錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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私とキミの学級裁判

― MONOKUMA THEATER ―

 

 ところでオマエラは信頼するのってどう思う?

 ボクはとってもいいことだと思うんだ。

 

 信頼って言うのはさ、2種類あるんだよね。

 自分を信頼することと、他人を信頼することだね!

 特に自分を信頼することはすごく難しいよね。だってどんなことも責任を取るってことだからさ。

 他人を信頼するのは騙すよりも簡単だけどね。だって他人に責任取ってもらうってことだもん! 信頼するから選択を託して選んでもらえばいいんだ。そうすれば選んだソイツに責任は発生するけど、自分には責任なんかないからね。

 

 ほら、トロッコ問題ってあるじゃない?

 自分は線路の切り替え地点に立っていて、暴走したトロッコの先には5人の作業員。切り替えた先には1人の作業員がいる。オマエはどうする? ってやつ。

 あれなんてまさに責任問題ってやつだよね!

 自分で行動すれば人を1人殺した責任は免れないし、行動しなければ5人死ぬけどしらばっくれれば責任はないんだよ。それと一緒だよね?

 ま、ボクはトロッコを真っ二つに割って、どっちが多く轢けるか賭けるけどね!

 

 例えば、他人を信頼して責任をとってもらったときにいざとなったら置いて逃げればいいし、極め付けに知らないフリをしておけば最高だよね!

 ね、信頼するってとってもいいことでしょ?

 

 だからオマエラもどんどん信頼してどんどん責任を押し付けてどんどん利用してやろうね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 気まずい。

 罪木ちゃんは青ざめた表情のまま黙ってしまっている。

 辛うじて私のパーカーを掴んでいるが、まるで縋り付いているようで離れてくれそうにない。

 

「…… あ、あの」

「うん? どうしたの?」

 

 私とは違ってとても不安そうだ。

 

「狛枝さんは…… 不安じゃないんですかぁ?」

 

 随分と言い淀んでから、そう言った。

 不安か。不安じゃないなんてこと、ないんだけどなあ。

 いつだって痛いのは嫌だし、死にたくなんてないんだからさ。

 

「…… 私だって怖いものは怖いって、前にも言った気がするけど…… うん、不安だよ。そう見えないなら、きっと罪木ちゃんがそばにいてくれるからだね」

「ふぇっ!? あ、あああの狛枝さん…… !?」

 

 勿論慌てさせているのはわざとだが、本心でもある。

 相手が動揺していれば多少態度がぎこちなくなってもバレないというのが1つ。

 もう1つは…… こうでもしていないと、考えないようにしていないと全て顔に出てしまいそうだからだ。

 だって私は、誤魔化すのは得意でも嘘を吐くのは下手なんだから。

 取り繕って、今は〝 被害者の自分 〟をインストールするように埋め込み、演技する。

 そう、いつもやっていることだ。

 病院から逃げ出すときもそうだった。学校に通っている時もそうだった。見えないフリ。聞こえないフリ。そして、知らないフリ。

 そうしてれば、この先の恐怖も忘れられるから。

 

「罪木も狛枝も大丈夫か?」

「うん……」

「は、はい……」

 

 私に続き、罪木ちゃんも弱々しく返事する。

そして、モノクマが全員揃ったことを確認して合図をすれば〝それ〟はやってきた。

 マスカットタワー内に巨大なエスカレーターのようなものが建物をぶち破って突き立てられた。

 それに悲鳴をあげる人も、驚く人もいるが、私は密かに彼の遺体が潰されていなかったことを確認して安堵する。

 ついでに私自身のことも。

 モノクマのことだからついでとばかりに殺人未遂の被害者である私まで殺してくるのではないかと思っていたのだ。

 そんなことをしたら本来見ている者のバッシングは免れないが、このモノクマはそんなものを恐れない。

 アイツはただ死体が増えて欲しいだけなのだし、外にいるあの人たちになにもできない無力感や絶望を与えたいだけ。

 本人にとってはいくら私たちが死んだところで歓迎こそすれ、嘆くことなどないのだ。

 

「あー、やっと出番だよ! 長かったね! さてオマエラ! このエスカレーターから移動してくださいねー! この先はちょっとした小部屋になっていて、その先はまた地下へと進むエレベーターとなっています! 全員が乗り込んだらエレベーターは稼働するようになってるから、エスカレーターで先に上がった人は少し待っててね!」

 

 そこまで言って、ハッとしたようにわざとらしく「あっ!」なんて声をあげたモノクマに全員が注目する。

 反応してしまうのはしょうがないので別にいいが、モノクマが気づいたことにロクな予感はしない。

 

「全員って言っても十神クンだけは無理だけどね! ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 …… ほらね、ロクでもない。

 

「ふざけんな!」

「ぶっとばされてぇみたいだなぁ! オメー!」

「坊ちゃん!」

「終里、よすんじゃあ!」

 

