錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 いつかくる、私への挑戦状を見据えて 〟


No.22 『波乱』ー花火ー

 普通に比べたら大分早い朝、病院の個室で、私たちはじっと見つめ合いながら緊張の汗に苛まれていた。

 

「あの、罪木ちゃん…… そんな、もう…… 無理だって……」

 

 ベッドから身を起こしたまま、じりじりと後退する。

 しかし背後には壁しかないので逃げられる場所もない。私は首を嫌々、と振りながら視界が歪むのを感じた。

 ああ、こんなにあっさり泣いてしまうだなんて情けない。

 だけれど、仕方ないじゃないか。罪木さんが強引なのがいけないのだ。

 

「あっ、そんな押し付けないでよ…… !」

「えへへへぇ、ダメですよぅ。怖くないですからね? ほら、一瞬だけですよ…… ちょっと我慢するだけですからぁ」

「そ、そんな先っちょだけみたいな言い方しないでよ!」

 

 ガタガタと体が震える。

 開かれた足はじっとりと汗ばんで、押し付けられた〝 それ 〟を見て私は青ざめた。

 なぜだろう。すごく怖いのだ。初めてではないというのに、体が勝手に反応してしまう。

 

「はい、じゃあ縛りましょうね」

「ふっ、うう、きつい、きついんだって! も、もうやだぁ……」

 

 嫌だ嫌だ嫌だ!

 だけれど、いくら懇願したって罪木ちゃんは容赦なく私の体を拘束するのだ。

 思わず彼女の服を掴んで涙目になりながら縋り付く。私の怖がる姿と、縋られている事実からか彼女の目は恍惚としていて、妙に色っぽいような気もする。

 彼女の口の端から垂れる涎のせいで、どうも肉食獣に狙われたヤギのような気持ちになってきてしまう。

 ああ、これから私は食べられちゃうの? そんな気持ちになりながら目を瞑る。ああ神様! 今までクソだなんだと言っててごめんなさい!

 誰か、誰か助けて!

 

「おい、なにをしている!」

「はい? お注射ですけどぉ」

「と、十神クン…… 助けてぇ……」

 

 そう、私はベッド端に追い詰められ、無理やり押し広げられた足の間に彼女が座り、私の腕をゴム紐で縛って手すりに押し付けられていた。

 昔から注射は苦手だったが、危ないお薬の思い出がある分知らない間にトラウマとなっていたようだ。

 

「怪我したのは頭だよ? 注射なんて必要ないよね!? ねえ? 十神クンもそう思うよね!」

 

 だってこの注射の中身桃色なんだよ!?

 絶対怪しい薬だって! 彼女の才能には信頼を置いてるけれど、その注射だけは絶対に嫌だ!

 

「ふん、それだけ喚けるのなら問題ないんじゃないか? 大人しく治療されておけ」

「そ、そんなっ!?」

 

 このときほど絶望したことはないと思う。

 注射の痛みは少しの間だったし、なにも起こらなかったけれど、朝っぱらから物凄く疲れてしまった。

 

「ところで、十神さんはどうしたんですかぁ? 体調でも悪くされましたかぁ?」

「いや……」

 

 十神クンは輝く彼女の目から流れるように目を逸らし、 「澪田から伝言だ」 と呟いた。

 

「狛枝の快気祝いも兼ねて、今夜チャンドラビーチで花火大会をするらしい。主役は参加するんだぞ」

「あ、う、うん分かった。教えてくれてありがとう」

「わあ…… ! 花火ですかぁ、振り回すととっても綺麗ですよねぇ。あ、私に押し付けるのもいいですよ! いつも皆とやってましたからぁ…… !」

「そんなことはしないよ……」

 

 所々彼女の重い過去が垣間見えるのが、色々と闇深いね。

 

「ねえ、罪木ちゃん。花火は観て楽しむものだよ! 皆でわいわい楽しもうよ!」

「ふぇ? は、はあい…… えへへへ、皆で花火……」

「確かに伝えたぞ。午後8時にチャンドラビーチだ。俺たちは昼の後に打ち上げ花火の準備をする。お前たちも時間があるのなら手伝えよ」

「分かった、教えてくれてありがとうね」

 

