は京太郎が目の前にいるが、彼は同じ麻雀部員であるし問題ないと宥は判断した。溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、次々とグラスを空けていく。
「いつもより激しくないか、宥」
菫の質問に、宥はくすくす笑う。
「普通だよお、このくらい。――あ、店員さんピッチャーもうひとつー」
お酒の力で気分は高揚し、宥はさらに注文を加えていく。嫌なことは頭の隅に追いやって、ついには後輩にも絡み始める。
「須賀くんはー、どうして玄ちゃんのことは名前で呼んでるのぉ?」
「えっ、や、高校のとき練習試合で話して意気投合して……」
「私が受験勉強してたときかぁ。ずるいなぁ」
「ず、ずるいと言われましても……その、ごめんなさい」
「謝るなら、私も名前で呼んで」
素面なら絶対に言わないことまで、口走ってしまう。しかし今の宥を止める者はこの場にはいない。企画しておきながらマイペースな尭深は静観しているし、菫はごくごくと一人酒を呷っていた。
「ゆ、宥先輩……? こんな感じで良いですか?」
「うん、すごく良いよぉ」
若干耳がくすぐったくなる響きだが、酔っぱらった宥には些末なことだった。むしろさらに胸があったかくなって、嬉しい。後輩との距離が縮まった喜びと、自分でもよくまとめきれない気持ちと、アルコールの影響がない交ぜになって、宥の頭はさらに混迷を極める。
明日のことも忘れて酒は進み、隣席で酔いが回り始めた菫と愚痴り合う。
「私だってな、いつまでも面倒見れないんだぞー。なのに照と淡と来たら世話を焼かせて……」
「ほんとそうだよねぇ。大変だよねぇ菫ちゃん」
「全くだ。全くもってその通りだ」
会話は噛み合わないまま、しかし当人同士はなぜか通じ合う。京太郎と尭深は置いてけぼりとなって、二人のまとまらない話に耳を傾けていた。
飲み放題の制限時間を迎え、四人は店を出る。その頃には宥と菫の二人ともが完全に出来上がっていた。
頭は回らず、体がふらふらする。店の外に出て冷たい風に当たっても、宥の意識ははっきり定まらなかった。
「それじゃ、菫先輩は私が送っていくから」
「お願いします、俺は宥先輩を」
「送り狼になっちゃだめだよ」
「なりませんよ!」
後輩二人の会話が、とても遠くに聞こえる。ふらついてもたれかかったのは、男の子の肩だった。
視界の端で、尭深とその肩を借りた菫が立ち去っていくのが見えた。ばいばい、と宥は小さく手を振る。
「先輩? 大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶだよぉ。私たちも帰ろう、京太郎くん」
「……ちゃんと掴まってて下さいね」
「はぁい」
言われなくても、宥は京太郎の手を取っていた。真っ直ぐ歩ける自信がない。
「京太郎くんの手、おっきくてあったかーい」
「そ、そうですか?」
「そうだよぉ」
住宅街を、二人で歩く。くっついているとよりあったかいので、宥は京太郎の腕に自分の腕を絡めた。隣で京太郎がびっくりしているのが分かったが、酔っ払いの宥は気にしない。あったかいのが最優先である。彼の傍にいるとあったかいのに気付いてしまった以上、譲れない。
「宥先輩」
「なぁに?」
「明日、玄さんともう一回話してみたらどうですか。話をややこしくした俺が言うのもなんですけど」
京太郎からの提案に、宥は言葉を詰まらせる。その内に、京太郎は続けて言った。
「一晩経ったらお互い頭も冷えて、ちゃんと話し合えると思いますよ」
「……うん、そうだね」
宥は、しっかりと頷いた。それから空を見上げる。東京の夜空は、星が見えないのが残念だと彼女は思う。
「私ね、もっとしっかりしたお姉ちゃんになりたいんだ。麻雀のこと以外でも、もっと玄ちゃんから頼られるお姉ちゃんに。だから私が玄ちゃんに頼ってばかりじゃいられないって思って、東京に来たんだ」
つい、彼に甘えて自分語りをしてしまう。先輩として格好悪いと思いながらも、彼女は抗えなかった。
「玄ちゃんはずっと待ってたから……私のこともきっと待ってくれるって甘えてた……」
「はい」
「姉妹なんだからそういうわけにもいかないよね……謝らないと……」
「きっと、許してくれますよ」
「うん……ありがとう、京太郎くん……」
視界が、暗くなってゆく。足が重い。彼のほうへと、体重を預けてしまう。
この辺りが、宥の限界で。
彼女の意識は、一度そこで途切れた。
◇
目覚めると、知らない部屋にいた。
混乱よりも早く、宥は頭痛を自覚する。がんがん頭の奥底まで響く痛みは、何度か経験した二日酔いによるものだ。
ぼうっと、辺りを見渡す。
自分のベッドよりも若干硬い。本棚の位置もテレビの位置も違えば、漂う香りも、他の細々としたものも、とにかく何もかも違う。共通するのは、麻雀関係の雑誌くらい。ここが自分の部屋ではないことは、確かである。外から聞こえてくる鳥の鳴き声が、朝だと教えてくれた。
――何があったんだっけ。
宥は、ぼうっとしながらも、昨夜の記憶を辿る。
玄ちゃん。
喧嘩。
お酒。
泥酔。
後輩。
男の子。
知らない部屋。
