錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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No.22 『波乱』ー絶望病ー

 翌朝、罪木ちゃんと十神クンを病院に残して私はホテルへ向かっていた。

 2人の朝食はスーパーで買って持って行ったので、栄養に偏りがあること以外は特に問題ないはずだ。病院にもっとちゃんとしたキッチンがあれば良かったんだけどね…… 仮眠室でお湯を沸かすくらいしかできないから仕方ない。

 そして、レストランに着くと想定通りにかなりの混乱が場を支配していた。

 

「もう、もうあたしやだよぉ! おうち帰してぇ!」

「終里、お前さんどうしたんじゃあ!?」

 

 終里さんはレストランの隅でずっと泣いている。

 男勝りとも言えるいつものぶっきらぼうで明るい態度は見る影もない。それに弐大クンも大分心配している様子だ。

 

「皆さんおはようございます! 今日もいい天気ですね! 良い日になりそうです!」

「み、澪田もか!?」

「はい! 澪田唯吹の澪に、澪田唯吹の田に、澪田唯吹の唯に、澪田唯吹の吹で…… 澪田唯吹であります!」

「あ、そこは変わらないんだね……」

 

 澪田さんの言動には日向クンと七海さんが反応している。しかし、クソ真面目病といってもそこまで言動自体は変わらないんだね。不思議だ。

 

「おいおい、どうしたんだこりゃあ?」

「あら、小泉さんと西園寺さんは来ないのでしょうか…… ? 十神さんと罪木さんは、狛枝さんの書き置きで来れなさそうなことが分かりますが……」

「あれ、2人とも来てないの?」

 

 よかった、左右田クンとソニアさんは無事なようだ。

 十神クンが絶望病にかかっているから、他にも予想外なところがかかっている思っていたけれど、今のところは大丈夫なようだ。

 だけれど、まだ小泉さんと西園寺さんが来ていないようだね。なにかあったのかな?

 花村クンは朝食もキチンと並んでいるのできっと無事だろう。今日の朝食はイタリアンのようだ。

 

「……」

 

 無意識に伸びた手を戻し、私は首を振ってお皿を取る。

 それからパスタやピザなどを取り分けて割り箸を取った。

 

「狛枝、肉は食べなくていいのか?」

「ううん、今日はいいや。あんまり食欲がなくて」

 

 日向クンが豪華な朝食を見ながら私に言ってくれたが、今日食欲がないのは本当だし別にいい。徹夜明けにあまり食べ過ぎても良くないだろうし。

 

「えっと、様子見て来た方がいいかな?」

 

 フォークをクルクルと回してパスタを絡め取りながら七海さんが提案する。

 

「もうちょっと待とうか」

「瘴気に侵され、狂気に支配された者はこれだけか?」

 

 田中クンが 「病気になったのはこれで全員ですか?」 という意味で発言した。するとお互いを確認しあっていた極道コンビが頷いて 「坊ちゃんは無事ですね」 、 「ペコも大丈夫だな」 と続けて言う。

あの2人は付き合いが長いから互いに変なところがあったら気がつくだろう。

 それ以降、ソニアさんや左右田クンなど、異常をきたしていない面々は大丈夫だと主張していく。

 

「…… 私もこの通りだね」

 

 笑顔で言うと、日向クンが頷いて 「そうだな」 と言ってくれた。

 うん、日向クンは当然大丈夫そうだね。

 

「ぼくも大丈夫だよ。あ、いや大丈夫じゃないかも…… 女の子に毒を吸い取って貰わないとぼくは…… もうダメかもしれないよ……」

「まあ! 今すぐ治療しましょう!吸い出せば良いのですね!」

「ソニアさん!? 違いますからね! 花村のは冗談ですから真に受けちゃダメですからね!?」

 

 食事の用意が終わって厨房から出て来た花村クンも、彼らとの漫才で無事を報せてくれたので、本格的に分からないのは小泉さんと西園寺さんだけだ。

 

「ごめん、待たせたわ。日寄子ちゃんがちょっと変でさ、連れ出すのに時間かかっちゃったのよ」

 

 そうして、それぞれ互いに確認が取れたあたりで階段から小泉さんと、彼女におぶわれた西園寺さんがレストランにやってきた。

 

「……」

 

 おぶわれた状態の西園寺さんは手をだらりと下げていて、完全に小泉さんが頑張っておぶっている状態だ。自分の体を支えようともしていないので大変そうだ。

 しかし、おぶわれているることはともかくとして、西園寺さんが小泉さんの迷惑になるようなことをするだろうか?

