突如現れた獅子原爽は、当たり前のように恭子の隣に腰掛けた。遠慮する素振りも物怖じする気配もない彼女に、恭子は訝しげな視線を送る。煌の紹介とは言え、ここ何年も顔を合わせていない相手。
「プロデューサー――ねぇ」
「ん? 何かお気に召さない?」
「別に。あんたがそんな仕事しとるとは露とも思わんかっただけや」
「去年専門学校卒業したばっかりで、まだまだ見習いだけどね」
にこやかに笑う爽に、含みはないように見える。そもそも今は敵対しているわけではないし、刺々しい態度をとる必要もないのだが――しかし恭子は、警戒を解かない。解けない。獅子原爽という女は得体の知れないモノを背負っている。四年前の夏から、恭子はその疑念を抱いていた。
それでなくても、大学祭の出し物に社会人が絡んで来るというのだ。何を企んでいるのか分かったものではない。煌は信用しているが、彼女とて間違うことはある。自分がしっかりしなくては、と責任感の強い恭子が決意するのは当然の流れだった。
「はい、これ。名刺」
恭子の警戒心を読み取ったかのように、爽が名刺を皆に配布する。確かにそこには、社名と連絡先、そして獅子原爽の名前が刻まれていた。真贋を確かめるのはひとまず後回しにして、恭子は爽に訊ねかける。
「で、なんであんたがうちの大学祭に絡んできたん?」
「そりゃ、奇跡の復活を遂げた東帝だからね」
片目を伏せて、どこかからかい混じりに爽は答える。むっと恭子が表情を曇らせたのを察したのか、煌がフォローに入ってくる。
「爽さん、順を追って説明していただけますか」
「はいはい了解。――ま、元々話を持ちかけたのは私のほうなんだよね。さっき言った通り、社会人二年目の駆け出しプロデューサーでね。大きな企画を立ち上げたいし、新しい才能を発掘したいわけなの。野望、夢ってやつかな」
夢、という単語に恭子は肩をぴくりと反応させる。爽は続けた。
「でも、大きな企画を立ち上げようにも予算を引っ張るのが難しくてね。そこで目を付けたのは今をときめくアイドル雀士――その中でも、大学生のね。私たちの世代には間違いなく金の卵が眠ってるし、こうして同年代が在学中だから渡りもつけやすかったんだ」
「なるほど……」
感心したように宥は頷く。その脇で、尭深が質問した。
「大学はいくつでもありますが、東帝を選んだ理由はなんですか?」
「それもさっき言った通り。今一番麻雀で有名な大学は、間違いなく東帝だもんね。連盟からも予算を引き出しやすいし。――それになにより」
爽は東帝の面々を見回し、爽は挑戦的な笑みを浮かべる。
「ウィン・ウィンの関係になれるでしょ? 私たち。問題あるかな?」
煌が話したわけでもなく、こちらの事情にも詳しいようだ。やはり侮りがたい女だと、恭子は軽く溜息を吐く。
しかしながら、確かに筋は通っていた。麻雀部としても、東帝大学としてもメリットは大きい。おそらくかなりの集客力を見込めるだろう。それほどのアイドル雀士を集められるのかという問題も、爽と連盟が解決してくれる。
煌、宥、尭深の視線が恭子に注がれる。恭子はプレッシャーに気圧されながらも、ごほんと咳払いした。
「……うちは引退した身や。決定権は部長の煌ちゃんと、今の麻雀部員にある。うちはあくまで手助けするだけや」
「では!」
「決まりですね! 一年生には私から説明します!」
いえーい、と爽と煌がハイタッチする。誰にも気付かれないような、小さな溜息を恭子は吐いた。
「それで……大学アイドル雀士最強決定戦って、何をするんですか?」
もっともな質問が尭深から出た。それを受けて、爽は鞄から人数分の冊子を取り出す。拍子に書かれているのは「大学アイドル雀士最強決定戦(企画案)」の文字列。
「基本的なことはここに書いてるんだけど、ざっくり説明するとアイドルたちには二つの項目で競い合って貰おうと思ってるんだ」
「二つの項目、と言うと?」
「一つはもちろん雀力。学祭期間中、アイドル雀士にはリーグ戦を公開対局で行ってもらって、上位成績から順にポイントを振り分ける」
