錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 我々が未来に信頼を持つには、まず我々自身を信頼することである 〟






No.16 『学級〇〇』ー解決ー

 静まり返った部屋の中で、腹に埋まったそれを確認した私は少々驚きつつも笑った。

 

 パァン、とその場に破裂音が響く。

 

「きゃああああ!」

「うわぁっ!?」

 

 私の腹に刺さったナイフ、そして突然の銃声に幾人からか悲鳴があがり、皆が反射的に目を閉じた。うずくまって自身を守った人物もいる。

 そんな状況で私を止めようとした辺古山さんは縫い付けられるように静止し、弐大クンや終里さんもあまりのことに出しかけた足をピタリと止めた。

 

 十神クンは片手で私の腹にナイフを刺し、そして私は目の前にいる彼に照準を向けて遠慮容赦なく銃を撃ち放った。

 武器同士、そして思考同士が交差し、交錯したこの状況に私はにやりと口元を歪める。

 それはあちらも同じ。

彼の頬には赤色の液体が弾け、さながら血のようにその肌を汚していた。

 

「……」

 

 そして銃を移動させ、彼の額にピタリとくっつける。

 

「と、十神! 狛枝! なにやってるんだよ!?」

 

 それを見た日向クンが叫んだ。

 腹から血が出ることはない。

 彼が傷つくこともない。

 ゴツリと当たる銃身は本物のようには重くなく、とても軽い調子で装填された弾を打ち出す準備に入った。

 

「いい加減にしろ。ふざけるのも大概にするんだな」

 

 至近距離で一層低くされた声が耳をくすぐり、くすりと笑みが漏れた。それを見た十神クンは不愉快そうに眉をひそめさせ、いつものように 「ふん」 と短く息を吐く。

 

「っふ、ふふっ」

 

 その言葉に思わず含み笑いが漏れる。

 もう少しこうしていたかったが、まあいいだろう。

 

「あっははははは! 怖かった? 怖かったよね? 怖かったなら、殺人なんて考えちゃいけないよ? …… 私みたいなのがいるんだか、いだっ!?」

 

 言いながら勢いよく花村クンへと振り向き、腹からナイフが外れる。そして同時に十神クンから銃身を離すと、すぐさま奪い取られて頭をそれで殴られた。

 一瞬頭が揺れて意識が混濁したので優しさの欠片もない一撃だったことが分かる。

 さすがに不服なので、生理的に飛び出した涙を拭いながら「ひどくないかな?」 と訴えたのだが、彼はそれを一笑に付して言った。

 

「自業自得だろう。悪ふざけにもほどがある。本当に殺人が起きるところだったぞ」

「えー? 暗闇の中でナイフと絨毯の切れ端見ただけで私の思惑に気づいて乗っちゃうキミもキミだよね? その頭の良さを別のことに活かせないの?」

 

 恐らく彼は暗視スコープで見たナイフとその真下から少しズラされた絨毯、そして散った赤い液体に気づき、私が刺されたのだと思った。

 そして素早く隙間だらけの床に注目し、真下から聞こえてくる台詞と音を拾いどちらの方面に向かったかを予測した。

 それからは大広間から出てブレーカーをあげるだけだ。

 多分ナイフの秘密は捜査しているときに気が付いたのだろう。

 あの短時間でそこまで考えられる頭があれば事前に事件を防ぐくらい難なくやりそうだが、そこは少し詰めが甘いのかもしれない。

 

「お前も大概だ。そんな回りくどいことをするぐらいなら直接注意喚起や説得をすればいいじゃないか」

「やだよ。そんなことしても止まらないかもしれないでしょ? 人は嘘を吐く生き物なんだからさ、騙される前に2度とそんなことをしないように体に教え込まないとね」

「え、か、体に?」

 

 衝撃から漸く回復したのは意外にも花村クンだった。自身のキャラ設定にかけて早く復帰したのだろう。

 それを受けて他の面々も困惑を浮かべながら恐る恐るこちらに寄ってくる。

 