並べられたキーワードが繋がり、さぁっと宥の血の気が引く。途端に半分寝惚けていた意識が覚醒した。慌てて自分の格好を確認するが、胸元のボタンが外されている――おそらく息苦しさを与えない処置だろう――だけで特に乱れはない。体も、特に違和感はなかった。ひとまずほっと一安心してから、ベッドから立ち上がった。
目に付いたのは、部屋の中央に鎮座するテーブル、その上に残された書き置きだった。
『おはようございます。
宥先輩の家が分からなかったんで俺の家に運ばせてもらいました。すみません。
俺は友達の家に泊まります。
シャワーとか部屋にあるものは好きに使って下さい。
合鍵を玄関に置いてあるんで、今日大学で渡して下さい。
須賀京太郎』
「やっちゃった……」
がっくりと、宥は膝を着く。出会って間もない後輩にこうも迷惑をかけてしまうとは。先輩としての威厳が保てない。宥本人は自覚していなかったが、京太郎相手には「良いお姉さん」でありたいという欲求が彼女にあった。
ともかくとして、宥は一旦自分の部屋に慌てて戻った。今日の講義は自主休講である。とてもそんな精神状態ではない。体を清めて、頃合いを見計らいキャンパスへ向かう。
部室棟の扉を開くとき、激しい緊張が宥を襲ったが、逃げるわけにもいかず。意を決して、宥はノブを捻った。
部室には、昨日と変わらず京太郎と尭深の二人の姿があった。彼らの姿を認めた瞬間、宥はがばりと頭を下げた
「昨日はごめんね二人とも!」
「ああ、宥先輩」
「こんにちは」
しかし二人は特段気にする様子もなく、宥を受け入れる。尭深はいつものように「お茶いれますね」と席を立った。
「まぁ、宥先輩は飲み会の誘いに乗っただけだしそんなに気にしなくても」
「気にするよぉ」
「まさかここまでになるとは思っていなかったので……」
湯飲みを運びながら、尭深も頭を下げる。
「ごめんなさい」
「う、ううん。尭深ちゃんのおかげで私も気が晴れたから」
ひとしきり謝り合って、ようやく宥は一息吐く。
それから、京太郎をちらりと見上げた。記憶に残っているだけでも、彼に対して恥ずかしいことを口走っている。もしかして覚えていないところではもっと妙なことを話していないだろうか、と危惧してしまう。
けれども京太郎のほうは、特段動揺するところもなく、普段通りだ。わざとそう振る舞ってくれているだけなのかも知れないが、宥としては有り難い。何度目かも分からない安堵の息を吐いてから、はっと思い出す。
「きょ、京太郎くん」
「はい?」
「これ、京太郎くんの家の鍵。ありがとう」
「ああ、どうもわざわざすみません――」
彼の鍵を手渡そうとした瞬間。
誰かが、膝を着く音がした。音は、扉の前から聞こえてきた。尭深は椅子に座っている。はて、と宥が振り向いたその先にいたのは――
「おねーちゃんが……須賀くんの家にお泊まり……」
「く、玄ちゃんっ? 大阪に帰っていなかったのっ?」
顔を青くした、実の妹であった。
これは不味い、確実に勘違いされてしまう、と宥が恐れるよりも早く、玄は叫んだ。
「やっぱりおねーちゃんと須賀くんはそんな関係だったんだね!」
「そんなこと――」
否定しようとし、宥は京太郎の顔を一瞬見上げ、それから俯いて顔を赤面させた。
「そんなことないよ……?」
実に、逆効果であった。
――阿知賀のドラゴンロードが、火を吹く。
「勝負なのです、おねーちゃん!」
「え、ええっ?」
「私が勝ったら、ちゃんとゴールデンウィークは阿知賀に帰ってくるのです! 男の子と遊んでばかりなんてだめ!」
「あ、遊んでなんかいないよおっ」
宥の否定も、玄は聞く耳を持たない。
「勝負を受けないのなら、この場で引き摺ってでもおねーちゃんを連れ帰すのです!」
「わ、分かった……」
玄の決意は、固く。そしてその勢いは激しく。宥を無理矢理頷かせるには充分であった。
「でも、どうやって勝負するんですか? 麻雀で、ですよね?」
質問したのは、京太郎。なお、尭深はお茶をすすって静観している。
玄は京太郎をきりっと見つめ、指を二本立てた。
「二対二での勝負だよ、須賀くん! おねーちゃんは返して貰うからね!」
「いや、宥先輩は俺のものでもないし……って、二対二?」
京太郎の疑問はもっともだ。宥の相方候補は京太郎と尭深の二人がいる。だが、ここは東京、関西を拠点とする玄には仲間集めは不利な土地だ。何人か知り合いはいるものの、そう上手く都合がつくものでもなかろう。
だが、玄は自信ありげに「ふふふ」と笑う。
「こんなこともあろうかと、助っ人を用意してきたのです!」
どうぞ! と玄が勢いよく扉を開く。
そこに現れたのは――
宥の目から見ても、奇抜な格好をした女性であった。
顔を覆い隠す狐面。加えて宥なら着るだけで赤面するだろうミニスカートのメイド服。本場のものとは明らかに違う、コスプレ感漂う一品だ。彼女は恥じることなく、堂々と着こなしていた。
そして、もう一つ。
頭の上に乗せられたのは――猫耳、だった。
「どうも。麻雀仮面ver.猫耳――」
彼女は胸に手を当て、名乗りを上げる。
「もとい、麻雀仮面Nです」
宥は絶句してしまい。
尭深の「可愛い」という一言が、部室の中に溶けて消えた。
次回:2-3 決戦、松実姉妹