アイドル雀士と言うからには、至極真っ当な評価基準だ。牌のおねえさんである瑞原はやりも、プロとしての実力があるからこそ今の地位を確立できたのだ。
「二つ目は?」
「人気投票だね。チケットかチラシに投票権をつけて、好きなアイドル雀士へ投票してもらう。学祭一日毎に集計して、公開対局と同じように上位成績から対局とポイントを振り分ける。それで、二つのポイントの合計が一番のアイドル雀士が優勝っていうのが素案」
これもまた理解できる内容だった。やはりアイドルたる者、多くの人々から支持を受けねばならない。ただ、懸念はある。
「公開対局はまあ分かったわ。でも人気投票やと、今の知名度で決まってしまわへん? あくまで大学祭の出し物なんやし、ある程度はその枠組みの中で完結させといたほうがええんと違う?」
「すばらな指摘です、恭子先輩! やはり評価されるべきはアイドル雀士としての人気ですし、それをアピールする平等な場所が与えられるべきと我々も判断しました」
「と、いうと?」
煌の視線に促され、爽が説明を引き継ぐ。
「大学祭のステージや体育館を借りて、アイドル雀士にはアピールの場を設けることにする。その場で歌ってもよし、踊ってもよし。そこは各アイドル雀士に任せる。これなら人気投票にも流動性が出ると思うんだよね」
「そういう魂胆か」
人前で歌って踊るなど、参加者が許容するのか恭子にとって甚だ疑問だったが――自分がその立場なら絶対にごめん被る――企画としては悪くないと思えた。
最大の問題は、
「で、これどんくらい参加者集まる算段なん?」
冊子をテーブルに置いて、恭子は爽に目線を送る。この自称プロデューサーに、どこまでの力があるのか。イベントとして成立するほどの、人気ある雀士を集められるのか。
恭子の厳しい眼差しに、しかし、爽は自信満々に頷いた。
「大丈夫。もうめぼしいところには声をかけてるから。今日は、連盟のほうで説明があるはずだよ。――今、丁度その頃じゃないかな?」
「連盟って……まさか」
「うん。おたくの所の、彼女たちもいるはずだよ」
◇ ◇ ◇
指定されたホテルを見上げて、京太郎は嘆息する。学生には分不相応なほど立派な、塔のような高級ホテル。一泊で下宿先の月の家賃は吹っ飛びそうだ。
「どうしたん、京ちゃん。ぼーっとして」
隣に立つ怜が、いきなり顔を覗き込んできた。
「ああ、いえ。こんな待遇を受けるなんていまいち実感湧かなくて」
先日のコクマで活躍したことを評価され、連盟主催の慰労会に招待されたのだ。同行する怜もまた同様の理由である。
それだけではない。午前中は複数の雑誌社からインタビューを受けた。留学の件も含めて質問攻めにあい、しどろもどろになってしまった。場慣れしておらず、情けない限りである。
ともあれ、いつまでも入口で突っ立っているわけにもいかない。怜に腕を引っ張られながら、ホテルの中へと歩き出す。
「さっきのインタビュー、怜さんは受け答えしっかりしてましたよね」
「まあ、私は高校時代にもようさん取材は受けたもん。昔取った杵柄や。でも、京ちゃんも最後のインハイで活躍したやん。あのときはどうやったん?」
「全国紙と地元紙で一回ずつインタビュー受けただけですよ。それも咲たちのついでみたいな扱いでしたからね」
「それじゃ、これから慣れていかなあかんな。ひとまず今日はお偉いさんと楽しく話すんが目標やな。これも必要なことや、がんばろ京ちゃん」
「……うす」
できすぎなくらいのコクマでの打ち回し、周囲から持て囃される毎日。調子に乗ってしまいそうになる自分が確かにいた。卓上でも卓外でもまだまだ未熟、と京太郎は自戒する。
「それにしても、最近はこんなパーティ開いてくれるんやな。四年前は何もなかったで」
「確かに。しかもこれ、対象がアマチュアでしょう? どういうつもりなんでしょう」
「んー。何か企んでるんかも知れへんけど……ま、行ってみぃへんとなんも分からへんな」
「……ですね。ちゃっちゃと行きますか」
レセプションで招待状を見せた二人は、エレベーターで上層のホールまで案内される。
ホールの中は、既に準備が整えられていた。いくつも並べられた丸テーブル。その上に置かれた料理にグラス。予告通り立食形式の宴会のようだ。
