錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 やっぱり、キミだったんだね 〟


No.22 『波乱』ー混乱ー

 

 

 

 

 私の真似をして同じように部屋を出ようとする十神クンを止め、ベッドに座らせる。

 ふむ、と口元に手を当てて少し考えてみると、彼も同じ動作をした。推理するときのようなそのポーズが私よりも様になっていてなんだか悔しい。

 真似をするなら、と私は暫く目を瞑って様子を見ることにした。10秒程で片目を開けて確認してみると、ちゃんと彼も目を瞑っている。

 次に音を立てないように睡眠薬の小瓶を取り、手をつけていなかった水差しへ溶かす。水差しは予備があるので睡眠薬の入っていないものも用意してカタリと置く。

 その音で彼が目を開けたが、熱に浮かされているのか焦点が合っていないように感じる。これは本格的にマズい状況だろう。なんて厄介な。

 睡眠薬入りでない水差しを手に取り、彼の目の前で飲んで見せる。すると彼も睡眠薬の入ったそれを飲んだ。

 それからもう1度目を瞑って彼にも目を瞑ってもらう。元々熱で体が動かしづらくなっているはずなので、そのまま力の入っていない熱い彼の体をゆっくりとベッドに押していく。

 思った通りうまく体が動かないのか、抵抗らしき抵抗はなかった。

 

「……」

 

 喋ると真似させてしまうので黙ったまま、さっと布団をかけて立ち上がる。このまま寝入ってくれればそれでいい。

 起こさないように端の方にかけてあったパーカーに袖を通し、この病室の鍵を回収。ついでに人をこの部屋に呼ぶため睡眠薬もポケットに入れて証拠隠滅しておく。

 最後に静かに病室から出て後ろ手で鍵を閉める。

 カチャリ、と乾いた音がした。

 

「…… はあ」

 

 詰めていた息を吐いて階段を上っていく。

 今の出来事だけでもドッと疲れたような気がした。

 

「罪木ちゃん、罪木ちゃん患者だよ。救急の患者さんだよ!」

 

 そう言って仮眠室で眠る彼女の頬をペチペチと触れる。

 起きる気配がないので思ったよりも睡眠薬が効いていたようだ。このまま彼女が眠ったまま死体になったりしたら笑えないが、しっかりと胸が上下しているのでそんなことはない。

 ということは睡眠薬の効果だけでなく、元々疲れていたのもあるのだろう。

 

「罪木ちゃん…… 起きてよね」

 

 よく寝ている彼女に対し、ちょっとした悪戯心が顔を出したので耳元で囁いてみる。仕上げにいつも夢の中でやっているのと同じように彼女の頬をつねってみる。

 

「んん……」

 

 そうしてやっと彼女が目覚めた。

 

「……」

「……」

「……」

「あの…… 罪木ちゃん?」

 

 目が覚めてキョトンとしている彼女と暫く無言で見つめ合い、まさかこのタイミングで彼女も絶望病にかかってしまったのかと焦って声をかける。

 その可能性を考えてしまったせいか1歩彼女から足を引いたが、彼女はそんなことも気にしないで 「…… え? え? こ、狛枝さぁん? どうしたんですかぁ?」 と驚いたように声をあげた。

 どうやら寝起きで頭が働いていなかっただけのようだ。

 

「私の病室まで十神クンが様子を見にきてくれたんだけどね、その彼が熱を出しておかしな行動をとるようになっちゃったんだよ。私じゃあどうすればいいか分からないから罪木ちゃんを呼びに……」

「と、十神さんがですかぁ?」

 

 急患だと聞いてすぐにベッドから降り、近くにかけてあったエプロンを彼女が身につける。それから真剣な顔をして罪木ちゃんは私の手を掴んだ。

 

「行きながらですけど、詳しい症状を教えていただけませんかぁ?えっと、熱だけですか? それとも別の症状もありましたか? 十神さんはなにかだるいとか痛いところがあるとか言っていませんでしたかぁ?」

 

 さすが医者の卵。急いでいながら状況の確認までしてくれるんだね。

 