「こ、狛枝さぁん! け、怪我は! 怪我はないんですかぁ!?」

 

 私を恐れもせずに駆け寄ってきたのは罪木さんだった。

 それに 「大丈夫だよ」 と優しく言って、破れてさえいない服を見せた。

 

「あ、あれぇ? どうしてでしょう…… 確かにあのナイフが……」

 

 心配気にしつつも瞳の奥に喜びを携えていた罪木さんが首を傾げながら言った。そんなに残念そうにしないでほしいものだ。どちらにせよ、左手の怪我で暫くお世話になるのだから。

 

「ううんと、それを言うならそうだな…… ヒントは3つ」

 

 目の前で指を3本立てて指折りしながら皆に言う。

 

「たとえば、どうして私がこんなものを持っているのか? これの正体はなんなのか? 捜査したときに不自然な部分があったと思うんだけど…… それがどう関係するのか? もっと言うなら〝 凶器の持ち込み方法 〟〝 商品リストに載っていなかったはずの銃 〟〝 私が倒れていた現場の違和感 〟っていうのがヒントかな? 十神クンは気づいてるみたいだけどね。それを解明すれば、この銃も…… 十神クンの持ってるナイフの正体も分かると思うよ」

 

 さて、討論の延長戦とでも行こうか?

 そう宣言してモノクマに目を向ける。

 

「いいよね? モノクマ」

「うーん、まあいいよ! 用意したトリックが全部解き明かされないなんて仕掛けた側としては面白くないだろうしね! 特別に、花村クンへのちょっとしたペナルティは一旦預けておくよ!」

 

 モノクマが言うと、花村クンが予想外の言葉に動揺して叫び声をあげた。

 

「えぇ!? だって、修学旅行は続行だって……!」

「続行だけど…… まさか罰がなにもないなんて思ってたの? そんな都合のいい話があるわけないじゃーん! オシオキはしないけど、死なない程度のペナルティは必要だよねー? うぷぷ」

 

 鼻で笑ったその声に絶句する花村クン。

 まあ死ぬことはないだろうから、私としては良かったねとしか言えないのだが、彼にとっては残酷な話だろう。

 生きることができるのならその他のことは抜きにして私は諸手を挙げて喜ぶけどね。

 

「さて、どう思う?」

「それを解かなきゃなにも教えてくれないんだろ?」

 

 日向クンが破れもせず血も流れていない私を真っ直ぐと見つめて言った。

 

「こんな私の言うことを信用してくれるなら、ね?」

「そんなの…… !」

 

 左右田クンが声を荒げる。

 それに対し、僅かに心を痛めつつ私も日向クンを見つめ返した。

 

「十神も教える気はなさそうだし、お前は自分で仕掛けた謎を全部解いて欲しい…… ってことでいいんだな?」

「うん、そうだね。折角頑張って考えたのに分からないままだなんてあんまりでしょ?」

「そもそもさー、謎なんか解かなくても犯人は分かったんだから終わりでいいんじゃないのー?」

「だってさ。それを選ぶこともできるけど、日向クンはどうする?」

 

 日向クンには3つの選択肢が存在している。

 1つは私か十神クンにナイフと銃の正体を訊くこと。

 これはどちらも教える気がないのだから選ぶことのできない選択である。

 2つ目に謎を解くこと。

 私の仕掛けた全ての謎を解き明かし、完全に私の計画を論破(破壊)することだ。これが現状、私の望む選択であり、私は彼に負けることでようやく満足できる。

 最後まで明かされない謎があってもそれはそれで面白いが、私は自分の仕掛けたものくらいは全部解いて欲しいと思っているのだ。

 そして3つ目は謎を解かず、私の挑戦を跳ね除けてそのまま修学旅行を続けること。議題であった犯人は見つけているし、投票済みである。

 モノクマによる義務は修了しているので所詮ただの延長戦であるこの提案に乗らなくとも変わらずに世界は回っていく。

 しかしその選択をすれば恐らく私は彼に興味を失うことになるだろう。今後行動を共にすることもなくなるだろう。

 そもそも彼が今後も私に関わってくれるかは絶望的なのだが、それでもこちらの気持ち的に全然違う。

 興味を失ったとしてもきっと生き残るために裁判で補助作業はするだろうが、その対応は〝 ずっと見て楽しみたいから手助けをしてあげる野良猫 〟から〝 自身を守ったことによりその足元にあった小石にも影響がたまたまなかった 〟ような状態になるだけだ。