まだ開始まで時間はあるが、他の参加者の姿もちらほら見える。見知った仲の相手も来るはずなので、探そうと周囲を見回していたら、
「とーきーっ!」
「わわっ」
突然、怜を後ろから抱き締める影が現れた。
その正体は、論ずるまでもなかった。西日本を代表する強豪にして、園城寺怜の親友。
「もう、驚かせんといて、りゅーか」
西阪大学、清水谷竜華だった。
「だって久しぶりやん」
「こないだコクマで会ったばっかやん」
溜息を吐く怜にも何のその、竜華は上機嫌だ。さらに京太郎を視界に収めると、
「須賀くんも久しぶりー!」
「は、はい、お久しぶりです清水谷さん」
「元気してた? ちゃんとご飯食べとる? この後時間ある?」
ぎゅっと彼の手を握りしめ、距離を詰める。――清水谷竜華は、有り体に言えば美人である。さらにその体つきは、京太郎の好みを完璧に捉えていた。そんな彼女から、好意の眼差しを向けられているのは京太郎も知っていた。あるいはころっとなびいてしまいそうになるが、
「はいはいそこまでや、竜華」
「ちょ、怜。何すんの。腕引っ張られたら痛いやん」
「さらっと京ちゃん持ってこうとしといて何言うとんねん」
今日のところは止め役がいる。
「持ってかへんよ。もちろん怜も一緒やで?」
「寝言は寝てから言うもんやで」
「怜の意地悪ー。ええもん、後でこっそり誘うもん」
「京ちゃん帰ったら説教や!」
「俺まだ何にもしてませんよっ?」
だが、場は混迷を極める一方。竜華と怜の二人を止める術を持たない京太郎も慌てふためく一方だ。
「そこまでなのです、竜華先輩っ」
制止の利かない竜華の肩に置かれるのは、新たな手。亜麻色の髪を揺らし、割って入る女性がいた。
竜華の大学の後輩、松実玄である。西阪大学が誇るダブルエース、その片割れ。彼女の腕力によって、竜華はようやく怜から引き剥がされた。
「ちょっと玄ちゃん、まだ話は終わってへんのに」
「園城寺さんと須賀くん相手じゃ竜華先輩の話はいつまで経っても終わらないのです」
ばっさ文句を切り捨て、玄は京太郎たちに頭を下げる。
「竜華先輩が迷惑をかけたのです。――それはともかく、こんにちは、須賀くん、園城寺さん。お姉ちゃんは元気?」
「心配せんでもええで、と言いたいところやけど」
「最近寒くなってきて引きこもりがちみたいなんですよね……」
「ああ、やっぱり……これが終わったら会いに行かないと……」
がっくりと玄は項垂れる。
その背後で、「お」と怜が別の知人の影に気付く。
「荒川ちゃんと上重ちゃんやん。おーい」
関西の雀士たちが、続々と集まってくる。さながら同窓会のようだった。昔話に花を咲かせる女性陣を、出身の違う京太郎は一歩下がって見守っていた。流石に割って入っていける雰囲気ではなかった。
少し居心地の悪さを感じていると、
「こんにちは、須賀くん」
「お、和」
高校時代の仲間――原村和に声をかけられた。
「三橋からは和一人だけなんだっけ」
「辻垣内先輩にも誘いがあったんですけどね。固辞したみたいです」
「なんでまた?」
「さあ。むしろ須賀くんのほうが詳しいんじゃないですか? 恋人だったんでしょう?」
「それでいじるのはそろそろ止めてくれ……」
くすくすと笑う和に、京太郎も釣られて笑っていた。やはり、見知った顔だと気楽になれる。
「それにしても、また有名所が随分集まりましたね。――あちらにいるのは、佐々野さんでしょうか」
「みたいだな。でも、人選が全て実力順かと言うとそうでもないような……」
「と、言うと?」
有り体に言えば、雑誌の人気投票で上位にくるような面子――と、和の前で正直に言うのは憚られた。清澄時代に時折向けられた白い目は、中々にトラウマである。
何と答えたものかと思案する京太郎を救ったのは、猛々しい声だった。
「久しぶりですわね、原村和! 須賀くん!」
「わっ、龍門渕さん」
「龍門渕さんも呼ばれていたんですね」
「当然ですわ! 貴女が呼ばれて私が呼ばれないはずないでしょう!」
声の主は龍門渕大学麻雀部部長、龍門渕透華であった。こちらも高校時代からの顔見知りである。