 そう伝言を伝えてから、彼は去って行った。

 

「さて、花火かぁ…… 花火って言ったら浴衣だよね。ねえ罪木ちゃん、ロケットパンチマーケットに行って準備したいんだけど、いいかな? もう私、元気だよ?」

 

 注射で疲弊した精神も、夜に楽しみが待っていると思ったら俄然元気が出てきた。だって、皆の浴衣姿が見れるんだよ! 楽しみじゃないわけがないだろう!

 原作では皆ピンクの浴衣だったが、これから準備して西園寺さんや小泉さんに協力を要請すれば、皆に合う浴衣を探すこともできるよね。着付けもできるだろうし。

 

「そういうことなら大丈夫ですよぅ! ご一緒しても、いいですかぁ?」

「うん、勿論」

 

 だって、罪木ちゃんの浴衣も選ばないといけないしね! 腕がなるなぁ。どんな浴衣があるんだろう? そこは商品を用意しているモノミのセンスに期待しないとね。

 コテージから殆ど移動してある道具類と、服飾品から出かける準備をし、罪木ちゃんを誘う。

 それからさっそく2人でロケットパンチマーケットへ向かった。

 

「おお! 凪っちゃんも来たんすね!」

「あれ、皆も?」

 

 私たちがマーケットに着くと、既にそこには女子が全員集まっていた。

 

「あら? 狛枝さんと罪木さんも浴衣選びですか?」

「やっぱり、みんな考えることは一緒みたいだね」

「もう、わたしはいつもの着物でいいって言ったのにー」

「浴衣って、着るの初めて…… だなぁ」

「あんな動きずれーもんよく着る気になれんな……」

「やはり…… 着ないと駄目か…… ?」

 

 まさか終里さんまでいるとは思っていなかったが、もしかして誰かに連れて来られたのかな? この感じだと、皆で浴衣を着るのに積極的そうな澪田さんや小泉さんかな。

 

「男子たちがお昼に打ち上げ花火を運んでくれるみたいだけど、アタシたちは先に準備を済ませておかないと」

「女性の買い物は校長先生の話くらい長いものですからね」

 

 うーん、と言いながらソニアさんがそう例えるが、それは違うと思うよ。いくらなんでもそこまで校長先生の話は長くないし。

 

「あー! でも学園長の話は長かったよねー!」

 

 西園寺さんが嫌味っぽくくすくすと笑うと、水泳用品の近くに置いてあった大量の動物型フロートの中から白黒の物体が飛び出してきた。

 

「それってボクのことー?」

「ぴゃああぁぁぁぁ!? 浮き輪が動いたー!?」

 

澪田さんか盛大に引いて、逃げていく。

私はなるべく冷たい言い方になるように目を細めて、 「…… ねえ、いきなり出てくるのはやめてくれない?」 と言った。

ふっ、と鼻で笑うするようにしたのがポイントだ。

 

「それに今から着替えもあるし、男子禁制になるの!アンタは出て行きなさい!」

「そうでちゅ!アンタは出て行きなちゃい!」

「あーれー!」

 

 フロートの山から今度はモノミが出てきてモノクマを蹴り飛ばした。

 私たちはルールのせいでモノクマに手を出せないが、彼女ならば問題ないのですごく助かる。

 

「たまには役に立つじゃーん! ありがとねー!じゃあ後は帰っていいよー」

「参加させてくれないんでちゅか!?」

 

 結局追い出されたモノミはトボトボと寂しそうに去っていった。

 その後は順調に浴衣を選び、皆で着付けの練習をした。

 小泉さんが着物の着付けまでできる人なので何人かが同じように覚え、それぞれに着付けをすることができるようにしたのだ。

 ちなみに、罪木ちゃんがやると時間がかかる上に帯でぐるぐる巻きにされてしまうので、彼女は他の人に着付けができない。

 そうして決まった浴衣は皆それぞれの趣味で決めたものだ。

 と、言っても似合っていないわけではなく、皆似合っているので写真が撮りたくなった。後で小泉さんにお願いしようと思う。

 

