希望だってそれと同じことだろう 〟
ゆめにっき。一般的には夢で見た出来事を忘れないように起きてすぐ日記を書いたもののことを言う。
しかし、私がこの単語を聴いたらまず間違いなく思い浮かべるものがある。それはききやま氏製作の
内容は、外への扉を異常に嫌がり、引きこもりだと思われる少女が夢の中を冒険し、エフェクトと呼ばれる変身アイテムを
ベッドから夢の世界に入り、自室の扉から夢世界のエントランスに入り、複数存在する扉から異なるマップに入り冒険する。
マップには記憶の何かを示唆するようなものや、エフェクトが存在したりする。そしてゆめにっきプレイヤーは、主人公の引きこもり理由を考察をして楽しむのだ。
会話もなく、主人公の名前も 〝 窓付き 〟 という曖昧なものであり、探索するだけのゲームで、普通は楽しめそうもないが熱狂的なファンが多い。かくいう私もその一人である。
このゲームは収集した全てのエフェクトを捨てることで主人公が自殺し、エンディングを迎える。それが鬱ゲーと呼ばれる所以なのである。
フリーホラーゲームの中で青鬼やIbなど有名なものと肩を並べる作品で、ゆめにっきに影響されて製作された派生作品も多く存在する。
その派生作品の中でも三大派生と呼ばれるものがある。 〝 ゆめ2っき 〟 〝 夢日誌 〟 そして 〝
ゆめ2っき(ゆめにっき、またはゆめつっきと読む)はゆめにっきファンが多数で一つの作品を作り続けている作品であり、主人公はうろつき。一つの考察に他人の夢の世界を渡り歩いているという説もある。
夢日誌は童謡の世界を進むような本家よりも毒気が抜けた世界観で成り立つ作品。しかし一部殺傷の表現がエグい。主人公の名前はうそつき。
そして.flow。ゆめにっき派生の中で一番残酷で直接的グロが含まれる作品。エンディングは複数あるが全て一つのエンディングに繋がる。生きているか死んでいるかは定かではないが、四肢切断などかなり痛いエンディングであることには違いない。
名前は 〝 さびつき 〟 そして、エフェクトを捨てると名前が 〝 錆 〟 になる。私が一番好きだった作品である。
私が抱いていた既視感はこれだ。私が見た夢の中はあまりにも.flowの世界観に似すぎている。そして、私が無意識に向かっていたのは移動エフェクトの取れる場所。こんなときにまでゲーム脳を出さなくてもいいのに……。
さらに最初の既視感。それは橙子に対してだ。.flowには通称オレ子と呼ばれるキャラクターが存在する。オレンジ子でオレ子。彼女は常に橙色の潜水服を身にまとい、さびつきと手を繋いでいるオブジェクトがあったり、夢のいたるところにいたりとさびつきにとって大切な存在であることが分かるキャラクターだ。
そして、次に足のない姉さん。彼女は恐らく義足子さんと呼ばれるキャラクターだと思われる。そうなると目隠し姉さんも、とは思うが今のところ思い当たる節はない。そのうち分かるだろうか。
と、まあつまるところ私はさびつきなのだ。だが、狛枝凪斗でもある。二重の死亡フラグとは、ようはそういうことである。そして、私を殺すはずのメイド…… メイ子さんのことを恐怖するかといったらそうじゃない。だって彼女は恐らく
母親代わりの女性を嫌えるはずがないのだ。たとえ、未来の死神だったとしてもだ。
「凪様」
「なあに?」
「僭越ながら貴女にプレゼントを買って参りました。お気に召すかわかりませんが…… どうかお受け取りください」
そう言って透明な袋に包まれた白い花を渡してくるメイ子さん。なぜ? と疑問を持っていると「クリスマスですので」と微笑みながらカレンダーを指差す彼女。
「あ、そうだったっけ。そんなに時間経ったんだね……」
そう言ってからベッドの下から今までずっと作っていたものを取り出す。
「はい、これ。私からのクリスマスプレゼント!」
渡したのは白いマフラー。橙子用にも作っていたが、これはメイ子さん用に作った長いマフラーだ。そして、今まで貯めに貯めていた二つの封筒に入れた分厚い手紙も預ける。
「こっちの手紙は燃やしてほしいの。できれば外で。焚き火の中に入れてもいい。でも、絶対に中を見ないでね」
「…… かしこまりました、お嬢様」
