「えー、クリスマスとかそんな幼稚なものまだやってるのー?」
クスクス、と忍び笑うようにする西園寺さんが言った。
純和風な物や可愛い物が好きな彼女は、西洋の行事であるクリスマスには否定的な意見を持っているようだった。
丁度時期もそれくらいということで、ウサミ先生からは〝 花飾り 〟と〝 満ジャバ全席 〟の課題が出ている。
クリスマスパーティーも十神クンたちが企画しているので、おでかけチケットを使って彼女と出かけているときに話題に出してみたのだが…… この通りご機嫌斜めになってしまった。
彼女と付き合うのは中々難しい。
「幼稚っていうより…… なんだろう、習慣化してるから…… ? いや、違うなぁ」
私が答えに詰まり、悩み始めると西園寺さんは 「それよりちゃんと七草粥とか、昔からの伝統を守った方がいいに決まってるもん」 と唇を尖らせた。
「それに、西洋行事って食べ物も飲み物もサイズがみーんなバカみたいに大っきくて下品だよー。やっぱり日本のちっちゃくて可愛いお菓子みたいなやつじゃないとねー」
「ああ、和菓子が可愛いのは同感かなぁ。夏の水羊羹とか、涼しげで見ても楽しい、食べても美味しいってすごくいいよね。色も鮮やかなんだけど控えめでさ」
西園寺さんのお気に入りはレモン抜きのグミって分かっているが、それはこの島に和菓子がないからだ。和菓子を食べたいのなら作る必要があるが、芸術的なまでの和菓子は作るのも手間がかかるし難しいし、きっと西園寺さんはそういう器用なことはできそうにないから提案したとしても却下されるだろう。
「でも、クリスマスプレゼントを貰うとなんだか特別な感じがするし、そういうのも悪くないと思うんだよね」
「狛枝おねえってもしかして、未だにサンタクロースを信じちゃってたりー? そんなものいるわけないのにー!」
まあ、いないといえばいないけれど、いるといえばいるんだよね。
世の中、皆サンタクロースになれるのだから。
「いる…… って思ってたほうがロマンはあるよね」
「はぁー?」
「とても身近な人が実はサンタクロースって素敵じゃないかな?」
私はメイがサンタをやってくれていたから、今度は私が誰かのサンタになる番なのだ。それが今日ならば、私は西園寺さんのサンタクロースにだってなる。
だって、 「サンタクロースなんていない」 って言うときの彼女はとても悲しそうに、自分に言い聞かせるように言うのだ。
そんな表情を見て、なにも行動しないのはおかしい。
「いないったらいないんだよ! サンタなんて、今まで1度も来たことないもんっ! どんなにいい子にしてたって、我慢してたって誰も来てくれなかったんだよ? だからサンタクロースなんてっ、いーなーいー!」
「西園寺さん?」
断言するように…… いや、自分自身に言い聞かせるように彼女は足を踏み鳴らした。
しかしすぼまった着物の裾のせいか、その草履のせいか、うまくバランスをとれなくなって西園寺さんがたたらを踏む。
倒れる前に彼女はなんとか持ち直し、思わず差し出そうとした私の手は宙を漂い、所在なさげに泳いでしまう。
「〜 っ! 狛枝おねえといても楽しくない! わたし帰る!」
「え、ちょ、ちょっと西園寺さん?」
見事に地雷を踏んでしまった。
なぜ日向クンは同じ内容をあんなに鮮やかに聞きだせるのだろうか。
疑問は尽きないがやってしまったことは変わらないのだ。今度なにか埋め合わせをしなければ…… いや。
「サンタクロースなんていない、か」
昔、転生の概念があることから神様か、それに類するものはきっと確かに存在するのだと思っていた。しかし、人を助ける、人の思うような神様はいないのだと、そういう意味で 「神様なんていない!」 と私は言ったことがある。
そんなときにメイがしてくれたのは、言ってくれたのは……
『あなたとこうして会えたのも、こうして笑っていられるのも、私は神様がくださったものだと思っています。それくらい、私にとっては特別なことなんですよ。私と出会ったのは、凪様にとって特別ではありませんか?』
否定を肯定に、無信から信仰に、ないよりもあったと思った方がより特別で素敵なことだと教えてくれた。
西園寺さんは、日本舞踊の家元だ。だが、彼女が活躍しているのは、その才能で無数の人を弾いてきたからである。
本来ならば家元を継ぐような家系でないはずの彼女が家元をやっているということは、つまりそれだけ妬まれ、僻まれ、そして虐げられてきたということでもある。原作の通信簿だと、味方は父親だけだったとか。
そして彼女は自身を強くし、言葉で責め立て、殻を厚くした。彼女の気の強い物言いは自身を守るために身につけた術なのだ。
だからこそ、似たように虐げられて尚、ただ受け入れるだけになった罪木ちゃんと反発する。似た境遇だからこそ、嫌悪感を抱いてしまうのだと思う。なにやられてるだけになってるんだよ、と。
でも彼女は表面上を強くしているだけで、内側はとても弱いから。きっとクリスマスの楽しみを知れなかったことも、境遇のことも、悔しさや悲しさでいっぱいになっている。
余計なお世話かもしれないし、もしかしたら勘違いかもしれない。
でも…… やってみなくちゃ、分からないよね?
