錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

95 / 138
胡蝶は誰が為にあるのか

 館内時間午前6時50分 死体発見アナウンス後……

 

「白夜ちゃん!?凪っちゃん!?なななな、なんなんっすかこれはぁぁぁー!?」

 

 その場にやってきた人物たちはすぐに悲鳴をあげることとなった。

そしてまた、憤りを露わにする者もいるのである。

 

「おい…… ! 誰だよこんなことをしたのはよぉ! なんでコイツらがこんな目に遭わねーといけねーんだ!」

「坊ちゃん、落ち着いてください……」

「ペコ! テメー許せんのかよこんなの! 絶対にオレが仇を討って…… ペコ?」

 

 九頭龍の肩にかけられた辺古山の手…… その反対側の手は憤りによってきつく握られていた。血は出ていないが、その痛みでギリギリ衝動的になりそうな自身を律しているのであろう。

 眼光は鋭く、彼女も決して怒っていないわけではなかったのだ。

 それを見て九頭龍も頭を振る。血が上ってしまっていた自身をゆっくりと振り返り、 「悪い、テメーらも同じだよな」 と1言漏らす。

 本来ならば辺古山を喪うことによって劇的に変化する彼が、まだ途上ではあるがゆっくりと進んでいる。それがよく分かる光景だった。

 

 そして怒りに呑まれず、正確に現状を受け止めた一部の者は素早く動き、現場の保存を最優先と判断した。

 彼女…… 七海は悲しそうに眉を寄せた後首を振り、小泉に声をかけた。少し残酷とも言える言葉を……

 

「小泉さん…… 酷なことを言うようだけど、この現場の写真を撮ってくれない?」

「え…… ?」

 

 小泉の戸惑いは当然だ。彼女は笑顔を撮ることを生業とした写真家である。死者をその目で見ることも初めてであったのだから、抵抗を覚えるのは当たり前のことなのだ。

 

「狛枝さんのことは罪木さんがなんとかしてくれる。彼女が起きた後じゃ現場が最初にどうなってたのか分からなくなっちゃうから、お願い…… 少しでも情報がないと、今度は本当に皆が死んじゃうことになるかもしれないんだよ……」

 

 絆を深めて、リーダーシップすらとりかけていた日向は未だ現場の状態に呆然としている。その光景を現実だと認めたくなかったのだ。

 彼にとって親しい人物が死ぬのは初めての出来事である。本来ならば意に沿わぬ経験を経て成長している彼だが、今の彼にはその経験が圧倒的に足りていなかった。

 故に理解はしていても素早く動くことができなかったのである。

 だからここは七海が動くしかなかったのだ。

 

「今度のは闘論なんて優しいものじゃない…… お願い、小泉さん……」

 

 眉を寄せ、真剣に七海が語りかける。

 すると、その言葉に揺れていた小泉が動いた。

 

「母さんも、こんな気持ちなのかな………… それに…… 過去のアタシも……」

 

 小泉の母親は戦場カメラマンである。そんな母親に憧れつつも彼女は笑顔を撮ることに拘り続けた。いや、厳密に言えば特別拘っていたわけではない。全てを記録するのが写真家であると彼女は知っているが、どうしても笑顔ばかり撮ってしまっていたのだ。彼女は人の笑顔が好きだから。

 しかし、そんな彼女はトワイライトシンドローム殺人事件のゲーム中できちんと重要な証拠写真を撮っている。

 それが犯人であろう友人の決定的な証拠になると知って放棄しようとしてしまったが、九頭龍の妹であるという少女の死体の写真は捨てなかった。そこにもきっちりと犯人に繋がる証拠が捉えられていたのにも関わらずに、だ。

 狛枝の知っている原作とのちょっとした相違点だが、それによって〝 彼女たちの現実 〟が変わることもあるのだ。

 

 モノクマはそれが過去の小泉が撮った物だと言う。

 そのときできたのならば、今やらないわけにはいかない。

 それが最後の証拠になる可能性だってあるのだ。

 狛枝にとっては生死を分けるものだったが、実質モノクマのお遊びであった学級闘論とは違い、学級裁判では全員の命が危機に晒されるのである。そうなっては遅すぎるのだ。

 