マフラーを手に絶句していた彼女は私の言葉にやっとこさ反応を示すとぎこちない動きでマフラーを巻く。そして満面の笑顔で 「有り難き幸せですわ」 と言った。絶句するほど喜んでもらえたのならこちらも嬉しい。
メイ子さんを見送ってから橙子の所へ行く旨を書いた手紙を机に置いて、ちらりと彼女から贈られた花を見る。
[アネモネ]
花の名が書かれている小さな札を見て溜息。白いアネモネの花言葉は希望。私にぴったりだ。しかし、その他にも期待だとか、真実だとか厄介な言葉も入る。メイ子さんは最初の希望くらいしか知らなかったと見える。
いやはや花言葉とは難しいものだ。これがペンタスとかだったらそれこそ希望があったかもしれない。ここまで文句をつけといて言うのもなんだがまあ、彼女のプレゼントがどんなものであれ、嬉しいことには変わらないのだ。
私は自室から出ると真っ先に橙子の病室へと向かった。勿論、防護メット片手に。
走り去る際、隣の部屋の〝面会謝絶〟を気にしないようにして通り過ぎる。
未だ私は幸福だが、いつか自身に降りかかるだろう彼女達の末路。恐怖が無いだなんて、言えなかった。
「とーうこちゃん!」
がらがらと扉を開けて暖かい部屋に入る。迎えた橙子ちゃんはほわほわした笑顔で、布団に座っていた。
「いらっしゃい凪ちゃん」
「そういえば橙子ちゃん、今日は何の日か知ってるよね?」
「うん、勿論知ってるよ」
お互い後ろ手に何かを隠しながら対面。橙子ちゃんが 「せーの」 と言って言葉が重なった。
「クリスマス!」
「クリスマス!」
同時に出すプレゼント。橙子ちゃんはオレンジ色のマフラー。私は白いマフラー。お互いに交換して 「やっぱり!」 と二人揃ってきゃいきゃい騒ぎ合う。こういうときは年相応に見えるかもしれない。それも全て橙子ちゃんのおかげだ。最初から自分がさびつきだと知っていたらきっとこんな関係にはなれなかっただろう。そもそも、ゆめにっき、ゆめにっき派生系に正解の解釈なんてないのだから気づくはずがない。分かりやすいメイドさんと橙子ちゃんで気づくべきだったかもしれないのだが。
「そういえば、そっちの病棟でまた面会謝絶になった子がいるみたいだけど大丈夫?」
「あー…… 私の隣の病室の子だね。なんか、少しでも目が見えるように手術するって言ってたかなぁ。もしかしたら意識が戻ってないのかも」
あの夜の、あの時の、目隠し姉さんの悲鳴が過ぎるがそれを無視して真実を知りに行ったのは私だ。たとえ手術室前まで行っていたとしても何も分からなかっただろうが、それでも私は行くべきだったのかもしれない。
現実逃避をして、見て見ぬふりをしたのは私なのだ。
後暗い事を考えながら、接することを、橙子ちゃんは許してくれるだろうか。
「なんか、凪ちゃん辛そうだよ。辛いなら私か、メイドさんに言ったほうがいい」
「ん、ありがとう。最近怖い夢見たりしてるからちょっと不安で」
橙子ちゃんの優しさが嬉しかった。本当はひとりで暫く考えたほうが良かったのかもしれないが、病室に一人でいたら、また夢を見てしまいそうだったから。
最近になって感じる罪悪感がちくちくと胸を刺して痛みを訴える。贅沢な悩みだ。彼女達は私と比べるのもおこがましいほど、苦痛に耐えているというのに。
「そういえば新しく重体患者が来たみたいね」
ふと思い起こしたように言い出してから、 「私の隣にいるんだ」 と悲しそうに笑った橙子ちゃん。
その患者は男の子で、血の色素が変異を起こしてしまっているらしい。血が変質してしまっているため、血を一旦抜いて溜め、正常値に戻す成分を混ぜてまた戻すという循環する点滴を打っているようだ。勿論、未知の病気だ。
詳しくは聴いていないが、血の色が違う。少し、聞き覚えがある。主にゆめ2っきで。好奇心が先行して隣の病室に突撃しに行きたくなったが、我慢しておくことにした。
・ゆめにっき
フリーホラーゲームのIbや青鬼と肩を並べるほど有名とか言ってますが、正確に言うとゆめにっきはホラーの分類には入りません。
・病院に鉢植えのアネモネ
本来鉢植えは病院に根付くという意味でよくないんですけど彼女の場合はそもそも病院が家なので無効かな、と。ジョウロ出すためにかなり無茶苦茶な理由ですがご了承くださいませ。