 さて浴衣だが、私はさらっと見た上でピンと来た黒地に赤い椿と蝶の舞う浴衣を選んだ。

 髪と合うかどうかが心配だったが、同じく真っ赤な椿の簪で髪を纏めてみたら違和感がなくなってくれた。赤と黒で締まったイメージにすると白でも合うんだね。

 勿論のこと、巾着は赤っぽいけれど橙色の物を使っている。今までの道具も少しだがこれに入っている。

 

 次に罪木ちゃんだ。

 罪木ちゃんは白地に薄桃色の百合の柄だ。

 儚げだが所々に見える包帯がどこか色っぽい。桃色の百合を象った簪で髪をアップにしているので、うなじが髪の間からチラリと覗いている。

 あと、いくらタオルを詰めて調整しても胸が強調されてしまうのであまり詰め込まないことにしたようだ。

 

 小泉さんは罪木ちゃんと同じ白地に橙色と薄緑色の撫子柄だ。笑顔を意味する撫子は、笑顔を撮ることが好きな小泉さんにピッタリだ。

 耳の後ろにつけた撫子のコーム型リボンが大人な雰囲気を醸し出している。

 

 西園寺さんは小泉さんに選んでもらっていたようだ。

 いつもの明るい橙色ではなく、今回は薄水色の地に赤と黒の金魚が泳ぐ、少々子供っぽい浴衣だ。

 髪型は後ろでポニーテールにしていて、そこに大きなリボンをつけている。どうやら子供っぽい感じで纏めているようだ。お祭りにいる子供のような感じだろうか?

 

 澪田さんは薄桃色の地に白と紅色の強い桜柄だ。派手好きな彼女にしては優しい色合いの浴衣になったのではないだろうか。

 髪もいつもとは違い、ツノではなく和風美人な感じに簪を使っている。こちらも桜だ。

 皆浴衣に合わせて髪飾りを決めているみたいだね。というか、ツノのない澪田さんなんて初めて見たよ。逆に違和感がある。

 

 辺古山さんは終始恥ずかしそうにしていたが、しっかりとソニアさんに世話を焼かれていた。

 彼女は紺地に白桔梗と蜻蛉(トンボ)の柄だ。引き締まったイメージと、蜻蛉が前にしか進めないことから目標に向かって真っ直ぐ進む、勝ち虫として験担ぎの意味もあるらしい。

 桔梗は誠実や従順といった意味もあるのでピッタリだ。

 

 終里さんは勘で決めたらしい。黒地に真っ赤な梅が派手だ。

 だがワイルドなイメージの彼女にはかなり合っている。髪飾りをするとそのイメージが崩れて違和感が出るのでなにもしていない。

 そのうち飽きて浴衣もはだけさせてしまいそうだしね。

 

 ソニアさんも黒地で、花は赤い牡丹だ。

 彼女は気品を強調するような浴衣になっているみたいだね。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言うし、牡丹は良いイメージだ。

 髪も見事に簪で彩られている。左右田クンが大手を振って喜びそうだね。

 

 七海さんは白地に淡い青や桃の紫陽花の浴衣だ。

 紫陽花にはネガティブなイメージの花言葉もあるが、彼女の場合は家族団欒が1番しっくりくるね。雨のイメージもあって涼しげだ。

 髪は下ろしたまま後頭部にコームリボンがついている。その中にこっそりといつものヘアピンが混ざっているのが七海さんらしいよね。

 

 こんな感じで全員がどうするかを決め、浴衣を確保してから解散になった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 そして午後8時。

 私たちは事前に女子で集合し、着付けをしてからチャンドラビーチへ向かって行ったのだった。

 

「みんなー! 女の子たちの到着だよ! さあっ! 早くその浴衣をはだけさせぶべら!」

「よーし花村ー、ちょっとあっち行こうなー?」

「ひ、日向くん! ぼく、ぼく…… そういうのも大歓迎だよ! さあ岩陰にぐほぁっ!?」

「テメーいい加減にしろや」

「ソニアさんに手出しはさせねーからな!」

 