「どんな状況でも写真を撮る…… それが写真家(アタシ)の使命なんだよね…… !」

 

 その責任感の強さによって彼女は震える手でカメラを構える。

 

 目の前には悲惨な光景。

 十神は手を大きく広げるように仰向けに倒れ、その下にはそれを支えようとしたのか右手を彼の下敷きにされ、自由な左手で喉を掻きむしったように、赤くなった首と熱で苦しめられ、顔が火照った狛枝の姿。

 血溜まりに倒れたその痛々しい2人。

 側には血が流れ出している鉄パイプと、錠剤の入ったビン。

 

 その全てを正確に捉えるように位置取りを決め、小泉は睨むようにそこを見つめた。

 写真のため一瞬離れることとなった罪木はそわそわと落ち着かなくタワー内を歩き回っている。

 

「……」

 

 手を震わせ、焦りを募らせる彼女の服の裾を掴む者がいた。

 

「日寄子ちゃん……」

 

 いつの間にか手の震えは止まり、悪い緊張は消えていた……

 

パシャッ

 

《コトダマ 現場写真》

 

「ありがとう……」

 

 七海が礼を言うと、小泉ははにかみながら 「アタシはアタシにできることをすることにしたのよ」 と言って気負う必要がないことを伝える。

 その言葉に僅かに微笑んだ七海は素早く介抱に戻った罪木を一瞥してから日向を見る。

 

「どうしようか、日向くん」

「あ? あ、ああ……」

 

 日向の動揺は晴れない。

 

「ええと、こういう状況のときはひとまず現場保存のために何人か残っていたほうがよろしいのですよね」

 

 ソニアが発言する。

 そして混乱が継続しつつも頭をフル回転させながら日向がそれに対して答えた。

 

「えっと…… 狛枝の介抱をしてる罪木はまず残るだろ? あとは…… 終里か弐大に頼んでおきたいな」

 

 モドキとはいえ1度学級裁判は体験しているのだ。それに捜査も。

 それなりに冷静に対処していると考えられた。

 この光景を見たならば、幾分か原作の最初よりもスムーズだと狛枝は感想を抱いたかもしれない。

 

「応、承知した」

「そ、それでもいいけどよ…… め、メシはまだか!? さっきメシが貰えるって言ってたよな!?」

「この期に及んでメシの心配かよ! …… って、やべェ…… オレも腹減って力でねーし…… こんなんで本当に学級裁判なんてできるのかよォ!」

 

 終里の発言に対して左右田がツッコミを入れたがそれはブーメランのように自身の腹に突き刺さってしまったようだった。

 涙目になってうずくまる彼に、まだ立ち直れない花村。

 そこに倒れている2人はどんな形であれ、彼の凶行を止めた者たちなのだから。信じられるわけがなかった。

 

「嘘…… だよね…… ? ねえ狛枝さんって嘘が嫌いなんじゃなかったの? それともまたタチの悪い冗談…… ? あ、タたないとかそういう意味じゃなくて…… じゃなくてって…… と、十神くんまで協力しちゃってえらく手が込んでるよね…… そうだよね?そうなんだよね?」

「闇の料理人よ…… リアルワールドを認識する術も失ったのか?」

「シェフだってば…………」

 

 花村が律儀に田中の発言を訂正して彼らの元へ歩み寄る。

 ゆっくりとした足取りは鈍重であり、それだけ認めたくないのだと否応にも周囲の者は理解した。それは皆同じだったからだ。

 

「……」

 

 浅く呼吸をしながら熱に浮かされる狛枝を、罪木が必死に熱を冷まそうと自身の服にしまってあるありったけの物を使って試みている。

 しかし、写真を撮ったあと弐大によってどかされ、隣に横たわることとなった十神の体は動かない。そう、呼吸の僅かな動きさえも……見ることができない。

 

「ぼく…… 頑張るからさ…… 十神くんが満足するまで腕が痛くなっても料理作るからさ…… 椀子そば感覚でいくらでも用意するからさ…… だから目を覚ましてよ…… ねえってば!」

 