〝 猫 〟と〝 小石 〟…… 随分と違うものだ。

 

 そうなればきっと私はツマラナくて退屈で暇でとても平和で素敵な世界にどっぷり浸れるのだろう。

 私の思惑に気づき、解き明かし、利用して見せた十神クンがいるのでそうはならないだろうが、日向クンのことを私は所詮□□□□だと鼻で笑うだろう…… 〝 狛枝凪斗 〟のように。

 

 長い長い沈黙が落ちたような、そんな引き伸ばされた体感時間を震える手で体を抱きよせることで誤魔化す。

 数分か数秒か、それとも一瞬だったのか。

 日向クンは迷う素振りなど少しも見せずにただこちらを真っ直ぐ見つめたまま断言した。

 

「謎は解くぞ。じゃないと俺も少し、納得できそうにない」

 

 …… 弱々しかった日向クンはどこに行っちゃったんだろうね。

こんなにも彼は精神力があっただろうか? それとも、私を信じようとしてくれているのか。もっと単純に嫌われるだけだと思っていたが、それは杞憂だったらしい。

 

「…… 死にたくないってのは誰だって思ってるはずだ。少なくとも俺も思ってる…… でも、お前のは行き過ぎだ。なんだろうな、分かるんだけど、理解はできないんだよ。でも、それだけで終わらせるのは怖いんだ。理解できないものを理解しないままにするのは、嫌なんだよ」

 

 聞き覚えのあるその科白に、思わず口元がゆるゆると上がっていく。

 

「生存欲というものは生物全てが持っている性質だ。鼠は猫を嚙み殺し、ヌーの群れは子のためにライオンに集団で襲いかかることも稀にある。生を諦めぬその気概は評価しよう」

「あははっ、生物を知り尽くした田中クンにそうやって褒められるなんてね」

 

 要は非常に動物的であると言われたようなものだが、別に構わない。事実だからだ。

 それに、なにをしてでも生を諦めてはいけないと道を示した彼にそう言われると嬉しいものだ。

 

「がっはっはっはっ! そこまで突き抜けておるのも珍しいのぉ! 狛枝は走ることに向いてそうじゃなぁ!」

「それってつまり逃げ足のことだよね?」

「おいおい、早く帰ってメシにしてぇんだから早くしてくれよー」

「おっとそうだった。じゃあ日向クン、まずは……持ち込まれた方法についてかな?」

 

 そうして、実際には一騎打ちの形となる議論の延長戦が開始した。

 

「勿論、私と十神クンは解答を知ってるから、それ以外の皆で考えてみてね。日向クンに仕掛けた勝負だけど、一応議論だからね」

 

 戸惑い気味になっていた全員が再びテーブルの前に集まり、モノクマはそれを退屈そうに眺めている。

 ずっと沈黙しているので実は寝ているのかもしれない。

 

「持ち込まれた方法っすか? そりゃー、掃除のときっすよね?」

「十神は全員にボディチェックをしていた。私の竹刀も1度部屋に置いてくるように言われたからな」

「オレもお気に入りのレンチを問答無用で没収されたからな。それ以外には考えられねーよな」

「ああ、俺も持ち込んだタイミングは掃除のときで合ってると思うぞ」

 

 これは全員正解。まあ、当たり前か。先程花村クンからおかしな私の様子について説明があったばかりだからね。

 

「うん、正解。じゃあ、どこに隠していたんだと思う?」

 