 なんだか変だ。そう判断して彼女たちに近づき、 「西園寺さん、どうしたの?」 と尋ねる。

 すると小泉さんが困った顔をしながら 「今朝からこの調子なのよ」 と彼女を背中から下ろした。

 

「……」

 

 彼女はポカンとした顔でそのまま座り込んでいる。なにも喋ることもなく、完全に脱力しているように見える。

 

「西園寺さん、そんなに縮こまってちゃあ蟻さんみたいに潰されちゃうよ? 普段自分がやってることを体験したいのかなぁ?」

「おい、なに言ってるんだよ」

 

 煽るようににやにやとしながら彼女の顔を屈んで覗き込んでみるが、効果は特にないようだ。いや、僅かに目線を上げたがその目が問題だった。

 

「ふーん、本当になんの気力もないんだね」

 

 空虚だった。何も見ていない。思考すらも放棄しているような脱力の仕方。明らかに異常な反応である。

 彼女なら真っ先に噛み付いてきそうなものなのに、これは絶望病にかかっているとみていいだろう。

 彼女の額に手をやって、自身と比べて見て眉を顰める…… やっぱりそうみたいだ。

 

「……」

 

 ため息を吐いてふらりと立つ。

 

「あちっ! これは、すごい熱だな……」

 

 私の真似をして西園寺さんの額を確認した日向クンが、ビックリしたように後ずさった。それだけ熱かったということだろう。

 

「とにかく、これで病院にいる2人を除いて全員だよね。おーい、モノクマー! 説明してよ!」

 

 私も寝不足で大分危ないが、そんなことを気にしている場合ではない。先にモノクマに原因を訊いておかないといけない。

 

「はーい!」

「ねえモノクマ、この状態はなんなの? これもキミのせい?」

 

 続けざまに質問を浴びせて行くと 「うぷぷ」 と笑ったモノクマが勿体ぶって 「それはね……」 と言葉をためる。

 

「はーい! 御察しの通り、これが今回の動機です! この島に生息する小さな虫が媒介する伝染病…… これは絶望的な様々な症状を引き起こす〝 絶望病 〟なのです! 言い表すなら終里さんは〝 泣き虫病 〟で、澪田さんは〝 クソ真面目病 〟、西園寺さんは〝 脱力病 〟…… だね!」

 

 モノクマが全員を見回して 「うぷぷ」 と含み笑いをする。人を馬鹿にしているようなその赤い目と目があった気がして、すぐに逸らしてしまった。

 それからさらに続けてモノクマは言う。

 

「絶望病の人に触れた人ももれなく伝染するので気をつけてね! うぷぷぷ、汚物は消毒だーって今の内に始末しておくのもありかもしれないね? うぷぷぷ、ぶひゃひゃひゃひゃ! アーッハッハッハ!」

 

 ひとしきり3段笑いを堪能したモノクマは満足したのか、騒然とする皆を置いて再びどこかへと消えていってしまった。

 

「う、移るってマジかよ!?」

「ちょっと、なんで避けようとするのよ!」

「…… でも、これが全員にかかったら危ないかもしれないよ? 一応、対応は考えておくべきだと思う」

 

 七海さんのいう通りだ。

 これで全滅なんてしたら笑えない冗談でしかないからね。

 

「今のところ…… 患者に触れたのは私と、罪木さんと、日向クンと、小泉さんだね」

 

 弐大クンは近くで心配していたが触れてはいない。

 隔離しようと言い出す肝心の西園寺さんが絶望病になってしまっているので、仕方ないが私が誘導するしかないだろう。

 

「一旦病気が落ち着くまで、患者は全員病院に引きこもっていた方が良さそうだね」

「そ、それって隔離するということですか? ですがそれはさすがにやり過ぎなのでは……」

「え? ソニアさんは全滅したいの?」

 

 申し訳ないが、全滅だけはいただけない。だからその言葉には賛成できないよ。

 

「全滅!?」

「嫌でしょ? 全滅するのはさ。なら切り捨てることも大事だよ…… 私たちのことは気にしないでいいから、避難しなよ」

「貴様…… 自ら下ろうと言うのか?」

「…… 違うよ。別に、この病気が治らないなんて言ってないでしょ? 治るまで集中治療したほうがいいって言ってるんだよ」

 

 私がそう言ってそっぽを向くと日向クンが眉を顰めて 「お前、さっきから言いたいことが滅茶苦茶になってるぞ?」 と私に向かって手を伸ばす。

 

「…… ごめん。でも、余計なお節介だよ」

 