 すかさず花村クンが日向クンと九頭龍クンと左右田クンにドナドナされていった。保護者組…… 保護者? まあ、大変だね。ありがたいけれど。

 

「応! 終里、似合ってるのう!」

「あー? そうかよ。ッチ、動きずれーったらありゃあしねぇ」

「今は体を動かすわけじゃないからいいんだよ?」

 

 終里さんがつまらなそうにしているが、まあそのうち花火に目を奪われて楽しんでくれるだろう。

 

「はあー、花村がしっかり立ち直ってくれて良かったけどな…… あれはちょっと困るよな」

 

そんなことを言いつつも笑って 「花村らしい」 と言える日向クンは本当にいい人だよね。

 

「まったく、毎回毎回キモいっつーの!」

「まあまあ、あれが本来の彼なんだから、ちょっとは大目に見てあげてもいいんじゃないかな?」

 

 西園寺さんがあまりなことを言うので一応フォローを入れておく。あれはあれでムードメーカーになるからいいんじゃないかな? 多分……

 

「賑やかで楽しいですし、構わないと思いますが……」

「そ、ソニアさん!?」

 

 あ、左右田クンがショックを受けている。

 浴衣を褒める余裕もないようだな。

 

「ふっ、地獄の宴が今宵始まる…… さあっ魔法の印を打ち上げる時が来たのだ!」

 

 田中クンはどうやら早く花火が見たいみたいだね。

 

「花火の熱気でビンビンになっちゃうね!」

「ははっ、まったく、花村は懲りないよな」

 

 復活の早い彼を呆れたように笑う日向クン。

 そんな彼に私も笑いながら相槌を打つ。すると、こちらに気がついた日向クンが驚いたような顔をして近づいて来た。

 

「狛枝、お前って黒と赤が似合うな」

「っ……」

 

 いきなりの不意打ちに顔が熱くなる。

 褒められ慣れないせいか毎度反応してしまうのが悔しいところだ。

 そういうのは七海さんや罪木ちゃんに言ってあげてよね。褒めてもなんにもしてあげられないからさ。

 

「あっ、ありがとう…… 日向クンは浴衣着なかったんだね?」

「俺たちは裏方作業をしてたからな。時間がなかったんだよ」

「そ、そっか」

 

 なーんだ、残念…… じゃなくって、花火だ花火。

 小さな線香花火は後回しにし、吹き出し花火を使って遊ぶ。お互いになかなか近づけなくなるのがたまに傷だが、皆で鑑賞することはできるのだ。

 

「ひゃあーやめてくださーい!」

「待てー!」

「ちょ、ちょっと日寄子ちゃん!」

 

 吹き出し花火を持った西園寺さんが罪木ちゃんを追いかけ回している。ああ、なんだかこういう光景って花火をやるときの風物詩なのだろうか。よくいるよね。花火持って走り回る人。

 私は危ないからやらないけど。水を張ったバケツの近くじゃないと怖くてできないよ…… たまにガソリンだったりして大惨事になるけれど。

 他には終里さんや弐大クンが大道芸のように花火を回して遊んでいる光景が目に入る。

 田中クンは焚き火のように花火を集めてなにやら召喚の儀式チックなことをやっている。その横ではソニアさんが安全確保のためにバケツを運んで行った。左右田クンは相変わらず相手にされていない。

 遠くに線香花火を楽しむ主従の姿が見えるが、あまり邪魔をしてはいけないだろうな。

 

「おーし、打ち上げるぞー!」

 

 ソニアさんにアピールすることを諦めた左右田クンが、格好良いところを見せようと打ち上げ花火に火をつける。

 すると、次々と打ち上げ花火が空に飛んでいった。

 

「たーまやー!」

「かーぎやー!」

 

 私たちがそう言って代表的な掛け声をしていると、疑問に思ったのか七海さんが 「なんで、たまやとかぎやなの?」 と首を傾げた。

 

