「そういや、ウサミが言ってるクリスマス…… ってなんだ? 狛枝と七海は知ってるか?」
終里さん、七海さん、私で掃除をしているときにつまらなくなってしまったのか終里さんが言った。
レストランの床をモップで、ガシガシと突きながら遊び始める彼女に私は苦笑いをする。体力のある彼女はいつも森や山、海などで採集に出てもらっているので掃除はさぞつまらなだろう。
でも私がそんな場所に向かったら過労でダウンする未来が見えるので、彼女とこうして作業するのは滅多にないことだ。
七海さんにはゲーム感覚で早くピカピカにできたら、負けたほうがアイスを買ってくると言ってあるので、眠たそうにしながら一生懸命掃除してくれている。
「くりすます…… ? 私も分からない、かな。狛枝さんは分かる?」
拙い口調でクリスマスを口にする七海さんが可愛い。そうか、七海さんは知らないのか。そうだよね、だってまだ成長途中だもの。行事なんかは生きていれば耳にしたり、目にしたり、実行したり…… 実際に体験することが多いから普通は知っている。
しかし2人の環境は特殊だから、知らなくても無理はないね。
「クリスマスっていうのは12月25日と、その前日のクリスマスイブを合わせた行事のことだよ。元々は神様の誕生日を祝う日だったんだけれど、日本だと25日の朝、良い子にしていると特別な人…… サンタクロースっていうんだけど、その人からプレゼントが貰えるってものなんだ。大切な人にプレゼントを贈ったり、大切な人と一緒に過ごしたりする日だね」
私は両親とクリスマスを過ごせたことなんてないけどね。
いつでもシングルベルだ…… いや、メイや仲間たちがいるか。
「大切な人と……」
「ふーん」
七海さんは誰を想っているのだろうね。
終里さんは眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに言った。
「オレらは良い子じゃねーってことかよ」
ぼそ、と呟かれた言葉に目を瞬かせる。
そうか、彼女はスラムみたいなところで育って、そこでたくさんの弟たちのお姉ちゃんをしてたんだっけ。
誘われたからと体操選手の道に入ったのも、全ては弟たちのためだ。
油断していると次の日には誰かが死体となっている。そんな環境で育てばクリスマスを知るはずがないし、自分たちは良い子じゃなかったのかと怒るのも分かる。 「あんなに頑張っていたのに報われなかった」 と、思ってしまうのも仕方ない。
西園寺さんもそうだが、育つ環境が悪かった人物はどうしてもクリスマスに反感を持ってしまうようだ。
身近にサンタクロースがいなければクリスマスなんて来ないからね。
「あとね、クリスマスは日頃お世話になっている人に、感謝を込めてプレゼントしたりするんだよ」
「プレゼント……」
終里さんはとっくにモップで遊び始めていたが、七海さんもとうとう手を止めてしまった。
私はそれに笑いを漏らしながら窓を拭いていた布をおろし、 「ちょっと休憩しようか?」 と言った。
その瞬間に終里さんがモップを投げ捨てたのが印象的だった。
そうか、そんなに掃除はつまらないかぁ……
うんざりしている様子の終里さんのため、パパッと冷たいレモンスカッシュを作り、3人でテーブルにつく。
「プレゼントって、なにをするの?」
七海さんが両手でグラスを包み込んで首を傾げる。
言ったあとストローからレモンスカッシュを口にして、幸せそうに笑みをもらした彼女にこっちまで幸せになってくるようだ。
「おかわりぃ!」
「はいはい、いっぱい作ったからどんどんどうぞ」
終里さんの食事スピードが早いのは知っているから、予想はしていた。だから驚きはしないさ。満面の笑みで美味しそうに飲んでくれるし、味わってはいるだろうから構わない。
そのため、彼女用になにか作るときは大量に作る癖ができている。
「大好きな人への日頃の感謝って言っても、単純でいいんだよ。なにかをあげるのもいいし、なにかしてあげるのもいいんだ。その人が好きそうな物をあげたり、あとは小さい子なんかは肩叩き券なんてものをあげたりね」
肩叩き券なんて、今でもあるのかなぁ。
「私、日向くんになにかしてみようかなぁ」
「終里さんはなにかしてみないの?」
「オレか? あー、あー? やるんなら弐大のおっさんに、か?」
「そうだよね! やっぱり終里さんなら、弐大くんにだよね!」
「お、おい七海テンションどうした……」
胸の前で手を握り、終里さんに迫る七海さんは興奮気味だ。
前はここまで感情豊かでなかったので、どんどん成長してるんだね。良いことだ。
「オレにセンスなんてねーし、肩叩きでもしてやるか? いや、でもおっさんのほうがそういうのは上手いしな……」
「そういうのは気にしちゃだめだよ。やってあげることに意味があるんだから、きっと弐大クンも喜んでくれるって」
弐大クンならどんなに強く肩叩きしても動じずに喜びそうだし、軌道修正は無粋だからね。
「おおそっか、ははっ、ならさっそく行って……」
「…… と、その前に掃除が終わってからね?」
「お、おう」
「あ…… 忘れてた、かもしれない」
お掃除に妥協は許さないよ。それが 「掃除が得意」 だなんて口走っちゃった私のこだわりだ。
お掃除はそれから1時間程で終わり、休憩していた分の遅れはシャカリキになっていた私が頑張りました。
上の空状態になっていた終里さんがね、飽きてくるとすぐ遊び始めちゃうから苦労した。今度から広い場所の掃除には連れてこない方がいいかもしれない。
この辺は、作業の振り分けをしてくれている日向クンと要相談だ。さて頑張らないと。私は掃除当番長だからね!