「なんというか…… ただの病気って感じはしなかったね。私の言葉をそのまま鸚鵡返しして、行動も真似してきたんだよ。なんか変だなって思って額に触って見たらすごい熱を持ってて…… どちらかというと身体的な症状じゃなくて精神的な症状だと思うんだけど……」

 

 普通に考えたら精神科案件だよね、あれ。

 

「精神的なものですかぁ…… 十神さんもリーダーシップをとって頑張っていましたし、気疲れしてしまったのでしょうかぁ……」

「それにしたって変だよ…… その前までは普通に話してたのに、午前0時になった直後おかしくなるなんてさ……」

 

 ありえないよね。

 そんな病気が本当にあったら恐怖だ。さっきまで普通に話してた人がなんの脈絡もなく突然おかしくなるなんて……

 

「なんでもかんでもモノクマのせいにはしたくないけど、どう考えても普通じゃないよ……」

「…… とりあえず、私も頑張りますから…… 朝になったら皆さんにも確認してみましょう。もしかしたら他にも同じように苦しんでいる人がいるかもしれませんし……」

 

 今から皆の個室を回るのは確かに非効率的だね。それよりも翌朝レストランに集まるであろう皆の様子を見た方がいい。

 それに、十神クン以外にも患者がいるとは言い切れない状況だし。

 

「なら、私も看病手伝うよ。これでも病院の娘だし、基礎的なことは分かるからさ。それに……」

 

 一拍置いて目の下にクマができている彼女を見やる。

 

「キミこそ、過労で倒れちゃうんじゃないのかな? ほら、他の皆の健康チェックもしてるでしょ。気づいてるんだよ?」

「あ、知ってたんですねぇ……」

 

 寝不足気味なのは私も一緒だが…… まあ医者の不養生よりは私が倒れる方がマシだろう。私を心配してくれる人なんて…… 結構いるか。

 嬉しいけれどとっても複雑な気分だよ、まったく。嫌われるように動いていたのにどうしてこうなってるんだろうなあ。

 日向クンや十神クン、罪木ちゃんに小泉さん…… 結構な人が私のフォローをしてくれているせいか、今のところモノクマにしかヘイトが集まっていないみたいだ。過ごしやすいから構わないけど、パーティのとき覚悟してたのが馬鹿らしくなってくるよね。

 あとは小泉さんを庇って殺人を止めたことも大きく関係しているのかな。あーあ、本当皆いい人ばかりで怖いくらいだ。

 

「お気持ちは、ありがたいんですけどぉ……」

「とりあえず、手伝うよ。お茶汲みでもいいからさ…… キミが起きて頑張ってるときに私が呑気に寝てるわけにはいかないよ」

 

 被せ気味に言った言葉で罪木ちゃんが目を瞬かせる。

 

「キミを起こしといて私は寝るって、罪悪感があるんだよ。ほら、そんな私の罪悪感を取り除くと思って…… 手伝わせてくれるよね?」

「あ、ありがとうございますぅ」

 

 ほとんど脅しのような言いくるめの仕方だったが、結果オーライだ。

 その後は罪木ちゃんに眠くならないようにコーヒーを入れたり、必要な薬を確保するためにドラッグストアまで走ったり、過去似たような精神病がなかったかどうかを、図書館で急いで借りてきた本で調べたり…… ちなみにドラッグストアはともかくとして図書館は普通夜時間は閉まっているようだったが、モノミを呼んで入らせてもらった。

しかし、そうして調べた資料の中にも特定の精神病と言えるものはなく、 『強い精神的ショックによる混乱』 としか言えないことが分かった。

 故にまずは熱を下げることを目標として十神クンの看病をして過ごすことになったのだけれど……

 

「あの、狛枝さん…… お手数なんですけど、十神さんの着替えを持って来て頂けますかぁ? 病衣はちゃんと大きいサイズがあったんですけどぉ…… そのぉ…… 他に必要な物などもありますし……」

 

 ああ、言いづらいのは分かるよ。でもそうか、必要な物ねぇ。

 

「あ、じゃあ日向クンのところにも寄ってみるよ。彼、十神クンとも仲いいし…… それで着替えの用意をお願いしてみるよ。私は気にしなくても十神クンが気にしちゃったら悪いし」

 