「ああ、それは……」

 

 私が言いかけたときに近くにいた十神クンが 「昔の二大花火師がいた店の名前が玉屋と鍵屋で、花火を見た客が讃えて屋号を叫んだのが由来らしいな」 と詳しく説明してくれていた。

 悔しい、私が説明しようと思っていたんだけどな。

 

「なるほどねー」

 

 七海さんは納得したように何度も頷いた。

 

「そういえば、あんな大量の打ち上げ花火どうしたの? 随分派手に打ち上がってるみたいだけど……」

 

 日向クンに訊くと、ちょっと言いにくそうに 「ああ、それか」と零した。

 

「モノモノヤシーンで大量に〝 壊れたミサイル 〟が出て来てな…… 処分に困っていたら左右田が引き取ってくれたんだよ。それで、色々改造してできたのがあの打ち上げマシーンなんだと」

 

 なるほど、確かに先程から自動で打ち上がっていっているようだ。最初に火をつけてからは誰も手をつけていないのに。

 さすがはメカニック。こんなこともできるんだな。

 

 そう感心していたところ、例のマシーンからジジジ、と不吉な音がした。

 

「え?」

「ちょっと、あれまずいんじゃないの?」

 

 小泉さんが不安を訴え、日向クンが慌てて左右田クンの元へ走っていく。

 ジジジ、と不吉な音が続いている。

 

「きゃははは待て待てー!」

「ふわぁっ!?」

 

 西園寺さんに追い詰められた罪木ちゃんが転び、倒れこむ。

 いつの間にか現れたタコに絡みつかれたり貝に挟まれていたりとまた大変な格好で転んでしまったようだ。

 

「おい左右田!」

 

 ジジジ、不吉な音を立てながら発射された花火はまっすぐに飛ばず、様々な方向に落ちていく。そのうち1つは第1の島の方へ、もう1方は…… 転んだ罪木ちゃん目掛けて降り注いでいた。

 

「あ……」

 

 呆然とした罪木ちゃんが絶望したように空を見上げた。

 近くにいた西園寺さんも恐怖に硬直してしまい、その場から1歩も足を動かさない。

 

「っ罪木ちゃん!」

「ッチ、世話がやける」

 

 私と十神クンは同時に走り出し、そして私は追い抜かれていった。

 彼は素早く西園寺さんを回収して離脱し、私は…… 私は、〝 そうすること 〟しかできなかった。

 

「狛枝さん!?」

 

 恐怖に取り憑かれる。

また、大切な人がいなくなるのか? また友達を目の前で失うのか? そんな、強迫観念に近い恐怖。

 左右田クンのミス? そんなわけがない。

 私だ。私の幸運のせいなのだ。きっとそうなんだ。だから友達になった彼女が危ない目に遭うのだ。

 きっと今までの私なら諦めていただろう。だけれど、今の私はもう決めたのだ。どんなに問題が難しくたって、諦めないって。

 やっと掴めたんだ。やっと皆と一緒にここから出たいと、心の底から思えることができたんだ。

 

 だから、彼女が私のせいで死ぬだなんて絶対に許さない。

 

 幸運のせいだからって諦めて、手を伸ばすことすらしなかった私は…… ちゃんと前に進めているかな?

 だって、皆で幸せになるって決めたもんね。

 

 ―― 手を伸ばす。

 

「死なせないっ!」

 

 彼女に伸ばした手で、私は全力で突き飛ばした。

 背後に迫るパチパチと火花を散らす音。もう間に合わないと、分かっていたから。

 

「狛枝!」

 

 遠くで十神クンの焦った叫び声が聞こえる。

 ああ、珍しいなぁ。そんな感想を抱きながら、罪木ちゃんのいた場所に前転の要領で転がり、少しでも離れようと努力した。

 大丈夫、人を助けたいからって生きることを諦めたりするほど、私の生への執着は甘くないんだからさ!