 伸ばされた手を素早く左手で弾いて、一歩引く。

 嫌われ役になってでもちゃんと治療していく方針にしないとダメだ。

 …… こういうとき、きっと十神クンならもっと上手く皆を纏められるんだろうな。そう思うと少しだけ悔しいけれど、今の私にはこういうやり方しかできそうにない。

 スカートが皺くちゃになるくらいに拳で握りしめ、皆に見えないよう太ももを思いっきり抓って頭を覚醒させる。

 

「治療してる間だけだよ。皆だってモノクマの動機に乗せられるのは嫌なんじゃないの? 治療しない皆もなるべく3人以上で固まって行動してればいいし、病院に行く人たちは早めに病気を治せるように協力してくれればいい。連絡がつかないことなら…… なんかしら方法を考える必要があるけれど……」

「ああ、それならオレがなんとかするぜ」

 

 俯いたまま淡々と言葉を告げたが、左右田クンがやっと反応してくれた。

 

「なんとかできるの? なら、よろしく頼もうかな……」

「ああ、通信機みたいなもんでもいいならなァ。それなら電気街でなんとか見繕ってみせるぜ!」

「あ、あの…… 隔離は決定事項なんでしょうか…… ?」

「うーん、今はそうするしかない…… と思うよ」

 

 よし、これで同じ流れにできたかな。なら、もうやることはない。

 あとはここにいる患者を病院に連れて行くだけだ。

 

「小泉さんも、西園寺さんに触れてるから一緒に来てもらってもいいかな?」

「最初からそうするつもりだったから別に遠慮しなくていいのよ? 日寄子ちゃんも唯吹ちゃんも、赤音ちゃんも…… 皆心配だから」

 

 そう言って、彼女の言葉にすら反応しなくなった西園寺さんを背負った。その姿はどこか寂しそうで、こちらが申し訳なくなる。

 仲、いいもんね。

 

「じゃあ日向クンは終里さんを連れて来てくれる? 昨日十神クンと会ったからキミも危ないだろうし」

 

 私が言った言葉に少しも疑問を持たず、彼は頷く。

 昨日、日向クンは十神クンには触れてないんだけどね。まあ、長時間側にいたし、範囲内だろう。

 

「澪田はどうするんだ?」

「澪田さんなら言葉で言うこと聞いてくれると思うよ。ね?」

「はい! 病院についていけばいいのですね!」

「そうそう、その間は手でも繋いで行こうか」

 

 にっこりと笑って彼女の手を持つ。

 

「じゃあ、左右田クン。連絡手段が整ったら病院に来てね。あと、皆は一箇所にちゃんと留まってること。いい?」

「ああ、準備できたらそっちに説明しに行く。コエーけど、触れなければいいんだよな?」

「そのはずだね」

 

 これからの方針をしっかりと決めて彼らと別れる。

 同じ島のモーテルに誘導することはできなかったが、どうせ通信機の範囲が狭いので、そのうち皆揃って第3の島に来ることになるだろう。

 

 それからは、西園寺さんを背負った小泉さんと、終里さんの手を引いて行く日向クンと一緒に病院に向かった。

 話し合いの最中も終始戸惑っていた花村クンには暫く会えなくなる。あーあ、美味しい食事が暫くできないとか絶望的だよね…… 嫌になるよ。

 終里さんを励ましながら前を歩く日向クンをじっと見つめる。彼とは少し気まずくなってしまったが、これで良かったのだ。これで良かったはずなのだ。

 無防備な彼の後頭部を見つめながら無意識にスカートへ手が伸びるが、いつも所持しているそれがなかったために手は空を切った。

 …… まったく、こんなんじゃあ鉄パイプは暫く側に置けないな。

 伸ばした手をギュッと握り、空になったホルダーをスカートの上から押さえて苦笑いをした。

 

 澪田さんと握った手が妙に熱くて、心地良くて、七海さんではないけれど無性に眠たくなってくる。寝不足が祟ってか頭がふわふわしているようだ。

 ……その衝動を押し殺しながら、無言のまま病院に着き3人を他の病室に入れる。

 その後はふらふらする私に、罪木ちゃんが心配して、 「休んでくださぁい!」 と一生懸命お願いされてしまったので、自分の病室へと戻ることとなった。

 日向クンと小泉さんはモノクマのルールがあるので治療に付き合ったあと、夜時間になったら一旦コテージに帰るらしい。

 

 ふらふらの足取りでベッドに入り込み、私はそのまま…… 電池が切れたように眠りについた。

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 

 なんだか息が、苦しい。

 そう感じ始めたのはいつだったのか。

 

「…… っふ」

 

 だらだらと流れる汗に熱い、熱いと悲鳴を漏らす体を叱咤してなんとか瞼を上げる。うっすらと映った視界には恍惚とした〝 彼女 〟の姿があった。

 しまった、と思ったときには遅かったのだ。

 必死に抑えつけていた言葉がポツリ、ポツリと頭の中に浮かんでは消えていき、そして錆のようにこびれついて消せなくなってしまう。

 