「今日こそ! 今日こそ決着を着けましょう、原村和! それに須賀くんも! 最近活躍しているようですが、目立つのは私ですわ!」
「え、えぇ……そう言われても……」
たじろぐ京太郎だったが、
「今日はパーティを楽しみましょう」
「…………そ、そうですわね」
和のマイペースが透華の勢いを飲み込んでしまう。
そうこうしている内に、さらに地元の面子が京太郎たちの前に現れる。
「和、須賀くん」
「ぶちょ――竹井先輩」
「こんちわっす」
かつての先輩、竹井久。その後ろには信央大学の中核をなした福路美穂子に、加治木ゆみも控えていた。
「いやはや、和はともかく須賀くんまでここに呼ばれるとはね」
「何だか棘がある言い方じゃないですか、竹井先輩」
「この間の恨みは残ってるんだから」
言葉とは裏腹に、久の声色は実に楽しげだ。全く、と京太郎は肩を竦めるしかなかった。
旧・長野四強の英傑が揃い、そこに和が加わって話が盛り上がる。女性陣には敵わず、京太郎は再び輪から一人離れた。
そんな彼の背中を、ぽんと叩く女性がいた。
「や、京太郎」
「新子じゃんか」
同学年の、新子憧だ。次々と見目麗しい雀士が現れるが、憧はその誰にも引けをとっていない。相変わらずの美しさに、京太郎はどぎまぎしながらも平静を装って話す。
「コクマ、見てたわよ。かなり強くなったみたいじゃない、留学の成果ってやつ?」
「まだまだだって。この間も、部活でこってり絞られた」
「そこは流石東帝、と褒めておくわよ。ねぇ、この後時間あるなら私と打ってよ」
「ああ、喜んで。新子と打つなんて、それこそ高校の合同練習以来じゃないか?」
「そう言えばそうかも」
他の参加者と同じく、京太郎も憧と思い出話に花を咲かせる。ここのところ、彼女とはゆっくり話せる機会がなかった。
「この間の借りもちゃんと返せてないよな。ついでにメシでも奢るよ」
「慌てなくて良いわよ。東帝のあんたに恩を売っとくのも悪くはないもんね」
「相変わらずちゃっかりしてるよな、お前」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
ふふん、と憧は得意気な笑みを浮かべる。京太郎は参ったと言わんばかりに、大袈裟に肩を竦めた。
その後も談笑に耽る二人だったが、ふと、憧が視線を遠くに向けた。
「っと。あれ、小蒔じゃない。おーいっ」
「あ、憧ちゃん」
憧が呼んだのは、巫女装束に身を包んだ女性――全国区でも有名な、神代小蒔だった。京太郎ももちろん知っている。神代小蒔を擁した永水女子は、清澄高校とも熾烈な争いを繰り広げたのだ。
「良かった。知っている顔がいると安心しますね」
「今日は霞さん、いないんだ」
「永水から呼ばれたのは私だけで」
当たり前のように、憧は小蒔と挨拶を交わす。少しだけ京太郎は意外だった。インハイがあったとは言え、憧の母校である阿知賀女子と永水女子にそれほど接点があっただろうか。
京太郎の疑問を察したのか、憧は「ああ」と頷き彼に向き直る。
「知ってるでしょ? うちの実家が神社ってこと。その縁で小蒔とは仲良くなったの」
「あぁ、そういうことか」
「あんたこそ、小蒔とは知り合いじゃないの? 清澄と永水は戦ったこともあるじゃない」
「俺は控え室にいただけだからな。……ええっと、話したこと、ありませんでしたよね?」
恐る恐るといった様子で、京太郎が小蒔に確認する。僅かの間の後、小蒔はこっくりと頷いた。
「はい」
「やっぱり」
「でも、私は須賀さんのことを存じていますよ」
「え?」
意外な言葉に、京太郎は声を詰まらせた。吸い込まれそうな彼女の瞳に、京太郎は釘付けになる。
「この間のコクマでも大活躍でしたよね。お見事でした」
「あ――は、はい。ありがとうございます」
「一度、お目にかかってみたかったんです」
小蒔のような美人に褒められて、悪い気はしない。知らず京太郎は顔を真っ赤にして、しかし微笑む小蒔から視線を切らせなかった。
「なにでれでれしてんのよ」
「な、なんだよ。でれでれなんかしてないだろ」