さっそく私は、その場で電子生徒手帳の地図を確認し、〝 彼女たち 〟がどこにいるのかを調べ始めるのだった。
◆◇◆
「ちょっと、やっぱりこんな夜中にはやめない? 迷惑だって。日寄子ちゃんももう寝てるかもしれないし……」
「ほ、本当に私がいてもいいのでしょうかぁ。せっかくの喜びも、私なんかを見たら吹っ飛んじゃいますよぉ……」
「ひゃっふうううう! 辻サンタクロースっすよ! どらどらどらどらー!」
「しーっ、澪田さん、声大きいって」
深夜。と言っても夜の11時だが、その時間にホテルへと集まったメンバーがいた。
小泉さん、罪木ちゃん、澪田さん、そして私である。
そこに西園寺さんと辺古山さんを加えれば立派な〝 トワイライト組 〟と呼ばれるメンバーの完成である…… 私はそこに入らないんだけどね。
ともかく、私たちが夜中に集まった目的は1つである。
「プレゼントは?」
「用意済みっす!」
「服は?」
「皆さん可愛らしいですぅ」
「カメラは?」
「バッチリよ」
澪田さんの横にはデンと置かれた大きな白い袋。サンタクロースか持っているイメージの、あの袋だ。あの中に考えに考え抜いたプレゼントが1つ入っている。
それから、その場にいる皆は無難なサンタクロースの格好をしている。小泉さんはタイトスカートのようになっている露出の少ないサンタ服。罪木ちゃんは澪田さんに着せ替え人形にされた挙句、1番露出の多いワンピース型のサンタ服を着せられ、澪田さん自身は大幅にアレンジされ、ライブのような煌びやかなデザインのサンタ服を着ている。
私はいつもと違い、スカートではなくキュロットだ。ベルトの上から鉄パイプを装備し、上の服の長い裾で隠している。白いボンボンのついたケープも羽織っているので1人だけなんだか派手だ。
サンタ帽子にふわふわのうさ耳らしきものがついている罪木ちゃんもなかなかだが、トナカイの皮…… という設定の帽子を被っている澪田さんもなかなか目立つと思う。
小泉さんはカメラを首から提げていること以外は、お手本のようなサンタ服コスチュームだ。
さて、こんな集団の目的は…… 西園寺さんへ幸せを運ぶサンタとなることだ。
集まったところで西園寺さんのコテージ前へと移動し、侵入経路を確認するが……
「隊長! どこもかしこも鍵が閉まっていまっす!」
「あたりまえじゃない……」
「む、澪田さん西園寺さんは?」
「さっきから窓バンしてる唯吹たちにビクビクしてるよ!」
「ダメじゃん!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。
澪田さんが指差した窓を私もチラッと覗いたが、どうやら私たちの正体には気づいていないらしい。物音に起きてビックリしてしまっただけのようだ。
しかし、死角となるところで澪田さんが窓を叩いたり、ホラーの演出みたいなことをしているので強く出るにも出られず怯えているようだ。
「うーん、開けてもらうんじゃあ味気ないよね」
言った直後、私は自分の発言に後悔した。
「なら強行突破するっすよ! 丁度凪っちゃん鉄パイプ持ってるし!」
ねえ、それってなんてラフメイカー?
「え? さすがに危ないわよ。普通に入れてもらえばいいって」
「そうですよぉ…… お怪我なんてしてしまったらぁ…… えへへ」
まずい、罪木ちゃんが西園寺さんに頼られる想像してて色々とまずいぞ。恍惚としてるじゃないか!