「おはようございますぅ」

 

 彼女の瞳に映った歪んだ愛情(さつい)が私の姿を捕らえる。

 蛇に睨まれた蛙のように、あるいは思わず手を伸ばしてしまいそうになる甘い蜜を見つけたような、矛盾した感情が私の頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

 

「つ、みき、ちゃん……」

 

 昼間はずっと起きていたから大丈夫だった。

 そう、例え〝 熱 〟があっても耐えられた。耐えてみせていた。〝 衝動 〟にも抗ってみせていた。

 耐えられたのがなぜだかは分からない。もしかしたら、モノクマが私を苦しめたかっただけなのかもしれないが、確かに私には理性が残されていたのだ。

 

「えへへへぇ……」

 

 ヨダレを垂らした彼女の顔が間近に迫る。

 首に埋められたそれは私の体と同じくらい熱くて、彼女が絶望病にかかっているのは明白だ。

 まさか左右田クンの通信機が作られる前にこんな事態になるとは思っていなかった。正直想定外。しかも今は鉄パイプも身につけていない、完全な無防備だ。

 それに……

 

「分かってますよぉ…… 今貴女は絶望病にかかっていますよね? さぁ、貴女の願いを言ってみてくださいよぉ…… 我慢なんてよくありませんからねぇ」

 

 妙に艶っぽい声で放たれた言葉が私の中に浸透するように入り込む。

 耳元で微かに聞こえた笑い声はどう聞いても真っ直ぐとは言えず、歪んでいる。

 そして首に鋭い痛みが走る。

 しかし、わざと急所を外したそれに甘ささえ感じられて、痺れるような感覚に歯嚙みした。

 

 ―― たりない。

 

 首から流れる暖かい血液が布団を汚す。

 少しずつ傷つけるように動かされる手に持っている物は、見ないようにしているのに嫌でも視界に入り込んでくる。

 先程から私の視界の端にチラチラと映ったのは銀色の輝き。

 そして、とうとうそれに目を奪われて思わず手を重ねてしまっていた。

 

 ―― ああ、死にたい。

 

 心の奥から溢れ出るようなその衝動に目を瞬かせる。

 彼女の持つメスを、手を重ねたまま自らの首に添えて笑みさえ出てくる私は今、完全におかしくなっている。

 分かっている。分かっている。分かっているけれど、我慢をしなければいけないのは分かっているけれど、それでも抗いがたい。

 熱に朦朧としながら僅かな反抗心さえ押さえ込まれる。

 モノクマへの憎しみさえ消え失せて、胸いっぱいに溢れる自分自身への殺意と、罪木ちゃんへの殺意。

 

 死にたい、殺したい。

 

 相反する思いが混ざり合ってぐちゃぐちゃになる。

 

「どうしたんですかぁ? さあ、言ってみてくださいよぉ」

 

 言ったら最後だと、分かっているけれど。

 

「大好きな、大好きな…… 貴女に言ってほしいんですよぉ」

 

 意識の外で形作られた笑みが、肯定してしまう。

 あれ、私、外に出てなにがしたかったんだっけ。どうして、死にたくなかったんだっけ。どうして、殺されたくなかったんだっけ。

 …… どうせ3章(これ)を乗り越えても死ぬ未来しか見えないのならば、諦めてしまおうか。

 どうすれば? どうしたい? 分からない。

 分からないよ、教えてよ十神クン、私はどうすればいい? 日向クンだったらなんて言うんだろう?言ってくれるんだろう? 分かんないよ。

 

 死にたい。違う。殺されたい。違う。殺したい。違う。どうせ死ぬのなら、一矢報いたい。………… 。どうすればいい。分からない。どうしたい。分からない。助かりたい?………… 。皆と、ずっと、一緒にいたい。………… 。

 

「貴女は今、無性に死にたいんでしょう? ねえ……」

 

 否定、否定、肯定、否定、否定、肯定、肯定。私は……

 

「さびつき、さぁん?」

 

 …………

 

「え?」

 

 なんで、なんでキミがその名前を知っているの?

 自殺衝動さえどこかに飛んで、一気に頭の中がクリアになったのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 




・絶望病
 6番 (自殺癖・殺人癖) 同時併発とかいう狂気

・罪木
 2章の時点で伏線は張ってありますよ?さて、どこでしょう。

 いつも応援してくださっている皆様、ありがとうございます!
 イラストまで頂いて、モチベーションがうなぎ登りなため3章はこのまま突っ走れるかもしれません! やったね!

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