 提案してバツの悪そうな顔をとる。

 1度十神クンのコテージには行ってみたかったし、ちょうどいいと言えるかもしれないが、正直なところ日向クンを誘うのは気が進まなかった。けれど、こういう事態ならば仕方ない。

 そう開き直って十神クンのポケットを無遠慮に探る。

 

「こ、狛枝さぁん?」

「だって鍵がなかったら入れないでしょ? まさかモノクマに開けてもらうわけにはいかないし…… 私だって窓ぶち破ったりピッキングしたりなんてしたくないしさ」

「それもそうですねぇ」

 

 納得してくれたようなので気にすることなく、次々とポケットの中を探っていく。すると彼の上着の内ポケットに鍵は入っていた。

 

「よし、行ってくるね」

「い、いってらっしゃいですぅ」

 

 パーカーにいつもの手帳が入っていることを確認して同じ場所に鍵を入れる。いくつかプレゼントアイテムも入っていたが構わないだろう。

 

「十神クンのコテージかぁ…… 冷蔵庫が2台もあったりして?」

 

 3台あった。

 コテージに入った私は衝撃的な光景すぎて思わず息を飲んだよ。

 テーブルに置かれた手帳や、図書館から借りてきたのか大量の本。高価そうな万年筆。私が集めたデータを元により正確に描かれた島全体の地図。ジャバウォック島に関する資料と、現在の島と資料との齟齬を纏めた書類。

 普段も皆と一緒に調べまわっているが、独自でもかなり動いていたらしい。

 しかしその中により一層異彩を放つのはやはり冷蔵庫だ。最初に私と運んだ冷蔵庫よりも大きい物が2台一緒に並んでいる。

 好奇心に駆られて中を見てみればお菓子にジャンクフード類に炭酸飲料にとやたらめったらカロリーの高そうなものばかりが詰められている。

 痩せるより意図的に太る方が難しいともいうが、よくこれだけのものを食べられるな。私には一生理解できない領域なのだろう。ある意味尊敬するよ。

 

 次にテーブルに置いてあった一冊を手に取りパラパラと捲ってみる。罫線だけ引かれた白紙のそれを見て私は 「そうだ」 と呟いた。

 

「日向クンは呼ぶにしても他の皆はこのことを知らないし、ホテルロビーにでも置き手紙とか残しといたほうがいいよね」

 

 レストランは夜時間の今は入れないし、十神クンが入院することを報せておかないと。ないとは思うが、日向クンも病院に泊まるかもしれないし。

 

「よいしょ…… っと」

 

 懐から出した手帳のページを1枚破り、それに彼の万年筆を借りて伝言を書く。

 

「十神クンが風邪をひいてしまったので病院に連れて行きます…… と」

 

 皆に見せるものなので丁寧に書き、うんと頷く。

 それから、伝言を書くからとテーブルに置きっぱなしにしていた手帳を懐に入れる。もう1冊も最初に彼の手帳が置いてあった場所に置き、やっと本来の目的を思い出した。

 

「あ、着替えとタオル用意しなくちゃね」

 

 制服は別にいいが、クローゼットの下の引き出しを開ける勇気は私にない。ならばここはベテランパンツハンターの日向クンに任せるべきだそうするべきだ。

 好奇心に駆られて思わず1人でコテージに入ってしまったが、当初の予定では日向クンを連れてこようとしていたのだった。

 

 私はもう1度、チラリとテーブルを流し見てからそのまま、一旦コテージを出た。

 

 

 

 

 

「夜遅くにごめんね」

「…… いや、大丈夫だ。事情はあらかた分かったし、気にしなくていいぞ。それより十神の容体はどうなんだ?」

「うーんと、精神的な疲労…… なのかな。そんな感じでちょっと変な行動するようになっちゃったからちゃんと見てないといけないんだって」

 

 罪木ちゃんが言っていたよ、と伝えて並んで歩く。

 日向クンならば絶望病にかかっていないと思って来てみれば正解だし、良かった良かった。

 彼まで絶望病になっていたら私が心労で死んじゃうよ。主人公が動機に引っかかったら笑えないし、誰が事件を解決するんだって話になっちゃうもんね。事件は起こらないようにしたいけれど。

 

「私はタオルとか回収しておくから、日向クンは着替えをよろしくね」

 