憧に肩を小突かれ、京太郎は我に返る。完全に図星だったが、認めるのも癪であった。誤魔化すように、京太郎は反撃する。
「お前こそ何不機嫌になってんだよ」
「はぁ? 別に不機嫌とかじゃないし」
「嘘つけ、すげー棘あるぞ」
「ふ、二人とも喧嘩しないで」
睨み合う京太郎と憧、それを止めようとする小蒔。
図らず生まれた三角形に、忍び寄る新たな影があった。
「あ、あのーっ!」
決意の秘められた声に、京太郎たち三人はそちらへ振り返る。そこにいたのは――黒く、大きな影。京太郎も含めて、ぎょっと驚き「彼女」を見上げる。
先日プロ契約が発表された、期待の超大型ルーキー。
岩手宮守女子出身、姉帯豊音であった。彼女がこの場に呼ばれていても、不思議ではないだろう。
男子としても長身に分類される京太郎でさえ、敵わない身の丈。しかし今彼女はその身を精一杯縮こまらせ、口元を四角い色紙で隠していた。ちらちらと京太郎に目を遣りながら、彼女はおずおずと切り出した。
「あのー、須賀京太郎くん、だよねー?」
「そ、そう、ですけど……」
京太郎が答えた瞬間、ぱあっと豊音は顔を輝かせた。
「良かったよー! あ、あのねー、さ、サイン下さいっ! この間のコクマでファンになりましたーっ」
「え、ええっ? 俺のサインですかっ?」
そんなものを要求されるとは全く想像できなかった。何かの間違いかとも思ったが、豊音はわくわく顔で色紙とペンを差し出してくる。助けを求めるように憧に視線を送るが、「書いてあげなさいよ」と冷たい目で一蹴されてしまった。
「こんな感じで良いですかね……?」
「大丈夫だよー、ありがとーっ!」
結局名前を書くだけで終わってしまったが、豊音はいたく満足した様子で色紙を掲げていた。
「今度私にもサイン下さいね」
「あ、は、はい。あんなので良ければ」
さらに小蒔にもお願いされてしまう。
「折角ファンができたんだから、もっと格好良いの練習しなさいよ。あ、私にも一枚……ううん、二枚頂戴ね」
「憧まで、何言い出してんだよ」
「良いじゃない、減るもんじゃあるまいし。代わりにシズのサイン上げるから」
憧からも要求され、京太郎は溜息を吐く。豊音たち三人に取り囲まれ、嬉しくないと言えば嘘になるが、それよりも戸惑いが先行した。
――それに、この流れは。
「きょーちゃん」
背後から、かけられる冷えた声。振り返らなくても、そこに立っている彼女の姿は幻視できた。
「楽しそうやなあ。私も混ぜてくれへん?」
聞き慣れたはずの声に宿るのは、恐怖の色。掴まれた腕が、動かない。動かせない。
そこへ他の女性陣もなだれ込む。もう、止める術はなかった。
――パーティは、波乱の幕開けであった。京太郎にとっては、既に終局を迎えたようなものだったが。
そうやって盛り上がる会場の一角を、見つめる双眸があった。小柄な体に不釣り合いなほど成長した胸囲。泰然とした態度。
知った顔がそこにあっても、眼鏡をかけた真屋由暉子はその場を動かなかった。
◇ ◇ ◇
「そりゃ豪華な面子やな」
パーティに呼ばれた面々が全員、大学アイドル雀士最強決定戦に参加するというのなら、それは大いに盛り上がることだろう。
「うちからはやっぱり園城寺出させるんやろ?」
「ですね。注目度や実力、ルックス全てにおいて申し分ないでしょう」
煌の言うとおりだ。主催者側として勝たせても問題があるだろうが、一人もエントリーさせないのも不自然であろう。果たして怜が頷くかは分からないが、ここは彼女に任せるのが一番だろうと恭子は考えていた。
しかし。
「でも、それだけだと勿体ないと思わない?」
「は?」
「折角東帝でやるんだから、出られる人は出ておくべきかなって」
にやにや笑いを浮かべる爽。
正面に座る煌も、瞳を輝かせている。
「恭子先輩。さっき、なんでも言ってって、言ってくれましたよね」
「……せや、けど? それが?」
恭子が勘付くよりも早く。
煌は、高らかに宣言した。
「最強アイドル雀士決定戦――東帝からは、怜さんと恭子先輩にエントリーしてもらいますっ!」
「――は?」
我ながら間の抜けた声が出たと、末原恭子は後に振り返る。
次回:Ex2-3