 その場で自分よりも混乱している人間がいるならば、人とは冷静になれるものである。それを日向が自覚した時、〝 それ 〟はやってきた。

 

「やあー、お待たせ! まずはモノクマファイルー! …… の、前にオマエラに嬉しいプレゼントだよ! モリモリ食べてモリモリ捜査しよう!」

 

 そう言って人数分のアンパンと牛乳が配られた。

 

「うおっしゃぁぁぁぁぁ!」

「それは張り込みのときの食料だろーが! こんなんで足りるわけねーだろォ!?」

「でもでもー、唯吹たちお腹空いてるし……ないよりはマシというかー?」

 

 到底満腹には至らないだろうが、澪田の言う通りないよりはマシだと各人食事を開始する。

 罪木はそれすら押しのけて治療をし続けていたのだが……

 

「……っ罪木、ちゃん? …… ダメだよ、ちゃんと食べなくちゃ」

 

 彼女の目覚めによって状況は大きく動くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …… 熱い。

 熱に浮かされて頭の中を埋め尽くしたのはその言葉だった。

 冷たい手が、額に当てられ心地良い。だが体中の熱はなかなか外に逃げず、貴重な水分は汗でどんどん逃げ出していく。

 自身の体が非常にまずい事態にあることも分かったが、朦朧として起き上がることはおろか、目を開けることさえも億劫になっていた。

意識が目覚めたとき、最初に思ったのは 「生き残ったのか」 という感想。1つ1つあった出来事を思い出しては憂鬱な気分に陥っていく。

 …… あのまま死ねたら楽だったかもしれないというのに、なんて冗談じゃないよね。

 だって、それじゃあ意味がないから。

 

 会話からモノクマが皆に食糧を与えたことは察したが、どうやら罪木ちゃんは手をつけていない様子。両手共に私を支えているので食べていないと判断できるわけだ。

 なので億劫ながらも目を薄っすらと開く。それだけで随分疲れた。

 

「…… っ罪木、ちゃん?」

 

 だいぶ掠れた声が出た。

 

「…… ダメだよ、ちゃんと食べなくちゃ」

 

 キミが死ぬのは許さないんだから。

 

「こ、狛枝さぁん!!」

 

 私の目覚めに気づいた彼女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 みっともないだなんて思えない。それだけ心配してくれたのだと、不思議と満たされた気持ちになった。

 こんな顔をした彼女はもう2度と見たくないけれど、そうはいかないだろう。

 だが、それが私なのだからついてくるのは彼女の勝手なのだ。精々私も、今は傲慢に生きるとしよう

 

「ねえモノクマ…… 牛乳じゃあ余計喉が乾きそうなんだけど」

 

 とりえず適当な文句を言う。

 私がモノクマにクレームをつけたいだけなので理由はなんでもいいのだ。こう、いいようにされてるといい加減にムカついてくるんだよね。黒幕ならちょっとした仕返しくらいドンと受け止めるべきだよ。

 

「もーワガママだなー。じゃあなにがいい?」

「生理食塩水に近ければなんでも…… プカリでも許可する」

「じゃあプカリね!」

 

 ということで大量のプカリを摂取し、水分補給。

 驚くほどに脱水症状は一瞬で緩和され、動けるくらいまで回復した。

 これぞプラシーボ効果だよね。実際には夢の世界なので食事も必要ないが、脳がそれを本物と認識しているのでお腹も空くし喉も乾くし、それによってノーシーボ効果が働いて餓死もするわけなのだから。

 夢の中だと自覚してはいるが、特別丁寧に味を噛み締めて飲み食いしたのでしっかりと脳が認識したようだ。こうやって都合よくプラシーボ効果を利用できたらいいのだが……

 この世界では強い意志が重要となる。思い込みっていうのが大切なのだ。

 つまりアイデアが高いと死亡率も高いし生存率も同じくらい爆上げされる…… ってなんて例えをしているんだ。

 

「だ、大丈夫ですかぁ…… ?」

 