 最後まで生き汚く、泥臭く。それが信条。醜かったっていいんだ。死ぬよりはマシだから。

 

 耳元で爆音が響き、一時的に耳が機能しなくなる。

 だけれど、火傷だらけで煙を纏いながら転がった先は海だ。

 泣きたくなるほど傷口にかなり染みたけれど、なんとか私は生き残った。生き残ったんだ!

 

「ははっ」

 

 なんだ、簡単だったんだ。

 思わず泣きながら笑う。

 

「あはははっ!」

 

 諦めなくったって、良かったんじゃないか!

 私が足踏みしていただけだ。私が怖くて進めなかったから、自分の死が怖かったから救えなかっただけ。

 なんだ、こんなにも、こんなにも1歩踏み出すのは簡単だったんだね!

 ちゃんと、私は前に進めている。辺古山さんのときもどうにかなったが、今回もどうにかなった! こんなにも簡単に運命は変えられる!

 

「あはははっ!」

 

 もしかしたらあのときも、あのときも、ずっと昔のときも、私が諦めなかったら人を救えたのかもしれない。それをしなかったから、失われただけかもしれない。

 私を絶望させていたのは、他ならぬ自分自身の諦観だったのだ。

 

「狛枝さぁん! 狛枝さんしっかりしてくださぁい! う、うえ、わ、わたっ、私のためなんかにっ、うぇぇぇぇぇん!」

 

 泣きながらでもしっかりと私を海から引き上げ、治療を施してくれる罪木ちゃんはさすがだね。

 

「ううん、後悔してないから、大丈夫…… でも、また怪我増やしちゃってごめんね」

「そんなのいいですからぁぁぁ! 早く治療しないと!」

「お、おい無事か!?悪ィ、オレのミスだ!」

 

 左右田クンが心配そうに寄って来てくれる。

 

「ううん、無事だからなんの問題もないよ。大丈夫」

「いや……あれは、オレのミスだっての!今度からはミサイルの部品なんて使わねーことにするわ。怪我させちまって、悪い」

「悪いって思うんなら、今度怖がらずに遊んでよ」

「お、おう……」

 

 その後もぞろぞろと集まってくる皆は、口々に心配の声をかけてくれた。

 私を病院まで運んだり、治療を手伝ってくれたりと至れり尽くせりだ。

 

「あったかいね……」

「ん、なんだ? 狛枝」

「ううん、なんでもないよ…… 日向クン」

 

 

 〝 失いたくない 〟

 

 

 今まで以上に深まった想いに覚悟を決める。

 いつか来る、私への挑戦状。動機。それを見据えて、しかし精一杯に笑ってみせた。

 

「た、大変でちゅ! 狛枝さんのコテージが! さっきの花火で炎上してまちた! 急いで消しまちたが、その…… 建て直しすることになっちゃいまちた」

 

 …… どうやら、不運はまだ終わっていなかったらしい。

 

「どうしよう、帰る場所がなくなっちゃった」

「じゃあ、もう少し入院しましょうかぁ」

 

 その言葉に、ふと鉢植えに植わった彼岸花の存在を思い出した。

 

「…… まさかね」

 

 僅かな不安を胸に抱きながら、その日も私は病院に泊まったのだった。

 

 

 

 




・イベント
 澪田に夏まトゥリーを持った状態で話しかけると起こるイベント。メモはとってあるけれどぶっちゃけうろ覚えである。完全にメモすると自己紹介のときみたいに原作会話と同じになっちゃいますからね。
 それと、v3やるのに忙しくてソフト交換が面倒というリアルな事情も…… おっと、なんでもありませんよ。

・浴衣の柄
 一応柄や花の意味に合わせて決めています。この意味は後々の行動や性格、運命などによるイメージで柄を決定しているのです。
ちなみに、凪の浴衣の柄は黒地に〝椿〟と〝蝶〟ですね。この二つ、共通の意味があるのです。
椿って花単体だと不吉なイメージですが、柄になると別だそうで……さらに蝶々の意味は復活……なんてね。

・怪我
 病院にいる意味がないと3章はどうしようもないですからね!仕方ないね!


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