 手早く鍵を使ってコテージに入り、日向クンも入るように促す。

少しばかり遠慮している風だった彼は、キョロキョロと辺りを見回して 「本人に招き入れてもらいたかったな」 と呟いていた。

 そうだよね。私もできるなら仲良くなってから招いてほしかったよ。

 

「さすが十神……」

 

 なんて言っている日向クンの独り言がたまに聞こえてくるが、あまり深く考えないようにしよう。サイズなんてどうでもいいじゃないか。

 彼と違って私はパンツハンターじゃないし。

 

「これでいいか?」

 

 暫くして、私がタオルなど必要なものトートバックに詰め込み終わった頃に日向クンも準備ができたようだ。適当に見繕ったバッグに着替えを詰めてもらったのでそのまま受け取る。

 

「ありがとう」

「ああ。だけど着いて行かなくて大丈夫か? 着替えもあるんだろ?」

「それなら慣れてる罪木さんがやると思うけれど…… そうだね、できれば来てくれた方がいいかもしれない」

 

 そう私が言うと、すぐに日向クンは頷いて 「なら、ちょっと待っててくれ」 と言って自分のコテージへ入って行った。

 私はその場で待たず、先にホテルの入り口にメモ用紙を貼り付けに行った。

 それから自身のコテージの方向を見てみればその姿は跡形もなくなくなっていて、新たな土台だけが建築された状態に変わっていた。

 この分では3日か4日もあればコテージに帰れそうだ。モノミも仕事が早い。

 

「待たせたな。じゃあ行くぞ」

「うん、そうだね」

 

 そうして病院に着いたはいいけれど……

 

「がおー! 病院へのお泊まりは患者と看病する1人だけだぞー! ルール違反したら…… 分かってるよね?」

 

 ギラリと長い爪を見せつけるモノクマが日向クンを威嚇する。どうやらモノクマは日向クンがここに泊まることになるのがお気に召さないらしい。

 モノクマの爪が異様に光っていて、よく研がれたナイフのようだ。あれに貫かれたら痛いどころじゃないだろうな。きっと死んでしまうよね。

 

「おいおい、なにやってるんだよ」

「あ……」

 

 なんとなく手を伸ばそうとして日向クンの腕に遮られる。

 あれ、なんで私、モノクマに近づこうとしているんだ?

 

「うぷぷぷ」

 

 意味ありげに笑うモノクマに、日向クンはため息をついて言う。

 

「なら着替えだけでも手伝って帰る。それならいいだろ? モノクマ」

「むむむ、しょうがないなぁー。早めにしろよー?」

 

 妥協したモノクマが背を向けようとするが、それを 「あ、ちょっと待って」 と言って私が引き止めた。

 

「なに? どうしたの狛枝さん」

「十神クンがおかしくなったのはキミのせい? あれはなんなの?」

 

 あれが動機であることなど把握済みであるが、日向クンは知らないし、それを教えることも兼ねての質問だ。

 

「ああ、それね…… それは朝、オマエラが揃ったときに教えてやるよ。うぷぷぷ、楽しみにしてるんだね!」

「つまり、キミのせいなんだね……」

「バイナラー!」

 

 逃げた。

 まあ、これで日向クンもモノクマのせいだって分かっただろう。

 ともかく、今は十神クンの看病こそが重要事項だ。ふらふらとしている場合ではないな。

 

 日向クンに続いて病院内に入り、十神クンの病室を目指した。

 

「なにやってんだよお前ら」

 

 病室に入った途端、私は目眩を覚えた。

 床に包帯だらけで転がった罪木ちゃんと、それを真似して布団の上で転がっている十神クン…… 頭が痛いよ。

 

「まずはこれをどうにかしないといけないな」

「…… そうだね」

 

 日向クンがコテージに帰れた頃には朝時間まであと少しというところになっていた。

 ああ、先が思いやられる……

 

 

 

 

 




・睡眠時間
 きっと彼女らはショートスリーパー

・絶望病
 十神クンは 「モノマネ病」
 凪はかかっている? かかっていない?

 新作の裁判ミニゲームはスクラムもパニックも偽証も好きですね。
 なにより小説にも起用できる…… すごくやりたいです。

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