 人差し指を唇に当てて首を傾げる。

 視線は日向クンに固定。余計な所に視線を動かすと気づかれてしまいそうだからね。

 辺古山さんなんかは結構こちらの動向を伺っている部分がある。慎重な彼女らしいのではないだろうか。こちらがなにか仕掛けてこないかを身構えているようだ。

 心配しなくとも、私は現在武器を持っていない。銃も十神クンに取り上げられちゃってるし。

 

「どこにって…… テーブルの下じゃねーのかよ」

「まさか!全部のテーブルになにか隠してるんじゃ!?」

 

ぶっきらぼうにテーブルを顎でしゃくって指した九頭龍クンに、反応した澪田さんが大袈裟に引いたように叫んだ。

 

「いや、使ってたテーブルはクロスをとって隅に置いてあるし、俺たちが今使ってるこのテーブルにも…… そんなものはなさそうだな」

 

まあ、同じ仕掛けを使うなんて脳のないことはしないからね。そんなんじゃすぐに十神クンにバレちゃうし、銃も没収されちゃうだろうから……

 

「狛枝が倒れてた所の違和感…… か」

 

 日向クンがメモを見返している。

 どうでもいいけれど、あの手帳後で返してもらえるのかな。証拠品保存には持ってこいだから譲っちゃうのもありか? いや、それだと私の手帳がなくなるし、日向クンには別の手帳を買うことをお勧めしておこう。

 

「そういえば、羽毛と水受け皿だったか? あれの存在が引っかかるんだよな……」

「ってか、羽毛なんてなんのためにあるんだよ。意味分かんねーよなァ」

「それは言ったでしょ? 造花を綺麗に立たせるために詰め物にしてたんだよ。…… あ、日向クンと十神クンにしか聞こえてなかったんだっけ?」

 

 それと、演出のためにね。

羽根舞う中に血の赤が混じる…… なんとなく格好良いし。

 

「あ、ま、待ってくださぁい…… 造花を立たせるため…… ? それじゃあおかしいですよぉ!」

 

 あ、そうだった。そうだよね。メモを記していた罪木さんも推理ができるんだった。

 というよりも、あれをメモしていたからこそ内容もキチンと覚えているのだろう。矛盾に気がつきやすくなるのも頷ける。

 

「花を活けるのに詰め物使うとか邪道でしょ」

 

 舞踊家の彼女には気に入らないことをしてしまったらしい。

 普通はそんなことしないからね。そう、普通はそんなことをしない。そこもまた重要なのだ。つまりは必要だったからそうしたということなのだから。

 

 

「日向さん、メモを、メモを見てくださぁい!」

「…… 花瓶は破片を見る限り結構深い構造をしているみたいだな。なのに肝心の造花は短く切られてるなんて、おかしいぞ。これじゃあすぼまった部分から下は空洞になる……もしかして、ここに銃を隠してたんじゃないか!?」

 

 メモと現物を見比べていた彼が、ようやっと気づいた。

 でも、少しは足掻いてみないとね。

 

「銃を花瓶の中に入れていた…… 確かにそうかもしれないね。でもさ、あの花瓶は十神クン自身が振って調べたんだよ? 銃なんかが入ってたらすぐに気づかれちゃうと思うんだけど、そこはどうなのかな日向クン?」

「さっきも言ってただろ。羽毛をぎっしりと、詰め物にしてたって。その状態なら羽毛がクッションになって中身は揺れないし音も鳴らない。違和感を持つことがなければきっと十神も中は検めないだろ?それでやり過ごしたんだ! 多分、造花を支えてた本当の道具は水受け皿の方だ。あまりにも造花が短いと花瓶の口に引っかかったような状態になって違和感が出るからな。水受け皿の大きさと、花瓶のすぼまった部分は大体同じ大きさだろ?」

 