 罪木ちゃんが不安気に言ってくる。

 大丈夫ってのはキミが1番よく知ってるでしょう。この世界では思い込みが重要なんだって。だから私は大丈夫。

 ゆっくりと体を起き上がらせて隣に安置された彼の死体を間近で見る。

 私と折り重なった同じ位置にある傷口。貫通したそれは心臓部をひと突きにされている。つまり、彼を通して私にも傷がつけられたのである。

 まさか彼がこのタワーに来るだなんて思っていなかったから完全に私の思惑を外れて斜め上の方向に進んでしまった。

 計画自体に支障はないけれど、彼が死ぬのは予定外であり、終わってしまった今ではどうしようもない事実である。

 先にできる後悔なんて、どこにもないのだ。

 それに、私が後悔なんてしていたら、こうなっている十神クンに失礼だ。

 

「ごめんね、十神クン…… いや、ありがとう……」

 

 目を閉じ、首を振って立ち上がる。

 少しよろけたが兼ね問題はなさそうだ。

 

「ちょっとちょっと! 凪っちゃん顔真っ青っすよ! 全然大丈夫じゃなさそうじゃないっすかー!」

 

 失礼、大問題だったみたいだ。

 いやいやいや、だからといって私が捜査に参加せず寝てるのはありえないよ。

 じゃないと…… あの場所を捜査する人物がいなくなり、高確率で完全犯罪になってしまいそうだし。

 

「私だけ寝てるわけにはいかないよ…… それにこの暑さの原因をなんとかしないといけないし、私が1番証言力がありそうだからね……」

 

 まあ、必死だったから刺された瞬間のことはあんまり覚えてないんだけどね。役に立たない可能性もあるが、捜査能力のある私が参加しないわけにはいかないだろう。

 

「本当に大丈夫なんだな?」

「うん。なんなら誰かとセットで捜査してもいいし」

 

 罪木ちゃんは現場検証があるから無理だけれど。

 

「あのー、そろそろ纏まったかなー?」

 

 モノクマが挙手しながら小声で言った。

 

「うおっ!? いたのかよ!」

「いたよ! ずっと機会を伺ってたよ! ったく、なんでモノミと扱いが同じなわけ? ボクはそこが不満なのです」

「だって、同じヌイグルミじゃねーかよォ」

「あーあー、そんなこと言ってるとモノクマファイルあげたくなくなっちゃうなー」

「すんませんでした!」

 

 鮮やかに左右田クンが負けたところでモノクマファイルだ。

 日向クンに渡されてそれを一緒に覗き込んで確認する。さて、内容は如何に?

 

 

 真 モノクマファイル1

 

 被害者は十神白夜、狛枝凪の両名

 現場はドッキリハウス内のマスカットタワー。

 事件発生時刻は不明。

 

 十神白夜の傷跡は心臓部を貫通し、反対側まで突き出ている。

それ以外の外傷はなし。

 狛枝凪の負傷は同じく心臓部付近の刺傷だが、心臓には到達しておらず、傷はそれほど深くはないようだ。

 また、熱中症による脱水症状が見られていた。

 

 

《コトダマ 真 モノクマファイル1》

 

 

「こ、これだけか?」

 

 日向クンがモノクマに言うが、 「これだけだよ?」 とこともなげに返されてしまった。

 これではほとんどなにも分からないようなものなので困惑するのも当たり前だろう。

 なにせそこに書いてあったのは、死亡時刻不明、凶器不明という事実だったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・トワイライトシンドローム殺人事件
 補足しておくと舞台版と混合になっているため原作とはちょっと違います。
 舞台版では犯人を追い詰める証拠品として小泉は写真を撮っていました。しかし原作では友達が犯人であると証拠から察して自ら写真を処分しました。
 なのでその中間として証拠写真は処分。しかし同じく証拠の残った死体の写真は捨てれずにいた、ということになっております。ご容赦くださいませ。

・タイトル
 「胡蝶は誰が為にあるのか」 この章、本当のタイトルと言ってもいいです。
 原作に合わせて章終わりにやっと意味が分かるような分からないような…… そんなタイトルにしたかったのですが、捜査パートの最後に (恐らく) 分かる仕様になっています。
 2までの意味不な感じもいいですが、V3の章タイトルも結構分かりやすくていいですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。