 九頭龍クンと終里さんが激昂するものの、複数人に止められて足を止める。

 終里さんにいたっては弐大クンが羽交い締めにしてもまだ抵抗しているようだ。

 

「なんでだよ弐大のおっさん! なんで止めるんだよ!」

「お前さん、モノケモノがいるのを忘れたんかぁ! 悔しいだろうが、今は我慢するしかないんだ。なぜ分からない!」

「うぷぷぷ、止めてもらえてよかったねー? 無駄に死体が増えちゃうところだったよ! ま、その方がボクとしてはいいんだけどね!」

 

 そうそう、無駄死にはよくないよ。

 九頭龍クンや終里さんが死んじゃったら踏み台になってくれた十神クンの立つ瀬がないよ! …… なんて〝 彼 〟のようにはいかないな。

 でもダメだよ。それじゃあ意味がない。キミたちが死んでしまったら、私たちのやったことは意味がなくなってしまうんだ。

 だから、お願いだから今は耐えてね。それが残酷でも。

 

「うう、でも進まないといけないんですよね……」

「大丈夫、大丈夫、ダイジョウブ…… うう…… 絶対に十神くんを殺した犯人を見つけるんだ…… !」

 

 一緒に行動していたソニアさんと花村クンがエスカレーターに乗り込む。

 そうして皆は次々とエスカレーターに乗り込んでいった。

 やがてエスカレーターは終わり、エレベーターホールに出る。

 

 花村クンはあのゲーム大会のときに見たおまじないのフレーズを、しきりに呟きながら決意を固めていたようだ。

 うん、頼もしい限りだね。

 

「オレたちだって全部頼りきりにしてばっかじゃねーってところ見せてやんねーとな!」

「おー、和一ちゃんもたまにはいいこと言うっすね!」

「たまにはってなんだよ!」

 

 1番ビビっていると思っていたが、案外左右田クンも決意を固めてくれていたみたいだ。ちょっと心配していたから良かったよ。

 

「あーあー、くっさい台詞ばっかでキモいんだけどー」

「日寄子ちゃん?」

「まったくさー、豚足ちゃんがいればすぐ黙らせてくれるのに……」

「一緒に犯人を探そう? ね…… ?」

「………… うん」

 

 俯く西園寺さんに、小泉さんが優しく微笑む。

 なんだかんだで西園寺さんは十神クンに懐いていたような気もするから、寂しいものは寂しいよね。

 

「暴食の魔王も今頃は冥界竜の背の上か。冥土の土産くらいは贈ってやるとしよう」

 

 えーっと、多分みんなで見送ってあげようってことだよね?

相変わらず田中クンは優しいな。でもいちいち地獄系で纏めるのはなぜなのか。ソニアさんのことも闇の聖母って言ってるし、厨二的には暗黒系で纏めないといけないのかな?

 

「十神くんは、確かに私たちのリーダーだったよ。そうでしょ? 日向くん」

「ああ、あいつは誰よりもリーダーらしかったよ。コロシアイを止めようとして色々なことを企画して、皆がバラバラにならないように纏めていた。だから、俺はそんな十神を殺した犯人を、許すことができない……」

 

 苦しそうな顔で俯く彼に、手を伸ばそうとして…… 引っ込めた。

 私なんかが今の彼に余計なことをしてはいけない。そう思ってしまったから、思い至ってしまったからだ。

 真っ黒に染まったこの腕を、彼に差し出すなんてことは〝 許されない 〟

 たとえ必要なことだったのだとしても、それは理性で分かっていても感情で理解できない…… 否、してはいけないものだ。

 そうやって飲み込んで見守っていれば、七海さんが最後にエレベーター内に入った。

 

「でも、日向くんだってみんなの支えになってた…… と思う。だから、みんなきみについていくんだよ。日向くんは才能を思い出せないって言ってなんとなく自信がなさそうだけど…… それは違うんじゃないかな。才能が分からなくても、きみはきみなんだよ。今、みんなが着いてきているのはきみだからなんだよ。だから…… もっと自分に胸を張っていいんじゃないかな…… ?」

「七海……」

 

 2人が決意を新たに、頷く。

 それを私はエレベーターの隅で腕を組みながら眺めていた。

 わざわざ折った左袖の端をきつく握り締め、いざ1人となると途端に心細くなる心中を誰にも悟られぬようにそっぽを向いた。

 

「…… 狛枝さん、顔色悪いですよお……?」

「そんなこと、ないよ……」

 

 そんな私に寄り添ってくれる罪木ちゃんには申し訳ないが、態度が素っ気なくなってしまう。

 まったく、自分の顔色も悪い癖に人の心配ばっかりするんじゃないよ。そうは思っても口には出さない。

 今は声を出したら震えてしまいそうだ。

 