 僅かな足掻きは全てメモに残された証拠により滅多斬りにされた。 ここまで綺麗に解かれてしまったのならもう足掻く必要もない。

 私は自身の仕掛けが解かれた嬉しさを隠さずに笑む。彼ならばやってくれると信じていた。私の期待に応えてくれるって、信じていたよ。

 身勝手な期待だけれども、それでも私は日向クンに暴いて欲しかったのだ。

 

「うん、正解」

 

 にっこりと、笑顔を浮かべたままに言う。

 

「じゃあ、後は…… 私たちが怪我をしていない理由。つまり、この銃とナイフの正体だ」

「あー? 怪我してねーってことはナイフでも銃でもないんだろ? ったく、腹減ったから早く帰りてーんだけど」

 

 終里さんの言うことは間違いではない。だが、その正体を暴いて欲しいこちらとしては不十分な答えだ。おまけをつけても赤ペン三角と言ったところだろうか。

 

「確認してない商品リストは娯楽品と家具だけ…… ですよねぇ」

「娯楽品? …… ちょっと、十神いいか?」

 

 日向クンが十神クンから商品リストを預かり、目を通す。

そこで、最初の方に書かれたそれに気がついたようだった。

 

「……手品用の伸縮ナイフにサバゲー用の水鉄砲……これか! つまり、そのナイフも銃も、偽物ってことなんだな」

「ほう? だから怪我がないんじゃなぁ!」

 

 正確に言うと、水鉄砲というよりペイント弾を打ち出すおもちゃなんだけどね。

 まあ、おもちゃという点では合ってるし、と私は頷き花村クンに視線を向けた。

 

「その通り…… この私が殺傷力のある道具を使うはずないでしょ?」

「で、でもあのとき…… !?」

「私、一言も〝 殺す 〟だなんて言ってないよね?」

 

 そう、こういうときのための保険だったのだ。

 納得はされないだろうが、私は〝 辛気臭い皆を元気付ける趣味の悪いドッキリ 〟を仕掛けていただけなのだから。

 それに気がついたからか花村クンは顔色を悪くして座り込んでしまった。

 

「趣味最悪すぎなーい?」

「それで納得するやつがいるわけねーだろ!」

「意図的な勘違い…… だね」

 

 西園寺さん、左右田クン、七海さんから次々言葉が投げかけられるが、今は説明の途中だ。

 

「おもちゃを使ったのは…… ほら、万が一自分に向けられたと思うと怖くて仕方がないもの。現に、十神クンが突きつけて来てくれたわけだし?」

「ふん、偽物だと知った上でやっているのだから文句を言われる筋合いはないな。その中身は赤いペイント弾だろう? …… まったく、おかげで襟元が汚れてしまったじゃないか。これはオーダーメイドなんだぞ」

 

 あら、怒ってる。

 十神クンの服って白いし、文字通りサイズ的な意味でオーダーメイドだろうし、一張羅を汚したとなるとそりゃあ怒るか。

 コテージのクローゼットには10着くらい入ってるから、あの怒りようは恐らくポーズのようなものだろうけど。

 ああ、でもコテージに置いてある思い出の品とかホイッスルが壊れたりしたら私も怒るな。替えがあってもきっと怒る。彼女たちから貰ったのは最初の1つだけであって、同じものだったとしても他の物には思い出は詰まってない。そういう感じの拘りがあるのかもしれないな。

 

「ええと、責任持って私が洗濯するっていうのは…… どうかな? ほら、えーっと…… 私掃除とか洗濯とか得意だし…… ?」

「ふざけているのか?」

 

 あれ、ダメだったかな。

 

「当たり前だろう。完璧に元に戻して見せろ。それが誠意というものだ」

 

 あ、そうですか。まったく、びっくりさせないでよ。

 

「あのー? そろそろいーいー? 解決はしたでしょー?」

 

 さて、とうとうつまらな過ぎてスタイリッシュ1人ジェンガをしていたモノクマがお待ちかねだ。

 

「ああ、狛枝の仕掛けは全部解いた」

 

 そうそう、私の仕掛けは全部解いてもらった…… って、あれ? なにか忘れていることがあるような気がする。

 