そりゃあ普段自分より強い人が自分に頼るしかない状況って優越感感じやすいだろうけどさ…… ま、その辺はもっと楽しいことを後で教えればいいだけだし、今はなにも言うまい。
「あのね、小泉さん……」
ゆらり。そう効果音が付きそうな動作で彼女を見つめる。
「な、なに?凪ちゃん……」
そう、私はもう覚悟を決めた。
この〝 キミだけのサンタクロース計画 〟は私が提案したのだ。それを達成するために少々の犠牲は致し方ないだろう。
…… この場に辺古山さんがいればこの役を押し付け、いや、譲ったのだが仕方ない。ウサミ先生に謝って修復してもらえばいい。
「こういうのは、お約束っていうんだよ」
「えっ、えー、凪ちゃんまで……」
ちょっとやりにくそうにしている小泉さんだが、結局のところ彼女も西園寺さんには喜んでもらいたいのだ。幸せに、してあげたいのだ。きっと、この場の全員が。
「ふゆぅ……」
不安気に揺れる罪木ちゃんの横顔を見て、両手で彼女の帽子を前が見えなくなるようにずり下げる。
「は、はわわ狛枝さぁん!?」
「大丈夫」
それから、帽子の両端につけられているウサギ耳の上からポン、ポンと軽く撫でた。
「大丈夫、嬉しくないなんてこと、あるはずないよ」
西園寺さんへのプレゼントを決めたのは彼女だ。
ココロンパを出来なくても分かる。分かってしまう。彼女は 「自分なんかが選んだ物、嬉しいはずがない」 とか、 「自分が選んだものだと知ったら、きっと捨ててしまうだろう」 とか、そんなことを考えている。
「あんなに一生懸命選んでたじゃない? ほら、自信を持って」
「は、はい……」
すー、はーと深呼吸をし、罪木さんが自身の頬を抓る。
そうして自分の心を切り替えようとしたのだ。ここは現実だと。大丈夫なのだと、色々な意味を込めて。
彼女も随分と成長したものだ。
「よし、準備はいいっすか? 日寄子ちゃんがまたベッドに入っちゃったんで、また窓を叩いておいたよ!」
とんだ睡眠妨害もあったものである。
西園寺さんがキレて出てこないのが不思議なくらい、質の悪い悪戯だ。
「私は大丈夫だよ」
「よっしカウントするよ!」
鉄パイプを構え、窓の下に立つ。ウサミ先生が来る気配はない。気づいていないのか、それとも黙認しているのか、分からないが今この瞬間には有難かった。
「さーん」
西園寺さんのすすり泣く声が聞こえてくる。
どんだけ安普請な作りなんだと文句を言いたいが、今更なのであまり気にしないようにしよう。
「にー」
この聖夜に、得体の知れない物音。そんなんじゃあ自身を不幸に思っても仕方ないよね。彼女は怯えている。
しかし、窓ガラスが割れたとしても怪我をしない位置で怖がっているため、このまま本当に強行突破だ。
「いーち」
ふと中の時計を見ると、丁度2つの針が天辺を刺したところだった。
「ぜろ!」
その言葉と同時に全力で鉄パイプを振り下ろす。
ガッシャアアン! と、派手な音が響く。だが音が派手なだけでガラス片は比較的近くの位置に落ちているので、上手く彼女を巻き込まないようにできたようだった。
そして短く悲鳴をあげた後、きょとんとした目でこちらを見る彼女に、横から顔を出した仲間たちと告げる。
「メリークリスマス!」
西園寺さんの顔が泣きそうに歪められ、しかし泣き出さずに 「はあ?」 と返してくる。
こんなときにまで辛辣なんだから、もう。
「キミに笑顔を届けに来たんだよ」
かの歌のようにそう言い、靴のまま部屋に入り込む。
小泉さんは多少躊躇ったようだが、そのままついてくることにしたらしい。
「ちょっと靴のまま入らないでよ! じゃなくて、なんなの!?」
混乱気味に言葉を捲したてる西園寺さん。まあ、当たり前だよね。私だったら、いきなり窓が割られたら殺されるかと思うし。
「辻サンタクロースしに来たんだよ! 日寄子ちゃん! むはー、鉄パイプ持ってダイナミックお邪魔しますとか超クールっすよね!」
「は、はあ? バッカじゃないー? わたしサンタクロースなんて信じてないもん!」
怒ったように顔をそらす彼女に、私は 「窓は後で直すから、ごめんね」 と言ってから続けるように言葉にした。