七海さんにはたまに掃除しに来てもらおう…… 眠そうにしているわりに効率がいい。
それから、昼食を挟んで自由行動だ。
「日向くん、今日一緒に遊ばない?」
「ん? ああ、いいぞ」
七海さんはどうやら一緒にゲームをするようだね。彼女らしいといえば彼女らしいか。プレゼントとしてもいいかもしれないね。
「おっさーん! ちょっとビーチ行こうぜ!」
「無? なんじゃあ、お前さんかぁ。またバトルか?」
「おう!」
って、あれ?肩叩きするんじゃなかったか?
「どうした狛枝」
「ん? うん、ちょっと気になって……」
一緒に自由行動をしようと思っていた十神クンに不審に思われてしまったようだ。
「なにかあったのか?」
「えっとね、クリスマスプレゼントの話をしてて、肩叩きでもってなったんだけど……」
「なぜか闘いの話になっていて不思議に思ったと」
「うん」
やはり人と自由行動しているときに、別の人のことを考えるのは失礼だろうか。
「見に行ってみるか? 俺は構わん」
「え、いいの?」
「2度も言わせるなよ」
「あ、ありがとう」
十神クンったら男前だなあ。
じゃあ、ありがたく追いかけてみるとしよう。
そうだ、終わったら十神クンに肩叩きしてあげよう! きっと肩凝りするだろうし、頑張ってくれている彼への感謝も込めてプレゼントするとしよう。
ということで、場所は第2の島の、チャンドラビーチだ。
終里さんたちとは違い、私は足が遅いので、合わせてくれた十神クンと共に遅れてビーチについた。
秘境にあるような岩のアーチをくぐり、ビーチに入ってみると衝撃的な光景が広がっていた。
「うおおおおおおおおおお!」
「おおりぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
既にバトルは済んでいたのか、ビーチに胡座をかいた弐大クンに、終里さんが物凄い連撃を叩き込んでいる光景だ。
弐大クンの目からは星が飛ぶ幻影が見える…… って、あれ強く叩きすぎなんじゃ?
「太鼓の達人…… ?」
「いや、あれが肩叩きなんじゃないのか?」
「えっ」
あの連撃が?
攻撃しているようにしか見えないんだけど…… 弐大クンも目がやばいし。
まあ、でも……
「あれが終里さんなりの、精一杯のプレゼントってことなんだね」
「弐大も心なしか嬉しそうだな」
え、私には痛そうにしか見えないんだけれども。
「私も十神クンに肩叩きしてあげたいなって、思うんだけどどうかな?」
「あれほど強くは叩くなよ?」
真面目な顔でそう言う彼に、笑って手を振る。
「あんなに強く叩けないってば」
「ふん」
顔を逸らす彼の表情は変わらないが、こちらを見ないということは、冗談を言って恥ずかしくなってしまったのだろうか?
「俺の部屋に行くぞ」
「…… え?」
「なにを変な顔をしている。肩叩き、するんだろう?」
「あ、そういうことね」
びっくりした。いや、変な意味を想像するなんてことは…… 私はそこまで不純じゃないぞ。そうそう、ホテルのロビーなんかでやると思っていたからびっくりしただけた。そのはずだ。
「他になにがある?」
「いや、なんでもないよ」
2人で部屋に向かい、そこで十神クンの肩叩きをした。
十神クンは普段動き回っているせいか随分と凝っていたようだ。
しかし、殆どが脂肪だと思っていたが、よく見てみると筋肉もすごい。これだからあんなに運動神経がいいのだろうな。
「お客さん凝ってるね?」
「ふん」
満更でもなさそうな十神クンと、その日1日はまったり過ごすことにした。
・自由行動デート
本来行ける場所は公園、(1の島の)砂浜、図書館、遊園地、軍事施設などと限られておりますが、この小説の仕様上どこでもいけるようになっております。
ただし、現在本編内で行けない場所はネタバレになるのでなるべく出さないように構成しています。
・七海
ゲーム回で出番が多かったのでちょこっと少なめ。