「………… ねぇ、脅迫状の送り主は?」

 

 先程から青ざめた顔をしている花村クンが呟いた。

 それにその場にいた全員が硬直し、そして叫んだ。

 

「っだー! そうだよ! まだそれが分かってねーじゃねーか!」

「…… モノクマ、もう少し話し合いがしたい」

「やーだね! オマエラ遅いんだよ! 遅すぎるんだよ! あまりにも遅すぎるからボクもう飽きちゃったよ! ジェンガでアート作るのも飽きてきたんだよ! …… ボクの示した議題はもう終わってるからね! だから話し合いするならペナルティの後に……」

 

 七海さんの言葉を却下したモノクマが、言いかけたところでその場にピンク色の光が満ちた。

 

「そこまででちゅ!」

 

 光の中から現れたモノミは、以前とは少し格好が変わっていた。

 ウサミのときのようにとまではいかないが、無力化されてしまったオムツ姿のモノミよりもグレードアップされているように感じる。

 

「エッヘン!」

 

 リボンはヒョウ柄…… いや、あれはチーター柄かな? になっていて、若草色のケープを羽織り、アゲハチョウのような意匠のリボンが括り付けられた箒を手にしている魔女っ子スタイルだ。

 以前のウサミ状態は魔法少女アニメの衣装といった感じだったが、こちらは魔女っ子アニメ風といえばいいのだろうか。ベクトルは似ているが全くの別物である。

 

「帰ってきまちた! あちしバージョンアップして帰ってきまちたよ! これでモノクマの思う通りにはもうさせまちぇん! 以前のような大きい力はありまちぇんが…… 〝 副担任 〟になったあちしが、新たなルールによりミナサンを守ります!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「は? え…… はぁ!?」

 

 左右田クンが2度見する気持ちも分かるよ。衣装だけではあるが、それくらい変わってしまっているのだから。

 

「モノミちゃんがグレちゃったー!?」

「グレてなんかいまちぇんよ! イメチェンでちゅ!」

 

 その姿にモノクマが沈黙し、そしてイラッとしたような顔になってのっしのっしと近づいて行く。

 

「………………」

「こ、今度は負けまちぇんよ!」

 

 完全にモノミの目の前に辿り着いたモノクマはなんだか残念なものを見るような目で上から下まで眺めてため息をついた。

 

「あ、地味に傷つくやつでちゅよそれ! やめてくだちゃい! そんな目であちしを見てもなにも変わりまちぇんからね!」

 

 精神攻撃はどうやら効いているようだ。

 

「副担任…… ? そんなのにした覚えはないぞ! 妹は大人しくおにーちゃんのお仕事っぷりを眺めていなさい!」

 

 がっ、と音がしそうなほど強くモノミの腕を掴んだモノクマが叫び始める。それにビクビクとしながらモノミが慌てて 「み、ミナサン! 電子生徒手帳のルールをご確認くだちゃい!」 と負けじと叫ぶ。

 

 呆然とモノクマとモノミの無言の喧嘩を眺める人もいるが、私は素早く生徒手帳を懐から取り出してルールを確認する。

 見れば日向クンや十神クンも確認しているようだ。

 

 

 

 

 

ルールその13

人に怪我をさせてしまった場合は 『副担任』 によるペナルティが課せられます。

 

ルールその14

ペナルティは生徒の体を傷つけるものであってはいけません。

 

ルールその15

『担任』と『副担任』は互いの役目を侵してはいけません。

 

 

 

 

 

 これは、生徒のルールじゃなくて教師に課するルールのようだ。

 やはりモノクマもモノミもルールは遵守しなくてはいけないのだろう。そして、モノミがコロシアイルールを、モノクマが希望のカケラルールを削除しないということは2人ともにルールを作成できても消すことはできないのだろう。

 ということは、一応希望のカケラによる脱出手段も生きていると言っていいのかもしれない。

 