 静かにエレベーターが降りていく。

 稼動音だけは妙に耳に残る気がする。

 それがまるで処刑場へ向かう私への歓迎の声みたいで…… なんとなく不愉快だった。

 

「罪木ちゃんはさ……」

 

 震え出さないように注意しつつ、ポツリと呟く。

 

「あのときの人狼ゲーム、覚えてる?」

 

 その言葉にキョトンとした彼女は目をパチクリして肯定を返して来る。

 恐らく、私が気を遣って明るい話題を投げたのだと思っているのだろう。

 

「はい。十神さんが狼で、狛枝さんが罠にかけて道連れにしたときのことですよねぇ…… あのときはいきなり任せたなんて言われて、びっくりしちゃいましたよぉ」

 

 共有からしたらたまったものじゃないだろうね、あの展開は。

でも、それをやるのが私だ。そのあと散々怪しい発言をするごとに疑ってかかられたっけ。

 

「楽しかったよね」

「はい!」

 

 あまり意味深なことを言ってもフラグになりそうで怖いけれど、言わずには……話さずにはいられなかった。

 1度話し始めたら止まらなくなってしまった。

それだけ、口を動かしていないと沈黙に圧殺されてしまいそうで…… そしてやはり自分も不安になっているのかと気づく。

 

「また、みんなで遊びたいよね?」

「……………… そうですねぇ」

 

 彼女には記憶がある。

 だからこの世界が幻想であることも知っているし、彼の心臓が現実に破壊されたわけではないことも知っている。

 夢と現実。その境界線はきっとその人にしか判断できない。

 だから彼が死んだのなら、現実の彼も脳死してしまっているのかもしれないが…… そうでない可能性もあるのだ。

 彼の意思は強い。だから大丈夫。そう、信じているけれど…… 賭けの行方は私も同じところに行かなければ得ることができない。

 彼女にこんなことを頼むのは酷だ。

 私を生かしてほしいだなんて約束しておいて、私がそれを破ろうとしている。

 

 彼女は後悔するだろう。

 彼女は傷つくだろう。

 彼女は泣くんだろう。

 それでも進むしかなかった。

 彼に私の計画を気付かれた、そのときから。

 

「私もまた、みんなと遊びたい。いや、遊べるようにしてみせる……」

「…… 狛枝さん?」

 

 さすがに怪訝に思ったのか、青ざめたままの彼女がさらに不安そうにする。

 

「約束だよ、罪木ちゃん。また、一緒に遊ぼう…… 全員揃ってさ」

「で、でもそれは……」

 

 無理だ。

 そんな顔をしている罪木ちゃんの手を握る。

 包帯越しなのに、できたばかりの傷がピリリと傷んだが気にしない。

 

「ほら、約束…… 私たちは死ぬわけにはいかない。だから絶対にモノクマに勝って、退屈な日常を取り戻すんだ」

 

 嘘のない宣誓。

 だけれど、その実それは罪木ちゃんに向けたものではない。

 

「約束…… してくれるんですよねぇ?」

「…… 私は約束を破らない。だって」

「嘘は嫌い…… ですよね?」

「…… あははは、罪木ちゃんは私のことをよく分かってるよ」

 

 そう、約束を破るわけじゃない。

 だから信じて。私を、私の言葉をキミだけは、信じていて。

 私もキミを信じるから。キミたちが迎えにきてくれるって信じているから。

 私はみんなを信頼する。

 それは逃げなんかじゃない、負けなんかじゃない。

 これは、未来に進むための一歩。

 

「約束……」

「はい、約束ですぅ」

 

 指を絡めて、笑い合う。

 たとえその一歩先が崖だとしても、その先になにかが待っているならば私は進む。

 私1人で生きたとしても、それはもう私ではなくただの抜け殻となってしまう。それに気づいた。気づけたから。

 自己中心的で、自己満足な、欲張りもいいところな願望。

 死ぬのは怖いけれど、私は死なないと約束した。

 だから胡蝶は死んでもそれは所詮夢の自分。

 起きた人物は何も変わらない日常を過ごし、未来を謳歌する。

 何度も死んで、何度も起きて、そんな日常を鬱陶しく思ったこともあったが、今では自身の夢に感謝できる。

 

 だって…… 夢の中で毎日死ぬような日常を送って来なかったら、こんな賭けを思いつきもしなかったのだから。

 

 私は死なない。

 終わりなんて来ない。

 これからもずっと続けられるように。

 希望のカケラが、絆の証はずっと変わらず続いていく。

 エゴかもしれない。けれど……

 

 これが私の渇望した未来への選択だ…… !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・タイトル
 V3の章タイトルのほうではなく、曲名のほうを意識しています。開廷アンダーグラウンドでもよかったんですけど語感を重視しました。

・金色の文字
 読者様だけに見えるウィークポイント。
 試験的に導入。裁判に活かせたらいいなあ。

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