「あのね、西園寺さん。サンタクロースって〝 いるかいないか 〟なんじゃなくってさ、きっと〝 なる 〟ものなんだと思うよ」
私がそう言うと、澪田さんや小泉さんが言葉を続けるように言った。
「今日は唯吹たちが日寄子ちゃんのサンタっすよ!」
「あのね、日寄子ちゃんに喜んでほしくってさ……」
「こ、小泉おねえまで……」
愕然とする西園寺さんに、罪木ちゃんが一歩近寄る。
「こっち来んなゲロブタ女! なんで部屋入って来てんだよ!」
「…………」
怯えたような、悲しそうな、そんな表情をコロコロと変えて罪木ちゃんはそのプレゼント袋をぎゅっと握りしめた。
「わ、私も、西園寺さんに喜んでほしくって、それで……」
眉をしかめる西園寺さんは受け取ろうとはしない。
だが、それではいけないのだ。
この2人が仲良くなるにはなにか切っ掛けが必要なのかもしれない。
だから私は小泉さんと目線を合わせ、西園寺さんに受け取るように言ってもらおうとしたのだけれど、俯いてぷるぷると震えていた罪木ちゃんは涙を堪えるように口を引き結んで顔を上げ、意を決したように手を差し出した。
「受け取ってください! わ、私だって、拒否されたら悲しいし嫌なんですよぉ! だから、せめて、中身を見て決めてください!」
小泉さんも、澪田さんも、そして西園寺さんも、押し付けるように手を差し出した罪木ちゃんに面食らって驚いている。
勿論、私もだ。なにせ、彼女が受け身でなくなったのはこれが初めてだからだ。
いつもの彼女なら 「受け取ってもらえないのは私が気持ち悪いからなんですよね、ごめんなさぁい!」 くらいのネガティヴ発言をしてしまうから。
だから、素直に嫌なことを嫌と彼女が言うことはとても珍しく、そして良いことなのだ。
「は、あ?」
「受け取ってください! 絶対気に入りますからぁ!」
困惑する西園寺さんへ押し付けるように袋を渡し、彼女は目線を合わせた。
やはりその顔は泣きそうなのを必死に堪えているようで、不安を押し隠そうとしていることが丸わかりだったのだが、決して西園寺さんから目を逸らさなかった。
「強く、なったんだね」
「あれが笑顔に変わったら、きっといい被写体になるわね」
小声で言った言葉に同意する声が1つ。
空気を読んで黙っている澪田さんは、輝く笑顔でその様子を見つめながら抱きつきに行くタイミングを伺っている。
きっと受け入れられたらそのまま2人の間にダイビングしに行くだろう。
「変なもの寄越したらすぐに捨てるからね」
そう言って奪うように袋を受け取り、西園寺さんは背を向けた。
「…… っあの、ど、どうでしょう…… ?」
沈黙が続き、耐えられなくなった罪木ちゃんが尋ねる。
「……」
彼女は驚いたように、その風呂敷包みの中に入れてある扇を手に取る。菖蒲の描かれたその扇はセンスが良く、私も欲しいと思うほどに綺麗だ。
華美というわけでもなく、慎ましやかに描かれたそれをじっと見つめ、西園寺さんはそっと開いたり閉じたり。
「…… なんだ、罪木も少しは分かるんじゃん」
「…… !」
大事そうに扇を帯に差し、罪木ちゃんを見つめ返した西園寺さん。
「深夜に来た非常識さは許してあげる。あと…… ありがと」
「さ、西園寺さぁん!」
とうとう堪えていた涙が嬉しさのあまりに決壊し、西園寺さんに抱きつく罪木ちゃん。
「よかったっすね蜜柑ちゃぁぁぁん!」
そこにダイブしていく澪田さん。
「うん、いい写真」
泣き笑いする罪木ちゃんに抱きつかれ、満更でもなさそうな微笑みを浮かべる西園寺さんと、その2人をくっつかせるように抱きしめる澪田さん。
その3人を写真に収めて小泉さんは満足そうに呟いた。
「凪ちゃんはいいの?」
「…… 行ってくる」
身長が大きいために1番後ろで、幸せそうな罪木ちゃんを撫で回す。
「メリークリスマス」
呟いて笑う。
大きな風呂敷包みに描かれたハナビシソウと、扇に描かれた菖蒲の意味を知るのはきっと私だけで良い。
パシャリ、また1枚旅の思い出が増えた。
・ハナビシソウ(カルフォルニアポピー)
花言葉 「私を拒絶しないでください」
・菖蒲(アイリス)
花言葉 「信頼・友情・希望」