「べーだ! どーでちゅか! 一矢報いまちたよ! あんたが議論に夢中になってる間にやってやりまちた!」

「なんだとー! 妹のクセにー!」

 

 でも、モノミもルール追加するなら『教師間の暴力禁止』も入れれば良かったのに。また負けちゃったらどうするのだろうか。

 

「きゃぁぁぁ! こ、このっ、えいやー!」

「いてっ、お兄ちゃんにそんなことをするやつは、こうしてやるー!」

「やぁぁぁぁ! 負けまちぇん、負けまぇんよー!」

 

 ボロボロになりつつも、以前のようにモノミの服は奪われていない。リボンもケープも随分頑丈にできているようだ。

 モノクマにダメージが通っているような気は全くしないが、少なくとも現状よりも悪いことにはならないだろう。

 一進一退の攻防はモノクマが 「あーやだやだ」 といった風に首を振ってモノミから手を離したことで終了した。

 

 

「あーもう、めんどくさいなー! ウサギ鍋にしてやろうと思ってたけど、反抗期なら仕方ないな。仕方ないから、オマエの家をメチャクチャにするだけで勘弁してやるよ。うぷぷ」

「えっ! そ、それは…… 行っちゃった。」

 

 モノクマが消えた方向を向いて落ち込む彼女に、状況説明を求む全員の視線が集中している。

 その視線に気づいてかモノミが顔をあげ、花村クンの方へとぽてぽてと足音を鳴らしながら進み出た。

 

「な、な、なに? なんなの!?」

「…… くすん。ということで、危ないことをした花村くんは1人でここのお掃除をしてもらいまちゅ……」

 

 それがルールに追加されたペナルティということで良いのだろうか。

 

「え、そ、それだ、け…… ?」

「おいおい、さすがにそれは甘すぎだろーがよ」

 

 甘っちょろい罰は九頭龍クンのお気に召さなかったらしい。まあ、極道だし、そういうケジメみたいなのはしっかりしてそうだものね。

 

「あのさ、脅迫状のことはどうするの?」

 

 小泉さんが恐る恐ると言った様子で周囲を見渡した。

 それに答えたのも、モノミだった。

 

「不安の種は残るけど…… これでモノクマの危険さを実感できたと思いまちゅ。これ以上犯人探しでギスギスするのはミナサンも嫌だと思いますし、もう二度とこんなことにならないようにミナサンで注意しまちょうね!」

 

 つまり見逃すってことなのか?

 九頭龍クンほどではないが、私もそれは甘すぎだと思うぞ。

 

 

「…… ということで、今回は初犯だから情状酌量の余地ありと判断しまちた。そもそも、脅迫状を出しただけでなにもしてまちぇんからね。やらかしちゃったヒトにはあとでよーく言っておきまちゅから、ミナサンは各自コテージに篭っていてくだちゃい。あちしの耳はいいでちゅから、誰かが外に出たらすぐにわかりまちゅよ」

 

 つまり誰が脅迫状の送り主かを確認しに行けばモノミにバレるということなのかな。

 モノミは遠くを見ながら小さな声で 「スプレーの音がしまちゅ…… 早く止めないと」 と言って落ち込んでいる。耳がいいというのはこの反応でよく分かった。

 

「あの、ぼくはどうすればいいの?」

 

 掃除を言いつけられた花村クンが困惑しながら問うた。

 

「あ、花村くんはここでお掃除でちゅよ。あちしはその間に注意しに行きまちゅので。あとおさぼり厳禁なので気をつけてくだちゃいね!といっても、おさぼりしても注意以外、特に罰もないわけでちゅが…… 注意ついでに全員のコテージにお邪魔させていただきまちゅので、犯人探しは諦めてくだちゃいね」

 

 犯人にだけ注意をすれば、安普請な扉のせいでどこのコテージにモノミが行ったことが分かってしまうからか。

 それが隣のコテージならば耳聡く察した誰かがその情報を漏らしてしまうかもしれない。だから全員のところに行って誤魔化しつつお話をすると。そういうことかな。

 

「はい! では解散でちゅ! 花村クンは掃除して待っててくだちゃいねー」

 

 反応が遅れつつも1人、また1人と旧館から出て行く。

 心配そうな小泉さんの視線を受け流し、こちらを見る日向クンに笑顔で手を振り、やりきれない顔をした左右田クンに心の中で 「ごめんね」 と呟いた。

 ハイテンションで出て行く澪田さんを見送り、小泉さんを涙目で追いかける西園寺さんを横目に十神クンを見る。

 

「今は夜中だ。明日洗濯はしてもらうからな」

「…… うん」

 

 「ふん」 といつものように言いながら十神クンが去る。

 

 その背中に手を振りながら次々と扉から出て行く面々を見送った。

 

「…… 罪木さんは行かなくていいの?」

「その…… えっと…… 狛枝さんのやったことが正しいとか、正しくないとか、そんな無粋なことは言いません…… 私も、この状況は怖いですから…… ですからっ、ですからっ、えっとえっと、うぅぅぅ…… 上手く言えませぇん……」

 

 ぐるぐると目を回して泣きそうな目をしている彼女は、私になにが言いたいのだろうか。でも、きっと私を認めてくれているのだと思う。

 

「ゆっくりでもいいし、言わなくてもいいよ…… 私のこと、友達だと思ってくれてるんだね。わたしは、嬉しいよ」

「そう、思っていてもいいのでしょうか…… 私狛枝さんのこと、理解できないのに…… それでも友達だって言えるんですか? 私、私なにもできないんですぅ…… ラクガキを私の体でしてもらうとか、モノマネをするとか…… そういう方法しか知らなくて…… 分かんないんですよぉ!」

 

 ぐちゃぐちゃな顔で泣く彼女に、なにができるだろうか。

 私には分からない。友達なんて、すぐに死んでしまうか私と同じ夢仲間(どうるい)かのどちらかだったから。

 

「分かってくれようとするその気持ちがあるんだから、きっと友達なんじゃないかな。友達じゃなければ分かろうともしないんだからさ」

 

 だからそんなありきたりな言葉しか言えないのだ。

 

「じゃあ、コテージに帰ろうか」

 

 鼻血を流しながらこちらを観察する花村クンと、微笑ましく 「らーふぶらーぶなのはいいことでちゅ」 と言うモノミを無視して、互いにコテージに戻る。

 

「あ、ぁ、あの!」

「どうしたの?」

「また明日…… ですぅ」

「うん、また明日ね」

 

 パァッ、と花を咲かせるような笑顔になる彼女に、なんだか突き放すことができなくなってしまって苦笑いをする。

 

「友達…… なのかな…… ?」

 

 打算的な考えが抜けない己を嫌悪し、疑問を持ちつつも私は自室のベッドに腰掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 このあと、めちゃくちゃ説教された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやっと第1章完結でございます。

・ヒントは○つ
 緒方ボイスで探偵物で、このセリフにピンときたあなたと握手がしたいところです。

・モノミ
 強化されました。なぜでしょう。
 薄茶に緑。どこかでみた色味です。
 一応言っておきますと、アニメ設定は全部見てから入れるか決めるので、現時点では関係ありません。
 ちなみに箒とそれにつけたリボンは 「魔法少女ミラクル☆モノミ」 の装備アイテムから抜粋。
それぞれ 「魔女のほうき」 と 「スワロウテイル」 です。 「希望」 シリーズでも良かったのですが、ちょっと強すぎるので……

・脅迫状
 分からずじまい。…… 先入観って怖いですよね。

・罪木
 ヒロイン化しつつある罪木さん。なぜにこんなにもヒロイン力が高いのか。恋愛要素はないはずなのですけれど。
 一番攻略が難しいはずなのですけれど。

 どうでもいい話ですが、ゆめ2っきのマージナルビビットワーカーっぽくなったモノクマが反復横跳びしながら無言で迫ってくる夢を見ました。
 …… 疲れてるんですかね。

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